19 / 48
3.百花展
1.
しおりを挟む
夜の公園に、黒い背広を来た男たちが三十人ほど、ジャングルジムを囲って整列している。
ジャングルジムの天辺には、同じく黒い背広を来た一人の男が腰掛けており、
他の男たちにはない山高帽を胸に抱き、柔らかな月の光を浴びるように目を閉じている。
男は、目的が果たせなかったことを知ると、表情一つ変えずに目を開けた。
「やはり、あの男がいる限りは、手が出せないか……」
男は、内ポケットの中からピスタチオを幾つか取り出すと、掌の中でぐしゃりと音を立てて潰した。
そのまま掌の中身を地面にばらまくと、黒服を着て整列していた男たちが一斉に地面に這いつくばり、それらに群がる。
男が指を鳴らすと、男たちの姿が縮んでゆき、羽根が生えた。
必死に落ちたピスタチオの欠片を啄ばんでいるのは、黒い烏だった。
「まぁいい。次の手は考えてある。まだ時間はあるし、な」
男は、山高帽を目深に被ると、ジャングルジムの天辺で立ち上がった。
それを合図にするかのように、群がっていた烏たちが一斉に飛び上がる。
地面には、ピスタチオの欠片も残されていない。
山高帽の下で口角を上げた男の頬を、月光の灯りだけが怪しく照らしていた。
***
朝、居間で朝食をとっていると、依子が急に大きな声を出したので、その場に居た皆が一斉に驚いた顔で彼女の方を向いた。
「あらまぁまぁ、こんな大きな穴をどこで開けてらしたの?」
言われたラムファが腕を上げてみると、背広の裾あたりに丸い穴が三つ、四つ空いている。
ラムファの顔にしまった、という文字が浮かんで見えたが、その本当の理由に気付いたのは、麗良だけだった。
「あぁ、これは…………虫に食べられたかな」
ラムファは、笑いながら依子から穴が見えないよう手で隠した。
よく見ると、穴の淵が黒く焦げているのがわかるので、虫食いではないことは明らかだった。
植物園で、銃弾が飛び交う中を飛び出して行った時に空いたのだろう。
「脱いでください。繕って差し上げます」
持っていたお盆を机の上に置くと、依子がラムファの背広を脱がしにかかったので、ラムファは慌てて立ち上がると、依子から距離を置いた。
「お気遣いは大変嬉しいのだが、生憎、他に替えの服がなくてね。
自分で直しておくから平気だよ」
それを聞いて、依子が目を丸くした。
「あらまぁ、それじゃあ繕っている間、風邪をひいてしまいます。
では、旦那様のお洋服をお借りになられては」
依子が良之の顔を伺うと、良之は、苦いものを見るような目つきでラムファの頭頂を見やると、軽く咳払いをした。
「……私の着物では、丈が足りないだろう」
そう言って、朝食に用意されたアジの干物を箸でつついた。
「僕ので良ければ、お貸ししますよ……と言いたいところだけど、僕のでも足りないだろうなぁ。
身長、一体いくつあるんですか」
苦笑しながら青葉が語尾を上げてラムファを見た。
心なしか青葉の口調に棘を感じるようで、麗良は不思議に思った。
「それしか持ってないって……着たきり雀じゃない。汚いわね」
そう言って麗良は、蜂蜜がけのトーストを一口齧り、幸せそうな表情を浮かべる。
一方、ラムファは、麗良の言葉に落雷の如き衝撃を受け、固まったまま動けなくなっている。
依子がどうフォローしようかと魚のように口を開け閉めしていると、良之が溜め息をついて箸を置いた。
「……あとで一緒に百貨店にでも行って、彼に何か服を見繕ってあげなさい」
麗良は、一瞬それが自分に向かって言われたのだとは分からず、手にしたトーストから蜂蜜が垂れ落ちるのを慌てて口で塞いだ。
「%#□§っ△⁈」
「口に食べ物を含んだまま喋るんじゃない。汚ないだろう」
そう言って手を合わせた良之の皿の上には、アジの骨だけが綺麗に残されていた。
ジャングルジムの天辺には、同じく黒い背広を来た一人の男が腰掛けており、
他の男たちにはない山高帽を胸に抱き、柔らかな月の光を浴びるように目を閉じている。
男は、目的が果たせなかったことを知ると、表情一つ変えずに目を開けた。
「やはり、あの男がいる限りは、手が出せないか……」
男は、内ポケットの中からピスタチオを幾つか取り出すと、掌の中でぐしゃりと音を立てて潰した。
そのまま掌の中身を地面にばらまくと、黒服を着て整列していた男たちが一斉に地面に這いつくばり、それらに群がる。
男が指を鳴らすと、男たちの姿が縮んでゆき、羽根が生えた。
必死に落ちたピスタチオの欠片を啄ばんでいるのは、黒い烏だった。
「まぁいい。次の手は考えてある。まだ時間はあるし、な」
男は、山高帽を目深に被ると、ジャングルジムの天辺で立ち上がった。
それを合図にするかのように、群がっていた烏たちが一斉に飛び上がる。
