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5.誘拐と真実
3.
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麗良は、気が付くと、灯りのない部屋の中で床に寝かされていた。
床には、カーペットが敷かれていたが、ずっと同じ姿勢で寝かされていた所為か、身体が強張ったように固くなっている。
そこで身体を動かそうとして初めて、自分が手足を何かで縛られていることに気が付いた。
「何これ……冗談でしょ」
腕や足に力を入れて解こうとしても、ぴくりともしない。
むしろ余計にきつく絞まって手首と足首がぎりりと痛んだ。
何か細い紐かロープのようなもので縛られているようだ。
麗良は、暗闇の中で手足の自由が利かない恐怖に襲われながらも、必死で冷静を保とうとした。
(落ち着いて、とにかく状況を理解しないと……ここは一体どこなのかしら)
目を閉じていたお陰で、暗闇でも目が見えた。
はっきりと細部までは分からないが、六畳ほどの広さで部屋の隅に置かれたアップライトピアノ、引き出し式の棚、反対側には、アンティーク調の書斎机と椅子が置かれている以外は何もない。
窓は一つもなく、出入口のドアは固く閉ざされ、隙間から漏れる灯りもない。
天井に目を這わせて、電灯の姿を認めたが、スイッチの場所が分からない。
見たこともない部屋だ。
麗良は、気持ちを落ち着かせるために息を吐いた。
猿轡まではされていないので、声を上げれば誰かに気付いてもらえるかもしれない。
だが、自分をここに監禁した犯人がすぐ傍に居る可能性もある。
(私、どうしてこんなことになったのかしら……)
思い出そうとすると、頭痛がした。
確か、マヤが帰って行った後、何となく家に居たくなくて家を出たところまでは覚えている。
その後は、思い出そうとしても、頭の中に靄がかかったように思い出すことが出来ない。
とにかく身体の痛みから逃れるためにも、体制を変えようと身体を折り曲げて床を這い、何とか壁際まで辿り着く。
壁に寄り縋るように上半身を起こすことに成功すると、ふうと息を付いた。
これからどうしようかと思案を巡らせていると、ドアのすぐ傍で誰かの気配がした。
はっと息を凝らして身を縮める。
隠れる場所もないのに、暗闇に紛れてじっとしていれば気付かれないのではという無意識の願望が働き、身体を固くした。
かちゃりと音を立ててドアが開かれると、外の灯りに目がくらんだ。
思わず目を閉じたが、灯りの中に黒い人影が残像として残った。
「目が覚めたか。思ったより早かったな」
特徴のない声だった。
高くもなく低くもなく、男なのか女なのかもわからない。
もちろん、聞き覚えもない。
一度耳にしただけでは、すぐに記憶から消えてしまいそうな程、無機質な声だった。
麗良が目を開けて見ると、黒い服を身につけた中肉中背の人物がドアを開けたまま立っていた。
黒い山高帽を目深に被っており、顔はよく見えない。
その服装には、どこか見覚えがある気がした。
「あなたは誰? 私をどうする気?」
相手に怯えていることを悟られないよう、努めて冷静な口調で問い掛けた。
男は、聞かれることを予想していたのか、初めから答えを用意していたかのように淀みなく答えた。
「最初の質問には答えられない。私は、何者でもないからだ。
次の質問の答えは、君とあの男の態度次第によって変わる。
大人しく従っていれば、危害を加えるつもりはない」
麗良は思わず鼻で笑った。
「大人しくって……手足を縛られた私に、一体何ができるっていうのよ。
それとも、こんなか弱い小娘一人、手足を縛ってないと物も頼めない程シャイだって言うんじゃないでしょうね」
男は、麗良の反応が予想外だったようで、少し間を置いて答えた。
「ふむ、気の強いところは父親譲りか。
……まぁ、いい。
我々としては、ただ取引材料として使わせてもらえれば、それで良い」
その言葉に、麗良がはっとした表情で下を向く。
一気に緊張が解けて肩の力が抜けた。
「父親って……ああ、そういうこと。
これも全部あいつの企みってわけね。
そう言えば、あなたの服装、植物園で私を襲ったやつらと同じだわ。
やっぱり、あいつが裏で指示していたのね。……最低。
こんなことされて、私が大人しく従うと思ったら、大間違いなんだから」
しかし、麗良の言葉を聞いた男は、突然、懐からナイフを取り出すると、麗良の首筋に当てた。
何の感情もないように思えた男から冷たい殺気が漂っている。
麗良は、ごくりと唾を飲み込んだ。
「あいつ、とは誰のことを話している。
まさかとは思うが、私の主について何か知っていることがあるなら、ここで今すぐにお前を殺さなくてはいけない」
麗良は、突然ナイフを突きつけられたことに面食らったものの、これがラムファの差し金なら、男が本気で自分を刺すつもりはないと考えた。
むしろ、余計に苛立ち、絶対に退かないという目で男を睨み返す。
「……もういい加減にしてよね、あいつって言ったらあいつよ。
こんなことをするなんて、あの男くらいしかいないじゃない。
人を馬鹿にするのも大概にしてよね」
男は、麗良の態度に多少驚いたようだった。
「そうか。確かに、私はお前のことを見下していたようだ。
ここまで頭が回るとは思っていなかった……だが、おしゃべりはここまでだ」
男がナイフを振りかざす。刃先がドアの外から入る灯りを反射して鈍く光った。
「死んでもらおう」
床には、カーペットが敷かれていたが、ずっと同じ姿勢で寝かされていた所為か、身体が強張ったように固くなっている。
そこで身体を動かそうとして初めて、自分が手足を何かで縛られていることに気が付いた。
「何これ……冗談でしょ」
腕や足に力を入れて解こうとしても、ぴくりともしない。
むしろ余計にきつく絞まって手首と足首がぎりりと痛んだ。
何か細い紐かロープのようなもので縛られているようだ。
麗良は、暗闇の中で手足の自由が利かない恐怖に襲われながらも、必死で冷静を保とうとした。
(落ち着いて、とにかく状況を理解しないと……ここは一体どこなのかしら)
目を閉じていたお陰で、暗闇でも目が見えた。
はっきりと細部までは分からないが、六畳ほどの広さで部屋の隅に置かれたアップライトピアノ、引き出し式の棚、反対側には、アンティーク調の書斎机と椅子が置かれている以外は何もない。
窓は一つもなく、出入口のドアは固く閉ざされ、隙間から漏れる灯りもない。
天井に目を這わせて、電灯の姿を認めたが、スイッチの場所が分からない。
見たこともない部屋だ。
麗良は、気持ちを落ち着かせるために息を吐いた。
猿轡まではされていないので、声を上げれば誰かに気付いてもらえるかもしれない。
だが、自分をここに監禁した犯人がすぐ傍に居る可能性もある。
(私、どうしてこんなことになったのかしら……)
思い出そうとすると、頭痛がした。
確か、マヤが帰って行った後、何となく家に居たくなくて家を出たところまでは覚えている。
その後は、思い出そうとしても、頭の中に靄がかかったように思い出すことが出来ない。
とにかく身体の痛みから逃れるためにも、体制を変えようと身体を折り曲げて床を這い、何とか壁際まで辿り着く。
壁に寄り縋るように上半身を起こすことに成功すると、ふうと息を付いた。
これからどうしようかと思案を巡らせていると、ドアのすぐ傍で誰かの気配がした。
はっと息を凝らして身を縮める。
隠れる場所もないのに、暗闇に紛れてじっとしていれば気付かれないのではという無意識の願望が働き、身体を固くした。
かちゃりと音を立ててドアが開かれると、外の灯りに目がくらんだ。
思わず目を閉じたが、灯りの中に黒い人影が残像として残った。
「目が覚めたか。思ったより早かったな」
特徴のない声だった。
高くもなく低くもなく、男なのか女なのかもわからない。
もちろん、聞き覚えもない。
一度耳にしただけでは、すぐに記憶から消えてしまいそうな程、無機質な声だった。
麗良が目を開けて見ると、黒い服を身につけた中肉中背の人物がドアを開けたまま立っていた。
黒い山高帽を目深に被っており、顔はよく見えない。
その服装には、どこか見覚えがある気がした。
「あなたは誰? 私をどうする気?」
相手に怯えていることを悟られないよう、努めて冷静な口調で問い掛けた。
男は、聞かれることを予想していたのか、初めから答えを用意していたかのように淀みなく答えた。
「最初の質問には答えられない。私は、何者でもないからだ。
次の質問の答えは、君とあの男の態度次第によって変わる。
大人しく従っていれば、危害を加えるつもりはない」
麗良は思わず鼻で笑った。
「大人しくって……手足を縛られた私に、一体何ができるっていうのよ。
それとも、こんなか弱い小娘一人、手足を縛ってないと物も頼めない程シャイだって言うんじゃないでしょうね」
男は、麗良の反応が予想外だったようで、少し間を置いて答えた。
「ふむ、気の強いところは父親譲りか。
……まぁ、いい。
我々としては、ただ取引材料として使わせてもらえれば、それで良い」
その言葉に、麗良がはっとした表情で下を向く。
一気に緊張が解けて肩の力が抜けた。
「父親って……ああ、そういうこと。
これも全部あいつの企みってわけね。
そう言えば、あなたの服装、植物園で私を襲ったやつらと同じだわ。
やっぱり、あいつが裏で指示していたのね。……最低。
こんなことされて、私が大人しく従うと思ったら、大間違いなんだから」
しかし、麗良の言葉を聞いた男は、突然、懐からナイフを取り出すると、麗良の首筋に当てた。
何の感情もないように思えた男から冷たい殺気が漂っている。
麗良は、ごくりと唾を飲み込んだ。
「あいつ、とは誰のことを話している。
まさかとは思うが、私の主について何か知っていることがあるなら、ここで今すぐにお前を殺さなくてはいけない」
麗良は、突然ナイフを突きつけられたことに面食らったものの、これがラムファの差し金なら、男が本気で自分を刺すつもりはないと考えた。
むしろ、余計に苛立ち、絶対に退かないという目で男を睨み返す。
「……もういい加減にしてよね、あいつって言ったらあいつよ。
こんなことをするなんて、あの男くらいしかいないじゃない。
人を馬鹿にするのも大概にしてよね」
男は、麗良の態度に多少驚いたようだった。
「そうか。確かに、私はお前のことを見下していたようだ。
ここまで頭が回るとは思っていなかった……だが、おしゃべりはここまでだ」
男がナイフを振りかざす。刃先がドアの外から入る灯りを反射して鈍く光った。
「死んでもらおう」
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