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【夢八輝石】魔法使いの夢Ⅱ
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男は、私が訳を聞くよりも先に話し始めた。
人類は、夢輝石を使って異世界で新たな生を歩みはじめた。
それ自体に問題はない筈だったが、やがて異変が起きた。
それは、夢主の肉体が謎の死を迎えるのだという。
冷凍睡眠機能に問題はなく、要因は異世界にあるのではと考えた監視者らは、調査のため夢主の異世界へと潜り込んだ。
「君も見ただろう。私たちは、あれを《悪夢》と呼んでいる。
あの闇に飲み込まれた者は戻らない。
やがて現世の肉体も死を迎える。双方はリンクしているからね」
男が言うことには、どうやら異世界には、世界の均衡を保とうとする力が働くらしい。夢輝石によって異世界へやってきた夢主は、異物として排除の対象となったのだろうと。
そんな話は聞いていない、と私は憤慨を露わにした。
夢輝石を使えば、自分の望む世界で生きることができるというからこの世界で生きることを選んだのだ。
もし、命の危険があると知っていたら、夢輝石を手にすることはなかっただろう。
本当にそうかな、と男は首を傾げた。
どういうことか私が問うと、君は今幸せか、と聞き返された。
自分の望みが全て叶う世界。もちろん最高だ。不満などはない。
「ならば、その幸せを安全で確かなものにしたいと何故思わない」
私は男が言わんとすることを理解した。
つまり、そのための手助けをしろ、ということだ。
私の心は揺れた。
これまで魔力を手に入れるためにした努力の歳月を無為にするのも惜しい。
しかし、絶対に安全だという命の保障はないではないか。
「それなら安心していい。危ない時には、現世へ戻ればいい。
目覚める意志さえあれば簡単なことだ」
確かにそうだ。そういうことなら危険なことなどまるでないように思えてくる。
「実を言うと、人手不足で困っている。
監視者の数に対して夢主の数が圧倒的に多すぎる」
そういうことなら、と差し出した私の手を男が笑顔で握り返した。
私のやることは簡単だった。
危機に陥った夢主の世界へ飛び、夢輝石を奪う。
夢輝石を奪われた夢主は、現世で目覚める。
それで彼らの命を救うことができる。
急を要する対象者には、監視者から指示があった。
指示がない時は、異世界を飛び回り、異変がないかを調査する。
何か異変を見つけた時には、即座に夢輝石を奪えばいい。
しかし、事はそう簡単ではなかった。ある異世界で鬼となった夢主から夢輝石を奪っても、彼が現世で目覚めることはなかった。
「やはり、本人の目覚める意志が必要なようだ」
本来であれば、夢輝石を奪うか、夢主が現世へ戻りたいと願えば目覚めることができる。
しかし、あまりにも長い歳月を異世界で過ごすうちに、夢主たちは現世の記憶を失っていた。夢から覚めた後、夢の内容を忘れてしまうように、現世が夢になってしまったのだ。
そこで今度は、夢主に現世の記憶を思い出させて目覚めたいと思わせる方法を考えた。夢輝石には、このような緊急時のために【夢輝石】というキーワードを夢主に伝えることで夢主が現世を思い出す安全装置がついている。
しかし、宇宙を漂っていた男は、現世の記憶を取り戻しても目覚めたいと思うことなく消えてしまった。
真実を話して、夢主たちに目覚めを促すべきでは、と私は提案した。
自分の行動が一人の命を左右させてしまうことに責任と恐ろしさを覚え始めていた。
しかし男は、そんなことをすればパニックになると却下した。
それに夢主の数はあまりにも膨大で、一人一人を説得している時間はない。
その間にも次の犠牲者が現れるのだと。
現世の肉体から夢輝石を外すことで目覚めさせられないのか、と私が聞くと、男は暗い顔をして首を横に振った。それこそ一番に試したのだが成功しなかったのだという。調査は暗礁に乗り上げた。
転機となったのは、私がある異国の女王と出会った世界でのことだ。
私は、どうにかして彼女を生かしたい一心で彼女に近づいた。
これ以上、自分の手で誰かをみすみす死なせることはしたくなかった。
彼女は、死を選択しようとしていた。
でも、それが本心ではないことを彼女の涙が語っていた。
彼女は、ただ幸せになりたいだけだったのだ。
私は間違っているのだろうか、と監視者は言った。
どうやらある夢主に現世で生きることを強く拒絶されたらしい。
そこまで目覚めたくないと思う者たちを目覚めさせようとすること自体が間違っているのだろうか、と。
私は、それは違うと答えた。
確かに夢輝石を装着して異世界で生きることを選んだ者たちは皆、現世に何らかの不満があったからだろう。
私自身、夢輝石を手にしたのは、退屈な現世に見切りをつけたからだった。
異世界には、何か特別な、自分にしかできないものがあるのではないかと思った。
でも、夢輝石が選べる世界は一つだけ。それではつまらない。
せっかくなら、たくさんの異世界を自由に行き来したいと願った。
しかし、多くの異世界を見るうちに異なる考えが私の中で芽生えた。
異世界は、ただの非常駐車帯でしかないのだ。
皆、本当ならば現世で幸せになりたいと願っている。
死んでも会いたいと願うほどの愛や絆、出会いと夢を与えてくれたのは現世だ。
夢主たちは決して現世を心の底から厭い憎んでいるわけではない。
その証拠に、彼らの望む世界には、必ず現世への執着がある。
本当は現世で生きたいのだ。
「私たちが本当にすべきことは、彼らが戻りたいと思える世界を創り直すことではないだろうか。私には現世で何の力も持っていない。彼らに幸せを与えることはできないかもしれない。
それでも、誰かが幸せになろうと思える環境を整えることくらいなら、なんとかできるのではないかと思ったんだ」
いや、そんな世界を私は創りたいと思ったのだ。
生きて欲しいと私に言われて涙した女王を見た時、彼女をそこまで追い詰めたものを取り除いてやりたいと強く思った。退屈な世界なら、私が面白い世界にすれば良い。
誰かを失って辛い世界なら、失わなくても済むような世界を、寂しくない世界を創れば良い。それはとても難しく、時間と労力がかかるだろう。
だが、少なくとも退屈はしない。
男が顔を上げた。その瞳にはもう迷いは見えなかった。
「私は彼らに目覚めを」
「私は彼らに新しい現世を」
私たちは強く頷き合った。男は立ち去る寸前、私を振り返って言った。
「あなたは、自分のことを何も持っていないと言うけれど、それは違う。
真実を告げても、こうして私に協力してくれる。
君みたいな人は稀有なのだよ。君にしかできないことだ。
君はそれをよく覚えておくといい」
私が彼を見たのは、それが最後になった。
人類は、夢輝石を使って異世界で新たな生を歩みはじめた。
それ自体に問題はない筈だったが、やがて異変が起きた。
それは、夢主の肉体が謎の死を迎えるのだという。
冷凍睡眠機能に問題はなく、要因は異世界にあるのではと考えた監視者らは、調査のため夢主の異世界へと潜り込んだ。
「君も見ただろう。私たちは、あれを《悪夢》と呼んでいる。
あの闇に飲み込まれた者は戻らない。
やがて現世の肉体も死を迎える。双方はリンクしているからね」
男が言うことには、どうやら異世界には、世界の均衡を保とうとする力が働くらしい。夢輝石によって異世界へやってきた夢主は、異物として排除の対象となったのだろうと。
そんな話は聞いていない、と私は憤慨を露わにした。
夢輝石を使えば、自分の望む世界で生きることができるというからこの世界で生きることを選んだのだ。
もし、命の危険があると知っていたら、夢輝石を手にすることはなかっただろう。
本当にそうかな、と男は首を傾げた。
どういうことか私が問うと、君は今幸せか、と聞き返された。
自分の望みが全て叶う世界。もちろん最高だ。不満などはない。
「ならば、その幸せを安全で確かなものにしたいと何故思わない」
私は男が言わんとすることを理解した。
つまり、そのための手助けをしろ、ということだ。
私の心は揺れた。
これまで魔力を手に入れるためにした努力の歳月を無為にするのも惜しい。
しかし、絶対に安全だという命の保障はないではないか。
「それなら安心していい。危ない時には、現世へ戻ればいい。
目覚める意志さえあれば簡単なことだ」
確かにそうだ。そういうことなら危険なことなどまるでないように思えてくる。
「実を言うと、人手不足で困っている。
監視者の数に対して夢主の数が圧倒的に多すぎる」
そういうことなら、と差し出した私の手を男が笑顔で握り返した。
私のやることは簡単だった。
危機に陥った夢主の世界へ飛び、夢輝石を奪う。
夢輝石を奪われた夢主は、現世で目覚める。
それで彼らの命を救うことができる。
急を要する対象者には、監視者から指示があった。
指示がない時は、異世界を飛び回り、異変がないかを調査する。
何か異変を見つけた時には、即座に夢輝石を奪えばいい。
しかし、事はそう簡単ではなかった。ある異世界で鬼となった夢主から夢輝石を奪っても、彼が現世で目覚めることはなかった。
「やはり、本人の目覚める意志が必要なようだ」
本来であれば、夢輝石を奪うか、夢主が現世へ戻りたいと願えば目覚めることができる。
しかし、あまりにも長い歳月を異世界で過ごすうちに、夢主たちは現世の記憶を失っていた。夢から覚めた後、夢の内容を忘れてしまうように、現世が夢になってしまったのだ。
そこで今度は、夢主に現世の記憶を思い出させて目覚めたいと思わせる方法を考えた。夢輝石には、このような緊急時のために【夢輝石】というキーワードを夢主に伝えることで夢主が現世を思い出す安全装置がついている。
しかし、宇宙を漂っていた男は、現世の記憶を取り戻しても目覚めたいと思うことなく消えてしまった。
真実を話して、夢主たちに目覚めを促すべきでは、と私は提案した。
自分の行動が一人の命を左右させてしまうことに責任と恐ろしさを覚え始めていた。
しかし男は、そんなことをすればパニックになると却下した。
それに夢主の数はあまりにも膨大で、一人一人を説得している時間はない。
その間にも次の犠牲者が現れるのだと。
現世の肉体から夢輝石を外すことで目覚めさせられないのか、と私が聞くと、男は暗い顔をして首を横に振った。それこそ一番に試したのだが成功しなかったのだという。調査は暗礁に乗り上げた。
転機となったのは、私がある異国の女王と出会った世界でのことだ。
私は、どうにかして彼女を生かしたい一心で彼女に近づいた。
これ以上、自分の手で誰かをみすみす死なせることはしたくなかった。
彼女は、死を選択しようとしていた。
でも、それが本心ではないことを彼女の涙が語っていた。
彼女は、ただ幸せになりたいだけだったのだ。
私は間違っているのだろうか、と監視者は言った。
どうやらある夢主に現世で生きることを強く拒絶されたらしい。
そこまで目覚めたくないと思う者たちを目覚めさせようとすること自体が間違っているのだろうか、と。
私は、それは違うと答えた。
確かに夢輝石を装着して異世界で生きることを選んだ者たちは皆、現世に何らかの不満があったからだろう。
私自身、夢輝石を手にしたのは、退屈な現世に見切りをつけたからだった。
異世界には、何か特別な、自分にしかできないものがあるのではないかと思った。
でも、夢輝石が選べる世界は一つだけ。それではつまらない。
せっかくなら、たくさんの異世界を自由に行き来したいと願った。
しかし、多くの異世界を見るうちに異なる考えが私の中で芽生えた。
異世界は、ただの非常駐車帯でしかないのだ。
皆、本当ならば現世で幸せになりたいと願っている。
死んでも会いたいと願うほどの愛や絆、出会いと夢を与えてくれたのは現世だ。
夢主たちは決して現世を心の底から厭い憎んでいるわけではない。
その証拠に、彼らの望む世界には、必ず現世への執着がある。
本当は現世で生きたいのだ。
「私たちが本当にすべきことは、彼らが戻りたいと思える世界を創り直すことではないだろうか。私には現世で何の力も持っていない。彼らに幸せを与えることはできないかもしれない。
それでも、誰かが幸せになろうと思える環境を整えることくらいなら、なんとかできるのではないかと思ったんだ」
いや、そんな世界を私は創りたいと思ったのだ。
生きて欲しいと私に言われて涙した女王を見た時、彼女をそこまで追い詰めたものを取り除いてやりたいと強く思った。退屈な世界なら、私が面白い世界にすれば良い。
誰かを失って辛い世界なら、失わなくても済むような世界を、寂しくない世界を創れば良い。それはとても難しく、時間と労力がかかるだろう。
だが、少なくとも退屈はしない。
男が顔を上げた。その瞳にはもう迷いは見えなかった。
「私は彼らに目覚めを」
「私は彼らに新しい現世を」
私たちは強く頷き合った。男は立ち去る寸前、私を振り返って言った。
「あなたは、自分のことを何も持っていないと言うけれど、それは違う。
真実を告げても、こうして私に協力してくれる。
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