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『二度目の花火大会』
番外編④ 『あたしの名前は、雪野莉子よ』(※莉子編)
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つまらない。
私の現在の心情を一言で表すならば、これに尽きる。
高校に入学してからも、私のいる世界は何も変わらなかった。
彼氏がどうこう、流行りの歌がどうこう、全く興味のない話をクラスメートが騒がしく話している。
私はバッグからイヤホンを取り出し、耳に装着し、何も言わずに教室を出た。
私は人に興味がなかった。
小さな頃から興味はあまりなかったのだが、あることをきっかけに興味なしへと変化した。
中学二年の図工の授業でのことだった。
日頃から騒がしいクラスメートの男の子が私のことをチビとか何とかからかい出し、騒ぎ始めたのだ。
最初無視していたのだが、作成していた木彫りの像を彼に取り上げられたときに無視しきれなくなった。
私は立ち上がり、持っていた彫刻刀で、その私の像を思い切り突き刺した。
彼がその像を持っている状態でだ。
別に彼に傷は一切付けていない。
傷がついたのは、私のその木彫りの像だけである。
刃物の扱いに慣れている私が、像以外を傷付けるなんてことをするわけがない。
ただ、私のその行動は学校中での大きな事件となった。
私は一方的に加害者として扱われ、私をからかった男の子は被害者となっていた。
男の子は「自分は何もしていない。いきなり襲われた」と主張していたそうだ。
私はもう面倒になり、特に言い訳もしなかった。
父親からは何も言われなかったが、先生達にはかなり叱られた。
以後、学校中から白い目で見られるようになり、私の周りはとても静かになった。
しかし、私はそれで良いと思っていた。
中途半端に人と関わるくらいなら、全てを断ち切った方が良い。
その思いは高校に入学してからも変わらず、人とはできるだけ関わらずに生活をしていた。
◆ ◆ ◆
梅雨の晴れ間が久しぶりに覗いた日。
私は街の図書館の敷地で、毛繕いをしている猫を見掛けたのだった。
その猫は三毛猫で、やや小さな身体をしていた。
私は人は好きではないが、猫は割と好きだったので近づいてみた。
しかし、その三毛猫は私に気付くと、すぐに逃げてしまった。
まだ大分距離がある状態でだった。
別の日も、同じ場所で同じ三毛猫を見掛け、また逃げられた。
更に別の日も同様だった。
恐らくは図書館近くに住み着いている猫で、警戒心の強い猫なのだろう。
もう猫は遠くから眺めるだけにしようと思い始めていたときだった。
猫がいつもいる場所で、制服を着た男の子が三毛猫を胸に抱き抱えているのが見えた。
私が近づくことすら出来なかった猫をこの男の子はどうやって?
怪訝な顔で眺めていると、猫を抱き抱えたままの男の子が近づいてきた。
「あ、あの、――もし良ければ、このチュールをミケにあげてみて」
彼は私が猫に逃げられたところを見掛けたことがあるそうだ。
更に、『ミケ』という安直なネーミングのこの三毛猫は、図書館の警備員に飼われている猫で、チュールもその人からもらったものだと教えてくれた。
中学で私をからかってきた男の子とは違い、彼は無害そうに見えた。
彼の着ている制服から、私と同じ高校に通っているということが分かる。
私の背が低いせいで少し顔を見上げる形となるが、彼の背は低くも高くもないだろう。
緊張はしているが、抱いているミケには非常に気を使って優しく扱っているというのが分かった。
私はチュールを受け取り、袋を開け、ミケの前に差し出した。
ミケはその匂いを嗅いでから、少しずつ食べ始めた。
食べ始めると止まらなかった。
小さな口と舌を使って、一気に完食してしまった。
あまりの勢いに私が唖然としていると、彼が言った。
「もう、大丈夫かな。はい、どうぞ」
彼はミケの体勢を変え、ミケの両脇を抱えて私へと差し出した。
私は緊張しながら、ミケへと手を伸ばす。
「あっ、緊張しないようにして。ミケに伝わっちゃうから。深呼吸してからが良いよ」
彼の声はとても優しくて、心地良かった。
私は彼の言うように、ゆっくり二回深呼吸をした。
少し心が落ち着くのが分かった。
改めて、彼からミケを受け取る。
ミケは特に暴れることもなく、私の腕の中に移ってきた。
ミケを胸で抱えると、身じろぎをして良いポジションを見つけたようだ。
私の腕を枕にして、眠そうに目を閉じる。
ミケからはじんわりと温かさが伝わってきた。
温かなミケを抱いていると、彼の様子がおかしいことに気付いた。
「あ、あの…………」
続けられるべき言葉は発せられず、彼はそのまま黙ってしまった。
何やら緊張しているようだ。
彼はしばらく沈黙した後、意を決した様子で話し始めた。
「ぼ、僕の名前は、雨宮陸……。き、君の名前を教えてもらっても、いいかな……?」
しどろもどろになりつつ、彼は問いかけてきた。
その様子がちょっとだけおかしくて、私は顔を綻ばせる。
前髪の隙間から彼を見つめ、問いに応えた。
「あたしの名前は、―――雪野莉子よ」
それが私と陸との出逢いだった。
私の全てを捧げても、その全てを受け止めてくれる。
元気いっぱいで明るい兄想いの妹と、麗しく気高い守護を引き連れて。
こんなにもつまらなかった世界を色鮮やかに染め上げる。
あたしが愛してやまなくなる人との出逢いだった。
私の現在の心情を一言で表すならば、これに尽きる。
高校に入学してからも、私のいる世界は何も変わらなかった。
彼氏がどうこう、流行りの歌がどうこう、全く興味のない話をクラスメートが騒がしく話している。
私はバッグからイヤホンを取り出し、耳に装着し、何も言わずに教室を出た。
私は人に興味がなかった。
小さな頃から興味はあまりなかったのだが、あることをきっかけに興味なしへと変化した。
中学二年の図工の授業でのことだった。
日頃から騒がしいクラスメートの男の子が私のことをチビとか何とかからかい出し、騒ぎ始めたのだ。
最初無視していたのだが、作成していた木彫りの像を彼に取り上げられたときに無視しきれなくなった。
私は立ち上がり、持っていた彫刻刀で、その私の像を思い切り突き刺した。
彼がその像を持っている状態でだ。
別に彼に傷は一切付けていない。
傷がついたのは、私のその木彫りの像だけである。
刃物の扱いに慣れている私が、像以外を傷付けるなんてことをするわけがない。
ただ、私のその行動は学校中での大きな事件となった。
私は一方的に加害者として扱われ、私をからかった男の子は被害者となっていた。
男の子は「自分は何もしていない。いきなり襲われた」と主張していたそうだ。
私はもう面倒になり、特に言い訳もしなかった。
父親からは何も言われなかったが、先生達にはかなり叱られた。
以後、学校中から白い目で見られるようになり、私の周りはとても静かになった。
しかし、私はそれで良いと思っていた。
中途半端に人と関わるくらいなら、全てを断ち切った方が良い。
その思いは高校に入学してからも変わらず、人とはできるだけ関わらずに生活をしていた。
◆ ◆ ◆
梅雨の晴れ間が久しぶりに覗いた日。
私は街の図書館の敷地で、毛繕いをしている猫を見掛けたのだった。
その猫は三毛猫で、やや小さな身体をしていた。
私は人は好きではないが、猫は割と好きだったので近づいてみた。
しかし、その三毛猫は私に気付くと、すぐに逃げてしまった。
まだ大分距離がある状態でだった。
別の日も、同じ場所で同じ三毛猫を見掛け、また逃げられた。
更に別の日も同様だった。
恐らくは図書館近くに住み着いている猫で、警戒心の強い猫なのだろう。
もう猫は遠くから眺めるだけにしようと思い始めていたときだった。
猫がいつもいる場所で、制服を着た男の子が三毛猫を胸に抱き抱えているのが見えた。
私が近づくことすら出来なかった猫をこの男の子はどうやって?
怪訝な顔で眺めていると、猫を抱き抱えたままの男の子が近づいてきた。
「あ、あの、――もし良ければ、このチュールをミケにあげてみて」
彼は私が猫に逃げられたところを見掛けたことがあるそうだ。
更に、『ミケ』という安直なネーミングのこの三毛猫は、図書館の警備員に飼われている猫で、チュールもその人からもらったものだと教えてくれた。
中学で私をからかってきた男の子とは違い、彼は無害そうに見えた。
彼の着ている制服から、私と同じ高校に通っているということが分かる。
私の背が低いせいで少し顔を見上げる形となるが、彼の背は低くも高くもないだろう。
緊張はしているが、抱いているミケには非常に気を使って優しく扱っているというのが分かった。
私はチュールを受け取り、袋を開け、ミケの前に差し出した。
ミケはその匂いを嗅いでから、少しずつ食べ始めた。
食べ始めると止まらなかった。
小さな口と舌を使って、一気に完食してしまった。
あまりの勢いに私が唖然としていると、彼が言った。
「もう、大丈夫かな。はい、どうぞ」
彼はミケの体勢を変え、ミケの両脇を抱えて私へと差し出した。
私は緊張しながら、ミケへと手を伸ばす。
「あっ、緊張しないようにして。ミケに伝わっちゃうから。深呼吸してからが良いよ」
彼の声はとても優しくて、心地良かった。
私は彼の言うように、ゆっくり二回深呼吸をした。
少し心が落ち着くのが分かった。
改めて、彼からミケを受け取る。
ミケは特に暴れることもなく、私の腕の中に移ってきた。
ミケを胸で抱えると、身じろぎをして良いポジションを見つけたようだ。
私の腕を枕にして、眠そうに目を閉じる。
ミケからはじんわりと温かさが伝わってきた。
温かなミケを抱いていると、彼の様子がおかしいことに気付いた。
「あ、あの…………」
続けられるべき言葉は発せられず、彼はそのまま黙ってしまった。
何やら緊張しているようだ。
彼はしばらく沈黙した後、意を決した様子で話し始めた。
「ぼ、僕の名前は、雨宮陸……。き、君の名前を教えてもらっても、いいかな……?」
しどろもどろになりつつ、彼は問いかけてきた。
その様子がちょっとだけおかしくて、私は顔を綻ばせる。
前髪の隙間から彼を見つめ、問いに応えた。
「あたしの名前は、―――雪野莉子よ」
それが私と陸との出逢いだった。
私の全てを捧げても、その全てを受け止めてくれる。
元気いっぱいで明るい兄想いの妹と、麗しく気高い守護を引き連れて。
こんなにもつまらなかった世界を色鮮やかに染め上げる。
あたしが愛してやまなくなる人との出逢いだった。
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