3 / 17
1巻
1-3
しおりを挟む
オードスルスが私の腕にしがみ付き、のんびりと街の中を歩き回った。
う~ん、建物はあるけど機材がないのよね。やっぱりただ人が来るだけじゃなくって、いろんな職業の人が揃わないと、街、国としては機能しないのかな。
「お……い」
でもなぁ、人が集まるにはそれだけの魅力がないとダメだし。
「……ーい」
魅力……果物や木の実が美味しい? あ、そう言えばあの王太子、古傷が治ったから治療目的で来てもらう?
「おー……」
「何? オードスルス? さっきから叫んでるのは」
【ボクじゃないよー】
「違うの? じゃあ一体誰が?」
「おーい、誰かいませんかー!」
街の入り口付近から、男の人の声がする。誰⁉ こんな夜に、しかもこんな荒野の真ん中に!
建物の陰に隠れて、こっそりと入り口を見てみると、男の人が五人ほど立っている。
見たところ、王子様や護衛って感じじゃないし……どっちかっていうと商人?
仕方がない、また見えないように声をかけてみよう。
「この街に、何か御用でしょうか」
「おお! 人の声がするぞ! やっぱり人が住んでいるんだ!」
何か喜んでる。この人達はフードをかぶってないけど、この時間に現れたって事は、昼間は休んでて、夜に行動してるのかな?
それにしても大きなリュック。一体何が入ってるんだろう。
「我々は行商人です! イノブルク国からゴスライン荒野を抜け、向こう側へ向かう途中です!」
行商人さん? イノブルクって私がいた国じゃない。ここを通って行商なんてしてたんだ。……歩いて移動できる距離? そんなに小さな荒野じゃないと思ったけど。
「それはご苦労様です。それでは旅の無事を祈っております」
悪い人じゃないんだろうけど、コンティオールは寝ちゃったし、あんまりたくさん大人が来たら怖い。帰ってくれないかな。
「ありがとうございます! ではなく! あの、あなたはこの街の人ですよね? 一体いつの間に街ができたのですか? 以前通った時はなかったはずですが!」
何回もここを通ってるの? 行商人ってすごいのね、だって実質死刑に使われてる場所よ?
……ひょっとして、知られてないルートとかあるのかも?
「この城は先程完成しました。あなた方がご存じないのも無理はありません」
「さ、さっき⁉ ひょっとして地面が揺れた時ですか⁉」
「そうです」
あー、結構離れた場所でも揺れていたんだね。そりゃ……こんなのができるくらいだもん。
改めて街と城を見る。コンティオールって、聖獣としては超強いわよね、多分。
「この街で休ませてもらってもよろしいでしょうか?」
休む? ああ休憩ね? それくらいなら構わないけど。
「構いません。街に入って中央通りを進むと、大きな交差点があります。そこを右に曲がると噴水のある公園があるので、そこで休むとよいでしょう」
口々にお礼を言ってくる。こんな場所を通ってるんだもん、疲れるわよね。
行商人さん達が公園に入ったら、なぜか悲鳴を上げている。何? 今度は一体何?
噴水を見てはしゃいでる。子供か!
あ、そっか、こんな場所に噴水があるからか。水筒に水を汲んで、食事を始めた。
こんな場所じゃ水も食料も貴重品よね……そうだ!
「オードスルス、果物を五つ持ってきて。みんなに気づかれないように、側に置いてきて」
【はーい】
すい~っと飛んで裏庭から果物を取ってきてくれた。
背後から近づいて……オードスルスの姿が消えた。
そ、そんな技もあるのね? 果物が地面を転がって、行商人さんの体に当たる。転がっている果物を手に取ると、不思議そうに眺めている。
ん? ああ、そりゃわかんないわよね。
「その果物はここで取れたモノです。とても甘いのでどうぞ」
「これはこれは、ありがたく頂きます」
噴水の水で軽く洗ってかぶりついた。
うんうん、美味しそうに食べてくれてるわ、よかった。
「あ、ああ! 目が、目がーーーー‼」
突然一人が立ち上がって大声を上げる。え、ええ? 何、何かあったの⁉
他の行商人さんも驚いてるけど、ど、どうしたのかな?
「目が……良く見える。白内障が治った」
「何お前もか! 俺は腰痛がなくなったぞ!」
「俺は肩こりが」
「俺は筋肉痛が」
「僕は虫歯が治った」
……えーっと、つまり体調が良くなったのね? な~んだ、脅かさないでよね。
「お願いです! この果物を売ってください!」
う、売る? 果物を⁇
果物を売ってくれって言われても、えーっと、リンゴ一個いくらだったかしら。
自分で言うのもアレだけど、私って世間離れしてるから、物の値段がよくわかんないのよね。
(何だ、騒々しい)
「待ってたよーコンティオール!」
騒がしかったからか、コンティオールが来てくれた! 思わずたてがみに抱き付いちゃった。
(何を騒いでいたんだ?)
「実はね、カクカクしかじかなのよ!」
(そうか。そうだな……)
珍しくコンティオールが悩んでる! ひょっとしてマズかったのかな。
でも、だってあげちゃったもん!
(一つ金貨百枚だ)
よしきた!
「それでは果物一つにつき、金貨百枚です」
「き、金貨百枚ですと⁉ 我々は金貨五百枚を食べてしまったのですか!」
そりゃ五個あげたからね。何を驚いてるんだろ。
「金貨百枚……我々が一生かかっても稼げない金額だ」
クラッと来た。え? え? え? 金貨百枚ってそんなに高いの?
だってコンティオールが百枚って……
(金貨百枚は、公爵家が一年間で使う金額だな)
「え? それって高いの?」
(平民は金貨なんて見た事がないだろう。それはいい、金がないならやるな)
「で、でもお祈りして一日でできた果物だよ? そんなにお金をもらう必要あるの?」
(後でわかる。あいつらには休むだけ休ませて、さっさと出ていかせろ)
それだけ言って、コンティオールは再び眠りにいった。わ、わかんないけど言っとくね!
「なければ差し上げられません。休憩だけして、さっさと出ていきなさい」
あれ? ついついコンティオールの言葉をそのまま言ったけど、きつい言い方になってない?
別に休むだけならゆっくり休めば……
「も、申し訳ない! ほ、ほらお前達! 出発だぞ!」
そそくさと荷をかたづけている。
あ、あ~あ、行っちゃった。
でも夜しか移動できないだろうし、のんびりしてお仕事に影響が出るといけないもんね!
あ、気がついたら空が明るくなってきた。
さっきの行商人さん達も、しばらくしたら休むんだろうな。
私もねーよおっと。
第二章 通商交渉と領土拡大 ~皆さんの願い、聖女が叶えます~
「誰かおらぬかー! 誰もおらぬのかー!」
私達にとって早朝……と言ってもそろそろお昼近く、また街に誰かが入ってきたみたいだ。
うるさいなぁ、もう。最近はゆっくり眠れてないんだけど。
コンティオールとオードスルスも目が覚めたみたい。
(……今度は何なんだ)
【パパー、ママー、眠いよー】
私も眠い目を擦り、何とか目を開ける。
水場で顔を洗って、いつものように姿を隠しながら様子を見にいった。
「何? アレ」
目の前には金属の鎧を装着し、馬にまたがった騎馬隊が……えーっと、いっぱいいる。
何で騎馬隊がこんな場所にいるの? しかも金属の鎧って、この気温じゃ熱くて触れないんじゃない?
「何の御用でしょうか」
あ、あれ? 寝起きのせいか、声が変だ。おばあちゃんみたいな声になってる。変な声ー。
「す、姿を見せよ! この土地はイノブルク国の領地だ、勝手に城を作る事は禁止されている!」
寝起きで頭が回らない。いのぶるく? ……イノブルク……ああ、私がいた国か。じゃあイノブルクの騎馬隊なのかな。
(ずいぶんと遅い登場だな。本来なら一番最初に来なくてはいけないのに)
そうよね~、一応は一番近いんだから、どれだけ警戒が薄いのよって話。
それに、どうせこんな場所使えないでしょ? だから私達が有効活用するわ!
あのバカ王子に一泡吹かせるのも良いわね!
(まあ、中に入れるくらいは構わな――)
「立ち去りなさい! この場所に武器は不要です!」
……あれ? 追い返すんじゃ……ないの……?
(あ~あ)
先走ってコンティオールと逆の事言っちゃった……。どどど、どうしよー‼
「立ち去れだと⁉ イノブルク騎馬隊の力を知らぬと見える! 今この場で見せてくれるわ‼」
先頭の人が合図すると、騎馬隊が街になだれ込んで来た。
キャー! きゃー! どうしよう、どうしよー!
「こ、コンティオールぅ!」
(まったく。仕方がない、ちょっと追い払って――)
【パパ、ママ、あいつら、街を壊してる】
……オードスルス? どうしたの、そんな低い声を出して。
普段の温厚なのんびりとした口調は消え、久しぶりに体の表面が波打っている。
「お、オードスルス? 落ち着いて? ね、ね?」
何とかなだめようとしたけど、ダメ、興奮してるみたい。
【パパと、ママと、ボクとで、一緒に作ったのに……!】
水が弾けた。中心の水滴だけが宙に残り、その水滴が急激に膨張を始める。
その体は赤ん坊ではなく、五歳ほどの子供の姿だった。相変わらず口はないけど、目、鼻がある。まだ感情は高ぶっているみたい。
(ほほぉ、感情の高ぶりで成長するのか? これは興味深い)
「そんな事言ってる場合じゃないでしょ! オードスルス、落ち着いて、ね? 街はまた作ればいいんだから」
【僕、許さない。この街は僕達の街だ、壊すのなら……敵だ!】
腕を前に伸ばし、人差し指を突き出す。その指先から、細い水が勢いよく発射された。
太陽の光に照らされて、まるで一本の線に見える。
水が当たった兵士は弾かれるように馬から落ち、その鎧には穴が開いていた。ひぇ、すごく遠いのに、鎧に穴を開けちゃうんだ。
石を切り裂く威力があるから、近かったら命が危なかったかも。
最初は指一本から水を出していたけど、両手を前に突き出して、全部の指から細い水が発射された。騎馬隊の人達は、何かが光ったと思ったら衝撃を受けて馬から落とされているし、何が起こってるのか理解できてないと思う。
水の攻撃は、あっという間に騎馬隊を歩兵に変えた。しかも半分ほどが意識を失っている。
……ウチの子達は優秀ね、それに比べて私は……クスン。
とりあえず、軽い怪我人はいるけれど、誰も死んでいない。
えーっと、コンティオールは街に入れてもいいって言ったけど、こうなったらもう無理よね?
「帰りなさい、ここでは戦いはご法度。これ以上進むなら、さらなる災いが襲い掛かるでしょう」
「ひ、ひぃいいー!」
騎馬隊は慌てふためいて帰っていく。
あ、コラコラ、気を失ってる人達を連れていきなさいよ……って、もう見えなくなった!
馬に乗ってるとはいえ、逃げ足が速いわね。
落ち着いたオードスルスは赤ん坊の姿に戻っていた。感情が高ぶると一時的に成長するのかな?
でもどうしよう……こんなに多くの兵士が残ってるんだけど。
流石に放っておけず、三人で街の家に運び込んだ。鎧が重いし熱いし……火傷しそうだった。
何とか全員運び込むと、数名が目を覚ました。
「こ、ここは……はっ! この街の不届き者にやられて! おい、みんな起きろ!」
(どっちが不届き者やら)
【ふとどきー、ふとどきー】
「そっちが先に襲ってきたんですからね? 私達は……えっと」
(正当防衛)
「そう! 正当防衛しただけです!」
コンティオールに言われなくてもわかっていたもん。
「お前がこの街の主……かぁ⁉」
いきなり土下座した。ええ? 今度は何なの?
「せせせ、聖女様ではありませんか! 失礼いたしましたぁーー‼」
「ん? ああ、元、聖女ですけどね」
「とんでもございません! あなたが王都を出てからというもの、魔物の動きが活発化し、街を守る防護膜が薄くなり、我々兵士は連日連夜、戦い通しなのです!」
「ええっ? じゃあどうしてこんな所に来たんですか?」
「それは、王太子の考えた作戦が大失敗しまして……名誉挽回のために、勝手に街を作った不届き者を成敗しろと命令が……」
何それ。フレデリック王太子はあまり頭がよくない。作戦なんて立てさせたらダメじゃない。
呆れてものも言えないわ。
「私にはもう関係ありません。追放された身ですし、ここで好きにやらせてもらいます」
「それが……その」
「まだ何か?」
「戻ったら、また王太子が立てた作戦に駆り出される予定でして……」
それは……むざむざ死者を増やすだけね……。はぁ。
「なら、しばらくは滞在していいですよ。その代わり、きちんと仕事はしてもらいますからね?」
寝ていたはずの兵士が一斉に起き上がり、土下座した。
「ありがとうございます! 精いっぱい尽力いたします‼」
滞在して良いって言うまで、狸寝入りしていたのね。これだから大人って。
(まあそう言うな、こいつらも辛いんだ。それに労働力が手に入ったのは幸先が良いな)
そっか、流石に全部を私達でやるわけにもいかないもんね。
そう考えたら、体力のある兵隊はとても役に立ちそう。
【わーい、なかま~】
それから数日が経ち、そろそろ日が沈む頃にお客さんが来た。
「お久しぶりです、ロザリー様。今日は良い話を持ってきました」
ハーフルト国のマクシミリアン王太子だ。
良い話って事は、通商条約を結んでくれるのかな?
「それにしても、ずいぶんと兵士の数が多いですね。何かあったのですか?」
「それが、イノブルク国に攻め込まれてしまって」
「なんと⁉ それでは我が国の兵をお貸ししましょう!」
「ああ、大丈夫です。本隊はもう撤退し、ここにいるのは捨てられた兵士達なんです」
「捨てられた? あの国は今、大変な状態だと聞きましたが……兵を捨てるとは」
そうよね~、魔物が活発化してるなら、兵は一人でも多く必要だと思うけど……
ん? まさかワザと置いていったの? 仲間想いな隊長さんが、無茶な作戦に付き合わせないように?
……今の状態なら本当にそうかも。ま、いっか。
「それでは、本題に入りましょうか」
一応は応接室と名付けた部屋で、こちら側は私とコンティオール、オードスルス、向こうはマクシミリアン王太子と護衛の三人がいる。
硬い石のイスに座り、切った果物と水を出した。
「ありがとうございます。我々、ハーフルト国は聖女ロザリー様の国と通商条約を締結し、末永い国交を築く事を望みます」
「ありがとうございます。我が国もハーフルト国とは友好関係を結びたいと思います」
フゥ~、よかった。まずは一国が認めてくれた。
さて、この後はいくつの国と仲良くなれるかな。
「それでですが、聖女ロザリー様の国は何という名なのでしょうか?」
「……? 名前?」
「はい、聖女ロザリー様の国、と呼ぶわけにもいきませんので」
やばい、全く考えてなかった! 国の名前、国の名前……えっと、えっとぉ!
(何も考えてないんだな)
コンティオールが呆れたように言う。
「考えているわよ! ただちょっと候補が多いから、どれにしようか悩んでるだけだもん!」
えっと、この場所はゴスライン荒野だから、ゴスライン国? いやいや、不毛な荒野そのものの国に聞こえるからヤダ。
じゃあ少し変えてゴス……ゴスロリ? やめた方がよさげな名前ね。
(ロザリア)
コンティオールがそっと言う。
「ん?」
(花の名前だ。ロザリアなら、お前のロザリーと名前も近いし、誰の国かすぐにわかるだろう)
ロザリア? ロザリア国のロザリー?
花の名前か~、どんな花か知らないけど、わかりやすくて良いわね。
「あの聖女様? 先ほどから独り言が多いようですが……?」
「あ、すみません、コンティオールと話していました」
コンティオールもオードスルスも、話ができるのは私と数名だけ。この国では私だけかな。
「そ、そうでしたか。それで、聖獣殿との会話は終わりましたか?」
「ええ……国の名前はロザリア。ここはロザリア国です」
「ロザリア……確か花の名前ですね。ロザリア国のロザリー様……素敵な名ですね」
おお、何だかいい評価だ。きっとロザリアってキレイな花なのね。
「ありがとうございます。ロザリア国とハーフルト国の友好の証に、木の実をいくつか差し上げます。かさばらないので持ち運びに便利でしょう」
「それは助かります。国では薬のない病で苦しむ者もいるので、その者達に渡しましょう。我々からは、コレを贈らせていただきます」
護衛の人が背負っていた大きな木の箱をおろし、中から丁寧に梱包された何かを取りだした。
それをテーブルの上に置いたけど……何これ?
(ロザリーの胸像だな。しかも金でできている)
「わ、私⁉」
私ってこんな顔してるんだ~、へぇ~……じゃなくって! 何で胸像⁉
あ、でも本物より少し胸が大きい。ナイス。……いや、屈辱‼
「これを城に入ってすぐの場所に飾っておけば、誰もが見惚れるでしょう」
「こっ、このような高価なものを、い、頂く訳には参りません!」
「何をおっしゃいますか。この国、ロザリアの果物や木の実は万病に効く薬。この程度のものは高価とは言えません」
いえ、あのね、本当はお金がどうこうじゃなくて、私の像っていうのが……その……ね?
(はっはっは、見ろロザリー、本人よりも胸が大きいぞ)
「指差して笑わないの! まだ子供だから小さくて当たり前なの! これから成長するの!」
【ママだー、ママがふたりいるー】
オードスルスが胸像を水の体で包み込み、持ち上げたかと思うと私と並べた。
「我が国の職人の力を結集して作りました。なかなかのできだと思います。その、聖女ロザリー様は育ちざかりですので、少々将来のお姿で作ったのでしょう」
そ、そうよね? まだまだこれからだもんね、私! ハーフルト国の職人、グッジョブ!
「こ、コホン。そういう事でしたら、ありがたく頂いておきます」
なんてお上手なフォローなんでしょう! 王太子だから? いえいえ、どこかの王太子はこんな気の利いた言葉を言わないわ。カッコイイから? そうよね、きっとそうよ! 見目麗しい人は言葉も麗しいわね! マクシミリアン王太子が婚約者だったら良かったのに……
上機嫌でお見送りする。近いうちにハーフルトから物資が送られてくるみたい。
何せこの国……ロザリア国には物がない。
食料は何とかなっても、国民が増えるために必要な物が建物以外は何もない。
全部を頼る訳にもいかないから、どうやって調達しようかと悩んでいると、イノブルクから来た騎馬隊の隊長(仮)さんが相談してきた。
「聖女様、我々をこのままこの国に置いてくださいませんか? 我々の中には家族も呼びよせたいと言っている者もおります。ロザリア国として、国民が増える事は労働力の増加につながり……」
長い長~い説得が始まった。でもね、隊長さん……願ったりかなったりですのよ!
「そうですね。まずは皆さんの家族に、居住許可を出したいと思います」
「おお! ありがとうございます! 料理人や鍛冶職人、大工の者もおりますので、必ずやお役に立てると思います!」
これである程度の資材や人材は揃いそう。ただそうなると、商人が来なければすぐに物資が底をついちゃう。う~ん、商人にとって魅力的な物って何だろう。
【ママー、行商人さんだー】
「そうね、行商人が行き来してくれたら便利なんだけど……え? 今何て?」
(街の入り口に、以前来た行商人がいるぞ)
おお? そういえばゴスライン荒野を横断して、向こう側の国に行くって言ってたっけ。日数的には行って帰ってきた感じかな? 前は脅かすような事を言っちゃったし、今度は言葉に気を付けよっと。
三人で街の入り口に向かうと、五人の行商人さんが入り口周辺でウロウロしていた。
「こんにちは。行商の帰りですか?」
声を掛けると、行商人さんが慌てて近寄ってきた。何だかすごく荷物が多いわね。それに……元気。
「その声はこの街の主さんですね⁉ 以前はお声のみでしたので、お会いできて光栄です!」
そう言って両手で私の手を握り、しきりに頭を下げている。
この人がリーダーなのかな? 少し太っちょで、短い筒みたいな帽子をかぶってる。
「あの時は失礼しました。少々言葉足らずで、まるで脅かすような事を言ってしまいました」
「とんでもない! あの果物にはそれだけの価値がありますから! お陰でほら! いつもの五割増しで仕入れができるようになりました‼」
そう言って以前よりも大きくなった、自分達の背丈より大きなリュックを見せてくる。
そっか、行商は順調なのね。暑いから街に入ってもらうと、今度は知らない人に声をかけられた。
「ちょいとすまんが、この街の主はどなたかのぅ」
ずんぐりむっくりのお爺さんが、曲がった腰に手を当て、杖をついて歩いてくる。
「えっと、一応私です」
「おおそうか、それはちょうどいい。ワシは大地の精霊じゃがな? ここの土地が豊かになった理由を教えてほしいんじゃ」
「ダイチのセイレイさんですか? この土地が豊かになった理由か~、そうですね~……⁉」
このお爺ちゃん、今なんて言ったの?
ダイチのセイレイ? ダイチ、大地、セイレイ、精霊。
「大地の精霊さん⁉ ええー! そんなすごい人が、どうしてここに⁉」
思わず後ずさりして、コンティオールの後ろに隠れた。
【ママー、大地の精霊さんはねー、ボクといっしょで、ずっと寝てたんだよー】
「え? 寝てたって、どうして?」
「うむ、何ぶんこの土地は枯れ果てておってな、ワシが活動するのに必要な、大地の恵みがなかったのじゃ。それがどうした事か、ほんのわずかな間に豊かな土地になり、ワシはそのお陰で目が覚めた、という訳じゃ」
へ~、大地の精霊って、すごい力で土地を豊かにすると思ってたけど、実際は違うんだね。
エネルギー源が大地の恵み? えーっと? 野菜とか果物じゃないわよね……あ、地脈かな?
「大地の恵みって、地脈ですか?」
「地脈もそうじゃが、土に含まれる栄養価もそうじゃな。作物が良く育つ土、ワシはそういう所が大好きなんじゃよ」
なるほどね~、確かに作物は良く育つわね、ココ。ええ、むしろ育ちすぎるくらいに。
「そういう事でしたら、この土地を作った者を紹介します。コンティオール、後はよろしくね」
(む? 面倒くさいが仕方がないな)
う~ん、建物はあるけど機材がないのよね。やっぱりただ人が来るだけじゃなくって、いろんな職業の人が揃わないと、街、国としては機能しないのかな。
「お……い」
でもなぁ、人が集まるにはそれだけの魅力がないとダメだし。
「……ーい」
魅力……果物や木の実が美味しい? あ、そう言えばあの王太子、古傷が治ったから治療目的で来てもらう?
「おー……」
「何? オードスルス? さっきから叫んでるのは」
【ボクじゃないよー】
「違うの? じゃあ一体誰が?」
「おーい、誰かいませんかー!」
街の入り口付近から、男の人の声がする。誰⁉ こんな夜に、しかもこんな荒野の真ん中に!
建物の陰に隠れて、こっそりと入り口を見てみると、男の人が五人ほど立っている。
見たところ、王子様や護衛って感じじゃないし……どっちかっていうと商人?
仕方がない、また見えないように声をかけてみよう。
「この街に、何か御用でしょうか」
「おお! 人の声がするぞ! やっぱり人が住んでいるんだ!」
何か喜んでる。この人達はフードをかぶってないけど、この時間に現れたって事は、昼間は休んでて、夜に行動してるのかな?
それにしても大きなリュック。一体何が入ってるんだろう。
「我々は行商人です! イノブルク国からゴスライン荒野を抜け、向こう側へ向かう途中です!」
行商人さん? イノブルクって私がいた国じゃない。ここを通って行商なんてしてたんだ。……歩いて移動できる距離? そんなに小さな荒野じゃないと思ったけど。
「それはご苦労様です。それでは旅の無事を祈っております」
悪い人じゃないんだろうけど、コンティオールは寝ちゃったし、あんまりたくさん大人が来たら怖い。帰ってくれないかな。
「ありがとうございます! ではなく! あの、あなたはこの街の人ですよね? 一体いつの間に街ができたのですか? 以前通った時はなかったはずですが!」
何回もここを通ってるの? 行商人ってすごいのね、だって実質死刑に使われてる場所よ?
……ひょっとして、知られてないルートとかあるのかも?
「この城は先程完成しました。あなた方がご存じないのも無理はありません」
「さ、さっき⁉ ひょっとして地面が揺れた時ですか⁉」
「そうです」
あー、結構離れた場所でも揺れていたんだね。そりゃ……こんなのができるくらいだもん。
改めて街と城を見る。コンティオールって、聖獣としては超強いわよね、多分。
「この街で休ませてもらってもよろしいでしょうか?」
休む? ああ休憩ね? それくらいなら構わないけど。
「構いません。街に入って中央通りを進むと、大きな交差点があります。そこを右に曲がると噴水のある公園があるので、そこで休むとよいでしょう」
口々にお礼を言ってくる。こんな場所を通ってるんだもん、疲れるわよね。
行商人さん達が公園に入ったら、なぜか悲鳴を上げている。何? 今度は一体何?
噴水を見てはしゃいでる。子供か!
あ、そっか、こんな場所に噴水があるからか。水筒に水を汲んで、食事を始めた。
こんな場所じゃ水も食料も貴重品よね……そうだ!
「オードスルス、果物を五つ持ってきて。みんなに気づかれないように、側に置いてきて」
【はーい】
すい~っと飛んで裏庭から果物を取ってきてくれた。
背後から近づいて……オードスルスの姿が消えた。
そ、そんな技もあるのね? 果物が地面を転がって、行商人さんの体に当たる。転がっている果物を手に取ると、不思議そうに眺めている。
ん? ああ、そりゃわかんないわよね。
「その果物はここで取れたモノです。とても甘いのでどうぞ」
「これはこれは、ありがたく頂きます」
噴水の水で軽く洗ってかぶりついた。
うんうん、美味しそうに食べてくれてるわ、よかった。
「あ、ああ! 目が、目がーーーー‼」
突然一人が立ち上がって大声を上げる。え、ええ? 何、何かあったの⁉
他の行商人さんも驚いてるけど、ど、どうしたのかな?
「目が……良く見える。白内障が治った」
「何お前もか! 俺は腰痛がなくなったぞ!」
「俺は肩こりが」
「俺は筋肉痛が」
「僕は虫歯が治った」
……えーっと、つまり体調が良くなったのね? な~んだ、脅かさないでよね。
「お願いです! この果物を売ってください!」
う、売る? 果物を⁇
果物を売ってくれって言われても、えーっと、リンゴ一個いくらだったかしら。
自分で言うのもアレだけど、私って世間離れしてるから、物の値段がよくわかんないのよね。
(何だ、騒々しい)
「待ってたよーコンティオール!」
騒がしかったからか、コンティオールが来てくれた! 思わずたてがみに抱き付いちゃった。
(何を騒いでいたんだ?)
「実はね、カクカクしかじかなのよ!」
(そうか。そうだな……)
珍しくコンティオールが悩んでる! ひょっとしてマズかったのかな。
でも、だってあげちゃったもん!
(一つ金貨百枚だ)
よしきた!
「それでは果物一つにつき、金貨百枚です」
「き、金貨百枚ですと⁉ 我々は金貨五百枚を食べてしまったのですか!」
そりゃ五個あげたからね。何を驚いてるんだろ。
「金貨百枚……我々が一生かかっても稼げない金額だ」
クラッと来た。え? え? え? 金貨百枚ってそんなに高いの?
だってコンティオールが百枚って……
(金貨百枚は、公爵家が一年間で使う金額だな)
「え? それって高いの?」
(平民は金貨なんて見た事がないだろう。それはいい、金がないならやるな)
「で、でもお祈りして一日でできた果物だよ? そんなにお金をもらう必要あるの?」
(後でわかる。あいつらには休むだけ休ませて、さっさと出ていかせろ)
それだけ言って、コンティオールは再び眠りにいった。わ、わかんないけど言っとくね!
「なければ差し上げられません。休憩だけして、さっさと出ていきなさい」
あれ? ついついコンティオールの言葉をそのまま言ったけど、きつい言い方になってない?
別に休むだけならゆっくり休めば……
「も、申し訳ない! ほ、ほらお前達! 出発だぞ!」
そそくさと荷をかたづけている。
あ、あ~あ、行っちゃった。
でも夜しか移動できないだろうし、のんびりしてお仕事に影響が出るといけないもんね!
あ、気がついたら空が明るくなってきた。
さっきの行商人さん達も、しばらくしたら休むんだろうな。
私もねーよおっと。
第二章 通商交渉と領土拡大 ~皆さんの願い、聖女が叶えます~
「誰かおらぬかー! 誰もおらぬのかー!」
私達にとって早朝……と言ってもそろそろお昼近く、また街に誰かが入ってきたみたいだ。
うるさいなぁ、もう。最近はゆっくり眠れてないんだけど。
コンティオールとオードスルスも目が覚めたみたい。
(……今度は何なんだ)
【パパー、ママー、眠いよー】
私も眠い目を擦り、何とか目を開ける。
水場で顔を洗って、いつものように姿を隠しながら様子を見にいった。
「何? アレ」
目の前には金属の鎧を装着し、馬にまたがった騎馬隊が……えーっと、いっぱいいる。
何で騎馬隊がこんな場所にいるの? しかも金属の鎧って、この気温じゃ熱くて触れないんじゃない?
「何の御用でしょうか」
あ、あれ? 寝起きのせいか、声が変だ。おばあちゃんみたいな声になってる。変な声ー。
「す、姿を見せよ! この土地はイノブルク国の領地だ、勝手に城を作る事は禁止されている!」
寝起きで頭が回らない。いのぶるく? ……イノブルク……ああ、私がいた国か。じゃあイノブルクの騎馬隊なのかな。
(ずいぶんと遅い登場だな。本来なら一番最初に来なくてはいけないのに)
そうよね~、一応は一番近いんだから、どれだけ警戒が薄いのよって話。
それに、どうせこんな場所使えないでしょ? だから私達が有効活用するわ!
あのバカ王子に一泡吹かせるのも良いわね!
(まあ、中に入れるくらいは構わな――)
「立ち去りなさい! この場所に武器は不要です!」
……あれ? 追い返すんじゃ……ないの……?
(あ~あ)
先走ってコンティオールと逆の事言っちゃった……。どどど、どうしよー‼
「立ち去れだと⁉ イノブルク騎馬隊の力を知らぬと見える! 今この場で見せてくれるわ‼」
先頭の人が合図すると、騎馬隊が街になだれ込んで来た。
キャー! きゃー! どうしよう、どうしよー!
「こ、コンティオールぅ!」
(まったく。仕方がない、ちょっと追い払って――)
【パパ、ママ、あいつら、街を壊してる】
……オードスルス? どうしたの、そんな低い声を出して。
普段の温厚なのんびりとした口調は消え、久しぶりに体の表面が波打っている。
「お、オードスルス? 落ち着いて? ね、ね?」
何とかなだめようとしたけど、ダメ、興奮してるみたい。
【パパと、ママと、ボクとで、一緒に作ったのに……!】
水が弾けた。中心の水滴だけが宙に残り、その水滴が急激に膨張を始める。
その体は赤ん坊ではなく、五歳ほどの子供の姿だった。相変わらず口はないけど、目、鼻がある。まだ感情は高ぶっているみたい。
(ほほぉ、感情の高ぶりで成長するのか? これは興味深い)
「そんな事言ってる場合じゃないでしょ! オードスルス、落ち着いて、ね? 街はまた作ればいいんだから」
【僕、許さない。この街は僕達の街だ、壊すのなら……敵だ!】
腕を前に伸ばし、人差し指を突き出す。その指先から、細い水が勢いよく発射された。
太陽の光に照らされて、まるで一本の線に見える。
水が当たった兵士は弾かれるように馬から落ち、その鎧には穴が開いていた。ひぇ、すごく遠いのに、鎧に穴を開けちゃうんだ。
石を切り裂く威力があるから、近かったら命が危なかったかも。
最初は指一本から水を出していたけど、両手を前に突き出して、全部の指から細い水が発射された。騎馬隊の人達は、何かが光ったと思ったら衝撃を受けて馬から落とされているし、何が起こってるのか理解できてないと思う。
水の攻撃は、あっという間に騎馬隊を歩兵に変えた。しかも半分ほどが意識を失っている。
……ウチの子達は優秀ね、それに比べて私は……クスン。
とりあえず、軽い怪我人はいるけれど、誰も死んでいない。
えーっと、コンティオールは街に入れてもいいって言ったけど、こうなったらもう無理よね?
「帰りなさい、ここでは戦いはご法度。これ以上進むなら、さらなる災いが襲い掛かるでしょう」
「ひ、ひぃいいー!」
騎馬隊は慌てふためいて帰っていく。
あ、コラコラ、気を失ってる人達を連れていきなさいよ……って、もう見えなくなった!
馬に乗ってるとはいえ、逃げ足が速いわね。
落ち着いたオードスルスは赤ん坊の姿に戻っていた。感情が高ぶると一時的に成長するのかな?
でもどうしよう……こんなに多くの兵士が残ってるんだけど。
流石に放っておけず、三人で街の家に運び込んだ。鎧が重いし熱いし……火傷しそうだった。
何とか全員運び込むと、数名が目を覚ました。
「こ、ここは……はっ! この街の不届き者にやられて! おい、みんな起きろ!」
(どっちが不届き者やら)
【ふとどきー、ふとどきー】
「そっちが先に襲ってきたんですからね? 私達は……えっと」
(正当防衛)
「そう! 正当防衛しただけです!」
コンティオールに言われなくてもわかっていたもん。
「お前がこの街の主……かぁ⁉」
いきなり土下座した。ええ? 今度は何なの?
「せせせ、聖女様ではありませんか! 失礼いたしましたぁーー‼」
「ん? ああ、元、聖女ですけどね」
「とんでもございません! あなたが王都を出てからというもの、魔物の動きが活発化し、街を守る防護膜が薄くなり、我々兵士は連日連夜、戦い通しなのです!」
「ええっ? じゃあどうしてこんな所に来たんですか?」
「それは、王太子の考えた作戦が大失敗しまして……名誉挽回のために、勝手に街を作った不届き者を成敗しろと命令が……」
何それ。フレデリック王太子はあまり頭がよくない。作戦なんて立てさせたらダメじゃない。
呆れてものも言えないわ。
「私にはもう関係ありません。追放された身ですし、ここで好きにやらせてもらいます」
「それが……その」
「まだ何か?」
「戻ったら、また王太子が立てた作戦に駆り出される予定でして……」
それは……むざむざ死者を増やすだけね……。はぁ。
「なら、しばらくは滞在していいですよ。その代わり、きちんと仕事はしてもらいますからね?」
寝ていたはずの兵士が一斉に起き上がり、土下座した。
「ありがとうございます! 精いっぱい尽力いたします‼」
滞在して良いって言うまで、狸寝入りしていたのね。これだから大人って。
(まあそう言うな、こいつらも辛いんだ。それに労働力が手に入ったのは幸先が良いな)
そっか、流石に全部を私達でやるわけにもいかないもんね。
そう考えたら、体力のある兵隊はとても役に立ちそう。
【わーい、なかま~】
それから数日が経ち、そろそろ日が沈む頃にお客さんが来た。
「お久しぶりです、ロザリー様。今日は良い話を持ってきました」
ハーフルト国のマクシミリアン王太子だ。
良い話って事は、通商条約を結んでくれるのかな?
「それにしても、ずいぶんと兵士の数が多いですね。何かあったのですか?」
「それが、イノブルク国に攻め込まれてしまって」
「なんと⁉ それでは我が国の兵をお貸ししましょう!」
「ああ、大丈夫です。本隊はもう撤退し、ここにいるのは捨てられた兵士達なんです」
「捨てられた? あの国は今、大変な状態だと聞きましたが……兵を捨てるとは」
そうよね~、魔物が活発化してるなら、兵は一人でも多く必要だと思うけど……
ん? まさかワザと置いていったの? 仲間想いな隊長さんが、無茶な作戦に付き合わせないように?
……今の状態なら本当にそうかも。ま、いっか。
「それでは、本題に入りましょうか」
一応は応接室と名付けた部屋で、こちら側は私とコンティオール、オードスルス、向こうはマクシミリアン王太子と護衛の三人がいる。
硬い石のイスに座り、切った果物と水を出した。
「ありがとうございます。我々、ハーフルト国は聖女ロザリー様の国と通商条約を締結し、末永い国交を築く事を望みます」
「ありがとうございます。我が国もハーフルト国とは友好関係を結びたいと思います」
フゥ~、よかった。まずは一国が認めてくれた。
さて、この後はいくつの国と仲良くなれるかな。
「それでですが、聖女ロザリー様の国は何という名なのでしょうか?」
「……? 名前?」
「はい、聖女ロザリー様の国、と呼ぶわけにもいきませんので」
やばい、全く考えてなかった! 国の名前、国の名前……えっと、えっとぉ!
(何も考えてないんだな)
コンティオールが呆れたように言う。
「考えているわよ! ただちょっと候補が多いから、どれにしようか悩んでるだけだもん!」
えっと、この場所はゴスライン荒野だから、ゴスライン国? いやいや、不毛な荒野そのものの国に聞こえるからヤダ。
じゃあ少し変えてゴス……ゴスロリ? やめた方がよさげな名前ね。
(ロザリア)
コンティオールがそっと言う。
「ん?」
(花の名前だ。ロザリアなら、お前のロザリーと名前も近いし、誰の国かすぐにわかるだろう)
ロザリア? ロザリア国のロザリー?
花の名前か~、どんな花か知らないけど、わかりやすくて良いわね。
「あの聖女様? 先ほどから独り言が多いようですが……?」
「あ、すみません、コンティオールと話していました」
コンティオールもオードスルスも、話ができるのは私と数名だけ。この国では私だけかな。
「そ、そうでしたか。それで、聖獣殿との会話は終わりましたか?」
「ええ……国の名前はロザリア。ここはロザリア国です」
「ロザリア……確か花の名前ですね。ロザリア国のロザリー様……素敵な名ですね」
おお、何だかいい評価だ。きっとロザリアってキレイな花なのね。
「ありがとうございます。ロザリア国とハーフルト国の友好の証に、木の実をいくつか差し上げます。かさばらないので持ち運びに便利でしょう」
「それは助かります。国では薬のない病で苦しむ者もいるので、その者達に渡しましょう。我々からは、コレを贈らせていただきます」
護衛の人が背負っていた大きな木の箱をおろし、中から丁寧に梱包された何かを取りだした。
それをテーブルの上に置いたけど……何これ?
(ロザリーの胸像だな。しかも金でできている)
「わ、私⁉」
私ってこんな顔してるんだ~、へぇ~……じゃなくって! 何で胸像⁉
あ、でも本物より少し胸が大きい。ナイス。……いや、屈辱‼
「これを城に入ってすぐの場所に飾っておけば、誰もが見惚れるでしょう」
「こっ、このような高価なものを、い、頂く訳には参りません!」
「何をおっしゃいますか。この国、ロザリアの果物や木の実は万病に効く薬。この程度のものは高価とは言えません」
いえ、あのね、本当はお金がどうこうじゃなくて、私の像っていうのが……その……ね?
(はっはっは、見ろロザリー、本人よりも胸が大きいぞ)
「指差して笑わないの! まだ子供だから小さくて当たり前なの! これから成長するの!」
【ママだー、ママがふたりいるー】
オードスルスが胸像を水の体で包み込み、持ち上げたかと思うと私と並べた。
「我が国の職人の力を結集して作りました。なかなかのできだと思います。その、聖女ロザリー様は育ちざかりですので、少々将来のお姿で作ったのでしょう」
そ、そうよね? まだまだこれからだもんね、私! ハーフルト国の職人、グッジョブ!
「こ、コホン。そういう事でしたら、ありがたく頂いておきます」
なんてお上手なフォローなんでしょう! 王太子だから? いえいえ、どこかの王太子はこんな気の利いた言葉を言わないわ。カッコイイから? そうよね、きっとそうよ! 見目麗しい人は言葉も麗しいわね! マクシミリアン王太子が婚約者だったら良かったのに……
上機嫌でお見送りする。近いうちにハーフルトから物資が送られてくるみたい。
何せこの国……ロザリア国には物がない。
食料は何とかなっても、国民が増えるために必要な物が建物以外は何もない。
全部を頼る訳にもいかないから、どうやって調達しようかと悩んでいると、イノブルクから来た騎馬隊の隊長(仮)さんが相談してきた。
「聖女様、我々をこのままこの国に置いてくださいませんか? 我々の中には家族も呼びよせたいと言っている者もおります。ロザリア国として、国民が増える事は労働力の増加につながり……」
長い長~い説得が始まった。でもね、隊長さん……願ったりかなったりですのよ!
「そうですね。まずは皆さんの家族に、居住許可を出したいと思います」
「おお! ありがとうございます! 料理人や鍛冶職人、大工の者もおりますので、必ずやお役に立てると思います!」
これである程度の資材や人材は揃いそう。ただそうなると、商人が来なければすぐに物資が底をついちゃう。う~ん、商人にとって魅力的な物って何だろう。
【ママー、行商人さんだー】
「そうね、行商人が行き来してくれたら便利なんだけど……え? 今何て?」
(街の入り口に、以前来た行商人がいるぞ)
おお? そういえばゴスライン荒野を横断して、向こう側の国に行くって言ってたっけ。日数的には行って帰ってきた感じかな? 前は脅かすような事を言っちゃったし、今度は言葉に気を付けよっと。
三人で街の入り口に向かうと、五人の行商人さんが入り口周辺でウロウロしていた。
「こんにちは。行商の帰りですか?」
声を掛けると、行商人さんが慌てて近寄ってきた。何だかすごく荷物が多いわね。それに……元気。
「その声はこの街の主さんですね⁉ 以前はお声のみでしたので、お会いできて光栄です!」
そう言って両手で私の手を握り、しきりに頭を下げている。
この人がリーダーなのかな? 少し太っちょで、短い筒みたいな帽子をかぶってる。
「あの時は失礼しました。少々言葉足らずで、まるで脅かすような事を言ってしまいました」
「とんでもない! あの果物にはそれだけの価値がありますから! お陰でほら! いつもの五割増しで仕入れができるようになりました‼」
そう言って以前よりも大きくなった、自分達の背丈より大きなリュックを見せてくる。
そっか、行商は順調なのね。暑いから街に入ってもらうと、今度は知らない人に声をかけられた。
「ちょいとすまんが、この街の主はどなたかのぅ」
ずんぐりむっくりのお爺さんが、曲がった腰に手を当て、杖をついて歩いてくる。
「えっと、一応私です」
「おおそうか、それはちょうどいい。ワシは大地の精霊じゃがな? ここの土地が豊かになった理由を教えてほしいんじゃ」
「ダイチのセイレイさんですか? この土地が豊かになった理由か~、そうですね~……⁉」
このお爺ちゃん、今なんて言ったの?
ダイチのセイレイ? ダイチ、大地、セイレイ、精霊。
「大地の精霊さん⁉ ええー! そんなすごい人が、どうしてここに⁉」
思わず後ずさりして、コンティオールの後ろに隠れた。
【ママー、大地の精霊さんはねー、ボクといっしょで、ずっと寝てたんだよー】
「え? 寝てたって、どうして?」
「うむ、何ぶんこの土地は枯れ果てておってな、ワシが活動するのに必要な、大地の恵みがなかったのじゃ。それがどうした事か、ほんのわずかな間に豊かな土地になり、ワシはそのお陰で目が覚めた、という訳じゃ」
へ~、大地の精霊って、すごい力で土地を豊かにすると思ってたけど、実際は違うんだね。
エネルギー源が大地の恵み? えーっと? 野菜とか果物じゃないわよね……あ、地脈かな?
「大地の恵みって、地脈ですか?」
「地脈もそうじゃが、土に含まれる栄養価もそうじゃな。作物が良く育つ土、ワシはそういう所が大好きなんじゃよ」
なるほどね~、確かに作物は良く育つわね、ココ。ええ、むしろ育ちすぎるくらいに。
「そういう事でしたら、この土地を作った者を紹介します。コンティオール、後はよろしくね」
(む? 面倒くさいが仕方がないな)
10
お気に入りに追加
2,980
あなたにおすすめの小説
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
側妃は捨てられましたので
なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」
現王、ランドルフが呟いた言葉。
周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。
ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。
別の女性を正妃として迎え入れた。
裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。
あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。
だが、彼を止める事は誰にも出来ず。
廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。
王妃として教育を受けて、側妃にされ
廃妃となった彼女。
その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。
実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。
それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。
屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。
ただコソコソと身を隠すつまりはない。
私を軽んじて。
捨てた彼らに自身の価値を示すため。
捨てられたのは、どちらか……。
後悔するのはどちらかを示すために。
【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。
くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」
「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」
いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。
「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と……
私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。
「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」
「はい、お父様、お母様」
「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」
「……はい」
「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」
「はい、わかりました」
パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、
兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。
誰も私の言葉を聞いてくれない。
誰も私を見てくれない。
そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。
ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。
「……なんか、馬鹿みたいだわ!」
もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる!
ふるゆわ設定です。
※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい!
※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ!
追加文
番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。
うたた寝している間に運命が変わりました。
gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。
政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~
つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。
政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。
他サイトにも公開中。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。