地面には、ピスタチオの欠片も残されていない。
山高帽の下で口角を上げた男の頬を、月光の灯りだけが怪しく照らしていた。
***
朝、居間で朝食をとっていると、依子が急に大きな声を出したので、その場に居た皆が一斉に驚いた顔で彼女の方を向いた。
「あらまぁまぁ、こんな大きな穴をどこで開けてらしたの?」
言われたラムファが腕を上げてみると、背広の裾あたりに丸い穴が三つ、四つ空いている。
ラムファの顔にしまった、という文字が浮かんで見えたが、その本当の理由に気付いたのは、麗良だけだった。
「あぁ、これは…………虫に食べられたかな」
ラムファは、笑いながら依子から穴が見えないよう手で隠した。
よく見ると、穴の淵が黒く焦げているのがわかるので、虫食いではないことは明らかだった。
植物園で、銃弾が飛び交う中を飛び出して行った時に空いたのだろう。
「脱いでください。繕って差し上げます」
持っていたお盆を机の上に置くと、依子がラムファの背広を脱がしにかかったので、ラムファは慌てて立ち上がると、依子から距離を置いた。
「お気遣いは大変嬉しいのだが、生憎、他に替えの服がなくてね。
自分で直しておくから平気だよ」
それを聞いて、依子が目を丸くした。
「あらまぁ、それじゃあ繕っている間、風邪をひいてしまいます。
では、旦那様のお洋服をお借りになられては」
依子が良之の顔を伺うと、良之は、苦いものを見るような目つきでラムファの頭頂を見やると、軽く咳払いをした。
「……私の着物では、丈が足りないだろう」
そう言って、朝食に用意されたアジの干物を箸でつついた。
「僕ので良ければ、お貸ししますよ……と言いたいところだけど、僕のでも足りないだろうなぁ。
身長、一体いくつあるんですか」
苦笑しながら青葉が語尾を上げてラムファを見た。
心なしか青葉の口調に棘を感じるようで、麗良は不思議に思った。
「それしか持ってないって……着たきり雀じゃない。汚いわね」
そう言って麗良は、蜂蜜がけのトーストを一口齧り、幸せそうな表情を浮かべる。
一方、ラムファは、麗良の言葉に落雷の如き衝撃を受け、固まったまま動けなくなっている。
依子がどうフォローしようかと魚のように口を開け閉めしていると、良之が溜め息をついて箸を置いた。
「……あとで一緒に百貨店にでも行って、彼に何か服を見繕ってあげなさい」
麗良は、一瞬それが自分に向かって言われたのだとは分からず、手にしたトーストから蜂蜜が垂れ落ちるのを慌てて口で塞いだ。
「%#□§っ△⁈」
「口に食べ物を含んだまま喋るんじゃない。汚ないだろう」
そう言って手を合わせた良之の皿の上には、アジの骨だけが綺麗に残されていた。
0
お気に入りに追加
20
あなたにおすすめの小説
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

悪役令嬢カテリーナでございます。
くみたろう
恋愛
………………まあ、私、悪役令嬢だわ……
気付いたのはワインを頭からかけられた時だった。
どうやら私、ゲームの中の悪役令嬢に生まれ変わったらしい。
40歳未婚の喪女だった私は今や立派な公爵令嬢。ただ、痩せすぎて骨ばっている体がチャームポイントなだけ。
ぶつかるだけでアタックをかます強靭な骨の持ち主、それが私。
40歳喪女を舐めてくれては困りますよ? 私は没落などしませんからね。

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜
白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。
舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。
王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。
「ヒナコのノートを汚したな!」
「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」
小説家になろう様でも投稿しています。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~
つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。
政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。
他サイトにも公開中。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる