2 / 17
1巻
1-2
しおりを挟む
しばらく唸り声や何やらで会話をして、その話は終わったようだ。
狼達は警戒を解いたのか、池の周りでくつろいでいる。
「ねぇ、どんな話をしたの?」
(もう来るな。来なければ殺さない、来たらこの群れを皆殺しにする、だ)
「こ、怖いことしないでよ⁉ 私とオードスルスはか弱いんだからね⁉」
(お前はまだしも、オードスルスは強いぞ)
え、そうなの? あんなに可愛いのに。
話が終わり戻るのかと思ったら、何やら森の中を歩き回っている。
「なにしてるの? 帰らないの?」
(アレだ)
鼻先で何かを指すので目をこらすと、木の実が見えた。木の実……?
「果物だ!」
(そうだ。ここは街から近いせいか、種が風に乗って運ばれてくるようだ。すべてはダメだが、必要な分は持っていかせてくれと話をつけてある)
「さっすが聖獣様! 惚れちゃいそう!」
(ガッガッガ、惚れろ惚れろ)
ウキウキで果物を取り、枝や種も手に入れた。これを植えれば果物が採れるわね!
「ってあれ? いっそのこと、ここを拠点にした方が良いんじゃない?」
(それはできない。ここはすでに他国の領地だ。他国の領内で国を作るのはやめた方がいい)
「そ、そっか。他の国には迷惑かけたくないもんね」
危ない危ない。そういえば荒野を一時間近く走ったんだから、他国に入っていても不思議はないわね。気を付けなきゃ。
家に戻り、早速種と枝を植える。水を撒いて早く大きくなるようにと、目いっぱいお祈りした。これできっと明日には芽が出てるわね! 明日の夜が待ち遠しい!
そして昼間は寝て過ごし、日が沈んでから地下から出てきた。
さーて、若木くらいには育ってるかな? と、能天気な気持ちで畑を見た。
「何コレ?」
(何だコレは)
【わー、おっきいねー】
畑は昨日植えた木で埋め尽くされていた。種を植えた場所も枝を差した所も、とにかく耕した場所全部から大きな木が生えて、実がなっている。
「こ、この木は一晩で成長する木なのかな?」
(そんなものがあるハズなかろう。しかしどうして……ん?)
コンティオールが木の匂いを嗅いで考え込んでる。どうしたんだろう。
(ロザリー、お前は確か、畑にずいぶんと長く祈りを捧げていたな)
「うん、早く大きくなれ~って」
(恐らくそのせいだ。お前の祈りによって聖なる力が畑全体に行き渡り、望み通り急速に成長したのだ。この木々はとてつもない量の聖なる力に満ちているな)
「へー……」
聖なる力ってそんな効果あったっけ?
街にいる時は畑に祈った事はなかったけど、実は成長促進くらいはあったのかな?
【お姉ちゃん、お姉ちゃん! この木の実おいしいね!】
オードスルスが早速木の実を食べている。リンゴ、ビワ、桃。季節感はどこへいった。
おいしそうに食べているから、私も一つ食べようと手を伸ばす。
【あ! 体がへん!】
オードスルスが大きな声をあげた。体が変? まさか毒⁉
オードスルスの体(水面?)が荒れた海のように激しく波打つ。形も伸びたり縮んだり、とにかく様子がおかしい。
【わー!】
そう言って水が弾け飛んだ……え? オードスルス? 何? 何があったの?
水が弾け、小さなしずくが一滴残るだけだ。
そんな……オードスルス……せっかく眠りから覚めて、仲良くなれたのに……
【えい!】
そんな掛け声が聞こえたかと思うと、私の目の前には人の赤ちゃんみたいな姿をした水が浮いている。ん⁇ 透明な……水の赤ちゃん……⁉
「オードスルス⁉」
【わーい、成長したよー。パパー、ママー】
そう言って私とコンティオールに抱き付いてきた。
ん? パパはコンティオールよね、ママは? ママー、ママどこー?
【ママー、木の実おいしかったよー】
オードスルスが私の腕の中に入ってきた。
……え? まさか。
「ね、ねぇ? ママって、ひょっとして、その~……私?」
【うん、そうだよ! パパに起こしてもらって、ママに大きくしてもらったの!】
いつの間にかママになってた!
どうやら私が祈りを込めて植えて育った木には、聖なる力がたくさん含まれているみたい。
さらには一晩で種から実ができるまでに成長するという無茶苦茶っぷり。
【ママー、もっと食べて良い?】
「え? ええ、良いわよ」
オードスルスは喜んで次々と木の実を食べ始める。赤ちゃん姿の水の塊が宙に浮き、ご丁寧に実を手でもいで口で食べている。口で食べる意味、あるのかな。っと、私も食べよっと。
念願の肉以外の食べ物! きっとほっぺが落ちるほど美味しいに決まってる!
近くにある実を手に取り、表面を軽くふいてかぶりつく。
「ん~~……!! 美味しい! なにこれ! 街で食べたどんな果物よりも美味しい!」
見た目は桃だけど、こんな美味しい桃は初めて!
(そんなに美味いのか? どれ俺も一つ)
コンティオールも木の実にかぶりつくと、口を大きく開けて一心不乱に食べ始めた。
そうなるよね~、やめられないし止まらない。
コンティオールが一つ食べ終わると、異変が起こった。
(ぬおぉ! こ、これは!)
縮んでいた体が元の大きさに戻っていく。えっと、つまりは聖なる力が補充されたのね?
(おかしい……おかしすぎる)
「なにが?」
(……一度試してみよう。ロザリー、俺に力を流してくれ)
「こう?」
コンティオールの体に手を当てて、聖なる力を流す。
コンティオールがひと際大きな咆哮をあげると地面がゆっくりと揺れ、徐々に動きが大きくなっていく!
「ちょ、ちょっと! 何したの⁉」
(カーーーーーー‼)
掛け声と共に私達が立っていた地面が盛り上がり、山のように大きくなっていく。
何やってるの⁉ こんな場所に山なんて作ってどうするのよ!
私も山の上に持ち上げられ、落ちないように必死にコンティオールにしがみ付く。
「きゃー! キャー!」
目をつむって悲鳴を上げる事しかできない。もう! どうしちゃったのよ、コンティオール!
(やはりか……完成してしまった)
「何が完成したのよ! このバカティオール!」
(城だ)
「シロ? 大きな犬でも作った……の⁉」
私とコンティオールはお城のテッペンに立っていた。
……え? 何、どういう事⁇
どうしていきなりお城ができたの?
前は地下の部屋を作っただけで、コンティオールは聖なる力を使いすぎて体が縮んだのよ?
(ロザリー、体調はどうだ? 苦しかったり、疲れていたりしないか?)
「え? ん~、別に何ともないかな」
(そうか……そうだったのか)
コンティオールの背中に乗ってお城の中を見て回る。大きいお城や王城には程遠いけど、別荘として使うお城なら、これくらいの大きさはありそう。部屋の数が多くて、二十部屋以上ある。
城壁はないけど門があり、緑はないけど噴水のある庭があった。玄関ホール正面には左右に分かれた階段があり、二階まで吹き抜けになっている。
「ひょっとして、もう地下で眠る必要はなくなっちゃった?」
(いや、やはり地下の方が気温の変化が少ないからな。寝るのは地下が良いだろう。城は地下室と繋がっているから行き来は問題ない)
すごく便利だ! それにしても、うわ~、国を作るって言ったけど、いきなりお城ができちゃったよ? これなら急な来客があっても安心ね! 誰も来ないけど。
【パパー、ママー、畑がたいへんだよー】
オードスルスが裏から叫んでいる。ま、まさか、今ので畑がなくなったりしてないわよね⁉
裏庭のあたりから声がしたから、急いで向かったら……そんな……
「まさか……これが畑なの……?」
私の眼前には……拡張されて倍以上の広さになった畑があった。
木の数は増えてないけど、今ある種を蒔いたら、明日にはまた成長して美味しい木の実が食べられるかな。
(ついでだから大きくした。これで俺達が食う分には困らないだろう)
「い……至れり尽くせりだね⁇」
頭が混乱してきた。私がチマチマ石を積んで作った小屋は何だったのよ……
「ま、いっか。私一人じゃ、こんなに大きなお城は作れないもんね」
お城の中を今度は三人(?)で探索する。石と土で作られているせいか、扉や窓がなかった。四角くくり抜かれているだけで風通しがいい。流石にガラスや木はないからできなかったんだろう。
ん? 木? あるじゃない! いきなり大きくなった木が!
うんうん、コレは明日にでも作ってみよう。
食べた木の実の種を畑に植え、昨日と同じようにお祈りをした。これで明日の晩には木が生えているはずだ。
「今日は寝ーよおっと」
地下室に入って三人で並んで横になる。お城ができてもここで寝るって、何だか変な感じ。
数日後。
夜までグッスリ眠るつもりでいたけど、大きな声が聞こえて目が覚めた。
「……何ぃ? 何なの?」
(侵入者だ)
「しんにゅうしゃ? 盗賊とか?」
(いや……何やら身分が高そうな奴がいるな)
できたばっかりのお城を、知らない人に荒らされたくない。
眠い目を擦り、水で顔を洗ってから地上に出た。
「……暑い」
地下室と城の中が繋がり、日陰になって風通しが良くっても、やっぱり暑かった。
やっぱり地下は最高ね。
太陽は天頂より少し下がっている。昼を少し過ぎた頃かな。侵入者はどこかなっと。
あ、いたいた。お城を荒らしてはいないけど、興味深そうにあちこちを見ている。
それもそうか、こんな荒野の真ん中に、いきなりお城があるんだもんね。
「こんにちは。本日は何か御用でしょうか」
相手に私の姿は見せないまま、でも私からは見える位置で声をかけた。コンティオールもオードスルスも側にいる。この二人は人語を理解できるけど、話はできないからね。
侵入者は約十名。
大きなローブで全身を覆い、フードも深くかぶっているから顔は見えない。
でも足元を見ると、一人だけ妙に高そうな靴を履いている人物がいる。
侵入者は、声が反響してて私達がどこにいるのかわかっていないようだ。
その中の一人が声を上げる。
「私はマクシミリアン・フォン・フレンケル。ハーフルト国の王太子だ!」
フードを脱いだそこには……やだイケメン! マクシミリアン……何とか王太子?
王太子って、確かその国の次の王になる人よね、何でこんな所にいるのかしら。
それにハーフルト国ってどこにあったっけな。確か近くにあったような……?
(ほほぅ、最初に来たのはハーフルトの王太子か。直々に来るとは思わなかったが。かなり驚いているようだ)
「コンティオール、知ってるの?」
(ハーフルトは、狼達が根城にしているオアシスがある国だ。この荒野は隣接する国まで遮る物がない。不毛の地だが国境近くの警戒厳重な地域だから、ひょっとしたら何度か様子を見に来ていたかもな)
「え⁉ それじゃあ、私達が勝手に国に入ったから、捕まえに来たの⁉」
(落ち着け。それはないはずだが、話を続けろ)
あわわ、無断で国に入ったらどんな罰だったっけ、死刑じゃないよね?
小さく咳払いをして、王太子に話しかける。
「このような不毛の地に何の用ですか? 休憩ならば、少しの滞在を許可しますが?」
王太子一行は何やら話を始めた。どうしたんだろう、私、何か変な事言ったかな。
「あなたはこの城の主か? ならば尋ねたい、数日前までこのような城はなかったはずだ。一体どうやって建てたのだ?」
え? どうやってって、コンティオールが頑張って……って言っても信じないわよね。
コンティオールを見るとコクリと頷く。言っちゃって良いって事ね。
「この城は、私と仲間で建てました。それが私達の能力、とだけ言っておきます」
う、ウソは言ってないよね? むしろ真実だし。それを聞いて一行はざわめいている。
信じられる訳ないよねぇ~。中庭には噴水まであるんだし。
「一目お会いできないだろうか? このような素晴らしい力をお持ちなら、ぜひ我々に協力していただきたい」
えー? イケメンだけど、流石に見ず知らずの人に、しかもこんな場所で会うのは嫌だなぁ。いきなり襲われても困るし……ん?
「オードスルス? どうしたの?」
オードスルスが王太子一行を興味津々で見ている。
【わーい、美味しそうな匂いがするー】
そう言って飛び出していってしまった。って、コラ待ちなさい‼
(構わんさ。俺達はゆっくりと、優雅に登場しよう)
「う、うん」
二階の部屋から出てゆっくりと、優雅に歩いていく。
オードスルスは手すりの上を飛んでいき、一行のそばまでいくと、順番に匂いを嗅いでいる。
「何だコレは⁉ 水? 水の赤ん坊だぞ!」
「空を飛んでいる! 一体どうなっているんだ!」
「獅子だ! 真っ白い獅子がいるぞ!」
一行が慌てふためく中、イケメン王太子は冷静に私を見ていた。
「あなたが主か? それに純白の巨大な獅子……は! まさか聖女ロザリー様か‼」
あれ? 私を知っているの? 聖女って各国にいるはずだから、さほど珍しくもないのに。
向こうは知っていてこっちは知らない。もう胸がバクバクいってる。
でもコンティオールに言われたから、レディーっぽく冷静に振る舞おう!
「私をご存じなのですね。しかし私は国を追われた身。すでに聖女ではございません」
廊下を歩き、焦らずに階段を下りる。
途中の踊り場で立ち止まり、お腹の上で両手を組んで話を続ける。
「初めまして、ハーフルト国のマクシミリアン王太子様。私はロザリー。この獅子はコンティオール、そこの水の赤子はオードスルスと申します。私はここに新たな国を作りました。他国と友好を築くのは、こちらとしても望むところです」
「それでは、我々に協力してくれるのか?」
え、協力? そういえばさっき言ってたけど、何を協力するんだろう。
悩んでいるとコンティオールが小さく唸り始める。
(タダで協力する訳にはいかん。条件を聞け、それ次第だ)
「協力するからには、何か見返りを頂けるのでしょうか?」
「我がハーフルト国で神官長の職を用意する」
神官長? 神官長って言ったら聖女のお付きみたいな仕事じゃない。
国から言われた事を私が聖女に伝えて、聖女の返事を国に返す。えー、そんなの嫌だー。
(バカにしているな。断れ)
「私は他国に赴くつもりはございません。お帰りください」
(いや、まだ帰さなくていいぞ?)
え、ダメだったの⁉ 帰しちゃダメならそう言ってよね!
でも向こうも引き下がらない。どうしても私を囲いたいみたい。
「そ、それではどのような条件ならば来てくれるのだ⁉」
来てくれるって、私は友好を築きたいって言っただけで、そっちの国に行くなんて一言も言ってないんだけどな。
王太子一行の近くを漂っていたオードスルスが戻ってきた。
【ねぇねぇママ、嗅いだことのないおいしい匂いがしたよ!】
嗅いだことのない匂い? 携帯食料でも持ってるのかな。食料か……果物や野菜はあるし、肉は……どこかで狩ればいいか。でもそうなると、調味料が欲しくなるわね。
でも調味料だけのために協力するって思われたら、安い女だと思われそう。
あ、そうだ。
「ハーフルト国と通商条約を結びたいと考えています」
「通商……条約だと? それはつまり、ここを国として認めろ、という事になるが?」
「その通りです。それだけの価値があると思いますよ? オードスルス、果物を一つ、王太子様に差し上げて」
【はーい、ママ】
裏庭に飛んでいき、果物を二つ取って持ってきた。一つで良いんだけど、まあいっか。
リンゴを一つ王太子に渡してもらい、一つは私が受け取った。
私が一口食べて王太子を促すと、王太子もリンゴを口にする。
「ん? ……んん⁉ 何だコレは!」
「マクシミリアン様! いけません! すぐに吐いてください!」
「疲れが……疲れがなくなった! それに古傷の痛みが取れたぞ!」
全身を覆うローブを脱いで袖をめくり上げると、刀傷らしきものがスーッと消えていく。
へ~、そんな力もあったんだ。
「この果物は他にもあるのか⁉ いや、あるのですか⁉」
「ええ、豊富ではありませんが、まだあります」
「ぜひ我が国と国交、そして通商条約を結んでいただきたい!」
やったー。
マクシミリアン王太子はハーフルト国へ戻った。国に報告をして、手続きをするそうだ。
私達はのんびりと夕食を食べている。
ハーフルト国に国として認めてもらえば、他の国も追随してくれるかもしれない。
でもそうなると、百パーセント認めない国がある。私を追放した国・イノブルクだ。
ここゴスライン荒野は国境が曖昧で、明らかに近い場所以外はどの国も領土を主張していない。
何せ不毛の地だからね。トラブルがあったら、その国が責任を負わなきゃいけないし。
この場所はイノブルク国の国外追放の場所にほど近く、さらに私は元聖女だ。
必ず何か言ってくる。それまでに複数の国と通商条約を結びたい。
「ねぇ、コンティオール、他の国は結構距離が離れているけど、ここまで来ると思う?」
(来るだろう。だが、それにはまだ時間がかかる。他はここの噂が流れてからになるだろう)
そっか、直接見に来る人が少ないから、他の人頼みになっちゃうのか。
それなら噂が流れやすいように、もっと大きくした方がいいのかな?
「じゃあ、お城を大きく、緑豊かにして、果物や木の実もたくさんあった方が噂が流れやすいよね?」
(そうだな。ハーフルトではすぐに主要な人物に伝わるだろうし、後は行商人や旅人が来やすいようにしたい)
うんうん。他の国が無視できないくらいにいい国になったら、きっと住民も集まってコンティオールの聖なる力の補充も安定するよね!
「よぉ~っし! 私張り切っちゃうよ! コンティオール! 力を渡すからどんどん作っちゃって!」
(よかろう、城だけとは言わず、城下町も作ってみせよう!)
コンティオールの体に手を当て、気合いを入れて聖なる力を流し込む。
コンティオールは小さな唸り声を上げ、徐々に大きくなり、そして。
(ゴアアァァアアアアアア!)
今まで聞いた事がないほど大きな咆哮を上げ、以前と同じように地面が揺れ始めた。
「……あれ? 何か、今度の揺れは激しくない⁇」
地面が揺れて立っていられない。縦揺れは私が跳ね飛ばされるほど、横揺れは何メートルも転がされるほど大きい。慌ててコンティオールの背中に乗ると、空高くジャンプした。
「ちょっと⁉ 何これ! 世界の終わり⁉」
上空から下を見ると、あちこちに大きな地割れが入り、崩れ、まるで巨大なクレーターのように地面が沈んでいく。
あわわわ、何かやらかしちゃったかな、せっかく作ったお城も畑も、全部なくなっちゃった!
【わー、すごいすごい! パパ、ママ、地面が落ちていくよー】
オードスルスは喜んでいるけど、私は冷や汗がダラダラ流れる。
ついに地の底が見えるほどの穴が開き、反動で轟音と共に大量の土砂が噴き出してきた。
「イヤー! いやぁ~!」
ごめんなさいごめんなさい! 調子に乗りました! もう大人しくするから収まってください!
必死にコンティオールにしがみ付き、目をつむってお祈りするしかなかった。
しばらくして音が収まると、あたり一帯は砂埃で何も見えなかった。
コンティオールは離れた場所に着地し、私も地面に降りた。
あ……あ~あ……やっちゃった……。これはハーフルト国との条約も白紙かなぁ。
(うむ、上出来だ)
「何が⁉ 全部壊れちゃって、今までの苦労が全部パーよ!」
【ぱー、ぱー】
ああぁ~んもう、調子に乗るからこんな事になるのよ。分をわきまえるんだった。
地面に両手をついてへたり込む私を、コンティオールはニヤけて見ている。
「何がおかしいのよ」
(いやぁ? 別に何でもないぞ)
そう言いながらも、口元は緩んでいる。
むぅ、何よ何よ、わかってるわよ。十四歳の小娘が大層なこと言ったって、しょせん子供の遊びよ。
ため息をついて立ち上がる。もう一度、地下室だけでも作らないと……と?
砂埃が薄くなり、そこにある物が見えてくる。
どこの国よりも大きな王城。それを取り囲む強固な城壁。
城の正面には小さい街くらいの城下町ができている。二階建ての民家や、商店に使えそうな建物、公園、噴水……緑あふれる街並みが、目の前に広がっていた。
「へ……? 何これ? 崩落したんじゃないの?」
(規模が大きくなるからな、地盤から作り直したのだ)
「じ、じばん?」
(硬いだけの地面ではなく、地下水を良く含み、植物が育ちやすい大地になった。なぜか知らんが、地脈も強力になっていてな、地下水も豊富になって、栄養価も高くなっていた)
えーっと? つまり?
「人が住みやすい環境になったの?」
首をかしげて尋ねると、コンティオールはコクリと頷いた。
「コンティオールすごーい! 何なに? どうしちゃったの⁉ 前は小さな地下室だけで体が縮小してたのに、今回は何ともないじゃない!」
【ママー、ボクもお手伝いしたんだよー】
オードスルスは頭を撫でてほしそうに、私の腕の中に入ってきた。
「よしよし、偉いわね」
人型になっているから、前とは違って頭を撫でやすい。ん~、オードスルスは自慢の子供ね!
と、背中を押された。コンティオールが頭を擦りつけている。
「はいはい、コンティオールも良くやってくれたわね」
こっちも頭を撫でてあげると、気持ちよさそうにゴロゴロ言ってる。
よ、よし! 新しい街を探索しよう!
心あらたに街を歩く。でも何これ? 道も建物もキレイだし、公園の芝生はフカフカだし、噴水の水は透明でたくさん出てるし、お城は……疲れるから今度。
「どうすんの? こんなに大きなの」
(住民を招き入れなくてはいけないな)
「住民って、どうやったら来るの?」
(知らん)
コンティオールは無責任だった! こんな大きな街並みを作っておいて、住民がいないんじゃ意味ないじゃない!
今度マクシミリアン王太子が来たら、街が大きくなっていて驚くかな~、くらいしか思いつかない。
(流石に疲れたな。俺はもう寝る)
コンティオールはそう言って、どこから繋がっているのか知らないけど、地下室に行ったんだろう。
「あ、うん、お休み」
【パパおやすみー】
「じゃ私達はもう少し見て回ろうか」
【うん!】
狼達は警戒を解いたのか、池の周りでくつろいでいる。
「ねぇ、どんな話をしたの?」
(もう来るな。来なければ殺さない、来たらこの群れを皆殺しにする、だ)
「こ、怖いことしないでよ⁉ 私とオードスルスはか弱いんだからね⁉」
(お前はまだしも、オードスルスは強いぞ)
え、そうなの? あんなに可愛いのに。
話が終わり戻るのかと思ったら、何やら森の中を歩き回っている。
「なにしてるの? 帰らないの?」
(アレだ)
鼻先で何かを指すので目をこらすと、木の実が見えた。木の実……?
「果物だ!」
(そうだ。ここは街から近いせいか、種が風に乗って運ばれてくるようだ。すべてはダメだが、必要な分は持っていかせてくれと話をつけてある)
「さっすが聖獣様! 惚れちゃいそう!」
(ガッガッガ、惚れろ惚れろ)
ウキウキで果物を取り、枝や種も手に入れた。これを植えれば果物が採れるわね!
「ってあれ? いっそのこと、ここを拠点にした方が良いんじゃない?」
(それはできない。ここはすでに他国の領地だ。他国の領内で国を作るのはやめた方がいい)
「そ、そっか。他の国には迷惑かけたくないもんね」
危ない危ない。そういえば荒野を一時間近く走ったんだから、他国に入っていても不思議はないわね。気を付けなきゃ。
家に戻り、早速種と枝を植える。水を撒いて早く大きくなるようにと、目いっぱいお祈りした。これできっと明日には芽が出てるわね! 明日の夜が待ち遠しい!
そして昼間は寝て過ごし、日が沈んでから地下から出てきた。
さーて、若木くらいには育ってるかな? と、能天気な気持ちで畑を見た。
「何コレ?」
(何だコレは)
【わー、おっきいねー】
畑は昨日植えた木で埋め尽くされていた。種を植えた場所も枝を差した所も、とにかく耕した場所全部から大きな木が生えて、実がなっている。
「こ、この木は一晩で成長する木なのかな?」
(そんなものがあるハズなかろう。しかしどうして……ん?)
コンティオールが木の匂いを嗅いで考え込んでる。どうしたんだろう。
(ロザリー、お前は確か、畑にずいぶんと長く祈りを捧げていたな)
「うん、早く大きくなれ~って」
(恐らくそのせいだ。お前の祈りによって聖なる力が畑全体に行き渡り、望み通り急速に成長したのだ。この木々はとてつもない量の聖なる力に満ちているな)
「へー……」
聖なる力ってそんな効果あったっけ?
街にいる時は畑に祈った事はなかったけど、実は成長促進くらいはあったのかな?
【お姉ちゃん、お姉ちゃん! この木の実おいしいね!】
オードスルスが早速木の実を食べている。リンゴ、ビワ、桃。季節感はどこへいった。
おいしそうに食べているから、私も一つ食べようと手を伸ばす。
【あ! 体がへん!】
オードスルスが大きな声をあげた。体が変? まさか毒⁉
オードスルスの体(水面?)が荒れた海のように激しく波打つ。形も伸びたり縮んだり、とにかく様子がおかしい。
【わー!】
そう言って水が弾け飛んだ……え? オードスルス? 何? 何があったの?
水が弾け、小さなしずくが一滴残るだけだ。
そんな……オードスルス……せっかく眠りから覚めて、仲良くなれたのに……
【えい!】
そんな掛け声が聞こえたかと思うと、私の目の前には人の赤ちゃんみたいな姿をした水が浮いている。ん⁇ 透明な……水の赤ちゃん……⁉
「オードスルス⁉」
【わーい、成長したよー。パパー、ママー】
そう言って私とコンティオールに抱き付いてきた。
ん? パパはコンティオールよね、ママは? ママー、ママどこー?
【ママー、木の実おいしかったよー】
オードスルスが私の腕の中に入ってきた。
……え? まさか。
「ね、ねