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『僕と彼女と互いの想い』

第九話  『何でかしらね。今までこんなに子供が近付いてくることなんてなかったのに』

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「また近いうちに、ミケに会いに来ましょうね」

 チュールを食べ終わったミケを思う存分抱っこし、撫で続けた莉子。
 ミケがであるとともに、莉子はかなりの動物好きである。
 充分にモフモフできたことに満足しているようだった。

 ミケと別れた僕らは、近くにある大きな公園へと移動した。
 この公園は遊具などもあるが、青々とした芝生が多くの面積を占めていた。
 その芝生で寝っ転がって睡眠をとる人、本を読む人、サッカーをする人、バドミントンをする人……。
 思い思いに寛ぎ、また、はしゃぐ人がいて賑やかな場所となっている。

 そんな人たちの様子を見ながら、僕ら二人は並んでベンチに腰掛けた。

「そういえば……、アオにはいつ会わせてくれるの?」

 ミケをモフモフした莉子は、猫繋がりで思い付いたのだろう。
 僕に質問を投げかけてくる。

「アオはねぇ……」

『アオ』というのは、うちで飼っている猫のことである。
 莉子からは会ってみたい旨をそれとなく何度か聞かされていた。
 そのたびに僕は「また今度ね」と、お茶を濁していた。

「……そんなにアオをあたしに会わせたくないの?」

 言葉に詰まった僕を見て、悲しげな表情を見せる莉子。

「いやいやいや、そういうわけでは……」

 アオは人を警戒するというか、気難しいというか、誰にでも懐くわけではなかった。
 莉子と仲良くなれるという確信が、僕は未だに持てなかったのだ。

 アオに一回試しに会わせるべきか、もしくはきちんと説明をして……。
 ――僕が真剣に悩んでいたときだった。

「――陸!! 危ないっ!!」

 莉子の差し迫ったの声が聞こえるとともに、僕の目前に莉子の手が伸びる。

「お、おぉう……」

 急な出来事についていけない僕は情けない声を上げてしまった。
 莉子が伸ばした手には、バドミントンの羽根が握られていた。
 どうやら、僕に向かって飛んで来た羽根を莉子がキャッチしてくれたようである。

「あぁ、ありがとう……」

 ドキドキしながら感謝を伝えていると、一人の女の子がタタッと僕らに近付いてきた。
 小学校低学年くらいだろうか。
 薄いピンクのブラウスを着ている可愛らしい女の子である。

「あ、あの、、、ごめんなさい……」

 手には、子供用思われる短いバドミントンのラケットを持っている。
 どうやら誤って、こちらに羽根を打ち込んでしまったらしい。

 ――マズイ!?
 僕はハッとなった。
 飛んで来た羽根を、莉子は『攻撃』と判断するのではないだろうか?
 つまり、目の前の女の子は敵で……。

「莉子、ちょっと!? 待っ……?」

 急いで莉子の方へと手を伸ばすと、莉子はバッグから包丁を取り出すでもなく、殺気を放つでもなかった。
 ただ、唇を噛み、手に持った羽根と女の子とを交互に見つめていた。
 そして、こちらへと目を向ける。
 その目はこう訴えてきていた。

『……私は、どうすれば良いの?』

 と。

 莉子には弟や妹はいない。
 それに、「小さい子供はあたしに近付いてこない」とも以前言っていた。
 基本的に莉子は常に人を寄せ付けないオーラを纏い、人との間に壁を作っている。
 そんなオーラを纏っていたら、確かに子供は近付けないし、近付こうとも思わないだろう。
 図書館で見掛けた莉子に話し掛けたいと思っていた僕が、ミケの力を借りないと近付けないくらいだったのだから。

 つまり、莉子は子供と接したことがなく、どのように接すれば良いのか、分からないのである。
 だったら――。

「莉子なら、大丈夫だよ」

 僕はできるだけ優しく、莉子に語り掛けた。
 周りからは莉子は怖いとか、近づき難いとか、思われているかもしれない。
 優しさなんて持ち合わせていないと思われているかもしれない。

 でも、僕はそうは思わない。
 莉子は僕には凄く優しいし、ミケにだって優しく接することができている。
 やり方が分からないだけで、できないわけではないのだ。

「――小さな子供相手には、ミケにするみたいに優しく接すれば良いよ」
「う、うん」

 頷いた莉子だったが、今度は緊張してしまっていた。
 莉子を見ていた女の子が少し警戒をしている。

「莉子、緊張しないようにして。大丈夫、深呼吸してからで良いから」

 それを聞いた莉子は、深呼吸をして、ゆっくりと緊張を解いていった。

(うん、莉子なら大丈夫)

 まだ少しだけぎこちないながらも、笑顔を作った莉子。

「はい、どうぞ」

 女の子に手を伸ばして優しく頭を撫でながら、バドミントンの羽根を手渡した。

「ありがとう、お姉ちゃん!!」

 怒られるかもしれないと不安だったのかもしれない。
 元気よくお礼を言うと同時に、女の子の曇った表情がパッと晴れやかなものへ変化した。
 そして、去っていく女の子の後ろ姿を、莉子は優しい眼差しで見つめていた。

「ありがとう、陸。もう大丈夫よ」

 そう言った莉子からは、もう迷いは感じられなかった。
 今後、子供が近付いて来ても、きっと大丈夫だろう。
 莉子なら、優しく接することができるはずだ。

「でも、何でかしらね。今までこんなに子供が近付いてくることなんてなかったのに」

 莉子は、不思議そうな顔をしていた。

「先日も陸と一緒のとき、あたしにぶつかりそうになった子がいたし……」

 ――どうやら気付いていないらしい。
 笑顔で僕と一緒にいるとき、莉子の人を寄せ付けないオーラが非常に弱くなっていることに。
 そのことを教えてあげようかと少し思ったが――、すぐに思い直した。

「本当に、何でだろうね」

 今はまだ教えなくて良い。
 教えたら、気付いてしまうかもしれない。
 もしそのオーラを纏ったままだったなら、僕らがこんなにもヤンキーたちに絡まれることはないことに。

 そうなったら、優しい莉子はきっと僕を守るために、弱くなったオーラを元に戻すようにしてしまうだろう。
 それはちょっと寂しいから……。

「じゃあ、そろそろ行こうか」

 話を変えるように、莉子に声を掛ける。

「そうね、それじゃあ……、陸!?」

 再度、大きな注意の声を上げた莉子が、僕の前に手を伸ばす。
 莉子の手にあったのは、今度はフリスビーだった。
 どうやら柔らかい材質で出来ているもののようで、莉子の指ががっつりと食い込んでいる。
 また誰かが誤ってこちらに投げてしまったのだろう。

 フリスビーが飛んで来た方を見ると、大学生らしき男性がこちらに近付いてくるのが分かった。
 莉子の様子を確認すると、にこりと笑顔を返してくる。

「もう大丈夫よ。だって、陸が教えてくれたじゃない」

 そう言って、何の迷いなく、バッグから包丁を取り出す莉子。
 その行動は自信に満ち溢れている。

「えっ!? ちょっと、何を!?」
「大丈夫、あたしに任せて。『小さな子供には優しく』、つまり、大人には――」

 両手に包丁を構え、戦闘態勢を取る莉子。

「『厳しく』ってことよねーー!!」
「そんなことは言ってないーーー!!!」

 叫び声を上げつつ、僕は突撃しようとする莉子へと必死に飛びついたのである。


 ◆ ◆ ◆


 この日から莉子は小さな子供に対して接するようになった。
 しかしながら、大人に対してはより接するようになったのである……。

 僕は一体どうすれば…………。
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