御伽草子~渡辺綱の編~

風雅ありす

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零怪 侍、現る。

七、

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『我らは、この時代の者ではない。遙か遠い京の都から、一匹の大妖を追ってやってきた』

 地を響く声は続く。そこには、犬の姿以外誰もいない。

「い、犬が喋って……」

 必死に堪えて口を出た言葉がそれだけだった。

『我を犬畜生などと一緒にするな! 先程から黙って聞いていれば、犬だ犬だと無礼千万! この時代の者は、礼儀を知らぬと見える』

「だって、どっからどう見ても犬だろ!」

 徹がやけくそ混じりに主張すると、侍が静かな口調で説明をしてくれた。

「彼は式神だ。今は、このように犬の姿をしてはいるが……」

『犬ではない。狼よ!』

 式神なのか犬なのかよく解らない存在が異議を唱える。
 しかし、徹には、それが犬だろうが狼だろうが狸だろうが……そんな事はどうでもいい。
 彼らは何を言っている?この時代の者ではない?大妖を追って、時空を超えてきた……?

『まだ我の話は終わってはおらぬ』

 式神が徹の方に向き直り、牙を剥く。が、徹は、その話の半分も聞いてはいない。

『我らが探している大妖……ヤツの匂いがお主からしたのは確かなのだ!』

「まだ言うかっ」

 それまで穏やかな態度をとり続けていた侍が、初めて声を荒げた。

「それはもう、そちの思い違いだったと解ったであろう。確かに、この者からは、多くの陰の気が流れ出ていた。が、それに憑いていた妖は、皆切り捨てたではないか!」

『黙れっ。我は間違ってなどいない。ただでさえ、こやつからは、陰の気が漂っておるというに。これにつられてヤツが現れないとも限らぬだろう』

 二人の激しい言い争いの渦中に挟まれて、徹は身動きが取れなかった。いや、そうでなくとも動けなかったであろう。
 今度こそ、徹の思考回路は完全に停止していた。

「……確かに、お主の言う事も一理ある。ヤツの居場所が解らぬ今、ヤツがこの者を襲う可能性もあるというわけだ。それに拙者とて、助けてもろうた恩を返さず去るわけにはいかぬ」

『決まりだな』

 式神が口の端を上げて、にっと笑った。
 侍は、姿勢を正すと、改めて徹に向き直った。

「申し遅れたが……拙者の名は、渡辺綱と申す」

(どっかで聞いた名前だな……)

 と、呆然とした頭で徹は思った。しかし、それを思い出せる程、徹の思考回路は、まだ回復してはいない。
「どうか、ご安心下され。貴殿の事は、拙者が必ずお守り致す」

 侍が決意の表情でそう宣言した時、徹の中で何かがぷつりと音を立てて切れた。

「……あ、安心出来るかぁ~!!!」

 これが、俺と綱の出逢いだった。
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