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その3 南川六之助
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ここはよく、霊能者や占い師が修行に来る、ゴルゴネという土地である。
南川六之助は1人、白のフンドシ一丁姿で、氷のように冷たいゴルゴネの滝に打たれていた。
彼の年齢は、だいたい36歳程であろうか?
だが、その目には、大人びた外見とは別物の幼さを表す光が鈍く宿っている。
南川六之助。これが、彼の本名である。
冷たい滝に打たれながら、六之助は1人、悲しい昔の記憶の中に浸っていた。
本当は修行なので、「無」にならねばならない場面なのであるが、さざ波のように揺れ動く彼の内面の心が「無」になる事を許してはくれない。
彼の魂はまだまだ、救われていないのだった。
この南川六之助という男、実は一度自殺をはかって断崖絶壁の上から海へと飛び降りたのだ。
だが、彼は死ぬ事ができなかった。
この世に内在するあらゆる苦しみから逃げる事が、どうやら許されなかったようなのである。
気付いたら六之助は、中世ヨーロッパ風のこの異世界にたどり着いていたのだった。
そう、この六之助という男、実は異世界(この場合、地球を表す)から流れ着いたのである。
日本の東京で、彼はかつて生きていた。
日本の東京は、人々が忙しく行き交う世界。人々が頭や心、体を忙しすぎるほど忙しく動かしまわる場所。
目まぐるしく変わる環境の中で生きていくことは、彼にとっては、非常に重いことだった。
毎日に疲れた彼は、ある時、自殺した。
だが、死ねなかった。
海への飛び込み自殺をすることで、死ぬのではなく、この世界に流れ着いてしまったのだ。
ああ、死ぬのなら、崖からの海への飛び降り自殺ではなく、首つりならば、完全に死ねたのに…。
そう思いつつ、冷水に打たれる六之助の姿は、生きながら死んでいるようで、即身仏のミイラのようである。
海に流れ着いて気を失っている六之助を助けたのが、他ならぬ自分の霊能の師、クリフであった。
実はクリフはまだ17歳なのだが、六之助以上にかなり心が成熟しているように思える。
実際、この世界の成人年齢が15歳であるから、この世界の17歳は、日本の17歳よりもかなり大人びた内面を持っている事は、確かであろう。
六之助の霊力がかなり強いと分かった時、彼は、この年齢にして、クリフの弟子となる事を選び取った。
六之助は自殺に失敗し、この世界に流れつく前の悲惨な自分の人生を走馬灯のように振り返り、思い出していた。
その、止まる事のない、精神修行に欠かせない自然のシャワーを、全身で浴びながらに。
自分の人生は、何なのだろうか?
日本からこの異世界へ流れ着き、霊能者のクリフと出会ってからも、六之助は、未だに自問自答との戦いである。
六之助は、ずっと引きこもりをしていたのだった。
あの、何とも言えぬ独特な、孤立した恐怖感にも近い悲しみの感情が、滝行をしている六之助の体全体を貫いた。
六之助は、大学を卒業して就職を試みて、とある会社の事務職に就いた。
だが、なぜか電話対応で同時に2つの事をこなせずにいた。
電話対応しながらメモを取る、というような事が、六之助にとっては魔法のような事で、いくら頑張ってもできなかったのである。
他人は、それを、難なくこなせているのに、自分にはできない…!
六之助の心には、強い劣等感が積み重なっていった。
また、相手の言っている事が理解できない時が彼には、多々あったりもした。
それから、場違いな発言を取り、しょっちゅう人を怒らせてしまったりもした。
そのような生活の中、迷惑な存在として、彼は会社を辞めさせられてしまったのである。
それから少しして、彼は、精神科という少しだけ魔法の世界の様な場所に救いを求めた。
だが、脳のスキャンを取り、それが正常だったために、精神科医は、六之助を正常な働きができる普通の人である、と診断したのである。
救ってくれるはずの精神科という秘密の花園から見捨てられた六之助にとっては、とてつもなく悲しい出来事だった。
それでも六之助は、決して人生をあきらめるような事はしなかった。
何とかなる!自分にはできるっ!そう一念発起して、再び別の職に就いたのであった。
だが、そこでも場の空気を読んだり、阿吽の呼吸が分からず、人の真意をくみ取れなかったりしたために、職場の人々の、六之助に対する目線が、徐々に冷たいものに変わっていった。
また、過度の緊張状態が続き、人の言葉が聞き取れない事が多い六之助だが、極限までそこの会社で頑張った。
だが、現実という名の悪魔が、六之助に襲い掛かったのである。
六之助は、仕事もできず、人間関係でも場違いな発言をして、人を怒らせる事等ばかりだったために、またしても、会社を首になってしまったのだ。
それからも六之助は頑張り、様々な職についてみたが、一度としてうまくいった事がなく、首になる。
六之助の人生は、会社を首になる事の繰り返しだった。
そのような事が延々と地獄のように続き、いつしか彼は、完全に自信を失っていった。
……自分には、他の人が、普通に、息を吸うようにできる事が、できない……!
