上 下
19 / 43
『包丁とバッジとチョーカー』

第十四話  『動物園ならお兄ちゃんの能力が活かせるから、きっと面白いと思うよ?』

しおりを挟む
「こういうところはカップルで、つまり僕と莉子の二人で行くべきだと思うんだけど……」

 一応、抗議の声を挙げてはみるが……。

「だって、私も一緒に行きたいんだもの~」

 欲望に忠実な澪には、当然通じない。
 澪は莉子に助けられて以来、莉子にベッタリだった。
 今も莉子と手を繋いで、かなりテンション高めである。

 そして、態度が大きく、身長も莉子より高い。
 そのため、周りからは『姉』と思われていることだろう。

「……陸? 妹さんも一緒なら、きっと楽しいと思うよ……」

 妹役の莉子はというと、少し赤い顔をして、大人しく『姉』に従っている。
 莉子としても別に嫌々従っているというわけではないらしい。
 その証拠に、人を近付かせないオーラを澪には出していない。
 慕われているというのを喜んでいるようだった。

 勿論、兄である僕はというと――。

「ほら、お兄ちゃんも手を繋いで?」
「――えっ??」

 澪は莉子の空いている方の手へ向かって、目配せをしている。

「陸、あの……」

 少し恥ずかしそうに、手を差し出す莉子。
 僕は緊張しながら、ゆっくりとその小さな手を取った。

 ――バッチリ、実の妹である澪のペースに巻き込まれていた。

「じゃあ、行きましょうかー!」

 こうして、僕と莉子と澪の三人での動物園デートが開始されたのである。


 ◆ ◆ ◆


 きっかけは澪だったらしい。
 「動物園ならお兄ちゃんの能力が活かせるから、きっと面白いと思うよ?」と莉子に言ったそうだ。
 二人でどこの動物園へ、いつ行くかの相談をし、僕はそこへの同行者というわけであった。

 莉子は、自分からどこどこへ行きたい等の主張をすることは非常に少ない。
 「陸のいるところならどこでも……」と基本僕の後を付いてきてくれる。

 ただ、今回は澪がきっかけだったとはいえ、莉子も「一緒に動物園に行きたい」と主張していた。
 とすると、当然僕がすべきことは、それに全力で応えるだけである。
 そんなわけで、今日という日のための準備に僕は余念がなかった。

「まずはアジアコーナーに行こうか」

 僕は二人の案内を開始した。
 動物園は広いので、一日で全部を回り切るのは難しい。
 アドリブで色々な場所に行くのは良いが、メインとなる場所は抑えておくべきだろうと僕は考えていた。
 そこで、莉子と澪の二人(特に莉子)が楽しめるだろう場所を僕はリサーチしていたのだ。

「変な顔の猫……」
「変な顔の猫ね?」

 展示ガラスを覗き込むなり、失礼なことを呟く二人。
 変な顔の猫……もとい、個性的で愛嬌のある顔の猫が草木が植えられた展示スペース内を歩き回っていた。
 この猫はマヌルネコである。

 マヌルネコは耳が左右についていて、横長の少し変わった顔をしている。
 そして、非常に寒い地域に生息しているため、毛がかなりモコモコしている猫なのである。
 二人とも猫は好きなので、ちょっと変わった猫はどうかと思ったのだが……。

「ふーん、人懐こい猫なの??」

 僕の簡単な説明を聞いた澪が質問を投げかける。

「いや、生態調査が全然進まないくらい、かなり警戒心が強いらしい」

 そう言ったそばから、僕らに近付いてくる一匹のマヌルネコ。
 そして、僕に向かって、展示ガラスを前足でひっかき始めた。
 どうやら「遊んでほしい」と主張しているようである。

「お兄ちゃんには全く警戒しないみたいね」
「さすが陸ね!」

 そんなつもりは全くなかったのだが、いきなり褒められてしまった。
 そして、本当に嬉しそうな莉子に、つい僕も嬉しくなってしまう。


「この動物園は色々な動物のショーもやっていて、鳥のショーが特にオススメらしいよ」
「じゃあ、行ってみましょう~」

 俄然乗り気の澪に連れられ、僕らはショーイベント会場へと移動を開始した。
 もちろん三人で手を繋いでである。

「お兄ちゃん、なかなか迫力あるね~!」

 このショーはペンギンの散歩などの可愛いものではない。
 鷹などの猛禽類が観客の頭上を飛ぶ迫力満点のショーである。
 今回僕らの頭上でも、超低空飛行、手を伸ばせば触れそうなくらい頭上スレスレに鷹が飛んでいた。
 そんな鷹にワクワクが止まらない澪。

「陸!!」

 そして、腕を組んだ状態で僕に身体を寄せてくる莉子。
 また莉子は澪の身体も引っ張りこんでいた。
 傍から見れば、非常に仲睦まじい様子の三人であったとは思う。

 しかし、ドキドキが止まらない僕は気が気でなかった。
 腕を組んでいる莉子の手がバッグに入れられていて、莉子は鷹を睨みつけていたからである。
 その目は鷹より鋭い目つきとなっていた……。

「いやー、凄い楽しかったね~……って、お兄ちゃん、そんなに怖かったの?」

 額に汗を浮かべる僕を見て、笑いながら話してくる澪。

(ああ、怖かったんだよ……)

 莉子のバッグからいつ包丁が取り出されるかと思うと……。


「次は、ふれあいコーナーへ行こうか?」

 この動物園には、アルパカとのふれあいコーナーがある。
 アルパカをモフモフしながら、牧草などの餌を与えることのできる場所である。
 アルパカが相手なら、さすがの莉子も警戒しないはず。
 それどころかきっと可愛がってくれるはずである。

