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『包丁とバッジとチョーカー』

第十六話  『さて、お兄ちゃんだけ、仲間外れかな?』

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「わぁ~」
「美味しそうだし、可愛いし~」

 運ばれてきた料理に瞳を輝かせ、感嘆の声を上げる二人。
 動物園内のレストランへと移動した僕らは、三人で同じメニューを頼んだ。
 動物園イチ押しメニューのパンケーキである。

「パンケーキには、この動物園にいる動物がランダムで描かれてるんだってさ」

 実際三人のパンケーキは全て異なる絵柄だった。
 澪のはマヌルネコ。
 僕のはアルパカ。

「――莉子ちゃんのは??」
「ユキヒョウみたいだね」

 莉子のは長い尻尾を持ったユキヒョウだった。

「ユキヒョウ?」

 首を傾げる莉子。

「この後、見に行ってみようか?」
「うん」

 どうやら莉子はユキヒョウに興味を持ったらしい。
 次に行くべき場所が決まった。


「アオより尻尾が大分太くて長いのね」
「そうだな」
「少しで良いから、私の首に巻いてくれないかなぁ」
「それは、首絞められそうだな……」

 岩の上に寝そべりながら、毛づくろいをするユキヒョウ。
 胴体と同じくらいの長さがある立派な尻尾を見て呟く澪に、僕はツッコミを入れていた。
 しかしながら、動物好きな僕としてもマフラー的尻尾はちょっとやってみたいかもしれない。

「莉子はどう? ユキヒョウ、気に入った?」
「えっと……」

 莉子が話し始めようとすると、急にユキヒョウは立ち上がり、岩壁を下り始めた。
 軽快な動作でステップを踏む。
 そして、地面に降り立つとお座りをし、こちらをじっと見つめている。

「凄く綺麗で、格好良い……」

 尻尾だけでなく、立派な被毛に覆われた全身も美しい。
 顔は凛々しく、正に威風堂々と言った雰囲気をかもし出している。

「あたしもいつかあんなふうになりたいなぁ……」

 莉子はユキヒョウを通して、その先の何かを見ているようだった。

 莉子はあまり自己評価が高くない。
 もしろ、低いと言って良いぐらいだろう。
 確かに人とのコミュニケーションを始め、莉子は苦手なことも多い。
 しかし、僕から見れば――。

「お兄ちゃん、莉子ちゃん、折角だからお土産も見て行こうよー」

 澪が少し離れた建物を指差している。
 どうやらお土産を扱っているお店のようだ。

「行こう、陸」
「あ、うん」

 澪の呼び掛けに、すぐにお店へと向かい始める莉子。

 去年の夏から僕は莉子と付き合い始めた。
 莉子については、本当に沢山のことを知っているつもりだ。
 特に、莉子の良いところに関しては他の誰にも負けないくらい知っている。
 莉子の家族にも負けないかもしれない。

 ただ、当然莉子の全てを知っているわけではなかった。
 そして、僕の想いの全てを伝えきれているわけでもない。


 お土産屋さんには大小様々な動物のぬいぐるみだったり、動物の足跡クッキーだったり、動物の絵柄の入ったハンカチだったり、ありとあらゆる動物グッズがあった。
 その中から、我が妹が選択したのは――。

「これでしょう~!!」

 動物の缶バッジ入りのガチャガチャだった。

「……おい、変なのが当たっても知らないぞ??」
「変なのが当たったら、それが運命ってことよー」

 よく分からんことを言い出す澪。

「莉子はこれで良い??」
「うん、面白そうだし、可愛いのもあるみたいよ」

 澪に続いて、莉子も興味を持ったようである。
 それなら僕が反対する理由はない。

「じゃあ、私からね~」

 一番は澪だった。
 通常こういうのは言い出しっぺがババを引くものだが、さて……。

「あー、変な顔の猫~!!」

 どうやらマヌルネコを引いたようだ。
 ただ、変な顔とは言っているが、じつは結構気に入っているようだった。
 思いっきりニコニコしながら、早速バッグの目立つところに付けている。

「次は莉子ちゃんね?」
「うん」

 ちょっと緊張の面持ちでガチャガチャを回す莉子。
 カプセルを開けると……。

「あっ、変な顔の猫!?」
「私とお揃いねーーー!!!」

 莉子のもマヌルネコであった。
 それに気付いた澪は超ハイテンションとなった。
 莉子もじつに嬉しそうである。

「さて、お兄ちゃんだけ、仲間外れかな?」
「――嫌な言い方するな」

 第二のマヌルバッジを莉子のバッグの目立つところに勝手に付けている澪。
 手を動かしながら、口もよく回っているようだ。

 さすがに、三回連続でマヌルバッジは出ないだろう。
 仲間外れは覚悟しよう。
 ならば、せめて二人が羨ましいと思う動物が出てくれると良いのだが……。

 真面目に神頼みをしながら、ガチャガチャを回す。
 ここまで緊張するガチャは初めてかもしれない。
 三人で顔を突き合わせながら、出てきたカプセルを開くと――。

「あ、これ」
「さっき見た」
「ユキヒョウじゃない~。お兄ちゃん、大当たりね~」

 出てきた缶バッジには、凛々しい姿のユキヒョウが描かれていたのである。

「ん? 莉子??」

 見ると、莉子が僕の手にあるユキヒョウバッジをじっと見つめていた。
 何だかちょっと嬉しそうである。

「莉子、もしこのバッジが欲しいなら、交換とかプレゼントとかでも――」

 当然一目見て気に入ったバッジではあったが、莉子にあげるのなら全然惜しくはないわけで――。

「ううん、これは陸が持っていて。あたしは陸に持っていてもらいたいわ」
「そう??」
「うん。じゃあ、このバッジ、早速付けるね」

 ユキヒョウバッジを摘まみ上げると、莉子は澪と同じように僕のリュックへとバッジを付け始めた。
 その顔はニコニコとずっと嬉しそうであった。



 その後も僕ら三人は動物園を見て回った。
 ペンギンのお散歩も見たし、クマのお食事シーンも見た。
 オットセイとアザラシのショーも、オオカミについての飼育員さんからの解説も聞いた。
 ライオン、カピバラ、フクロウ、トラ、サル、ダチョウなんかも見て回った。

 そして、辺りが暗くなり始めた頃に、閉園時間を告げる放送が流れ始めたのである。

「まだ見れてない動物いっぱいいるのに~」

 澪が愚痴をこぼす。
 動物園をかなり広く回れたとは思うが、さすがに全部回ることはできなかったのである。

「また日を改めてかなぁ~」

 僕も楽しかったし、莉子もとても楽しそうにしていた。
 また来るのも悪くない。


「グルルルル……」

 唸り声のようなものが耳に届いたのは、出口に向かって三人でゆっくりと歩いているときだった。
 声がする方向へと顔を向け、僕はその場で凍り付いた。
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