妖精王の娘〜私が妖精界へ行くことになった長い理由(ワケ)〜

風雅ありす

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6.新たな世界への扉

5.

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父と娘の影が一つに重なる光景を少し離れた場所から見つめる存在がいた。
 良之だ。
良之は、複雑な気持ちで二人を見つめていた。
胡蝶が麗良を身籠ったと知った時、良之は、子供を産むことに反対した。
人間ではない妖精などという非現実的で理解不能な生き物の子供を産んだところで、胡蝶が辛い思いをするだけだと口では言っていたが、正直なところ自分の中の偏見や外聞を気にしてのことだった。

ラムファのことも、良之は受け入れたわけではない。
悪い人でないことは分かってはいるが、大事な一人娘を奪われ、普通の人としての幸せな一生を奪ったことを今でも決して許してはいない。

胡蝶は良之の反対を押し切って子供を産んだが、生まれた赤子を見ても、良之には僅かな愛情すら沸かなかった。
むしろ泣くばかりで煩い赤子を離れの部屋に押しやり、妻一人に世話を任せっきりにした。
胡蝶は、ラムファの気遣いにより、ラムファの記憶も自分の産んだ赤子のことすら忘れてしまっていたから、離れを訪れるのは妻だけだったのだ。
可哀想な子だとは思ったが、それも全てラムファの責任だと良之は考えていた。

赤子に〝麗良〟という名を付けたのは、妻だった。
良之の名前から一字をとったのは、妻なりの気遣いだったのだろう。
その妻も早くに病で亡くなってしまい、麗良の世話役として依子を雇うことになった。

――麗良お嬢様は、あれが怖いようなのです。
  庭師が植木を剪定する音が。木が痛い痛いと泣いている、と……
  とても感受性の強いお嬢様なんですね。

 そう依子から相談を受けたのは、麗良が四歳になる頃だっただろうか。
依子には麗良の出自について何も話してはいない。
胡蝶のことも、心を病んでいて麗良を生んだことを覚えていない、とだけ伝えている。
依子の言う感受性の強さというのが、良之には、ラムファの血を引くが故の病のようなものだと判っていた。
初めは放っておこうと思ったが、あまりにも麗良が泣いて煩いので、仕方なく母屋に二階を増設して麗良の部屋を作ることで、麗良を庭から引き離すことにした。

 しかし、麗良は、それでも庭へ行くことを辞めなかった。
まるで植物と遊んでいないと死んでしまうとでも言うように、何度叱っても良之の目を盗み、気が付くと庭へ出ている。
庭師がいない時は良い。
機嫌よく一日中庭で遊んでいるのだが、庭師の剪定の日になると必ず大声で泣き叫ぶ。
これには良之も腹を立て、二階の部屋に鍵をかけ麗良を閉じ込めた。
トイレやお風呂は二階にも設置していたので、食事を依子に部屋まで運ばせることで生活に不自由はない筈だった。

しかし、二日と経たないうちに、麗良は見る見る元気を失い、熱を出して寝込んでしまった。
最初は、ただの風邪だと思っていたが、次第に体調が悪化し、医者からこのままでは命が危ないとまで言われた。
しかも原因が不明だという。
これも麗良の運命なのか、と半ばあきらめかけていた時、マヤという少女が現れた。
いや、それまでも何度か麗良と一緒に遊んでいる姿が視界に入ってはいたが、良之の記憶にはっきりと認識されたのは、その時だろう。

 マヤは、不思議な少女だった。
見た目は麗良と同じ歳くらいに見えるのに、何年も生きているような妙な落ち着きと、その瞳の奥には聡明な光を湛えていた。
マヤは、毎日麗良の見舞いに植木鉢を持ってきた。
病人に植木鉢を持って見舞うことは、常識的に考えて有り得ないことだが、子供のやることだと目を瞑って放っておいた。
すると不思議なことに、麗良の体調が少しずつ回復していった。
まるで植木鉢の植物から見えない力をもらっているかのようだった。

 やがて良之は観念し、麗良を部屋から自由に出してやることにした。
再び庭で遊ぶようになった麗良は、すぐに前の元気を取り戻していった。
それでも、やはり庭師の剪定日には必ず取り乱して泣き叫ぶのは変わらなかった。

 その頃、空いた離れを使って、良之は、生け花教室を開いていた。
近所に住む子供たちに生け花の楽しさを教えることと、暇を持て余した大人の趣味を目的としたものだ。
庭に面した縁側の戸を全て開け放ち、美しく整えられた日本庭園を観賞しながら生け花ができる、となかなか好評だった。

 そこに庭でいつも遊んでいた麗良が顔を出すようになるのはごく自然なことだった。
麗良は、不思議そうな顔で生け花を見ると、良之に尋ねた。

――お花さんのお葬式をしているの?

 切り取って死んでしまった花を生けるのが麗良からはお葬式のように見えたのだろう。
良之は思い切って麗良のその考えに乗っかることにした。

――そうだよ。こうして綺麗に飾ってあげると、まるで生きているように見えるだろう。
  だから、全然怖くはないんだよ。

 麗良は、良之の言葉を素直に信じたようだった。
自分もやってみたい、と言うので遊び半分にやらせてみると、麗良は、良之が驚く程のセンスを持っていた。


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