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リアード=レジェンス 編

迷子

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閑静な住宅街を歩きながら、私は、ふと気になったことを天使に聞いてみることにした。

「そのコンフェスって貴族の人に、何の用なの?
 親戚とか?」

「まさか。……あ、ううん。
 僕、ある人を捜してるんだけど、
 もしかしたら、その人が僕の探している人を知ってるかもしれないんだ。
 だから、そのことを聞きたくて」

「ある人?」

その時私は、天使の髪の色がオレンジ色をしていることに気が付いた。
この国でも比較的よく見る事が出来る、レジェンス国の人特有のものだ。
そして、緑色の瞳は、その血が特に濃い証。

レジェンス国は、芸術に長けた国で、その技術を以てして、ここレヴァンヌ国との交流も盛んに行われている。
その為、レジェンス国の民がレヴァンヌ国に移住してくる例は少なくない。
この子もその口で、誰か知り合いを捜しているのだろうか。

「お姉さん、知ってるかな?
 アイリス=レヴァンヌっていう、この国のお姫様なんだけど」

「ぐっ……な、ななな、なんでそれを?!」

(まさか、私の正体がバレた?!)

動揺する私とは裏腹に、きょとんとした顔で天使が私を見る。

「どうしたの?
 ……ああ、そっか。この国の人なら、お姫様の名前くらい知ってるよね」

「え?! ……えぇ、そうね。
 名前くらいなら聞いたことあるわよ。もちろん」

(なんだ、私がアイリス姫だってバレたわけじゃないのね……)

ほっとしたのも束の間、私は、次に天使の口から発せられた言葉に更なる衝撃を受けることになる。

「そのお姫様、どうやら誰かに誘拐されたらしくてさ。
 僕、王様に頼まれて、そのお姫様を捜してるんだ」

「ゆ、誘拐っ?! 何でそんなことに……ごほっ。
 お父様が……じゃない、
 王様が頼んだって……あなたみたいな子供に? なんで??」

私の凄まじい動揺っぷりに、さすがに正体がバレるのではないかとヒヤヒヤしたが、
天使は、私の別の言葉が気に障った様子で、頬を膨らませて答えた。

「僕は、もう15歳だよ。子供じゃない。
 王様が言ったんだ。お姫様を見つけてくれた人と婚約させるって」

(――――――――――――――――お父様っっっ?!!!)

私は、表面上必死に動揺を隠しながら、心の中だけでお父様に突っ込みを入れた。
今、目の前にお父様がいたら、あの髭面顔面にグーパンチを食らわせていただろう。

「……え、ちょっと待って。
 ということは、あなたもしかして……
 アイリス姫の婚約者候補の……」

「あ、自己紹介がまだだったね。
 僕は、レジェンス国の第十六王子リアード=レジェンスだ」

天使は、可愛らしく微笑みながら自己紹介をしてくれた。

つまり、お父様は、城を抜け出した私のことを捜すため、
婚約者候補である王子達に姫を捜してくれと頼んだということだ。

しかも、あろうことか娘を景品か何かのように、見つけた人と婚約させるとは……ひどすぎる。
お父様のことだ、きっと娘も見つかって、婚約者の相手も決まって、万事丸く収まるわい、
……とか何とか考えているのだろう。あの狸爺めっ。

「それより、屋敷には後どれくらいで着きそう?
 まだ歩くのかな?」

「……あ、そうね。
 たぶん、もうすぐだと思うけど……」

私は、あまりのことに気が動転してしまい、すっかり目的を忘れてしまっていた。
慌てて辺りを見回すが、まるで見たことのない場所だ。
どうやら、どこかで道を間違えたらしい。

「お姉さん、大丈夫?」

天使が不安そうな視線を私に向ける。

(この子を不安がらせるのは、いけない。
 私がしっかりしないと……!)

「大丈夫よ! ちょっと道を間違えちゃったみたい。
 少し道を戻るけど、大丈夫。すぐに着くわ」

そう言って、来た道を戻ろうとしたが、今度は来た道がどれか分からない。
……しまった。完全に迷子のようだ。

「……もしかして、道に迷ったの?」

天使が私に疑いの目を向ける。

「うっ……そ、そうみたい……ごめんね」

さすがに誤魔化しきれず、私が謝ると、天使は、盛大なため息を吐いた。

「……もういいよ。
 お前に聞いたのが間違いだったみたいだな」

それは、先程までの天使のように高く甘い声とは違い、低くて乱雑な口調だった。
私は一瞬、誰か他の人が口をきいたのかと思い、思わず辺りを見回した。
しかし、辺りには、私と天使の2人以外誰もいない。

「……え?」
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