そのような絶望的な感情がピークに達したのは、六之助が36歳の誕生日を迎えてしまった夜の事である。
彼は眠りについた家族を起こさぬよう、そっと家を出て、1人薄暗い海へと向かった。
そして暗い闇の様な海に、吸い込まれるように落ちていったのだ。
六之助は、断崖絶壁から飛び降り、1人自殺を図ったのだった。
だが、六之助は、死ぬことができなかった。
クリフたちのいる、日本でも海外でもない、不可思議な魔法の存在する世界に流れ着き、一命を取りとめてしまったのである。
自分が生き残ってしまった事に落胆し、1人浜辺で打ちひしがれていると、クリフと称する17歳程の赤毛の青年に、声をかけられたのだ。
海に出る亡霊の難事件を解決しに、霊能者クリフが、この場所を訪れていた時の事である。
それから六之助は、この世界にあわせて「ロック」と名乗るようにして、クリフと行動を共にしている。
クリフとはかなり年齢が離れている。
だが、ロックは、クリフの弟子として霊能者を目指すため、今は彼について、修行中の身である。
滝行の最中にまた、悲しい日本での思い出が沸き起こってきてしまったので、ロックは、その場から逃げるようにして滝行を終わらせ、師匠であるクリフの姿を探したのだった。
南川六之助は1人、白のフンドシ一丁姿で、氷のように冷たいゴルゴネの滝に打たれていた。
彼の年齢は、だいたい36歳程であろうか?
だが、その目には、大人びた外見とは別物の幼さを表す光が鈍く宿っている。
南川六之助。これが、彼の本名である。
冷たい滝に打たれながら、六之助は1人、悲しい昔の記憶の中に浸っていた。
本当は修行なので、「無」にならねばならない場面なのであるが、さざ波のように揺れ動く彼の内面の心が「無」になる事を許してはくれない。
彼の魂はまだまだ、救われていないのだった。
この南川六之助という男、実は一度自殺をはかって断崖絶壁の上から海へと飛び降りたのだ。
だが、彼は死ぬ事ができなかった。
この世に内在するあらゆる苦しみから逃げる事が、どうやら許されなかったようなのである。
気付いたら六之助は、中世ヨーロッパ風のこの異世界にたどり着いていたのだった。
そう、この六之助という男、実は異世界(この場合、地球を表す)から流れ着いたのである。
日本の東京で、彼はかつて生きていた。
日本の東京は、人々が忙しく行き交う世界。人々が頭や心、体を忙しすぎるほど忙しく動かしまわる場所。
目まぐるしく変わる環境の中で生きていくことは、彼にとっては、非常に重いことだった。
毎日に疲れた彼は、ある時、自殺した。
だが、死ねなかった。
海への飛び込み自殺をすることで、死ぬのではなく、この世界に流れ着いてしまったのだ。
ああ、死ぬのなら、崖からの海への飛び降り自殺ではなく、首つりならば、完全に死ねたのに…。
そう思いつつ、冷水に打たれる六之助の姿は、生きながら死んでいるようで、即身仏のミイラのようである。
海に流れ着いて気を失っている六之助を助けたのが、他ならぬ自分の霊能の師、クリフであった。
実はクリフはまだ17歳なのだが、六之助以上にかなり心が成熟しているように思える。
実際、この世界の成人年齢が15歳であるから、この世界の17歳は、日本の17歳よりもかなり大人びた内面を持っている事は、確かであろう。
六之助の霊力がかなり強いと分かった時、彼は、この年齢にして、クリフの弟子となる事を選び取った。
六之助は自殺に失敗し、この世界に流れつく前の悲惨な自分の人生を走馬灯のように振り返り、思い出していた。
その、止まる事のない、精神修行に欠かせない自然のシャワーを、全身で浴びながらに。
自分の人生は、何なのだろうか?
日本からこの異世界へ流れ着き、霊能者のクリフと出会ってからも、六之助は、未だに自問自答との戦いである。
六之助は、ずっと引きこもりをしていたのだった。
あの、何とも言えぬ独特な、孤立した恐怖感にも近い悲しみの感情が、滝行をしている六之助の体全体を貫いた。
六之助は、大学を卒業して就職を試みて、とある会社の事務職に就いた。
だが、なぜか電話対応で同時に2つの事をこなせずにいた。
電話対応しながらメモを取る、というような事が、六之助にとっては魔法のような事で、いくら頑張ってもできなかったのである。
他人は、それを、難なくこなせているのに、自分にはできない…!
六之助の心には、強い劣等感が積み重なっていった。
また、相手の言っている事が理解できない時が彼には、多々あったりもした。
それから、場違いな発言を取り、しょっちゅう人を怒らせてしまったりもした。
そのような生活の中、迷惑な存在として、彼は会社を辞めさせられてしまったのである。
それから少しして、彼は、精神科という少しだけ魔法の世界の様な場所に救いを求めた。
だが、脳のスキャンを取り、それが正常だったために、精神科医は、六之助を正常な働きができる普通の人である、と診断したのである。
救ってくれるはずの精神科という秘密の花園から見捨てられた六之助にとっては、とてつもなく悲しい出来事だった。
それでも六之助は、決して人生をあきらめるような事はしなかった。
何とかなる!自分にはできるっ!そう一念発起して、再び別の職に就いたのであった。
だが、そこでも場の空気を読んだり、阿吽の呼吸が分からず、人の真意をくみ取れなかったりしたために、職場の人々の、六之助に対する目線が、徐々に冷たいものに変わっていった。
また、過度の緊張状態が続き、人の言葉が聞き取れない事が多い六之助だが、極限までそこの会社で頑張った。
だが、現実という名の悪魔が、六之助に襲い掛かったのである。
六之助は、仕事もできず、人間関係でも場違いな発言をして、人を怒らせる事等ばかりだったために、またしても、会社を首になってしまったのだ。
それからも六之助は頑張り、様々な職についてみたが、一度としてうまくいった事がなく、首になる。
六之助の人生は、会社を首になる事の繰り返しだった。
そのような事が延々と地獄のように続き、いつしか彼は、完全に自信を失っていった。
……自分には、他の人が、普通に、息を吸うようにできる事が、できない……!
そのような絶望的な感情がピークに達したのは、六之助が36歳の誕生日を迎えてしまった夜の事である。
彼は眠りについた家族を起こさぬよう、そっと家を出て、1人薄暗い海へと向かった。
そして暗い闇の様な海に、吸い込まれるように落ちていったのだ。
六之助は、断崖絶壁から飛び降り、1人自殺を図ったのだった。
だが、六之助は、死ぬことができなかった。
クリフたちのいる、日本でも海外でもない、不可思議な魔法の存在する世界に流れ着き、一命を取りとめてしまったのである。
自分が生き残ってしまった事に落胆し、1人浜辺で打ちひしがれていると、クリフと称する17歳程の赤毛の青年に、声をかけられたのだ。
海に出る亡霊の難事件を解決しに、霊能者クリフが、この場所を訪れていた時の事である。
それから六之助は、この世界にあわせて「ロック」と名乗るようにして、クリフと行動を共にしている。
クリフとはかなり年齢が離れている。
だが、ロックは、クリフの弟子として霊能者を目指すため、今は彼について、修行中の身である。
滝行の最中にまた、悲しい日本での思い出が沸き起こってきてしまったので、ロックは、その場から逃げるようにして滝行を終わらせ、師匠であるクリフの姿を探したのだった。
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