運命とは、まだ呼べない

月居契斗

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 駆け出し冒険者のアトールは、森に囲まれているにしてはそこそこの賑わいを見せる街に着くなり、情報屋だと名乗る少し怪しい雰囲気を持った男に声をかけられた。
 人通りの少ない路地裏に手招きされて持ちかけられたのは、とある植物の実を持ち帰るという内容の依頼。子供でもこなせそうなほど簡単な依頼に、さすがのアトールもまず普通に不信感を抱いた。
「テロサイラ? 聞いたことない植物だなぁ」
 冒険者になるにあたってそれなりに動植物の知識を付けたつもりだったが、テロサイラという名前の植物に心当たりはない。首を傾げるアトールに情報屋の男はますます声を潜める。
「テロサイラはこの辺でしか生えない貴重な植物で、実には様々な薬効があって闇市では高値で取引されてるって話だ。乱獲を防ぐためにも、俺が見定めたヤツにだけしかこの話はしてねぇんだよ」
「ふぅん」
「アンタは真面目そうだし口も堅そうだからな。どうだい? テロサイラの実十個で二千五百ガルだ」
「にっ…!」
「悪い話じゃないだろ?」
 男がにんまりと笑う一方で、アトールは男の表情を見る余裕を一瞬にして失った。
 二千五百ガルは、大の男が汗水垂らして必死に働いて得られる一ヶ月分の賃金とほぼ同じ金額だ。
 植物の実を取って来るだけにしては破格過ぎる金額を提示されてますます怪しさに拍車はかかったが、金欠冒険者であるアトールの心は大きく揺れる。
「アンタが行かねぇってんなら、別にヤツに頼むだけだが…」
「っ……! わかった、行きますっ」
「お、行ってくれるかい! そりゃあ助かる。これは前金の五百ガルだ。たとえテロサイラの実を取って来れなくても、とりあえずコイツはアンタにやる。手間賃代わりに取っといてくれ」
「えっ、いや、取って来れなかったらこれは返します!」
 アトールが受け取るのを躊躇った布袋を、情報屋は悪意や作為を感じさせない顔付きで押し返す。
「いいんだ。テロサイラはちぃっとばかし厄介な植物でな、腕に覚えのありそうな冒険者にしか頼めない代物でもあったんだ。アンタが行ってくれるってんなら安心だぜ」
 厄介という単語にアトールは密かに冷や汗を浮かべた。確かに腰には見た目の悪くない剣を下げているし、見るからに旅人風の装いの上、憚りなく冒険者と名乗ってもいるのだから腕に自信があると思われるのはごくごく当たり前のことだ。
 けれどアトールは違う。
(どうしよう…今さら剣の腕は子供並みですだなんて言えない……)
 幼い頃から過保護な両親と心配性な兄に溺愛されて何不自由なく生活してきたアトールは、二年ほど前に友人から薦められた冒険小説の影響で冒険者に強すぎる憧れを抱いて、家族の心配を振り切って勢いだけで家を飛び出したという経緯を持っている。
 しかも家を出てからまだ三ヶ月も経っていないという、超を三つ…いや四つ付けてもいいくらいの初心者冒険者だった。
 いずれ騎士団に入ることが決まっていた兄の隣でおっかなびっくり剣の鍛錬をしていた時期もあったけれど、剣よりも本か筆を持つほうを好んだアトールは今さらになってもっと真剣に稽古に取り組めば良かったと後悔もしている。
 そんなアトールの心境など露ほども知らない情報屋は頼りないアトールの細い肩を力強く叩いた。
「じゃあ早速頼んだぜ、冒険者さん!」
「マカセトケ…」
 背中を伝う冷や汗に気付かないふりをして、アトールは強張った表情のまま頷いたのだった。

    ***

「えーっと…情報屋さんがくれた地図によれば、この川沿いをしばらく歩く、と…」
 アトールは情報屋から渡された手書きの地図を頼りに川に沿って進んでいた。
 川辺は人の手が加えられているのかやや開けていて、太陽の光が絶え間なく足元を照らしているおかげで恐ろしいとは感じない。鳥の囀りや明るい光を浴びながら見つめる森はとても静かで落ち着いた雰囲気があり、冒険者として初めてのまともな依頼に向かう気持ちをますます高揚させた。
 厄介な植物とはいえ、実を持ち帰るだけなんて子供のお使いかと思わなくもないが、それでも依頼は依頼だ。
「初めての依頼なんだから、絶対に成功させなくちゃ!」
 地図に書かれていた目印の岩を基点にして川沿いから離れる。
 森の中は川沿いよりも薄暗く、降り積もった落ち葉のせいで滑りやすくなっていて、アトールは何度も足を取られて転びそうになった。
 歩いているうちに息は上がり全身から汗が噴き出し、腰に下げた剣がどんどん重さを増していく錯覚に陥る。それほど体力に自信のないアトールは川で濡らしたハンカチで顔や首を何度も拭い、それでも我慢できずに細かく休息を取りながら目的地をひたすら目指す。
 太陽が傾き出した頃になって、ついにアトールは歓声を上げた。
「…あった! あれだ!」
 地図の隅に添えられていた絵と同じ形状の花を咲かせている蔓植物を見つけ、アトールは額に汗を浮かべたまま顔色を明るくした。
 テロサイラが生えている場所さえ見つけてしまえば依頼はほとんど完了したようなものだ。実を見つけて持ち帰るだけで、まだごく短い冒険者人生で一番の大金が手に入ると想像するだけで気持ちが逸る。
 様々な太さの蔓を無数に絡めて重なり合ったテロサイラは樹木のような見た目になっていて、幹の隙間から這い出た蔓の先端から独特な形状の花を咲かせていた。
 自分の身長よりも遥かに大きな蔓の塊に急いで駆け寄ったアトールは周囲に視線を走らせ、周囲に誰もいないことを素早く確認した。浅ましいけれど、大金に変わるテロサイラの実を横取りされたくないと考えたからだ。
 改めてテロサイラに向き直ったアトールの脳裏には、早くも報酬を受け取っている自分の姿が浮かんでいた。
「テロサイラの実…実……。――ない…っ!」
 アトールは叫びながら頭を抱えた。
 そんなはずはないと思い、目を凝らし、幹に張り付くようにして一周する。
 ここまで来て何もありませんでしたなんて言い訳が通じるはずがない。焦りで判断力が低下していることすら気付く余裕もなく、せめてひとつでも実を持ち帰らなければとおかしな方向に責任感を募らせる。
「そういえば、花の絵はあったけど実の絵はなかったような…」
 はたと気付いたアトールは情報屋から受け取った地図を見直すことにした。
 花の形状は細部まで記されているが、実の絵はない。地図を裏返したり透かしたりしてみたが、やはりどこにも描かれていなかった。
「描き忘れた、とか?」
 これ以上役に立たない地図を荷物の上に乗せ、アトールは三度テロサイラへ目を向ける。
 テロサイラの花はとても奇妙な形状だった。
 花の中心に少し湾曲した形でそそり立つ太い雌しべがあり、その根元には黄色い花粉をたっぷりと纏った雄しべがぐるりと密集して並んでいて、小虫の羽根ほどの大きさしかない花弁は雄しべとガクの隙間から微かに見えるか見えないか。
 花として愛でるには奇妙な形だったが、実に稀有な薬効があるとなれば話は別。
 観賞用の花よりも薬効のある植物が珍重されるのは世の常だ。しかも十個で二千五百ガルもの報酬を得られるのだから、市場に出回る時の価格はさらに跳ね上がるのだろうとアトールにも容易に想像できた。
 雌しべの大きさから推測するとそこそこ大きな実がつきそうなものだが、もしかしたら実はものすごく小さいのかもしれない。『厄介な植物』と呼ばれる理由はそこだったのだろうか。いやしかし、だったら腕の立つ冒険者をわざわざ探して話を持ち掛けるまでもない。
 すっかり生ぬるくなったハンカチで顔を拭いて気を取り直したアトールは、ああでもないこうでもないとつらつら考えを頭の中に浮かべながら幹のような蔓に手のひらを這わせ、顔を近付けて実を探し続けた。
「……ほんとに、ない…」
 森が微かに夕暮れの気配を漂わせはじめるまで根気良く探し続けたアトールは、力なく呟いてついに肩を落とした。
 花の数は大小合わせて二十個をゆうに超えているのに、どんなに目を凝らして探してみてもテロサイラは実をつけてはいなかった。
 全身汗まみれになる不快感を堪えてここまで歩いてきたのに、とんだ肩透かしだ。
 しかしそれよりも気になるのは前金として渡されたお金だ。情報屋は実を取って来れなくても返す必要はないと言ってくれたけれど、兄ほどではないが生真面目な性格のアトールは素直には受け取れない。
 お金だけ受け取るなんてまるで詐欺じゃないかとさえ思えてしまって、ますます自分を追い詰める。折角の臨時収入だったけれど諦めるしかないだろう。
(五百ガルあれば、あの街にいる間くらい宿に泊まれたかもしれないのに…)
 この三か月未満の旅でほんの少しだけなら野宿にも慣れたけれど、実家のふかふかしたベッドが恋しく思えてしまうのも事実だ。
 それに何より、これからの季節はアトールが苦手としている虫の活動も活発になる。もしも万が一寝ている間に特に嫌いなムカデが身体の上を這ったらと考えただけで全身に鳥肌が立ち、アトールは肩を震わせた。
 荷物の中に大事にしまいこんだ五百ガルを思い、口惜しい気持ちで唇を噛み締める。
「もしかしたら、実がなる時期じゃなかったのかも…」
 力なく項垂れたアトールは街に戻るためにテロサイラに背を向けた。
 が、何かに足を取られたアトールは前のめりに派手に転ぶ。落ち葉が幾層にも敷き詰められた地面であっても、転べばそれなりに痛い。
「うぅ…痛い…」
 アトールは強かに打ちつけた顎を擦りながら身体を起こし、あちこちに付いた落ち葉を払いながら足元に目を向けた。
「テロサイラの蔓が絡まったのか。ほんとついてないなぁ」
 左の足首に絡み付いた蔓を忌々しく引き千切って投げ捨てる。
 誰にも見られなかったとは言え、蔓に足を取られて転ぶなんて情けない。子供のお使い程度の依頼もこなせず、その上こんなに見事に転んだところを万が一にでも誰かに見られていたら恥晒しもいいところだ。
 目的を果たせないとわかったのだからさっさと帰ろうと立ち上がりかけたアトールの手に、小さな物音を立ててどこかから伸びてきた蔓が絡み付いた。
「ひぃ…!」
 思わずアトールの喉から短い悲鳴が溢れる。植物がこんなに早く動くなんてありえない。
 しかも意思を持っているかのようにしっかりとアトールの手首に巻き付いているのだから驚くのも当然だ。
 慌てて蔓を千切って捨てるが、その間にも別の蔓がアトールの足に巻き付いた。見た目よりも強度のある蔓を一本千切る間に、他の場所へと絡み付く蔓の数は倍以上に増える。
 あっという間に両手足首に絡み付かれて身動きが取れなくなったアトールは、不自由になった手足をそれでも必死に動かして逃げようと藻掻くが、懸命に前方へ伸ばした手の先は落ち葉の上を滑るだけ。
「っ…?」
 アトールは自分の手を見つめた。
 右手が勝手に落ち葉の上を滑っている。
(違う……引っ張られるんだ!)
 両手足をテロサイラの蔓に拘束され、俯せに倒れた体勢のアトールは見る間に足のほうへと引き摺られていく。
 引き摺られる先にあるのが大樹のように絡まり合ったテロサイラだと気付き、一瞬アトールの思考は止まった。
 どこかで鳥が鋭い声を上げる。
 その声で我にかえったアトールは渾身の力で引っ張る力に抗うものの、ささやかな抵抗にさえならなかった。心臓が早鐘を打ち、嫌な汗が背中を伝い落ちていく。
「ぅ、ぐ…っ!」
 両手足だけだった拘束が全身へと広がっていく。きつく絡み付かれて思わず苦痛の声が漏れた。
 一本、また一本と貧弱な身体に巻き付いていく蔓の数は増えていき、恐怖を抱きはじめたアトールの抵抗を阻む。
 子供の小指ほどの太さしかない蔓でも、数にものを言わせれば屈強な大男でさえ捉えられるだろう。ましてやアトールは屈強とは程遠い体格だ、瞬く間に僅かに指を動かすことすらできなくなった。
「や、やだ…怖い、助けて…っ」
 唯一自由な口から洩れるのは子供っぽく引き攣った泣き声ばかりで、森の外まで響くような大きさではない。
 それに近くに誰もいないことを確認したのは他でもないアトール自身だ。
 もしかして、このまま全身に巻き付いている蔓に絞め殺されてしまうのではないか。そんな想像をしていまい、アトールの目からは涙が零れ落ちる。
 冒険小説の主人公に憧れ、家族の反対を押し切ってまで飛び出してきた結果がこれかと、今さら込み上げる後悔に惨めな泣き声を漏らした。
 アトールが旅立つ日、最後の最後まで自分を案じてくれていた兄の声が耳の奥に甦る。
「助け、て…お兄様ぁ…」
 アトールが憧れた冒険小説の主人公は、アトールが敬愛して止まない兄に少しだけ似ていた。真っ直ぐで不器用で、どんな時でも自分の信念を貫く強さを持っていた。兄はいつだってアトールの味方でいてくれたし、困っていれば何も言わずに助けてくれた。
 けれど今は、どんなに助けを求めても兄は来てくれない。
 テロサイラの蔓はそうこうしている間にもアトールの四肢にきつく巻き付き、締め付けて、白い肌を鬱血させる。痛くて、苦しくて怖くて、泣き声は情けないくらい震えている。
 情報屋が言っていた『厄介な植物』の意味をアトールはやっと理解した。
 これは確かに腕に自信のある相手でなければ頼めないことだし、未熟なアトールには荷が勝ちすぎる案件だ。
 そう思い知ったところで、もう遅すぎる。
 アトールは手加減なく締め付けてくる蔓に息も絶え絶えになりながら、死んだら自分はこの植物の養分にされるのかと恐ろしい想像をした。
 骨が軋み、呼吸が狭まり、血流の鈍くなった指先は痺れている。
 徐々に意識が遠退いていく中、ふと締め付けが弱まったことを感じて薄く目を開ける。
「な、に…?」
 上着やズボンの裾からテロサイラの蔓が入り込んだ。肌をくすぐるように侵入してきた蔓は内側から布地を押し上げ、植物とは思えない強い力で剣を括りつけた革製のベルトさえ容易く千切る。支えを失った剣が真っ先に落ち、その上に端切れになった衣類が降り重なった。
 アトールは混乱と恐怖で息を引き攣らせ、涙で頬を濡らしながら服の片鱗を見つめた。
 自分の身体もあんなふうにされてしまうのかもしれない。
 生きたまま肉体を引き千切られることがどのくらいの苦痛を伴うのか想像することもできず、悲鳴すら震える歯の奥に引っ込んだまま。
 あられもない姿にされた全身にまたテロサイラの蔓が巻き付いた。何が起こっているのか正確に把握できないほど混乱の極地に追いやられたアトールの視界の隅に、ゆったりと蠢く何かが映り込む。
「…テロサイラ、の、花…?」
 太くそそり立つ雌しべばかりが目立つ不思議な形状のテロサイラの花が、鎌首を擡げた蛇のようにゆらゆらと揺れながらアトールに雌しべの先端を向けていた。
 ひとつや二つだけではない。咲いている花のすべてがアトールに狙いを定めている。
 突然、何の前触れもなくアトールの両脚に絡み付いた蔓が蠢き、抵抗する間もなく両脚を大きく開いた体勢にされた。瞬時に顔が赤く染まる。人の気配がまったくない森の中とは言え、下着さえも破り捨てられたせいで露わになった局部を晒すなんて恥辱以外の何物でもない。
「離せ! 離せってば!」
 逃れようと全力で身を捩るけれど、幾重にも絡んだ蔓はそんなアトールの抵抗にもまったく動じることはなかった。
 未知の恐怖と羞恥で心臓は今にも破れそうだ。
 痛みを感じるほど大きく両脚を広げられたまま、アトールはテロサイラの花のひとつがゆっくりと自分に近付いてくるのを見つめた。
 テロサイラの雌しべは大人の男性の中指ほどの太さで、長さは指よりもやや長いくらい。
 耳の奥で響く速い脈拍を感じながら、あまりの恐怖から思考の逃避を図ったアトールは冒険者になるために読んだ植物図鑑の解説文を思い出していた。
 植物は蝶や蜂に蜜を与えることで花粉を雌しべに運ばせるのが一般的だが、その株だけで自家受粉して結実するものもある。
 さっきしつこいほど細かく調べたテロサイラの花には虫を惹き付ける蜜や匂いはなかったし、しべの大きさが違いすぎるこの形状では自家受粉するのは難しいはずだ。巨大すぎる雌しべを持つテロサイラはどうやって受粉し結実するのだろうか。
 その疑問に答えるかのようにテロサイラの歪な花が、大きく広げられたアトールの股間へ近付いてくる。
 次の瞬間、落雷のような胸騒ぎがアトールに鳥肌を立てさせた。
「ま、さか……」
 渇いた喉から絞り出された声は掠れていて、けれどもはやそんなことを気にできる状況ではなかった。
 テロサイラの雌しべは全体から蜜というより粘液に近い透明な液体を滲ませて、てらてらと光る先端をこともあろうかアトールの後孔へと押し付けてくる。
 大粒の涙を零し、唇を戦慄かせながら懇願しても、植物に言葉など通じるはずもないことくらいアトールも知っている。それでも言わずにはいられなかった。
「や、やめて…お願い、そんなところに入れないで…っ」
 たぶんその場所は乳母にしか触られたことはないし、記憶にある限り、最後に触られたのだって幼い頃に高熱を出して熱冷ましの座薬を入れられた時だったはず。熱に浮かされつつも死ぬほど恥ずかしくて、こんなに恥ずかしい思いをするくらいならどんなに苦くてもごねずに経口薬を飲もうと心底から誓った。
 場違いな思い出からアトールを引き戻すように、テロサイラは粘液を纏わせた雌しべをゆっくりとアトールの中に押し込む。
「いやぁあ!」
 雌しべの根元を取り囲む雄しべが後孔の周囲に花粉を付着させる。
 充分に花粉が付着すると、テロサイラはアトールの中から雌しべを引き抜いて、付着した花粉をこそげ取るように雌しべ全体で尻の谷間を擦り上げた。羞恥を煽る湿った音に耳を塞ぎたくなるが、もちろん手は動かせない。
 何度か擦られると再び雌しべが入り込んでくると、アトールは自分の推測が確信に近いことを悟った。
 テロサイラは他の生き物の身体を利用して受粉する非常に変わった受粉方法を選んだ植物なのだ。もしかしたら穴さえあれば性別にも拘りはないのかもしれない。現に今、逞しくはないが間違いなく男であるアトールの身体はテロサイラに使われている。
 ここまで来る間に鳥や爬虫類以外の動物の姿をほとんど見かけなかった理由にもようやく思い至った。当然だ、こんなふうに意思とは関係なく身体を使われるなんて動物でも嫌に決まっている。
 アトールは雌しべから分泌されている粘液のおかげで痛みを感じずに済んでいる挿入に肌を粟立たせながら、望まぬ性交によく似たこの受粉行為に身を委ねるしかなかった。
 色をなくした頬には幾筋も涙が伝い、粘液に塗れた後孔はいくら力んでも容易く雌しべの挿入を許してしまう。全身に絡み付いた蔓の力は一向に強いままで、逃げたくても逃げることはできない。
 テロサイラにとって自分は受粉するために必要なただの『穴』なのだ。
 あまりのショックから呆然としている間に、テロサイラの花は何度目かの交代をしたようだった。
「ぁ、う…くっ!」
 不意に襲った圧迫感に我にかえったアトールは、己の股の間に目を向けた。
 アトールの後孔で受粉を試みている花の雌しべは、今までのものより何倍も太い。音を立てそうな勢いで全身から血の気が引く。
「嫌だっ、そんなの入れないで…こ、壊れちゃうから…!」
 悲痛な声で訴えても植物であるテロサイラには耳などない。
 屹立した男性器に見えてしまう太い雌しべは、アトールの中へ侵入しようと押し付ける力を強くする。
 アトールも負けていられないとばかりに歯を食いしばって必死に力み、雌しべの侵入を拒んだ。近くに誰もいなくて良かった。どうやら動物も滅多にここには近付かないようだ。こんな場面、動物にだって見られたくない。
 辺りは薄暗い。夜が迫っている。
 月明かりだけの夜の森で異様な植物に身体を好き勝手に使われて、無事に朝を迎えられるとも思えない。
 今もテロサイラの雌しべはアトールが力尽きるのを辛抱強く待っている。
 侵入を拒むために力を入れ続けた筋肉はとっくに限界を超えて痛みを訴えている。もうダメだと、アトールは唇を噛み締めて目を閉じた。
 とうとう粘液の助けを借りた雌しべがアトールの体内に押し入ってきた。
「うぅぅ…!」
 アトールが漏らした声に反応したのか、虫の声が数秒止まる。何事もなかったかのように再び鳴きはじめた虫の声は、既にアトールの耳には届かなかった。
 テロサイラの雌しべはそれほど時間をかけることなく根元までアトールの中に埋まり、花粉をたっぷりと付着させる。抜けていく雌しべの粘液と粘膜が擦れ合って粘ついた音を立てた。
 先端まで完全に抜けた雌しべは小さい花と同じ動きで花粉をこそげ取り、またアトールの中へと入り込んでくる。
 その動きを何度繰り返されたかわからない。
 暴力じみた受粉行為に耐えていたアトールの後孔がその太さにすっかり慣れてしまった頃、アトールも変化が訪れた。
「……ふ、ぁ…?」
 腹の中が熱い。それとくすぐったさに似た感覚がある。
「…ぁ、んん」
 アトールは無意識のうちに熱を帯びた息を吐き、テロサイラの雌しべの先端で奥を擦られるたびに腰を揺らしていた。
 あんなにも強くアトールを苛んでいた恐怖さえ、生まれて初めて体験する快楽に負けて散り散りに消えている。というよりも正常な意識を保っていられなくなったと表現するほうが正しいかもしれない。
 雌しべが腹側の一点を掠めるとアトールは一際激しく身体を震わせる。それと同時に健気に屹立した性器からとろりと体液が押し出された。
「やだ、ぁ…やだ…」
 惰性のように拒否の言葉を吐き続けているが声色は蕩け切っている。
 体内深くにまで押し入られて僅かに仰け反る背中は、引く動きになると丸くなる。雌しべが完全に抜けて、尻に付着した花粉を雌しべに擦り付ける動きにはもどかしげに戦慄いた。
 甘ったるく濡れた荒い呼吸に合わせて波打つ腹の上にはアトールが弱々しく吐き出した精液が溜まり、やがて脇腹を伝って背中にまで流れ落ちた。敏感になった肌を伝う自分の体液の感触にさえ腰が震える。
「やだ…も、終わってよぉ…」
 アトールの懇願が聞き届けられるはずもなく、テロサイラは雄しべの花粉がすべて雌しべに移されるまでひたすらアトールの内側と外側を行き来することを繰り返し、アトールに悲痛な嬌声を上げさせた。
 辺りはすっかり夜に閉ざされ、虫やフクロウの囁くような声ばかりが森を支配している。
 アトールが精液を吐き出しきってもまだテロサイラはまだ受粉を終えていないと判断しているらしく、花粉が混ざった粘液を泡立たせながら雌しべの抜き差しを繰り返した。
 強制的に何度も絶頂に押し上げられて涙と唾液を零し続けたアトールは、全身に絡み付いていた蔓がゆっくりと解けていくのに気付いてぼんやりとした視線を巡らせた。夜闇に包まれているせいでほとんど何も見えないが、どうやら自分は命を失わずにいられたのだと理解して安堵の涙が頬を伝う。
「終わ、った……」
 ついに受粉を完了したテロサイラは、おとなしく蔓を引っ込めて何の変哲もない巨木の姿に擬態する。
 解放されたアトールは乾いた落ち葉の上に身体を横たえた。指先を動かすことさえ億劫に感じるほど疲れ切っていて、テロサイラの実の回収を依頼されていたことさえすぐには思い出せなかった。
 疲れ果てた身体はこのまま眠ってしまいたいと訴えているのに、植物からもたらされたのは奥手なアトールが今まで一度も経験したことがない鮮烈な快感で、散々嬲られた後孔がひくひくと震える。もう嫌だと思っているのに、どうしても腹の奥が疼いて仕方ない。
 アトールは恐る恐る手を伸ばし、強張る指先で後孔に触れた。
 まずは爪先だけで粘液まみれの穴をつつく。中指を入れてみても痛みは感じなかったが、その代わり満足感も得られない。
 思い切って人差し指と薬指も添えてみたけれど欲しい刺激には程遠かった。
「んぅ、う…」
 焦れったくなるくらい物足りない。アトールは地面に膝をついた体勢で懸命に腕を伸ばし、届く限りまで指を押し込んだ。
 それでも全然足りなくて、もどかしくてたまらなくて、ただ快楽を得るためだけに指の動きを速める。肉体が求めるまま力任せに指を動かしてもまだ足りないのに、ついさっきまでアトールを苛み続けたテロサイラは植物らしい沈黙を取り戻して動く気配はない。
「ううぅ…」
 どうしたらいいのかわからないアトールは、痺れたように言うことを聞かない身体を必死に動かして指の角度を変え、自分の体内にある快楽を呼び起こす場所を探した。
 でも、足りない。もっと太くて長いものでなければ届きそうにない。
 思考回路の羞恥心を感じる部分がどろどろに溶けて、熱く煮立って、正常なことは何ひとつ考えられない。浅ましく腰が揺れるたびに指の隙間から入った空気が泡立って音を立てる。
 物足りない刺激ではあったが、もう少しで絶頂の高みへと自分を追い詰められそうだと期待に唇を舐めた瞬間、アトールの耳は乾いた小枝が踏み折られる音を聞き取った。
 頭の芯までを溶かすほどに巡っていた血の気が一瞬で引いていく。
(僕…こんなところで、なんてことを…!)
 戻ってきた理性がアトールの全身を震わせる。
 もしかしたら小枝を踏んだのは動物かもしれない。
 そんな淡い期待を抱きながら、糸が絡まった操り人形のようなぎこちない動きで音がしたほうに目を向けて、いっそ殺してほしい気持ちになった。
 月明かりで薄蒼く染まった森の木の横に立っている何者かの影。
 さすがに容姿の詳細まではわからなかったが、小枝を踏み折ったのは森に住む動物ではなく、紛れもなく二足歩行の人影だった。
「あ、あの…ッ、僕…」
 こんな態勢では何を言っても誤魔化せない。そう思っていても言い訳せずにはいられなかった。
 しかし人影はアトールが何を言っても応えず、近付きも遠ざかりもしないままで、それが余計に居たたまれなかった。
「えっと、だから、その…」
「テロサイラの粘液には催淫作用があるからな」
 言い訳を遮るように投げかけられた言葉にアトールは目をぱちくりとさせる。
 その拍子に硬直が解けたアトールは慌てて身体を起こし、粘液塗れの指を握り込んで隠した。靴と僅かな布地が残るのみのほぼ全裸というあられもない姿を隠そうにも荷物はテロサイラの向こう側で、身を潜ませられるような場所もない。
 また微かに小枝と枯れ葉を踏み締める音が静寂を騒がせる。
 森の上で輝く月の光に照らされた人物を見たアトールの目が大きく見開かれた。
 声の低さから男性だとはわかっていたが、それよりも強くアトールの心を惹き付けたのは、彼の髪の色だった。
 銀色のような金色のような灰色のような。いや、違う。
(満月の色だ…)
 冒険者になるべく旅に出たアトールは、真っ暗な夜を照らす月の存在に何度助けられたことか。
 そしてもうひとつアトールの目を惹くものがあった。
 見惚れるほど美しい色の髪の合間から天へ向けて伸びた三角形。実家で飼っていた大型犬に似た形の耳に視線が釘付けになる。
(この人…獣人だ。初めて見たけど、ほんとにいたんだ)
 寝る間も惜しんで読み耽った冒険小説に出てきたこともあるし、歴史書にも獣人は今でも世界のどこかに存在している種族であることも書かれていたけれど、こうして実際に目の当たりにするのは生まれて初めてだ。心臓が高鳴っているのがわかる。
「ここを狙ってて正解だったぜ」
 言い訳の言葉も状況も忘れて、一種の感動を持って見つめていると、獣耳を持った青年は喉の奥で低く笑った。お世辞にも友好的な雰囲気を感じられない声色だ。
 助けてもらえるのではないかと期待していたアトールは一気に危機感を膨らませる。
「ジャックからえらく警戒心のないガキがいるって聞いてはいたが、思ってたよりも上玉じゃねぇか」
「上、玉……」
 その単語があまり品の良いものではないことをアトールは知っている。
 この言葉が小説に出てくる時は大抵、柄の悪いゴロツキが酒場で管を巻いていたり盗賊達が悪巧みをしていた場面だったからだ。
(逃げなくちゃ…!)
 これ以上、危険な目に遭いたくはない。
 一刻も早くこの場から逃げなければと思うのに、淫らに蕩けた身体はちっとも思いどおりに動いてはくれなかった。もし動けたとしても、ただの人間よりも身体能力に優れた獣人から逃げ切ることができるとも思えなかったが。
 大して速い歩調ではなかったけれど、とうとうアトールのすぐ目の前にまで来てしまった獣人の青年がゆっくりと地面に膝をついた。その時になってようやくアトールは青年の肌が褐色なことに気付いた。
 無骨な手に頬を強く掴まれ、右に左に首を捻られる。値踏みされていると感じたのは、あながち間違ってはいないだろう。
「胡散臭い話に乗った自分自身を恨むんだな」
 月明かりだけでも明確に窺い知れるのは獣らしさを窺わせる獰猛な笑み。
「ケツの奥が疼いてしかたねぇんだろ? 俺がテロサイラなんかより、もっとイイ思いさせてやるよ」
「っ……!」
 意外にも端正な顔立ちの彼の口から告げられた下品な物言いで頭が真っ白になった隙に、乱暴に肩を押されたアトールは背中から地面に転がる。嫌な汗で湿った背中に、ちくちくとした落ち葉の感触が当たって不快だった。
 咄嗟に彼を突き飛ばそうと両手を伸ばしたが、その手はいとも簡単に捕らえられ、纏めて地面に縫い止められてしまう。押さえ付ける獣人の力は非常に強く、ただでさえ長い間テロサイラに弄ばれていたアトールには満足に抵抗するだけの体力すら残されていない。
「もっと抵抗したっていいんだぜ?」
 からかう声色に怒りを覚えて精一杯の力を込めて暴れてみるものの、獣人の拘束からは抜け出せなかった。さらには暴れたせいで体内の疼きを思い出してしまいアトールの呼吸は荒くなる。
 金色の眼がギラギラと光りながら自分に狙いを定めているのがわかって、絶望的な気持ちになり涙が溢れ出した。
 褐色の手がしゃくり上げるアトールの膝を力任せに割り開いて、粘液で光る穴に指先が触れる。気遣いや遠慮が一切ない荒っぽい手付きでアトールの中に侵入してくる指はテロサイラの雌しべよりも硬く骨ばっていて、関節の輪郭さえまざまざと感じ取れた。
 まだ柔らかく解れたままの後孔は欲しがっていた刺激に喜び、彼の指をきゅうきゅうと締め付けて奥へと誘う。
(もっと…奥に欲しい)
 指が入っただけの刺激がもどかしくて腰が微かに揺れる。
 拒む気持ちとは裏腹に疼いて仕方ない自分の身体を恨むが、与えられる刺激は快感に変換され、飢えた身体は貪欲にひくついて乱暴な指を喜んで受け入れた。
「すっげーグチャグチャ。ま、あんだけの数のテロサイラにヤられたんだし、しょうがねぇか」
「ひ…ぅ、う…ッ」
「もっとガバガバにされてるかとも思ったが、締め付けは悪くなさそうだ」
 そんなことを褒められても喜べるはずがない。せめてもの意趣返しにと睨みつければ、獣人の青年は金色の目を光らせて舌なめずりをした。
 不意にアトールの両手を押さえ付けていた手が外れる。最後の抵抗をするなら今しかない。
 そう思ったアトールは褐色の肩を押したが、結局その手が暴漢を押し退けることはなかった。服の上からでも薄っすらと見て取れる肩は逞しく、疲弊しきったアトールの両手はただただ彼の肩に添えられた程度。真上でにやりと笑う口の端からは尖った犬歯が覗いている。
 胸につくほどに膝を押し上げられ曝け出された臀部の谷間に熱い昂ぶりが押し付けられた。
 植物であるテロサイラの雌しべを挿入されたことはもしかしたら性交としてカウントしなくても許されるかもしれないが、これはもうダメだとアトールは悟る。肉と体温を持った男性器に犯されてしまうのだ。
「ほらよ、くれてやる」
「ぁ、アっ、――……ッ!!」
 乱暴な言葉と共に緩急をつけることもなく一気に最奥まで突き込まれた凶悪な杭は、アトールの目の奥に白っぽい火花を散らせる。
 苦しくて、痛くて、このまま死んでしまうかもしれないとさえ思えるくらい獣人の性器は立派で、テロサイラの太さに慣れていたはずのアトールの後孔は限界寸前まで押し広げられた。粘液で濡れていなければ裂けてしまっていただろうと思えるほどの質量だ。
 アトールは零れ落ちそうなくらいに目を見開き、深い場所まで激しく内臓を抉られて呼吸すらままならない。
 あまりの衝撃に声さえ出せないアトールを真上から見下ろす金の瞳は美しく、その何倍も残酷だった。
「オイオイ、まだ挿れただけだぜ? これだけでヘバるなよ」
「ぃ、やっ…抜い、て…裂けちゃうぅ…」
「最初くらいはゆっくり動いてやるから、さっさと慣れろ」
「ひぃぃ…!」
 無慈悲な言葉と共に抽挿が開始され、内臓を引っ張り出されそうな感覚にアトールの全身には冷たい汗が滲んで玉になる。
 無体を強いる獣人の肩を押し返そうと突っ張った腕にはもう力など入れることはできずに、血の気が引いた指先で彼が着ているシャツを握った。何かに掴まっていなければバラバラに砕けてしまいそうで怖くて、例え縋れるものが自分に苦痛を与えている暴漢だとしても、今のアトールには相手を選んでいる余裕など少しもない。
「アっは! んぐ、ぅう…!」
「っ、イイ締め付けだ、その調子でもっと俺を楽しませろよ」
 獣人に力強く突き上げられるたびにアトールは呻き声を漏らし、腹を突き破られてしまうのではないかと半分以上本気で考えて恐ろしくなる。こんなに奥まで入り込まれては、もはやなす術もない。
