妖精王の娘〜私が妖精界へ行くことになった長い理由(ワケ)〜

風雅ありす

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1.父親は妖精王?!

1.

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「それで、レイラは、どうしたの」

 麗良の幼馴染でもあり親友でもあるマヤは、砂糖菓子のような笑みをこぼしながら首を傾げた。長い睫毛に縁取られた飴色の瞳は、トンボ玉のように丸くきらきらと輝き、麗良の話の続きを待っている。
 短く切られた色素の薄い髪は天然の巻き毛で、まるで外国の映画に出てくるお嬢様のようだ。今日着ているミモザ柄のワンピースがよく似合っている。

 マヤの家は、純和風な麗良の家とは真逆で、赤いレンガの塀に囲まれた庭付きの洋館風の邸宅だ。
こぢんまりとした庭は、モッコウバラのアーチをくぐると、よく手入れされた綺麗な花壇が並び、地面は芝で覆われている。
ライラックやシルバープリベットが作る木陰には、白いテーブルセットが置かれ、その上にアフタヌーンティが用意されていた。

 昼食がまだだった麗良は、マヤお手製のサンドイッチやスコーンを食べながら、今日学校で起こった不思議な出来事をマヤに一部始終話して聞かせた。
 学校は、突然現れた不審者によって一時騒然となったが、警備員と教員たちが不審者を捕獲し、事態は一旦収まったかのように思えた。
 しかし、花びらに埋まった教室は授業どころではなく、生徒たちは保護者の迎えを条件に一斉下校となった。ただ一人、麗良を除いて。
 捕獲された不審者が麗良の父親を名乗っていた為、麗良は教師たちから質問攻めにあった。
 だが、麗良自身、全く身に覚えがない。

「私は何も知りません。全くの人違いです」

 優等生として普段から教師たちからの人望が厚い麗良は、その一言だけで解放された。捕まった不審者がその後どうなったのかは知らない。
 その後、すぐに家政婦の依子が迎えに来てくれたので、麗良は無事に家へ帰ることが出来た。
 家族同然の見慣れた依子の顔を見て、麗良は自分が思っていたよりも緊張していたことに気が付いた。

「まあまあまあ、恐かったでしょう。不審者だなんて。
 学校のセキュリティは一体どうなっているのかしら」

 依子は、長い間花園家に仕えている家政婦だ。その朗らかで丸い顔は、見る者全てに親近感と安堵を抱かせてくれる。
ただ、過剰に心配性なところがあるため、麗良は道中、いかに自分が見目麗しい女性であるのだから特に注意しなくてはいけないこと、危険が迫った時の対処法などを延々と聞かされる羽目となった。
 麗良が道中、マヤに家へ寄って行くからと言って別れなかったら、家へ着くまで続いただろう。
 そこまで話すと、マヤは嬉しそうに手を鳴らした。

「レイラにそんな素敵なお父様がいたなんて、知らなかったわ。
 今度、私にも会わせてちょうだいよ」

麗良は、思わず口にしたカモミールティを噴き出しそうになってむせた。

「じょ、冗談言わないでよ。ただの変質者よ。
 あんなのが自分の父親なんて言われたら、首をくくって自殺してやるわ」

 麗良は、笑いごとではないと顔をしかめて見せたが、マヤは、楽しそうにころころと笑っている。
いつもより顔色の良いマヤの様子を見て、麗良は、内心ほっとしていた。
 身体の弱いマヤが家から出ることは滅多にない。
 マヤとは、麗良が物心つく前からの長い付き合いだが、年々弱っていくようで、特にここ数年はずっとベッドの上で過ごす日々が続いていた。
いつもならベッド脇で麗良の話を聞きながら眠ってしまうことも多いのだが、今日は珍しく体調が良いというので、マヤの家の庭に出て、二人でお茶を飲みながら歓談している。

「そこまで言わなくても……だって、素敵なお話じゃない。
 まるでお伽噺に出てくる王子様か、妖精王のようだわ」

 マヤのその言葉に、麗良は、はたと何かに思い当たったように、飲みかけのカップをソーサーへと置く。
校庭であの光景を目にしてから、ずっと自分の中で何かが引っかかっていたのだ。

「妖精王って、マヤがよく私に聞かせてくれた童話よね。そっか、それで……」

 自然に愛される妖精王は、自由に花や緑を咲かすことができる。
悪魔によって荒廃させられた世界を妖精王が魔法の力で緑豊かな世界へと生まれ変わらせる……そんな素敵な物語だ。家にいることの多いマヤは、よく色々な本を読んでは麗良に話して聞かせてくれた。妖精王の物語もその中の一つだ。
 校庭一面を埋め尽くすお花畑の中に立っていた男の姿は、見た目を除けば、まさに童話に出てくる妖精王そのものだった。
それ故、麗良の中に不思議な既視感を覚えさせたのだが、男の真っ黒な髪と衣服に浅黒い肌は、妖精というよりも悪魔にしか見えず、こうしてマヤに言われるまで妖精王の物語と紐づけて考えることができなかった。

「そりゃあ私だって、全く期待しなかったわけじゃないわよ。
 でも、マヤだって知ってるでしょう。私に父親はいないってこと」

 麗良がカップの持ち手を指でなぞる。
それは、これまで幾度となく麗良が自分に言い聞かせてきた言葉だ。
麗良の表情に影が差すのを見て、マヤは持っていたカップに視線を落とした。
 麗良が産まれてからずっと父親を知らずに育ってきたことは、マヤもよく知っている。
幼い頃から幾度となく遊びに行った麗良の家には、厳しい祖父と優しい祖母、そして、美しくもどこか儚げな空気を纏った母の笑顔があった。
祖母は、よく子供たちにお手製のおもちゃやお菓子を与えてくれていたが、麗良がまだ幼い頃に亡くなってしまった。
代わりに、家政婦の依子が毎日通いで家のことを回すようになった。

 麗良の自宅は、昔ながらの日本家屋で、家族四人が住むには広すぎたが、使っていない空き部屋は子供にとって格好の遊び場だった。
陽の当たる縁側で遊び疲れて眠ってしまうこともあれば、よく掃除中の依子さんにイタズラが見つかっては、叱られることもあった。
今ではもう、家政婦の依子が祖母代わりのようなものだ。
 そんな暖かな家族の住む家に、唯一暗い影を落とす存在があった。
 それが麗良の父親であることは、言葉として聞かなくとも、子供のマヤにも察せられた。幾度となく遊びに訪れて、一度も会うことのない存在。
そして、家族の誰一人として口にしようとはしないその名前を、口には出さないものの、麗良が心の底で欲していることもマヤにはわかっている。
 マヤは、カモミールティをカップから音を立てずに一口飲むと、顔を上げた。

「胡蝶さんとおじい様は、お元気かしら。
 もうだいぶお会いしてないけれど……」

 聞かれた麗良は、齧りかけの焼き菓子を手に、ぼうっと庭に植えてある花壇を眺めている。気づかわし気にマヤが顔を覗き込むと、はっと我に返った麗良が焼き菓子を口に放り込んだ。

「お父様のこと、気になる?」

 マヤの目が優しく細められる。

「まさか、マヤの家の庭は、いつ見ても綺麗だなーって思ってたのよ」

 マヤがくすくすと笑みを零す。
麗良は、誤魔化すようにカップからカモミールティを一口啜った。
 この幼馴染には、何故自分の考えていることが解るのだろうと不思議に思う。
正直、昼間見た、現実ではあり得ない光景が頭からずっと離れず、麗良の胸はどきどきしていた。
けれど、それが自分には決して手に入らないものだと知っている。

「いつでも見に来てね。私は、ここにいるから」

 慈しむように笑うマヤの瞳が、いつにも増して優しい気がした。
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