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【第四章】楽しい宴会
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ででん、と三味線が音がかき鳴らす。
あいくちって何、とあかりが聞く前に、とっくり男の腹から箸を持った狐の子の腕がにょきっと飛び出した。
もちろん、幽霊の身体は通り抜けてしまうから傷一つない。
それでも、なんとなく危ないもので身体を突き刺されたのだろう、というのがわかった。
「さすがのわしも刃物には歯が立たんかった。そこでわしの記憶は途絶えた。
無念……無念じゃ……せめてこの手であの犯人を捕まえてやりたかった。
あいつがあの後どうなったのか、それだけが気がかりじゃ……」
とっくり男は、遠い目をして空を見つめている。
狐の子が、男のとっくりに何かを入れるのが見えた。
「火事はどうなったの?
消防車は来てくれた?」
あかりの問いに、とっくり男は、虚を突かれた顔をした。
犯人を追うことばかり考えていて、火事のことをすっかり忘れていたようだ。
「そりゃあ、そのぉ…………誰かが火事に気付いて、火消しを呼びに行ったんじゃないかのぉ……」
自信なさげに顎をさすって話すとっくり男にあかりが畳みかける。
「でも、おじさんが気付いた時にすぐ知らせていれば、もっと早く火事を消せたんじゃないかしら」
う、とカエルがつぶれたような声を出して、とっくり男は、返す言葉もない。
誤魔化すように、手にしていたとっくりの中身を飲み干した。
「……ごくっ……ん? んんん??
ひ、ひぃ~~~! なんじゃ、これはっ。
わわわ、わさびか、からしか……目がぁ、鼻が痛いぃぃ」
とっくり男は、とっくりを放り落とすと、その場に泣き崩れるように倒れた。
その傍らに、狐の子が両手にわさびとからしのチューブを持っている。
幽霊の身体は物を通すけど、食べ物は違うのかしら、とあかりは不思議に思った。
「まぁまぁ、今晩はやけに賑やかですね。私も仲間に入れて頂けないかしら」
柔らかな陽だまりのような声だった。
見ると、一人の老婆が立って、こちらを優しそうな笑みで見つめている。
割烹着を着て、髪を綺麗に後ろで結ってある。皆が、女将、おかみ、と呼ぶのが聞こえた。どうやら彼女がこの宿屋の女主人のようだ。
「あら、ホラさん、どうされました。
はい、お水ですよ。こんなに飲んで、しょうのない人ですね。
ほら、お召し物も乱れてますわよ」
そう言いながら、女将は、とっくり男に水を渡すと、ささっと浴衣の帯を締め直してやった。
どうやら、ホラ、というのが彼の名前らしい。
「坊やも、またおいたをしたんですね。わかりますわよ。
あまりお客さんをいじめないであげてくださいな」
言われて、狐の子が肩をすくめた。
叱られているのに、何故だか嬉しそうに見える。
「お嬢さんは、初めて見るお顔ね。
ようこそ、とこよ荘へ。私は、ここの女将。
ここは、誰でも好きな時に来て、好きな時に出て行っていい場所なのよ。
好きなだけ、ゆっくりしていってね」
にっこり微笑む女将の顔を見て、あかりは、なんだか胸がほっこりと暖かくなった。
何故か、死んだおばあちゃんを思い出した。
お母さんのお母さんで、あかりが赤ん坊の頃に亡くなったため、写真でしか見たことがないが、優しそうな丸い顔と雰囲気がどことなく似ている気がする。
「ほら、この人がそうだよ。
この横丁のことなら何でも知ってるから、お母さんのこと、聞いてみるといいよ」
狐の子が言っていた『ぴったりの人』というのは、この女将のことらしい。
「あら、何かしら。私でわかることなら、何でも話を聞きますよ」
そう言って女将は、あかりの隣にそっと腰を下ろした。
「あのね、あたし、お母さんを捜しているの」
ふんふん、と女将は頷きながら、あかりの言葉を待った。
「あたしのお母さんは、死んじゃったんだけど……あたしには、そのぉ……見えていたの。
お父さんもおばあちゃんも、嘘をつくなって、誰も信じてくれなかったけど。
本当なの、お母さんは、いつもあたしの傍に居てくれたの」
「嘘をつくなって? 嘘じゃないのに?
酷い父親だね。そんな家、帰ることないじゃないか」
口を挟んだ狐の子を女将がしっと口に手をやり黙らせた。
おじさんは、何か難しい顔をしてじっと畳を見つめている。
「でも、消えちゃった。見えなくなっちゃった。
それで、あたし……ここまでお母さんを捜しに来たの。
ここになら、お母さんがいるかもって、それで……」
あかりは、その質問を女将にするのが何故だか怖いと思った。
この横丁のことなら何でも知っているという女将。
もし、あかりの期待する答えが返ってこなかったら、そう思うと、次の言葉を口にするのがためらわれた。
膝の上でぐっと小さく握られた拳が震えている。
その手に、女将がそっと自分の手を乗せた。
「それは辛かったわね。
こんなに小さいお嬢ちゃんが一人で、こんなところまで来て、大変だったでしょう。
よくがんばったわね、えらいわ」
女将の優しい手が、あかりの頭を撫ぜる。
決して触れることはないその手が、あかりの心を優しく撫ぜてくれるようだ。
あかりの目に涙が溢れた。
喉の奥からこみあげてくる熱い波が堰を切ってあふれ出す。
あいくちって何、とあかりが聞く前に、とっくり男の腹から箸を持った狐の子の腕がにょきっと飛び出した。
もちろん、幽霊の身体は通り抜けてしまうから傷一つない。
それでも、なんとなく危ないもので身体を突き刺されたのだろう、というのがわかった。
「さすがのわしも刃物には歯が立たんかった。そこでわしの記憶は途絶えた。
無念……無念じゃ……せめてこの手であの犯人を捕まえてやりたかった。
あいつがあの後どうなったのか、それだけが気がかりじゃ……」
とっくり男は、遠い目をして空を見つめている。
狐の子が、男のとっくりに何かを入れるのが見えた。
「火事はどうなったの?
消防車は来てくれた?」
あかりの問いに、とっくり男は、虚を突かれた顔をした。
犯人を追うことばかり考えていて、火事のことをすっかり忘れていたようだ。
「そりゃあ、そのぉ…………誰かが火事に気付いて、火消しを呼びに行ったんじゃないかのぉ……」
自信なさげに顎をさすって話すとっくり男にあかりが畳みかける。
「でも、おじさんが気付いた時にすぐ知らせていれば、もっと早く火事を消せたんじゃないかしら」
う、とカエルがつぶれたような声を出して、とっくり男は、返す言葉もない。
誤魔化すように、手にしていたとっくりの中身を飲み干した。
「……ごくっ……ん? んんん??
ひ、ひぃ~~~! なんじゃ、これはっ。
わわわ、わさびか、からしか……目がぁ、鼻が痛いぃぃ」
とっくり男は、とっくりを放り落とすと、その場に泣き崩れるように倒れた。
その傍らに、狐の子が両手にわさびとからしのチューブを持っている。
幽霊の身体は物を通すけど、食べ物は違うのかしら、とあかりは不思議に思った。
「まぁまぁ、今晩はやけに賑やかですね。私も仲間に入れて頂けないかしら」
柔らかな陽だまりのような声だった。
見ると、一人の老婆が立って、こちらを優しそうな笑みで見つめている。
割烹着を着て、髪を綺麗に後ろで結ってある。皆が、女将、おかみ、と呼ぶのが聞こえた。どうやら彼女がこの宿屋の女主人のようだ。
「あら、ホラさん、どうされました。
はい、お水ですよ。こんなに飲んで、しょうのない人ですね。
ほら、お召し物も乱れてますわよ」
そう言いながら、女将は、とっくり男に水を渡すと、ささっと浴衣の帯を締め直してやった。
どうやら、ホラ、というのが彼の名前らしい。
「坊やも、またおいたをしたんですね。わかりますわよ。
あまりお客さんをいじめないであげてくださいな」
言われて、狐の子が肩をすくめた。
叱られているのに、何故だか嬉しそうに見える。
「お嬢さんは、初めて見るお顔ね。
ようこそ、とこよ荘へ。私は、ここの女将。
ここは、誰でも好きな時に来て、好きな時に出て行っていい場所なのよ。
好きなだけ、ゆっくりしていってね」
にっこり微笑む女将の顔を見て、あかりは、なんだか胸がほっこりと暖かくなった。
何故か、死んだおばあちゃんを思い出した。
お母さんのお母さんで、あかりが赤ん坊の頃に亡くなったため、写真でしか見たことがないが、優しそうな丸い顔と雰囲気がどことなく似ている気がする。
「ほら、この人がそうだよ。
この横丁のことなら何でも知ってるから、お母さんのこと、聞いてみるといいよ」
狐の子が言っていた『ぴったりの人』というのは、この女将のことらしい。
「あら、何かしら。私でわかることなら、何でも話を聞きますよ」
そう言って女将は、あかりの隣にそっと腰を下ろした。
「あのね、あたし、お母さんを捜しているの」
ふんふん、と女将は頷きながら、あかりの言葉を待った。
「あたしのお母さんは、死んじゃったんだけど……あたしには、そのぉ……見えていたの。
お父さんもおばあちゃんも、嘘をつくなって、誰も信じてくれなかったけど。
本当なの、お母さんは、いつもあたしの傍に居てくれたの」
「嘘をつくなって? 嘘じゃないのに?
酷い父親だね。そんな家、帰ることないじゃないか」
口を挟んだ狐の子を女将がしっと口に手をやり黙らせた。
おじさんは、何か難しい顔をしてじっと畳を見つめている。
「でも、消えちゃった。見えなくなっちゃった。
それで、あたし……ここまでお母さんを捜しに来たの。
ここになら、お母さんがいるかもって、それで……」
あかりは、その質問を女将にするのが何故だか怖いと思った。
この横丁のことなら何でも知っているという女将。
もし、あかりの期待する答えが返ってこなかったら、そう思うと、次の言葉を口にするのがためらわれた。
膝の上でぐっと小さく握られた拳が震えている。
その手に、女将がそっと自分の手を乗せた。
「それは辛かったわね。
こんなに小さいお嬢ちゃんが一人で、こんなところまで来て、大変だったでしょう。
よくがんばったわね、えらいわ」
女将の優しい手が、あかりの頭を撫ぜる。
決して触れることはないその手が、あかりの心を優しく撫ぜてくれるようだ。
あかりの目に涙が溢れた。
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