妖精王の娘〜私が妖精界へ行くことになった長い理由(ワケ)〜

風雅ありす

文字の大きさ
上 下
42 / 48
5.誘拐と真実

6.

しおりを挟む
 来て、と麗良に差し出されたマヤの白い手を麗良は拒むことなど出来なかった。
マヤがされてきた仕打ちを思うと、胸が痛くて痛くてどうにかなりそうだった。
麗良は、自分でも気が付かないうちに泣いていた。
涙が頬を伝って落ちていくのをマヤが白い指でそっと拭った。
ひんやりと冷たいマヤの指が、もう彼女に残された時間が少ないことを教えていた。

 麗良は両手を後ろ手に縛られたまま何とか立ち上がると、マヤについて部屋を出た。
階段を降りてリビングへ入ると、そこにはラムファが待っていた。

「さあ、麗良は、このとおり無事よ。だから、私の鍵を返して」

 こちらを向いたラムファは、麗良がこれまで見たことのないほど怖い顔をしていたが、麗良の顔を見て、その表情を少し緩めた。
しかし、すぐ麗良の様子がおかしいことに気付き、険しい表情に変わる。

「レイラに何をした」

 まるで声だけで誰かを射殺せそうなほど殺気立っていた。

「何も。私にとっても大事な子よ。傷つけたりするわけがないわ」

 マヤの口調からは、何の感情も読み取れない。

「レイラ、大丈夫か。すぐに家に連れて帰ってあげるからね」

 ラムファが麗良に向かって話しかけたが、麗良は、ラムファの顔をじっと見つめるだけで何も答えない。
その様子にラムファが傷ついた顔をした。

「レイラ……」

 麗良の方へと一歩近づこうとするラムファをマヤが遮る。

「さあ、早く鍵を返して」

 ラムファは、差し出されたマヤの手を見て歩を止めると、右手を上げて空で掌を翻した。
すると、先程まで何も持っていなかったラムファの指先に、何か固いものが握られている。
ラムファがそれを宙に放つと、マヤが両手で受け止めた。
それがマヤの鍵であることを確かめると、大事そうに胸に抱えて感嘆の溜め息を吐いた。

「ああ……やっと戻ってきた……これでやっと帰れるのね……」

 ラムファはマヤを一瞥すると、何も言わず、麗良の方へと近寄る。

「レイラ、さあパパと一緒にお家へ帰ろう」

 自分に向かって差し出された色黒で大きな逞しい手を前に、麗良が一歩後ずさる。

「レイラ……どうしたんだ」

 戸惑うラムファに、麗良が怯えたような視線を送る。

「私は、死ぬの?」

 その言葉に、ラムファの目が驚愕に見開かれた。全身から怒りの気を発している。

「誰から聞いたんだ」

「誰でもいい。答えて。私は、死ぬの?」

 ラムファは大きく首を振った。

「レイラは死なない。大丈夫、パパが絶対にそんなことにはさせない」

「だって……《妖精の国》へ行かなければ、私は死んでしまうんでしょう。
 マヤの鍵がなければ、行くことなんて出来ない……だから…………」

 つまり、マヤの鍵をマヤに返すということは、麗良が《妖精の国》へ行くことが出来なくなるということだ。
それは、同時に麗良の死を意味する。

 大丈夫だよ、とラムファが麗良を安心させるように笑って見せた。

「私は帰らない。ここに残る」

「どういうこと」

麗良が問うより先に、マヤが口を挟んだ。そんな答えは予想していなかったようだ。

「私の鍵を使って、レイラは《妖精の国》へ行くんだ。
 私は、胡蝶と人間界に残る」

ラムファは、マヤの方を見ることなく、麗良に向かって説明した。
麗良の肩に手をやり、視線の高さを合わせる。その目は真剣だった。

「絶対に守ると誓っただろう」

「ご自分が何を仰っているのか、理解されているのですか」

 マヤが声を荒げて言うのをラムファが冷めた目で振り返った。

「私の最期の頼みを聞いてくれるね。
 レイラを《妖精の国》へ連れて行って、彼女を守ってやって欲しい」

 マヤが頭を振る。信じられない、という表情でラムファを見つめる。

「国を捨てるおつもりですか。
 あなた自身のお命も……危険にさらすことになる」

「わかっている」

「いいえ、分かっていない」
 マヤが悲痛な声で叫ぶのをラムファは悲しそうな目で見ていた。

「あなたはいつもそう、自分で全てを決めてしまって、私は、後からそれを知るの。
 あなたに私の気持ちなんて、きっと分からないでしょうね」

 マヤの目には涙が浮かんでいた。

「ずるい人……」

 そう言って、マヤは天を仰ぐように目を瞑ると、何かを決意した顔で最後に微笑った。
それは、麗良が今まで見たマヤの笑顔の中で一番美しく、一番悲しい微笑みだった。

「麗良、最後に一つだけ教えてあげる。
 私があの人の命令であなたを孤独にしたと言ったのは、嘘よ。
 私が勝手にしたこと。
 あの人は、ただ自分の娘がこの人間界で寂しい思いをすることのないよう見守ってくれ、と私に言ったの」

 マヤは、どこに隠し持っていたのか、その手に黒い拳銃を握っていた。止める暇もなかった。
マヤは、それを自分のこめかみに当てると、迷うことなく引き金を引いた。

 一瞬の出来事だった。麗良がマヤの名を叫ぶ目の前で、マヤはゆっくりと地に伏せた。

「どうして…………あなたが死ぬ必要なんて、ないじゃない…………」

 マヤは、ラムファを犠牲にしてまで自分が助かりたいとは思わなかったのだろう。
 マヤは、最後までラムファを愛していたのだ。
 倒れたマヤの傍に座り込み、麗良は声を上げて泣いた。涙がマヤの冷たくなった身体に落ちても、マヤはぴくりとも動かない。
やがてマヤの身体は、光に包まれるように薄れていき、まるで空気に溶けるように消えていった。
一凛の白いマーガレットだけがマヤの倒れた床に残った。
それがマヤの契約していた花だったのだろう。
その花を手に取り、麗良がラムファの方を見上げると、ラムファは静かに泣いていた。

 麗良は、男の人が泣く姿を初めて見たと思った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

悪役令嬢カテリーナでございます。

くみたろう
恋愛
………………まあ、私、悪役令嬢だわ…… 気付いたのはワインを頭からかけられた時だった。 どうやら私、ゲームの中の悪役令嬢に生まれ変わったらしい。 40歳未婚の喪女だった私は今や立派な公爵令嬢。ただ、痩せすぎて骨ばっている体がチャームポイントなだけ。 ぶつかるだけでアタックをかます強靭な骨の持ち主、それが私。 40歳喪女を舐めてくれては困りますよ? 私は没落などしませんからね。

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜

白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。 舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。 王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。 「ヒナコのノートを汚したな!」 「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」 小説家になろう様でも投稿しています。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

処理中です...