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1.父親は妖精王?!
4.
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翌朝、麗良はいつもどおり制服に着替えて、一階の洗面所へと向かった。
鏡を見ながら身支度を調える。
そこには、昨夜眠れなかった所為で赤い目をした黒髪ストレートヘアーの女子高生がいた。
これまで母に似ていると言われたことはほとんどない。
そもそも胡蝶が家から一歩も外へ出ず、交友関係がほとんどないため比較されようがないのだが、麗良自身が胡蝶の要素を自分の中に見出せずにいた。
唯一、黒い艶のある長い髪と、運動をしないために白い肌だけが母のそれと似ているが、母には到底及ばない。
母はまるで陶器でできたお人形のように慎ましやかで整っているのに対し、自分の目鼻立ちは、それぞれがやけに主張しすぎている。まるであの男のようだ。
そして、何より麗良が一番自分の容姿で嫌いな部分は目だ。
一見、日本人の黒目に見えるが、日の光の下で見ると、深い緑色がかって見える。
そのことで他人に色々と聞かれるのも嫌なので、常にカラーコンタクトレンズをつけていた。
麗良の脳裏に、昨夜見た男の瞳が浮かぶ。
否応なしに血の繋がりを見つけてしまったようで、麗良は、深いため息を吐いた。
気を取り直すように頭を軽く振ると、黒色のカラーコンタクトレンズを目につけて、鏡の中の自分を勇気づけるように笑ってみせた。
居間へ行くと、トーストとシャケの焼ける匂いがした。
「おはよう、麗ちゃん。先に頂いてるよ」
柔らかな羽毛で耳をくすぐるような声。
青葉が既に朝食を終え、コーヒーを片手に新聞を開いている。
窓から入る柔らかな朝日が、青葉の着ている無地のワイシャツを白く照らし、眩しさに麗良は目を細めた。青葉には、朝日や新緑といった言葉がよく似合う。
「おはよう。いいよ、気にしないで新聞読んでて」
居間に良之の姿がないことにほっとしつつ、青葉の向かいに正座すると、台所から依子が朝食を運んできてくれた。
こんがり焼けたトーストにハムエッグ、サラダ、味噌汁と順に並べていく。
トーストに味噌汁は合わないと麗良が何度抗議しても、身体に良いからと依子は毎朝味噌汁を欠かさない。
麗良がトーストに蜂蜜を塗っていると、青葉が新聞から顔を上げた。
「今日は、僕が麗ちゃんを学校まで送って行くよ。
昨日、学校であんなことがあったばかりだからね」
昨夜の夕食時、学校に不審者が現れたという話を依子が大げさに話すので心配になったのだろう。
青葉の表情は真剣だった。
「い、いいよ。そこまでしなくても」
青葉に心配されるのは嬉しいが、純粋に喜べない年頃でもある。
麗良は、耳を赤くしながらトーストを齧った。
「それに、あの人は…………」
まさかその不審者が自分の父親かもしれない、などとは口が裂けても言えない。
青葉が寝起きしている離れは、この母屋から庭を横切るように造られた渡り廊下を渡った先にあるため、玄関先で起きた昨夜の出来事は知らないようだ。
あれからどうなったのか、麗良は知らない。
あの後、二人が部屋から出て来ることはなく、麗良が寝るまで祖父の部屋から明かりが消えることはなかった。
「どうかしたの? 気分でも悪い?」
急に黙り込んだ麗良を心配して、青葉が読んでいた新聞を横に折り畳み、身を乗り出すようにして麗良の顔色を伺う。
青葉は、いつも優しい。
父親とは、こういうものだろうか、と思ったこともある。
ただ、年が離れていると言っても、親子ほど離れているわけではないので、青葉には失礼な話だろう。
むしろ、年の離れた兄のような存在に近い。
一瞬、青葉に昨夜のことを相談しようかと逡巡し、首を振った。
「ううん、大丈夫。なんでもない」
自分もよく事情を知っているわけでもないのだから、いたずらに青葉を心配させる必要はない。
麗良が笑顔を見せたことで、青葉はいくらか安心したようだった。
「それより、母さんにあげたスズラン、とっても喜んでた。ありがとね」
話題を変えようと、昨日見た母の嬉しそうな笑顔を思い出しながら、それを口にした。
「そっか……いや、喜んでもらえたなら良かった」
照れくさそうに笑う青葉を見て、麗良の胸がちくりと痛んだ。最近、こういうことが多いのだが、その理由を麗良は知らない。
「花展で出すテーマ、まだ悩んでるの?」
花展とは、生け花の展覧会の事だ。
花展は、デパートの催事場を使って総数で四百作を超えるものから、公民館や老人ホーム、駅などで行われる十作ほどのミニ花展まで様々ある。
今回青葉が出展するのは、駅前の百貨店で開催される花展で、様々な若い華道家たちの作品が集まる予定だ。
「う~ん、なかなか……季節の花を取り入れようとは考えているんだけど」
それでスズランを使おうとしたらしいのだが、花材にするのが勿体ないとは、華道家らしからぬ青葉らしい。
そんな青葉の優しさが麗良は好ましく思う。
話が落ち着くのを見計らったように、依子が青葉の食器を下げに来た。
「依子さん、先生はまだ自室に? 今日は随分遅いですね」
いつも良之が座る席には、まだ空の食器が置いたままだ。
「そうですねぇ、いつもは決まった時間に起きてらっしゃるのに」
「僕が様子を見てきましょう」
青葉が席を立とうとした時、居間の戸が開き、良之が顔を出した。
「おはよう。……皆、いるようだな。
依子さん、食事が冷めてしまったろう。すまなかったな」
依子が笑顔で答えようとし、続いて現れた見知らぬ男の姿に目を見張った。
「あら、お客様がおいででしたの。それは気づきませんで……」
麗良の表情が固くなる。男は、昨日と同じ黒いスーツに身を包んでいた。
すぐにご朝食の用意をと、台所へ戻ろうとした依子を良之が制止する。
「依子さんにも聞いて欲しい。麗良、青葉」
良純は皆の顔を順に見やると、隣の男を皆に紹介した。
「彼の名は、ラムファ。しばらく家に置くことにする」
麗良の口から囓りかけのトーストがぽろりと落ちた。
鏡を見ながら身支度を調える。
そこには、昨夜眠れなかった所為で赤い目をした黒髪ストレートヘアーの女子高生がいた。
これまで母に似ていると言われたことはほとんどない。
そもそも胡蝶が家から一歩も外へ出ず、交友関係がほとんどないため比較されようがないのだが、麗良自身が胡蝶の要素を自分の中に見出せずにいた。
唯一、黒い艶のある長い髪と、運動をしないために白い肌だけが母のそれと似ているが、母には到底及ばない。
母はまるで陶器でできたお人形のように慎ましやかで整っているのに対し、自分の目鼻立ちは、それぞれがやけに主張しすぎている。まるであの男のようだ。
そして、何より麗良が一番自分の容姿で嫌いな部分は目だ。
一見、日本人の黒目に見えるが、日の光の下で見ると、深い緑色がかって見える。
そのことで他人に色々と聞かれるのも嫌なので、常にカラーコンタクトレンズをつけていた。
麗良の脳裏に、昨夜見た男の瞳が浮かぶ。
否応なしに血の繋がりを見つけてしまったようで、麗良は、深いため息を吐いた。
気を取り直すように頭を軽く振ると、黒色のカラーコンタクトレンズを目につけて、鏡の中の自分を勇気づけるように笑ってみせた。
居間へ行くと、トーストとシャケの焼ける匂いがした。
「おはよう、麗ちゃん。先に頂いてるよ」
柔らかな羽毛で耳をくすぐるような声。
青葉が既に朝食を終え、コーヒーを片手に新聞を開いている。
窓から入る柔らかな朝日が、青葉の着ている無地のワイシャツを白く照らし、眩しさに麗良は目を細めた。青葉には、朝日や新緑といった言葉がよく似合う。
「おはよう。いいよ、気にしないで新聞読んでて」
居間に良之の姿がないことにほっとしつつ、青葉の向かいに正座すると、台所から依子が朝食を運んできてくれた。
こんがり焼けたトーストにハムエッグ、サラダ、味噌汁と順に並べていく。
トーストに味噌汁は合わないと麗良が何度抗議しても、身体に良いからと依子は毎朝味噌汁を欠かさない。
麗良がトーストに蜂蜜を塗っていると、青葉が新聞から顔を上げた。
「今日は、僕が麗ちゃんを学校まで送って行くよ。
昨日、学校であんなことがあったばかりだからね」
昨夜の夕食時、学校に不審者が現れたという話を依子が大げさに話すので心配になったのだろう。
青葉の表情は真剣だった。
「い、いいよ。そこまでしなくても」
青葉に心配されるのは嬉しいが、純粋に喜べない年頃でもある。
麗良は、耳を赤くしながらトーストを齧った。
「それに、あの人は…………」
まさかその不審者が自分の父親かもしれない、などとは口が裂けても言えない。
青葉が寝起きしている離れは、この母屋から庭を横切るように造られた渡り廊下を渡った先にあるため、玄関先で起きた昨夜の出来事は知らないようだ。
あれからどうなったのか、麗良は知らない。
あの後、二人が部屋から出て来ることはなく、麗良が寝るまで祖父の部屋から明かりが消えることはなかった。
「どうかしたの? 気分でも悪い?」
急に黙り込んだ麗良を心配して、青葉が読んでいた新聞を横に折り畳み、身を乗り出すようにして麗良の顔色を伺う。
青葉は、いつも優しい。
父親とは、こういうものだろうか、と思ったこともある。
ただ、年が離れていると言っても、親子ほど離れているわけではないので、青葉には失礼な話だろう。
むしろ、年の離れた兄のような存在に近い。
一瞬、青葉に昨夜のことを相談しようかと逡巡し、首を振った。
「ううん、大丈夫。なんでもない」
自分もよく事情を知っているわけでもないのだから、いたずらに青葉を心配させる必要はない。
麗良が笑顔を見せたことで、青葉はいくらか安心したようだった。
「それより、母さんにあげたスズラン、とっても喜んでた。ありがとね」
話題を変えようと、昨日見た母の嬉しそうな笑顔を思い出しながら、それを口にした。
「そっか……いや、喜んでもらえたなら良かった」
照れくさそうに笑う青葉を見て、麗良の胸がちくりと痛んだ。最近、こういうことが多いのだが、その理由を麗良は知らない。
「花展で出すテーマ、まだ悩んでるの?」
花展とは、生け花の展覧会の事だ。
花展は、デパートの催事場を使って総数で四百作を超えるものから、公民館や老人ホーム、駅などで行われる十作ほどのミニ花展まで様々ある。
今回青葉が出展するのは、駅前の百貨店で開催される花展で、様々な若い華道家たちの作品が集まる予定だ。
「う~ん、なかなか……季節の花を取り入れようとは考えているんだけど」
それでスズランを使おうとしたらしいのだが、花材にするのが勿体ないとは、華道家らしからぬ青葉らしい。
そんな青葉の優しさが麗良は好ましく思う。
話が落ち着くのを見計らったように、依子が青葉の食器を下げに来た。
「依子さん、先生はまだ自室に? 今日は随分遅いですね」
いつも良之が座る席には、まだ空の食器が置いたままだ。
「そうですねぇ、いつもは決まった時間に起きてらっしゃるのに」
「僕が様子を見てきましょう」
青葉が席を立とうとした時、居間の戸が開き、良之が顔を出した。
「おはよう。……皆、いるようだな。
依子さん、食事が冷めてしまったろう。すまなかったな」
依子が笑顔で答えようとし、続いて現れた見知らぬ男の姿に目を見張った。
「あら、お客様がおいででしたの。それは気づきませんで……」
麗良の表情が固くなる。男は、昨日と同じ黒いスーツに身を包んでいた。
すぐにご朝食の用意をと、台所へ戻ろうとした依子を良之が制止する。
「依子さんにも聞いて欲しい。麗良、青葉」
良純は皆の顔を順に見やると、隣の男を皆に紹介した。
「彼の名は、ラムファ。しばらく家に置くことにする」
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