 肌と肌がぶつかる音が森の静寂を叩き割る。絶えず体内から鳴り響く音が陵辱されている現実をアトールに突きつけ、絶望と恐怖と羞恥が抵抗する気力を根こそぎ奪っていく。
 呼吸はずっと乱れたままでいくら吸っても酸素が足りず、後孔の奥の奥までを満たす肉棒のせいでさらに押し出されていくばかりだ。閉じられなくなった口の端から唾液が垂れることにも気付く余裕のないアトールは、恐ろしいくらい強く奥を突き上げられるたびに勝手に飛び出す声を我慢できない。
 壊されてしまいそうで怖いのに、疼いて仕方なかった奥のほうを突かれると信じられないくらい気持ち良くて、抱えられた脚が小刻みに痙攣する。強すぎる快感で頭がおかしくなりそうだ。
「いやッ、いやぁ…も、ぉ、奥…奥に来ないでぇ!」
「あ? もっと奥に挿れられてぇってか?」
「ちが…ぅ! もうやだぁぁ…っ」
「嫌だとか言ってる割にっ、イイ具合に絞ってくるじゃねぇか」
「ひぃンっ!」
 音が立ちそうな強さで角度を変えた獣人の性器に抉られ、アトールは背中を仰け反らせて全身をくまなく走り抜ける刺激をやり過ごした。
 こんなに手酷く乱暴されているのに快楽を感じている自分を認めたくない。獣人の青年が言ったようにテロサイラの粘液に含まれた催淫成分のせいだとはわかっているけれど、一方的に犯されているこの状況で甘く溶ける声を止められないくらいに気持ち良くなってしまっていることが屈辱的だった。
 なのにテロサイラにはなかった体温に縋り付いてしまいたくなる。
「あークソ…っ」
「ン、ぎ…ッはァ…、あぁ…っ! も、やだッ…や、あああぁ!」
 低く唸って体勢を反転させた獣人の上に乗り上げる形になったアトールは自重でより深まった結合に悲鳴を上げる。ついでに頼りなく震えるか細い性器を握って刺激されると、悲鳴はさらに高くなった。
 律動のたびに涙の雫が細かく飛び散る様を見ながら、青年はアトールの細い腰を掴んでますます激しく突き上げる。
「ひ、ゃ…も、いやぁ…ッ」
 これ以上は入らないというほど奥に打ち付けられる獣人の性器を生々しく感じながら、ついに自分の身体を支えきれなくなり眼下の胸板へと突っ伏した。それでも抽挿を繰り返す動きは相変わらず強く、アトールは唾液を滴らせたまま息も絶え絶えに嬌声を漏らす。
 優しさなんて欠片もなくて乱暴なのに、欲しかった刺激をやっと与えられた身体だけは酷く悦んでいた。
 射精として出せるものがないアトールはそれでも幾度も絶頂に押し上げられていて、ずっと芯を失わない未成熟な性器を自分と青年との間で揉みくちゃにされる。目の前がチカチカして、もう何もかもがおかしくなりそうだ。
 これっぽっちも望んでなどいない行為なのに、自分の意思を無視して犯されているのに、地獄のように気持ち良い。
 逞しい胸板に涙と汗と唾液で汚れきった顔を擦り付けて、果てのない快楽を何度もやり過ごす。しかしそれももう限界だった。
「も、っ出な、出ないぃ…!」
「だったら出さずにイッちまえ」
「ンぐ、ア…ぁう、ああぁ…ッ!」
 再び体勢が変わり、背中が落ち葉の上に押し付けられ、腹の奥を力任せに抉り込まれる。死にかけの魚みたいに引き攣る腸壁は獣人の精液を欲していて、アトールは強い律動から振り落とされまいと、自分の上に重なる青年の背中に手を回してしがみ付く。
 きつく目を閉じているアトールは、そんな自分を獣人が食い殺さんばかりに見下ろしているのにも気付けない。
「出すぞ、しっかり受け止めろ!」
「ひ、ィ…うぁあ…っ」
 牙を剥くような雄叫びと共に獣人の精液がアトールの体内を穢す。
 自分の深い場所に吐き出される飛沫を感じ取りながら、アトールは自らも絶頂を迎えた。とっくに何も出なくなった性器の先端からはそれでも数滴の体液が搾り出され、アトールの全身は悦楽の絶頂から突き落とされて激しく痙攣する。
 目の前に散る火花は頭の中でも瞬いていて、解放に弛緩した身体はもう指一本動かすのも難しい。
「…ははッ、なかなか良かったぜ」
 軽薄な言葉と共に、汗が滴るほど湿った髪を掻き上げられた。
 アトールは力なく獣人の青年を見上げる。文句を言いたくて開いた唇を戦慄かせたものの、喘ぎすぎた喉は嗄れてしまい、引き攣った呼吸は意味を成さない。
 そのまま事切れるように意識をなくしたアトールを見つめ、獣人はギラついたままの金色の眼を細めて笑った。


「…ん…」
「目が覚めたかよ、チビ」
 泥のような短い眠りから覚めたアトールは獣人に背負われていた。
「もうちょいで街に着く。いいから寝てろ」
 いくらアトールが小柄だとは言えそこそこ体重はあるはずなのに、青年は何も気にした様子もなく森の中を進んでいく。人間より優れた筋力はさすが獣人と言ったところか。
 テロサイラによって服を襤褸切れにされてあられもない格好だったアトールの身体には、いつの間にか外套が巻き付けられていた。青年が着せてくれたのかどうかは聞かなければわからないが、少なくともこの外套はアトールの持ち物ではない。深い苔色の外套は厚手で柔らかく、外気がアトールの肌を傷めることがないようにしっかり巻かれているようだった。
 獣人の青年は他に何も言わず歩き続け、やがて彼の肩に頭を乗せるようにしてうとうとしていたアトールの耳にもはっきりと街の喧騒が聞こえてくる。
犯され尽くしたせいで疲れきった身体は一刻も早い休息を求めているが、それでもまだ意識を失うわけにはいかない。
 思う存分たっぷりと自分を犯して満足したはずの青年がわざわざ抱えて街まで連れて戻って来たのには何か思惑があってのことだ。騙された、乱暴されたと訴えられることを見越しての行動なのだとしたら自分は殺されてしまうのかもしれない。いや、もしそうだとしたら森の中でやったほうが誰にも気付かれないだろう。
 あまりにも物騒な考えに、アトールは背中を震わせた。
 百歩、いや一万歩譲って乱暴されてしまったのは怪しい依頼に危機感を持たなかった自分のせいだと受け入れられたとしても、殺されるのはどうしても嫌だ。硬く閉じた瞼の奥に家族の顔が浮かぶ。ただでさえ心配を浮かべていた彼らの顔を悲しいものにはしたくない。
「スペルト、守備は上々だったようだな」
「まぁな」
 不意に聞こえた声の片方には覚えがあった。
 この街に着いたばかりのアトールにテロサイラの実を取ってくるよう依頼してきた情報屋の男のものだ。慣れた口振りから二人が知り合いだとわかる。
「コイツのおかげで一週間後には大収穫だぜ、ジャック。少なくとも二十はあった」
「そいつはすげぇな! ほらよ、お前の取り分だ。約束どおり、きっかり二万ガル入ってる。足りないようならまた声をかけてくれ」
「ああ」
 情報屋が差し出した革袋を片手で受け取り、獣人の青年はにやりと笑った。
「しっかし珍しいじゃねぇか、スペルト。いつも穴役はヤり捨ててくるのによぉ」
「ああ…よく見たらコイツ顔も悪くねぇし、ケツも思ったよりイイ具合だったし、しばらく飼ってやろうかと思ってな。飽きたらどこぞにでも売り飛ばせばいい」
「お前も大概ゲスだな。俺もだが」
「違いない」
 顔を見合わせて一頻り笑い合った二人はあっさりと分かれ、獣人の青年はアトールを抱えたまま街の隅に佇む宿屋へと足を踏み入れる。彼は慣れた様子で二階の部屋のドアを開けてベッドの上にアトールを放り出した。
 転がった拍子に外套が外れて裸体を晒したものの今のアトールにはそれを直す余力はなく、さっき聞いた二人の会話が疲労でぼんやりしている頭の中をぐるぐると何度も駆け巡っている。
(一週間後に収穫って言ってた…)
 つまり情報屋は今はまだテロサイラの実を収穫できないと知っていたということだ。
(約束どおり、って…)
 それは二人が元から知り合いであり、今回のことも手を組んでいたことだと推測できる。
(…『穴役』……僕の、こと…)
 テロサイラの独特な受粉方法から揶揄したのだろう、まるで道具扱いだ。悔しさがじわりと込み上げる。
 情報屋の男はテロサイラの実を、獣人の青年は金を、それぞれ望むものを得るために何もかも最初から仕組まれていたのだ。アトールはそれと知らずに巻き込まれたというよりも、いいように利用されただけ。
 悔しさは沸々と煮え滾る怒りに変わったけれど、今はもう指先を動かすことさえも億劫なほど疲れきっていて、アトールは力なく唇を噛む。
「オイ、とりあえず水飲め」
 目の前に突き出されたのはグラスに注がれた水だった。
 一人では満足に動けないアトールは青年の助けを借りることに悔しさを覚えながらも水を喉に流し込んだ。あっという間にグラスを空にして、ようやく喉が渇いていたのを思い出す。
 渇きが癒されると代わりに酷いだるさが襲ってきて、アトールは再びベッドに身を任せた。
 獣人の青年が服を脱いでいるのが視界の隅に映る。点々と床に脱ぎ散らかされた服を見て行儀が悪いとぼんやり思うが声に出すことはなかった。
「お前、名前は?」
「……アトール…」
「そうか。俺はスペルトだ。何ならご主人様って呼んでもいいぜ」
 頼まれてもそんなふうに呼んでやるもんかとアトールは金色の眼を睨むが、いやらしく笑う青年の表情はどこまでが本気かわからない。それにアトールは久しぶりのベッドの感触に眠気を誘われて既に半分夢の中だ。
 力が入りきらない手で毛布を引き寄せるが、それは無情にもあっさりと奪われた。
 毛布を剥いだ褐色の手がアトールの肌を悪戯に撫で回す。いろいろな液体でぬかるんだままの場所に無遠慮に入ってきたものが獣人の指なのか性器なのかもわからない。
 身体の奥に残った快楽の火種に熱が戻るのを感じたが意識を保つことは困難だった。今はただひたすら眠くてたまらなくて、目蓋が勝手に落ちてきて、揺さぶられている間にも現実と夢想を行き来する。
 したいなら勝手にすればいい。投げやりな気分でそう考えて、今度こそ睡魔にすべてを委ねる。
「お前の身体に飽きるまで、お前は俺のモノだ」
 底の見えない深い海に沈むような眠りに落ちる寸前に聞こえた言葉にほんの少しだけ反発心が疼いたが、それだけだった。
 とんでもないことに巻き込まれてしまったけれど、何かしらの打開策を考えるのは十分に休息を取ってからだ。
 一度決めたことに対しては諦めが悪い性格だと自覚しているつもりのアトールは、その夜、久しぶりに冒険者として旅に出た日の夢を見た。
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