妖精王の娘〜私が妖精界へ行くことになった長い理由(ワケ)〜

風雅ありす

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3.百花展

2.

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 麗良が学校から帰宅すると、良之は仕事で家を留守にしていた。
そのままマヤの家にでも遊びに行こうかと思ったが、依子から笑顔でお金の入った封筒を手渡されたので、渋々ラムファを連れて、近所の百貨店へと向かった。

 ラムファは、相変わらず朝から晩まで麗良の傍を離れることなく付いてくる。
登下校の時間も、授業中ですら、教室の外から覗いている始末だ。
学校の教師に見つかって連れて行かれることもしばしばあったが、その度にいつの間にか何事もなかったかのように戻って来ている。
一体、どうやっているのかは、敢えて聞かないでいた。

「どうして私の後を付いてくるのよ」

「レイラが危ない目に遭わないか、見守っているんだよ」

 さも当然だろうという態度で堂々と言われると、返す言葉もない。
 先日、植物園で助けてもらったこともあり、麗良もあまり強くは言えず、同級生に見られるのが恥ずかしいから離れて歩いて欲しい、と伝えてからは、少し距離を置いて後を付いてくるようになったが、女子高生の後を追い回す怪しいストーカーにしか見えない。
いつ警察に職質されるかと冷や冷やしてしまう。

 ただでさえ目立つ風貌をしているところに、整った顔立ちが道行人たちの目を惹くようで、背後から聞こえてくる黄色い声と熱い視線に別の意味で麗良は苛立っていた。
せめて黒の背広ではない私服を着れば、多少は目立たなくなるかもしれない、という淡い期待を胸に幾つかの店を見て回ったが、日本男性規格外のラムファの体型に合うサイズは少なく、合ってもホストかヤクザのように見える始末だ。
途中でレディースの服飾店を見掛けたラムファが麗良に似合いそうだ、と言った服は、どれもレースやフリルのついた可愛らしい洋服ばかりで、ことごとく麗良の好みとは真逆だ。一体この人の目に自分は、どんな人間に映っているのだろうと麗良は眉を寄せた。

 百貨店のメンズファッション店を全て見て回り、一番無難そうに見えるパンツとTシャツ、ジャケットを揃えて、ようやく麗良は肩の荷を下ろした。
 私服に身を包んだラムファは、まるでお忍びで買い物を楽しむ異国の王様か映画俳優のようで、結局、彼の身から放たれる人を惹きつけるオーラは、着ている服で変わるものではないということが分かっただけだった。

 隣を歩くラムファを見上げて、他の人から自分たちは一体どんな関係に見えるのだろうと麗良は思った。ラムファは一見、二十代後半か三十代前半くらいに見える。
青葉よりは年上だろうが、親子程歳が離れているようには見えないだろう。
周囲から妙な関係に見られているのではと心配で、麗良の足取りは自然と早くなるのだった。
予想外にラムファの服選びに時間が掛かったものの、門限までまだ少し時間がありそうだ。
そこで本でも買って帰ろう、と書店へ向かった麗良の視界に、壁に貼られた大きな白いポスターが飛び込んできた。
中央に花を生けた花器と、黒文字で大きく〈百花展〉と書かれたそれは、百貨店の名前にかけているのか、よく見ると店の至る所に貼られている。

「これは何て書いてあるんだい?」

すぐ傍でラムファの声がして、麗良は、はっと顔を上げた。
思ったよりも近い場所に彫りの深い精悍な顔立ちがあって、どきっとする。

「ちょ、ちょっと、そんなに近づかないでよ」

 顔を赤くした麗良がラムファから距離を取ると、ラムファは、露骨に傷ついた顔でしゅんと顔を伏せたが、すぐに立ち直って笑顔を見せた。

「レイラは、花が好きなんだね」

 麗良は、その言葉に表情を固くすると、顔を背けた。

「……別に。花なんて、大嫌いよ」

 そして、不思議そうに顔を傾げるラムファが口を開く前に、書店の中へと入って行く。
その後をラムファが慌てて追い掛けた。

麗良は、小説のコーナーを見つけると、平棚に置かれた本の表紙を眺めながら、目ぼしい本を手に取り、裏表紙に書かれたあらすじを読んでいった。
その中に、マヤが好きそうだと思う本が見つかると、それは手に取ったまま、そうでない本は平棚へと戻していく。
そうやって麗良が何冊目かの本を平棚へ戻した時、ラムファが横から尋ねた。

「レイラは、本が好きなんだね。家でもよく本を読んでいる」

 麗良は、内心焦りながらも平然とした表情で答えた。
こうして色々と自分のことを聞かれることに慣れていないので、どう反応を返して良いのか分からないのだ。

「……別に、これは、友人にあげるのよ。
 身体が弱くて、外に出ることができないから」

 レイラは優しいね、とラムファが目を細めて言うと、麗良は、益々顔をしかめて、別に普通よ、と素っ気なく答えた。

「…………あなたは読まないの、本。
 まぁ、日本語は、あまり読めないみたいだけど」

 ふと興味に駆られて、気が付けば口にしていた。
言った後で、しまった、と思ったけれど、もう遅い。
恐る恐るラムファの顔を横目で覗くと、困ったような嬉しいような妙な顔つきをしている。

「……ん、えっと……〝ひらがな〟なら、少しは読めるよ。教えてもらったから」

 そう言うと、傍にあった適当な本を一冊手に取り、中を捲って見た。
 が、やつて、た、は、たる、け、……と、自分に読めるひらがなだけを口に出して読み上げる。
大きな男が小さな文庫本を片手に、一生懸命文字を拾って読む様子があまりにも滑稽で可愛らしく、麗良は思わず笑みを漏らした。

「あなたにも読める本なら、あっちにあるわよ」

 麗良はそういうと、ラムファを幼児向けの絵本コーナーに連れて行った。
そこには、幼い子供たちの目を惹くように描かれた絵に彩られたたくさんの絵本が並んでおり、親子連れの他の客たちが絵本を選んでいる。
自分たちが彼らと立場が逆であることに内心気恥ずかしさを感じながら、麗良は、目についた一冊の絵本を手にとった。
それは、麗良が幼い頃に何度も読んだお気に入りの一冊だ。
何という本なのか、と尋ねるラムファに、麗良は、自分で読むようにと言って、それを手渡した。
ラムファは目を輝かせながら、手渡された絵本を大事そうに抱えて、約束する、と答えた。

 百貨店からの帰り道、道行く人たちがラムファへ向ける熱い視線に羞恥と苛立ちを抱えながら、麗良は、自宅へと戻った。
そこへ、ちょうど仕事から帰ってきた良之と青葉に鉢合わせた。

 青葉は、段ボールいっぱいに入った花材を腕に抱えている。

「いい服は見つかったか」

 良之がラムファの服装を見て軽く頷く。良之が人を褒めることは滅多にない。
 青葉が離れの自分の部屋へ花材を運ぶから、と言って向きを変えた時、一緒に持っていたチラシがばさばさと音を立てて滑り落ちた。
麗良が拾ってそれを見ると、今日百貨店で見た〈百花展〉のポスターを縮小したものだった。
開催日が近づいているので、近所で配る予定らしい。
両手の塞がった青葉が何とかしてポスターを受け取ろうとするのを見て、麗良は自分が一緒に離れまで運ぶと申し出た。
二人が離れへ向かおうとするのを、ラムファが後から付いて行こうとしたが、良之に話があると言って引き留められた。

 麗良は、その話というのが何なのか気にはなったものの、青葉が行こうと声を掛けたので、それきり忘れてしまった。
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