妖精王の娘〜私が妖精界へ行くことになった長い理由(ワケ)〜

風雅ありす

文字の大きさ
上 下
39 / 48
5.誘拐と真実

3.

しおりを挟む
 麗良は、気が付くと、灯りのない部屋の中で床に寝かされていた。
床には、カーペットが敷かれていたが、ずっと同じ姿勢で寝かされていた所為か、身体が強張ったように固くなっている。
そこで身体を動かそうとして初めて、自分が手足を何かで縛られていることに気が付いた。

「何これ……冗談でしょ」

 腕や足に力を入れて解こうとしても、ぴくりともしない。
むしろ余計にきつく絞まって手首と足首がぎりりと痛んだ。
何か細い紐かロープのようなもので縛られているようだ。

 麗良は、暗闇の中で手足の自由が利かない恐怖に襲われながらも、必死で冷静を保とうとした。

(落ち着いて、とにかく状況を理解しないと……ここは一体どこなのかしら)

 目を閉じていたお陰で、暗闇でも目が見えた。
はっきりと細部までは分からないが、六畳ほどの広さで部屋の隅に置かれたアップライトピアノ、引き出し式の棚、反対側には、アンティーク調の書斎机と椅子が置かれている以外は何もない。
窓は一つもなく、出入口のドアは固く閉ざされ、隙間から漏れる灯りもない。
天井に目を這わせて、電灯の姿を認めたが、スイッチの場所が分からない。
見たこともない部屋だ。

 麗良は、気持ちを落ち着かせるために息を吐いた。
猿轡まではされていないので、声を上げれば誰かに気付いてもらえるかもしれない。
だが、自分をここに監禁した犯人がすぐ傍に居る可能性もある。

(私、どうしてこんなことになったのかしら……)

 思い出そうとすると、頭痛がした。
確か、マヤが帰って行った後、何となく家に居たくなくて家を出たところまでは覚えている。
その後は、思い出そうとしても、頭の中に靄がかかったように思い出すことが出来ない。

 とにかく身体の痛みから逃れるためにも、体制を変えようと身体を折り曲げて床を這い、何とか壁際まで辿り着く。
壁に寄り縋るように上半身を起こすことに成功すると、ふうと息を付いた。
これからどうしようかと思案を巡らせていると、ドアのすぐ傍で誰かの気配がした。
はっと息を凝らして身を縮める。
隠れる場所もないのに、暗闇に紛れてじっとしていれば気付かれないのではという無意識の願望が働き、身体を固くした。

 かちゃりと音を立ててドアが開かれると、外の灯りに目がくらんだ。
思わず目を閉じたが、灯りの中に黒い人影が残像として残った。

「目が覚めたか。思ったより早かったな」

 特徴のない声だった。
高くもなく低くもなく、男なのか女なのかもわからない。
もちろん、聞き覚えもない。
一度耳にしただけでは、すぐに記憶から消えてしまいそうな程、無機質な声だった。

 麗良が目を開けて見ると、黒い服を身につけた中肉中背の人物がドアを開けたまま立っていた。
黒い山高帽を目深に被っており、顔はよく見えない。
その服装には、どこか見覚えがある気がした。

「あなたは誰? 私をどうする気?」

 相手に怯えていることを悟られないよう、努めて冷静な口調で問い掛けた。
男は、聞かれることを予想していたのか、初めから答えを用意していたかのように淀みなく答えた。

「最初の質問には答えられない。私は、何者でもないからだ。
 次の質問の答えは、君とあの男の態度次第によって変わる。
 大人しく従っていれば、危害を加えるつもりはない」

 麗良は思わず鼻で笑った。

「大人しくって……手足を縛られた私に、一体何ができるっていうのよ。
 それとも、こんなか弱い小娘一人、手足を縛ってないと物も頼めない程シャイだって言うんじゃないでしょうね」

 男は、麗良の反応が予想外だったようで、少し間を置いて答えた。

「ふむ、気の強いところは父親譲りか。
 ……まぁ、いい。
 我々としては、ただ取引材料として使わせてもらえれば、それで良い」

 その言葉に、麗良がはっとした表情で下を向く。
一気に緊張が解けて肩の力が抜けた。

「父親って……ああ、そういうこと。
 これも全部あいつの企みってわけね。
 そう言えば、あなたの服装、植物園で私を襲ったやつらと同じだわ。
 やっぱり、あいつが裏で指示していたのね。……最低。
 こんなことされて、私が大人しく従うと思ったら、大間違いなんだから」

 しかし、麗良の言葉を聞いた男は、突然、懐からナイフを取り出すると、麗良の首筋に当てた。
何の感情もないように思えた男から冷たい殺気が漂っている。
麗良は、ごくりと唾を飲み込んだ。

「あいつ、とは誰のことを話している。
 まさかとは思うが、私の主について何か知っていることがあるなら、ここで今すぐにお前を殺さなくてはいけない」

 麗良は、突然ナイフを突きつけられたことに面食らったものの、これがラムファの差し金なら、男が本気で自分を刺すつもりはないと考えた。
むしろ、余計に苛立ち、絶対に退かないという目で男を睨み返す。

「……もういい加減にしてよね、あいつって言ったらあいつよ。
 こんなことをするなんて、あの男くらいしかいないじゃない。
 人を馬鹿にするのも大概にしてよね」

 男は、麗良の態度に多少驚いたようだった。

「そうか。確かに、私はお前のことを見下していたようだ。
 ここまで頭が回るとは思っていなかった……だが、おしゃべりはここまでだ」

 男がナイフを振りかざす。刃先がドアの外から入る灯りを反射して鈍く光った。

「死んでもらおう」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

悪役令嬢カテリーナでございます。

くみたろう
恋愛
………………まあ、私、悪役令嬢だわ…… 気付いたのはワインを頭からかけられた時だった。 どうやら私、ゲームの中の悪役令嬢に生まれ変わったらしい。 40歳未婚の喪女だった私は今や立派な公爵令嬢。ただ、痩せすぎて骨ばっている体がチャームポイントなだけ。 ぶつかるだけでアタックをかます強靭な骨の持ち主、それが私。 40歳喪女を舐めてくれては困りますよ? 私は没落などしませんからね。

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜

白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。 舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。 王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。 「ヒナコのノートを汚したな!」 「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」 小説家になろう様でも投稿しています。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

処理中です...