「アルパカー!! モフモフー!!」

 餌を持つと同時に、よく分からない掛け声とともにアルパカに突撃していく澪。
 案の定、アルパカに逃げられているが……。
 まあ、これが澪なりの愛情表現、かつ楽しみ方なのだろう。

「陸……」

 莉子はというと、餌を手に持ったまま、僕を不安そうに見上げていた。

「大丈夫だよ、莉子」

 莉子は日頃から人を近付けないオーラを放っている。
 動物は割と好きな方なので動物相手なら多少はオーラが弱まるようだが、それでも動物はそれを敏感に感じ取ってしまうらしい。
 だから、莉子は動物に近付けないことが多かった。

 しかし、僕がいれば話は別である。
 僕が一緒にいれば莉子のオーラは更に弱まるし、僕は動物に好かれるという性質がある。

「僕が一緒にいるから」

 僕と目を合わせ、頷く莉子。
 僕は莉子の手を取り、アルパカに近付いていった。

 まだ少しだけ心配そうな顔をしていた莉子だったが、一頭のアルパカが莉子の手から餌を食べ始めるとすぐに表情がパァーと明るくなった。
 その後は一頭、また一頭と莉子と僕の周りにアルパカが増えていき、多くのアルパカに囲まれることとなった。
 「早く餌をくれ」と、アルパカたちはせっついてきているくらいだった。
 莉子はアルパカたちを宥めながら、笑顔で一頭ずつに対応していった。



「アルパカを独占するとか、何を考えているのよ。全く」

 突然聞こえてきたのは、大きくはないが、妙に鮮明に聞き取ることのできる声だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。

とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」 成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。 「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」 ********************************************        ATTENTION ******************************************** *世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。 *いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。 *R-15は保険です。

さよならまでの六ヶ月

おてんば松尾
恋愛
余命半年の妻は、不倫をしている夫と最後まで添い遂げるつもりだった……【小春】 小春は人の寿命が分かる能力を持っている。 ある日突然自分に残された寿命があと半年だということを知る。 自分の家が社家で、神主として跡を継がなければならない小春。 そんな小春のことを好きになってくれた夫は浮気をしている。 残された半年を穏やかに生きたいと思う小春…… 他サイトでも公開中

【完結】捨ててください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。 でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。 分かっている。 貴方は私の事を愛していない。 私は貴方の側にいるだけで良かったのに。 貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。 もういいの。 ありがとう貴方。 もう私の事は、、、 捨ててください。 続編投稿しました。 初回完結6月25日 第2回目完結7月18日

離縁の脅威、恐怖の日々

月食ぱんな
恋愛
貴族同士は結婚して三年。二人の間に子が出来なければ離縁、もしくは夫が愛人を持つ事が許されている。そんな中、公爵家に嫁いで結婚四年目。二十歳になったリディアは子どもが出来す、離縁に怯えていた。夫であるフェリクスは昔と変わらず、リディアに優しく接してくれているように見える。けれど彼のちょっとした言動が、「完璧な妻ではない」と、まるで自分を責めているように思えてしまい、リディアはどんどん病んでいくのであった。題名はホラーですがほのぼのです。 ※物語の設定上、不妊に悩む女性に対し、心無い発言に思われる部分もあるかと思います。フィクションだと割り切ってお読み頂けると幸いです。 ※なろう様、ノベマ!様でも掲載中です。

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈 
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

【完結】俺のセフレが幼なじみなんですが?

おもち
恋愛
アプリで知り合った女の子。初対面の彼女は予想より断然可愛かった。事前に取り決めていたとおり、2人は恋愛NGの都合の良い関係(セフレ)になる。何回か関係を続け、ある日、彼女の家まで送ると……、その家は、見覚えのある家だった。 『え、ここ、幼馴染の家なんだけど……?』 ※他サイトでも投稿しています。2サイト計60万PV作品です。

どうぞご勝手になさってくださいまし

志波 連
恋愛
政略結婚とはいえ12歳の時から婚約関係にあるローレンティア王国皇太子アマデウスと、ルルーシア・メリディアン侯爵令嬢の仲はいたって上手くいっていた。 辛い教育にもよく耐え、あまり学園にも通学できないルルーシアだったが、幼馴染で親友の侯爵令嬢アリア・ロックスの励まされながら、なんとか最終学年を迎えた。 やっと皇太子妃教育にも目途が立ち、学園に通えるようになったある日、婚約者であるアマデウス皇太子とフロレンシア伯爵家の次女であるサマンサが恋仲であるという噂を耳にする。 アリアに付き添ってもらい、学園の裏庭に向かったルルーシアは二人が仲よくベンチに腰掛け、肩を寄せ合って一冊の本を仲よく見ている姿を目撃する。 風が運んできた「じゃあ今夜、いつものところで」という二人の会話にショックを受けたルルーシアは、早退して父親に訴えた。 しかし元々が政略結婚であるため、婚約の取り消しはできないという言葉に絶望する。 ルルーシアの邸を訪れた皇太子はサマンサを側妃として迎えると告げた。 ショックを受けたルルーシアだったが、家のために耐えることを決意し、皇太子妃となることを受け入れる。 ルルーシアだけを愛しているが、友人であるサマンサを助けたいアマデウスと、アマデウスに愛されていないと思い込んでいるルルーシアは盛大にすれ違っていく。 果たして不器用な二人に幸せな未来は訪れるのだろうか…… 他サイトでも公開しています。 R15は保険です。 表紙は写真ACより転載しています。

処理中です...