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『アオの誘拐』

第三十一話 『僕の莉子を傷付けたからに決まっているだろうがーーー!!!』

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「莉子! 危ないっ!!」

 声を上げながら莉子に駆け寄ろうとしたが、――遅かった。
 パンッっと軽い音が聞こえ、莉子は地面にうずくまった。

 ……ヒカル様の右手には拳銃が握られていた。

「莉子!!」

 僕はすぐさまアオを澪へと託し、莉子へと駆け寄った。
 莉子は右の足首から出血をしていた。

「ちょっと我慢して」

 ペットボトルを取り出し、水で傷口を洗い流す。
 そして、持っていたハンカチで固く縛った。

「う、くぅ……」

 莉子がうめき声を上げる。
 ハンカチは白から赤へとどんどん変色していく。

「どうやらおっかねえ奴は、その包丁女だけらしいな」

 右手に拳銃を握ったままのヒカル様は、けたけたと笑い声をあげている。

「まあ、これで大人しくなるだろうよ」

 こいつ……。

「男だけは逃げても良いぜ。女や猫のように価値はねぇし……そのときには女のイイ顔が見られそうだしなぁ~」

 薄ら笑いをしながら、顎で出口を示す。

「…………陸だけでも逃げて。あたしは大丈夫だから」

 額に汗を浮かべながらも、莉子の瞳からは覚悟が見える。
 奴の言うような顔を見せることは絶対にないだろう。
 しかし――。

「……包丁、ちょっと借りるな」

 そう言って、僕は莉子の包丁の片方を拾い上げた。
 例え怪我をしていたって、拳銃を持っている相手にだって、莉子が負けることはない。
 そんなことくらい僕には分かっている。

 だが――。
 大丈夫ではない。

「陸、何を……?」

 莉子の質問には答えなかった。
 質問には答えず、包丁を持ったままの僕はヒカル様へと向かって駆け出した。

「馬鹿が! 包丁が拳銃に勝てるわけがねーだろ!」

 無言の僕は奴の方へと、少し右方向から回り込んだ。
 これなら、もし撃たれたとしても莉子たちに影響はない。

「そんなに死にたいなら、死ね!!」

 全く止まる気配のない僕に、ヒカル様は銃を向ける。
 嫌な笑みを浮かべている。
 そして、引き金を引こうという瞬間。

「がぁぁ!? ぐぅぅぅ……!?」

 ヒカル様の右脇腹へと包丁が突き刺さった。

「陸を殺す? そんなことあたしがさせるわけがないじゃない! お前が死ねーー!!!」

 ちらりと後ろに目を向けると、足から血を流したままの莉子が立ち上がっていた。
 思考するまでもない。
 莉子が刃先の折れた包丁を投げつけたのである。

「このアマーー!!」

 脇腹を抑えつつ、大きな叫びを上げるヒカル様。
 腹にめり込んだ包丁は既に地面に落ちているが、怒りのままに莉子を睨み付けている。

「よそ見している余裕なんてあるの? 陸を守るのはあたしだけじゃないわよ?」

 莉子が言うが早いか、グリーンとブルーの輝きがヒカル様へと襲い掛かった。

「!? な、なんだ!? この猫は!?」
「ニ゛ャャャーーー!!!」

 怒りの声を上げながら飛び掛かったアオは、ヒカル様の顔面へと爪を振るった。

「ぎゃあぁぁぁーー!!」

 ヒカル様の顔、右半面へと裂傷が走る。

「……く、くそっ!!」

 そう言って、怒りと痛みに顔を引きつらせるヒカル様。
 気付いたときには、包丁を持った僕は目の前に立っていたのである。

「!?」

 慌てて銃を向けようとするが、それより早く僕は右手の包丁を一閃させた。
 キンっという金属音とともに、銃が真っ二つに割れる。

「はっ、はっはっは……」

 乾いた笑いを響かせ、茫然自失となるヒカル様。
 へなへなとその場にへたり込む。

 僕は手に持った包丁をじっと見つめた。
 包丁を握ったときから、強く感じていた。
 この包丁は僕にしっくり馴染むと。

 まあ、それも当然かもしれない。
 莉子が僕のために毎日手入れし、振り回し続けた包丁だ。
 僕が使うときに力を貸してくれてもおかしくはない。

 今ならきっと、目の前の金髪の首も簡単に斬り落とせるだろう。

「ま、待ってくれ!! 殺さないでくれ!!」

 包丁を見つめる僕に不安を覚えたのだろう。
 ヒカル様は命乞いを始めていた。
 先程とは違い、今度は必死さを感じる。

「猫をさらったことなら、本当に謝るから!」
「当然、それもあるな」

 僕は冷めた目でヒカル様を見た。

「な、何を……、そんなに、怒っているんだ……?」

 コイツはまだ分かっていない。

「莉子を……、僕の莉子を、傷付けたからに決まっているだろうがーーー!!!」

 僕はこれ以上ないくらい大きく叫んでいた。
 莉子はいつだって僕のことを大切にしてくれた。
 いついかなるときも僕を守ってくれていたのだ。

 でも、僕はどうだ?
 こんな奴にあっさりと大切な莉子を傷付けられてしまった。

(……こいつは絶対に許さない!)

 尻餅をついたままのヒカル様に更に一歩近づく。
 包丁を持った右手を振り上げ、それを力いっぱい振り下ろした。

「ぶべっ……!?」

 拳がヒカル様の左頬へとめり込み、ヒカル様は白目をむいて動かなくなった。
 どうやら意識を失ったようだ。

「ふぅ~……」

 僕は小さく息を吐いた。
 今のこいつを怒りに任せて殺すことは簡単だ。
 でも、僕はそれはしない。
 それをしたら、きっと僕は包丁を持った莉子を全力で止められなくなる。

 僕はこれからも彼女と一緒に時を過ごすし、彼女の笑顔を守り続ける。
 最優先すべきは、こいつをどうにかすることではない。
 彼女のそばに居続けることなのである。
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