40 / 48
5.誘拐と真実
4.
しおりを挟む
男は言うが早いか、振りかざしたナイフを麗良の喉へと振り下ろした。
ぽかんとした表情でそれを眺める麗良の喉を鋭い刃先が貫く寸前、誰かの声がそれを静止した。
「やめなさい、何をしているの」
麗良が声のする方に視線をやると、開いたドアのすぐ傍にマヤが立っていた。
「傷つけない約束のはずよ」
男は、手にしたナイフを麗良の喉元から外すことなく答えた。
「事情が変わった。こいつは、私の正体について情報を持っている。
このまま生かしておくわけにはいかない」
マヤが大きなため息を吐く。
「この子がそんなもの、知っている筈がないでしょう。
自分の正体すら、つい最近知ったばかりなのよ」
マヤは、麗良のすぐ傍へ来ると、男にナイフを仕舞うように告げた。
すると男は、渋々ながらもそれに従い、ナイフを懐に仕舞った。
マヤが麗良に向けて安心させるように笑って見せる。
「何か誤解があったようね。
もう大丈夫よ、麗良。私があなたを守ってあげる」
「どうして、マヤがここに……」
「どうしてって、それは……ああ、お客さんだわ。
すぐに済むから、もう少しだけ待っていてね」
話の途中でマヤは、さっさと今入って来たドアから外へと出て行く。
その時、麗良は、開いたドアの隙間から見覚えのある廊下が見えてどきっとした。
普通、廊下に花を植えた鉢植えを並べている家は、あまりないだろう。ここは、マヤの家だ。
つまり、麗良を誘拐し、ここへ監禁しているのは、マヤということだ。
麗良は意味が分からなかった。
どうしてマヤがこんなことをする必要があるのか、麗良の頭は混乱しすぎてどうにかなってしまいそうだ。
男がじっと麗良を見つめている。
今にも再びナイフを取り出して麗良を刺し殺そうする気配で溢れている。
「…………まあいい。どちらにせよ、君は直に死ぬ運命だ」
男が自分を納得させるように呟いたのを聞いて、麗良が男を見上げた。
「何を言っているの?」
「まさか知らされていないのか、自分の運命を。
生まれて十六年経つまでに妖精界へ戻らなければ、お前は命を落とす」
「嘘よ、そんなこと、あいつは一言も……」
そこまで言いかけて、麗良の脳裏に先程聞いたマヤの言葉が思い浮かんだ。
『……これで分かったでしょう。あの人は、そういう人なの。
目的のためなら手段を選ばない。全部を真に受けて、信じちゃだめよ』
茫然と言葉もない麗良の様子を見て、男は何か納得したようだった。
「……ふむ。やはり何も知らないようだな。
〝あいつ〟とは、お前の父親のことだったか。
なるほど、確かに私の早合点だったようだ」
「どうして……どうしたら私が死ぬ運命なんかになるのよ」
最後の方は、半ば叫ぶようにして声を張り上げた。
男は、そんな麗良を憐れに思ったのだろうか、少し口調を和らげて麗良の質問に質問で返した。
「君は、妖精のことをどこまで知っている」
男から先程までの殺気は消えている。
「どこまでって……何とかって言う神様の末裔だとかって、あいつから聞いたくらい。
あとは、本に載っているような御伽噺くらいしか……」
「つまり、何も知らないと同義だな。
妖精とは、人間が本に書いているような可愛らしく無力な存在などではない。
古の神々の血を引く唯一無二の崇高な存在なのだ。
人間よりも遥かに長い歳月を生きることができ、神々の能力を使うことができる至高の存在。
しかし、その力も永遠ではない。
長い歳月が経ち、人間たちによって自然が破壊されたことにより、その力は徐々に弱まってきた。
今、妖精が命を繋いでいられるのは、自然の力そのものを自身の身体の内に宿しているからなのだ」
男は続けた。麗良は、じっと男の言葉を理解しようと耳を傾けた。
「妖精は、自然から生まれる者もあれば、妖精同士の間に生まれる者もいる。
自然から生まれる者は、生まれながらに自然の力を身に宿しているが、妖精同士の間に生まれる者は、そうではない。
そういう者は、生まれてから成人するまでに自分の命の源となる自然の力を一つだけ選ぶ必要がある。
そうしなければ、生き続けることができないからだ。
例えば、自身の命の源として〝薔薇〟を選べば、薔薇がその妖精の生きる力となり、命そのものとなる。
それは、ある定められた契約の儀式によってのみ有効なのだ。
だから、人間と妖精の間に生まれた君も同じように、妖精界へ行き、その儀式を行う必要がある。
でなければ、この世界から消えてしまう」
まるで話についていけず、茫然とする麗良に男は容赦なく言い畳む。
「その期限が君の十六歳の誕生日、というわけだ」
ぽかんとした表情でそれを眺める麗良の喉を鋭い刃先が貫く寸前、誰かの声がそれを静止した。
「やめなさい、何をしているの」
麗良が声のする方に視線をやると、開いたドアのすぐ傍にマヤが立っていた。
「傷つけない約束のはずよ」
男は、手にしたナイフを麗良の喉元から外すことなく答えた。
「事情が変わった。こいつは、私の正体について情報を持っている。
このまま生かしておくわけにはいかない」
マヤが大きなため息を吐く。
「この子がそんなもの、知っている筈がないでしょう。
自分の正体すら、つい最近知ったばかりなのよ」
マヤは、麗良のすぐ傍へ来ると、男にナイフを仕舞うように告げた。
すると男は、渋々ながらもそれに従い、ナイフを懐に仕舞った。
マヤが麗良に向けて安心させるように笑って見せる。
「何か誤解があったようね。
もう大丈夫よ、麗良。私があなたを守ってあげる」
「どうして、マヤがここに……」
「どうしてって、それは……ああ、お客さんだわ。
すぐに済むから、もう少しだけ待っていてね」
話の途中でマヤは、さっさと今入って来たドアから外へと出て行く。
その時、麗良は、開いたドアの隙間から見覚えのある廊下が見えてどきっとした。
普通、廊下に花を植えた鉢植えを並べている家は、あまりないだろう。ここは、マヤの家だ。
つまり、麗良を誘拐し、ここへ監禁しているのは、マヤということだ。
麗良は意味が分からなかった。
どうしてマヤがこんなことをする必要があるのか、麗良の頭は混乱しすぎてどうにかなってしまいそうだ。
男がじっと麗良を見つめている。
今にも再びナイフを取り出して麗良を刺し殺そうする気配で溢れている。
「…………まあいい。どちらにせよ、君は直に死ぬ運命だ」
男が自分を納得させるように呟いたのを聞いて、麗良が男を見上げた。
「何を言っているの?」
「まさか知らされていないのか、自分の運命を。
生まれて十六年経つまでに妖精界へ戻らなければ、お前は命を落とす」
「嘘よ、そんなこと、あいつは一言も……」
そこまで言いかけて、麗良の脳裏に先程聞いたマヤの言葉が思い浮かんだ。
『……これで分かったでしょう。あの人は、そういう人なの。
目的のためなら手段を選ばない。全部を真に受けて、信じちゃだめよ』
茫然と言葉もない麗良の様子を見て、男は何か納得したようだった。
「……ふむ。やはり何も知らないようだな。
〝あいつ〟とは、お前の父親のことだったか。
なるほど、確かに私の早合点だったようだ」
「どうして……どうしたら私が死ぬ運命なんかになるのよ」
最後の方は、半ば叫ぶようにして声を張り上げた。
男は、そんな麗良を憐れに思ったのだろうか、少し口調を和らげて麗良の質問に質問で返した。
「君は、妖精のことをどこまで知っている」
男から先程までの殺気は消えている。
「どこまでって……何とかって言う神様の末裔だとかって、あいつから聞いたくらい。
あとは、本に載っているような御伽噺くらいしか……」
「つまり、何も知らないと同義だな。
妖精とは、人間が本に書いているような可愛らしく無力な存在などではない。
古の神々の血を引く唯一無二の崇高な存在なのだ。
人間よりも遥かに長い歳月を生きることができ、神々の能力を使うことができる至高の存在。
しかし、その力も永遠ではない。
長い歳月が経ち、人間たちによって自然が破壊されたことにより、その力は徐々に弱まってきた。
今、妖精が命を繋いでいられるのは、自然の力そのものを自身の身体の内に宿しているからなのだ」
男は続けた。麗良は、じっと男の言葉を理解しようと耳を傾けた。
「妖精は、自然から生まれる者もあれば、妖精同士の間に生まれる者もいる。
自然から生まれる者は、生まれながらに自然の力を身に宿しているが、妖精同士の間に生まれる者は、そうではない。
そういう者は、生まれてから成人するまでに自分の命の源となる自然の力を一つだけ選ぶ必要がある。
そうしなければ、生き続けることができないからだ。
例えば、自身の命の源として〝薔薇〟を選べば、薔薇がその妖精の生きる力となり、命そのものとなる。
それは、ある定められた契約の儀式によってのみ有効なのだ。
だから、人間と妖精の間に生まれた君も同じように、妖精界へ行き、その儀式を行う必要がある。
でなければ、この世界から消えてしまう」
まるで話についていけず、茫然とする麗良に男は容赦なく言い畳む。
「その期限が君の十六歳の誕生日、というわけだ」
0
お気に入りに追加
20
あなたにおすすめの小説
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

悪役令嬢カテリーナでございます。
くみたろう
恋愛
………………まあ、私、悪役令嬢だわ……
気付いたのはワインを頭からかけられた時だった。
どうやら私、ゲームの中の悪役令嬢に生まれ変わったらしい。
40歳未婚の喪女だった私は今や立派な公爵令嬢。ただ、痩せすぎて骨ばっている体がチャームポイントなだけ。
ぶつかるだけでアタックをかます強靭な骨の持ち主、それが私。
40歳喪女を舐めてくれては困りますよ? 私は没落などしませんからね。

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜
白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。
舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。
王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。
「ヒナコのノートを汚したな!」
「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」
小説家になろう様でも投稿しています。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~
つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。
政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。
他サイトにも公開中。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる