妖精王の娘〜私が妖精界へ行くことになった長い理由(ワケ)〜

風雅ありす

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4.失意と相違

1.

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 家の中は、しんと静まり返っていた。
まるで誰かの通夜でもあるかのように暗い陰気な影を落としている。

 麗良は、ダイニングで依子の用意してくれた朝食を前に座っていた。
食欲はなかったが、せっかく依子が作ってくれたのだから食べないのは申し訳ない。
お味噌汁を一口すすると、暖かいものが喉を通って、気持ちが少し和らいだ。

依子は、麗良が起きてくるのを待ってお味噌汁を温めなおすと、買い物に出掛けて行った。
部屋には麗良一人だけだった。

良之は、展示会場へ行っているのだろう。
ラムファは、家のどこかにいる筈だが、姿が見えない。
いつもなら麗良が起きてくるのを待っていて一緒に朝食をとるのだが、どこへ行ったのだろう。

 麗良は、蜂蜜をかけたトーストを齧りながら、昨日起こった出来事を思い返していた。

 麗良が自分の部屋で意識を取り戻した時、一階から人の話し声が聞こえた。
良之と青葉が言い争っているような声だった。
二人が言い争うことなんて滅多にないので、驚いて一階へ降りると、居間の方から聞いたことのない青葉の怖い声が耳に飛び込んできた。

「……とにかく、全部、僕の所為なんです。
 父が僕を取り戻そうとして、人を雇ってやったんだ。
 ……証拠はないですが、僕には分かります。父はそういう人だ。
 唯一の跡取りを奪い返すためなら何だってやる」

 居間には、怖い顔で腕組みをしてソファに座る良之と、その対面に座って顔を俯けたまま話す青葉、そして、二人を見守るように少し離れた場所に立っている依子とラムファがいた。

「だが、君には、お兄さんがいると言っていなかったか。
 だから自分が家を出ても何も問題ない、と確か以前話してくれたな」

 確かめるように語尾を上げて良之が訊ねると、青葉が溜め息を吐いて顔を上げた。

「実は、僕も最近、古い知り合いから聞いて知ったのですが……どうやら、兄が家を出たらしいのです。
 原因は解りませんが、きっと僕と同じように、家のやり方に不満があったのでしょう。
 元々、兄は家業に興味を持っていなかった。
 無理やり跡取りとして扱われて不満もあったのだと思います。
 だから、僕が家を出なければ、こんなことは起きなかった……」

 青葉は、悔やむように再び顔を伏せた。
その肩は、怒っているようにも泣いているようにも見える。
こんな青葉の姿を見るのは初めてで、麗良は声を掛けることもできず立ち尽くした。
青葉の家の事情を聞くのもこれが初めてだ。
〝青葉〟という名前も良之がつけた花名で、本名すら知らないことに今更ながら気付いて愕然とした。

 その時、顔を上げたラムファが麗良に気が付き、体調を気遣うように駆け寄る。
良之は、麗良をちらと見ると、ため息を吐いた。

「だからと言って、君が責任を感じることではない」

 麗良が居ることを気にしてか、多少口調を和らげてはいたが、良之が苦々しく言い捨てる。
彼は、青葉のことを案じて怒っているのだ。
青葉にもそれは伝わっているだろう。

 青葉は、再び顔を上げると、意志の固い表情で良之を見た。

「僕は、この家を出ます。このままここにいたら、迷惑しか掛けないことになる」

 良之が眉を寄せ、ソファに背を預けた。青葉の目を見て、自分が何を言っても無駄だと思ったようだ。

 何も言い返さない良之を見て、麗良の中で静かな怒りが沸き上がる。
良之はいつもそうだ。
大事なことは何も言わず、相手に責任を押し付ける。
麗良にあの作品を見せて、間接的に追い出そうとしているように、青葉にも同じことをしようとしているようにしか麗良には見えなかった。

「おじいさまは、卑怯よ。
 出て行って欲しくないなら、そう口にして言えばいいのに。
 あんな……生け花で全部伝えて終わらせようなんて、花が可哀想……」

 ラムファが麗良を気遣うように肩に手を乗せるのを麗良は払った。

「あなたも、私を展示会へ連れて行ったのは、おじいさまに頼まれたからでしょう」

 きっと鋭く睨まれて、ラムファは動揺した表情で言葉を探した。麗良の瞳が揺れる。

「守ってくれるって、言ったのに」

 それだけ言うと、麗良は、踵を返して二階の自分の部屋へと駆け込んだ。

 ――青葉がいなくなる。

 心の中で呟くだけで、胸が引き裂かれるような痛みを感じた。
幼い頃からずっと家族のように一緒に暮らしてきた存在がいなくなるのだ。

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