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第五十七話【未練】
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「元の時代へ戻る可能性があるのではないか?」
窓の側に立っている左慈が少し考えた後、そう言った。
その夜、諸葛亮が書斎に籠ったと同時にルナは笛を吹いた。その笛の音は常人には聞こえない。喬子と左慈にのみ聞こえるように出来ている。最初、ルナは嘘だと思った。吹いても息を吹き込む音だけが響く。しかし、次の瞬間、目の前に喬子が現れたので信じる他ない。犬笛のようなものだろうかと言ったら、犬と一緒にするなと喬子に怒られた。今回は左慈も喬子に付いて来たようだ。
「もう十年以上この時代にいるんだよ?今更……」
「でも、ルナの姿が変わらないことと、現代から持って来た持ち物が減らないし、劣化しないことを考えると……先生の言う通りなんじゃない?」
「……もし、今戻ったら十年経過してるわけだから……」
十年一昔という。十年進んだあの時代はどう変化しているのだろう。空を飛ぶ車は……流石に開発されていないか。車の自動運転が当たり前になっていたりして。ルナは考え出すと止まらなくなった。
「いや、ここで過ごした年月は、向こうでは経過していないのではないか?」
左慈の言葉にハッとするルナ。
そうだ。自分は何も変わっていないのだから、おそらく向こうの時代では時が経過していないのだろう。若しくはこちらの十年が一日、二日の計算で進んでいるのではないだろうか。なら、元の年齢のまま、元の時代に戻れるということか。
しかし……
「私、戻りたくない……」
元の世界に未練がないかと言われれば嘘になる。しかし、それを上回る程、こちらの時代で大切な物が出来た。世話をしてくれた黄承彦夫婦、諸葛亮、劉備軍の面々……様々な出会いがあった。その分、別れもあった。最初は戸惑ったルナだが、今はこの時代が自分の生きる場所だと思っている。
「戻ったら、皆に会えなくなる……コバシだって、もう向こうにはいないんでしょ?」
「……多分ね」
元の時代で亡くなり、この時代に転生した喬子は、当然、元の時代には生きていない。親やその他の友人、バイト先の店長などには申し訳ないが、ルナはこのままこちらで過ごしたいと真剣に願っている。
「今すぐ戻るということはないだろう」
左慈は言う。彼はルナの現代の服や持ち物を見ても、少しも驚く様子を見せず、淡々としている。自分たち仙人の方が余程驚くべき術を使うので、この程度では驚かないのだろうとルナは思った。
「貴殿は階段から転げ落ちてこちらに来たと言ったな?」
「うん」
「なら、同じように、戻るにも何かきっかけが必要であると推測する」
「……そのきっかけって何?」
「いや、私に聞かれても……」
仙人は何でも知っている。ルナはそう思い、左慈に問う。しかし、わからないと即答されてしまった。喬子は困惑する左慈を初めて見たので、改めてルナはいろいろな意味で凄いと思った。
「そのきっかけが何かということはわからないが……命を落とすような危ないことは徹底的に避けるべきではないか?」
「夫の戦に付いて行くの止めたら?」
「でも、私は孔ちゃんの最期まで傍にいれるんでしょ……?なら、付いて行っても大丈夫じゃ……」
諸葛亮がいつ何時、その命を終えるのかはわからない。だが、喬子の話によると月英は諸葛亮の最期まで傍にいるという。自分がどんな選択をしても、そこまでは決まっているのではないのか。ルナはそう思っていた。
「わからないけど、危ないことはしない方がいいでしょ」
「そうだけど……あ、わかった!階段には出来るだけ近付かないようにする!」
極力気を付ける。そう言い放つルナ。
こんな状態で本当に大丈夫なのかと左慈と喬子は思ったが、ルナの意見を尊重することにした。
「とにかく、何か命の危険とかあるかもしれないから、その笛は肌身離さず持っててよ?」
「わかった」
そう言い残すと、左慈と喬子は帰って行った。
そして、今夜もそれと同時に諸葛亮が書斎から出て来る。
「まだ起きていたのか?」
「うん……孔ちゃん待ってた」
諸葛亮はルナのその言葉に微笑み、彼女を抱き締める。
「……身体が冷たいな」
「あ、換気してたから……」
「最近、よく窓を開けるな」
「あー……換気大事だから。ウイルス対策とか……」
ルナを抱き締めたまま、諸葛亮は寝台に横になった。ルナの少し冷えた身体を諸葛亮の体温が温める。心地良い温かさ。愛おしそうに自分を見つめている眼差しも、自分の髪を撫でる優しい指も、全てが心地良く、愛おしい。この人と決して離れたくはない。ルナは改めてそう思い、眠りに着いた。
窓の側に立っている左慈が少し考えた後、そう言った。
その夜、諸葛亮が書斎に籠ったと同時にルナは笛を吹いた。その笛の音は常人には聞こえない。喬子と左慈にのみ聞こえるように出来ている。最初、ルナは嘘だと思った。吹いても息を吹き込む音だけが響く。しかし、次の瞬間、目の前に喬子が現れたので信じる他ない。犬笛のようなものだろうかと言ったら、犬と一緒にするなと喬子に怒られた。今回は左慈も喬子に付いて来たようだ。
「もう十年以上この時代にいるんだよ?今更……」
「でも、ルナの姿が変わらないことと、現代から持って来た持ち物が減らないし、劣化しないことを考えると……先生の言う通りなんじゃない?」
「……もし、今戻ったら十年経過してるわけだから……」
十年一昔という。十年進んだあの時代はどう変化しているのだろう。空を飛ぶ車は……流石に開発されていないか。車の自動運転が当たり前になっていたりして。ルナは考え出すと止まらなくなった。
「いや、ここで過ごした年月は、向こうでは経過していないのではないか?」
左慈の言葉にハッとするルナ。
そうだ。自分は何も変わっていないのだから、おそらく向こうの時代では時が経過していないのだろう。若しくはこちらの十年が一日、二日の計算で進んでいるのではないだろうか。なら、元の年齢のまま、元の時代に戻れるということか。
しかし……
「私、戻りたくない……」
元の世界に未練がないかと言われれば嘘になる。しかし、それを上回る程、こちらの時代で大切な物が出来た。世話をしてくれた黄承彦夫婦、諸葛亮、劉備軍の面々……様々な出会いがあった。その分、別れもあった。最初は戸惑ったルナだが、今はこの時代が自分の生きる場所だと思っている。
「戻ったら、皆に会えなくなる……コバシだって、もう向こうにはいないんでしょ?」
「……多分ね」
元の時代で亡くなり、この時代に転生した喬子は、当然、元の時代には生きていない。親やその他の友人、バイト先の店長などには申し訳ないが、ルナはこのままこちらで過ごしたいと真剣に願っている。
「今すぐ戻るということはないだろう」
左慈は言う。彼はルナの現代の服や持ち物を見ても、少しも驚く様子を見せず、淡々としている。自分たち仙人の方が余程驚くべき術を使うので、この程度では驚かないのだろうとルナは思った。
「貴殿は階段から転げ落ちてこちらに来たと言ったな?」
「うん」
「なら、同じように、戻るにも何かきっかけが必要であると推測する」
「……そのきっかけって何?」
「いや、私に聞かれても……」
仙人は何でも知っている。ルナはそう思い、左慈に問う。しかし、わからないと即答されてしまった。喬子は困惑する左慈を初めて見たので、改めてルナはいろいろな意味で凄いと思った。
「そのきっかけが何かということはわからないが……命を落とすような危ないことは徹底的に避けるべきではないか?」
「夫の戦に付いて行くの止めたら?」
「でも、私は孔ちゃんの最期まで傍にいれるんでしょ……?なら、付いて行っても大丈夫じゃ……」
諸葛亮がいつ何時、その命を終えるのかはわからない。だが、喬子の話によると月英は諸葛亮の最期まで傍にいるという。自分がどんな選択をしても、そこまでは決まっているのではないのか。ルナはそう思っていた。
「わからないけど、危ないことはしない方がいいでしょ」
「そうだけど……あ、わかった!階段には出来るだけ近付かないようにする!」
極力気を付ける。そう言い放つルナ。
こんな状態で本当に大丈夫なのかと左慈と喬子は思ったが、ルナの意見を尊重することにした。
「とにかく、何か命の危険とかあるかもしれないから、その笛は肌身離さず持っててよ?」
「わかった」
そう言い残すと、左慈と喬子は帰って行った。
そして、今夜もそれと同時に諸葛亮が書斎から出て来る。
「まだ起きていたのか?」
「うん……孔ちゃん待ってた」
諸葛亮はルナのその言葉に微笑み、彼女を抱き締める。
「……身体が冷たいな」
「あ、換気してたから……」
「最近、よく窓を開けるな」
「あー……換気大事だから。ウイルス対策とか……」
ルナを抱き締めたまま、諸葛亮は寝台に横になった。ルナの少し冷えた身体を諸葛亮の体温が温める。心地良い温かさ。愛おしそうに自分を見つめている眼差しも、自分の髪を撫でる優しい指も、全てが心地良く、愛おしい。この人と決して離れたくはない。ルナは改めてそう思い、眠りに着いた。
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