26 / 48
3.百花展
8.
しおりを挟む
(おじい様は、私がいなくなってもいいのね……)
茫然と立ち尽くす麗良にラムファが戸惑いながらも声を掛けた時、何かが割れる音がした。
展示場に居た誰もがその音の出どころを目で追うと、柄の悪い男たちが四、五人、足元に割れて飛び散った花瓶と無残に散らばった花を靴で踏みつけている。
状況を理解できないでいる観客たちが見守る中、男の一人が大きく腕を振るい、壁に沿って並んだ作品たちをなぎ落とした。
花瓶の割れる大きな音が展示場に鳴り響き、誰かが叫んだ。
男たちは、次々と壁際に飾られた作品を何のためらいもなく壊していく。
係の者が慌てて止めに入るが、恰幅の良い男が立ちはだかる。力づくで止めようとした係の一人を音尾が殴ると、観客から悲鳴が上がった。
騒然となった会場は、混乱した観客たちが一斉に出口へと向かい、ごった返しになる。
人の流れに巻き込まれそうになった麗良をラムファが守るように自分の腕の中へ引き寄せた。
麗良は驚いた顔で、乱暴をする男たちを見つめていたが、男の足元で無残に踏みつけられた花を見て、我に返った。
「やめて、花が……ひどい、あんまりだわ」
麗良の表情が苦痛に歪む。まるで自分自身が傷つけられたかのように胸が痛い。
思わず駆け寄ろうとした麗良をラムファが押さえた。麗良の力ではラムファに敵わない。
「お願い、どうにかして」
懇願して自分を見上げる麗良に、ラムファは困った顔をする。
その間にも、花瓶の割れる音と人を殴りつける音が何かのバックミュージックのように聞こえてくる。
麗良は、ラムファの腕の中で必死にもがいた。それでも、身体の大きなラムファはびくともしない。
「どうして……どうしてよ、前みたいにあんな奴ら、やっつけてやってよ」
ラムファは、麗良を抱き上げると、そのまま会場の外へ出ようとした。
「お願い、お願いだから……あんなひどいこと、どうしてできるの?」
麗良は、ラムファの胸に顔を埋めて泣きじゃくると、そのまま気を失った。
***
幼い女の子が泣いている。
顔は両手で塞がっているので見えない。
辺りは真っ暗で、女の子の他には何も見えない。
女の子は、白いシャツと赤いジャンバースカートを着ている。
その服装にどこか見覚えがある気がする。
どうして泣いているのか、と尋ねると、女の子は、片方の腕を伸ばして、指さした。
その方向を見ると、一凛の花が花瓶に刺してある。
紫色の杜若。
生けてある薄緑色の花瓶の模様に何故か既視感を覚えた。
胸がざわつき、嫌な気持ちがした。
女の子は、泣きながら言った。
――お花さんがかわいそう。痛い、痛いって、泣いてるの。
そう言って、女の子は泣き続けた。
いつまでもいつまでも、泣き続けた。
泣き声は、一つだけではなかった。
気が付くと、たくさんの泣き声が耳にへばりつくように聞こえてくる。
高い声、低い声、うめくような悲痛に鳴き叫ぶ声が聞こえる。
それらが女の子の声ではないことは明らかだった。
どこから聞こえてくるのかと辺りを見回しても、何も見えない。
泣き声は、真っ暗な闇の中から絶えず、数を増して聞こえてくる。
それらの声を聞くだけで、心がむしられるような痛みを覚えた。
手、足、頭、肩……身体の至る所が泣き声に合わせて痛みを増していく。
(やめてっ……)
やがて耐えきれなくなり耳を塞いだ。
塞ごうとして、自分に耳がないことに気が付いた。
塞ぐ腕もない。
泣き声は永遠と頭の中に響いて聞こえる。
その時やっと、わかった。
ああ、あの女の子は、自分だったのだと。
茫然と立ち尽くす麗良にラムファが戸惑いながらも声を掛けた時、何かが割れる音がした。
展示場に居た誰もがその音の出どころを目で追うと、柄の悪い男たちが四、五人、足元に割れて飛び散った花瓶と無残に散らばった花を靴で踏みつけている。
状況を理解できないでいる観客たちが見守る中、男の一人が大きく腕を振るい、壁に沿って並んだ作品たちをなぎ落とした。
花瓶の割れる大きな音が展示場に鳴り響き、誰かが叫んだ。
男たちは、次々と壁際に飾られた作品を何のためらいもなく壊していく。
係の者が慌てて止めに入るが、恰幅の良い男が立ちはだかる。力づくで止めようとした係の一人を音尾が殴ると、観客から悲鳴が上がった。
騒然となった会場は、混乱した観客たちが一斉に出口へと向かい、ごった返しになる。
人の流れに巻き込まれそうになった麗良をラムファが守るように自分の腕の中へ引き寄せた。
麗良は驚いた顔で、乱暴をする男たちを見つめていたが、男の足元で無残に踏みつけられた花を見て、我に返った。
「やめて、花が……ひどい、あんまりだわ」
麗良の表情が苦痛に歪む。まるで自分自身が傷つけられたかのように胸が痛い。
思わず駆け寄ろうとした麗良をラムファが押さえた。麗良の力ではラムファに敵わない。
「お願い、どうにかして」
懇願して自分を見上げる麗良に、ラムファは困った顔をする。
その間にも、花瓶の割れる音と人を殴りつける音が何かのバックミュージックのように聞こえてくる。
麗良は、ラムファの腕の中で必死にもがいた。それでも、身体の大きなラムファはびくともしない。
「どうして……どうしてよ、前みたいにあんな奴ら、やっつけてやってよ」
ラムファは、麗良を抱き上げると、そのまま会場の外へ出ようとした。
「お願い、お願いだから……あんなひどいこと、どうしてできるの?」
麗良は、ラムファの胸に顔を埋めて泣きじゃくると、そのまま気を失った。
***
幼い女の子が泣いている。
顔は両手で塞がっているので見えない。
辺りは真っ暗で、女の子の他には何も見えない。
女の子は、白いシャツと赤いジャンバースカートを着ている。
その服装にどこか見覚えがある気がする。
どうして泣いているのか、と尋ねると、女の子は、片方の腕を伸ばして、指さした。
その方向を見ると、一凛の花が花瓶に刺してある。
紫色の杜若。
生けてある薄緑色の花瓶の模様に何故か既視感を覚えた。
胸がざわつき、嫌な気持ちがした。
女の子は、泣きながら言った。
――お花さんがかわいそう。痛い、痛いって、泣いてるの。
そう言って、女の子は泣き続けた。
いつまでもいつまでも、泣き続けた。
泣き声は、一つだけではなかった。
気が付くと、たくさんの泣き声が耳にへばりつくように聞こえてくる。
高い声、低い声、うめくような悲痛に鳴き叫ぶ声が聞こえる。
それらが女の子の声ではないことは明らかだった。
どこから聞こえてくるのかと辺りを見回しても、何も見えない。
泣き声は、真っ暗な闇の中から絶えず、数を増して聞こえてくる。
それらの声を聞くだけで、心がむしられるような痛みを覚えた。
手、足、頭、肩……身体の至る所が泣き声に合わせて痛みを増していく。
(やめてっ……)
やがて耐えきれなくなり耳を塞いだ。
塞ごうとして、自分に耳がないことに気が付いた。
塞ぐ腕もない。
泣き声は永遠と頭の中に響いて聞こえる。
その時やっと、わかった。
ああ、あの女の子は、自分だったのだと。
0
お気に入りに追加
20
あなたにおすすめの小説
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!
水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。
シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。
緊張しながら迎えた謁見の日。
シエルから言われた。
「俺がお前を愛することはない」
ああ、そうですか。
結構です。
白い結婚大歓迎!
私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。
私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる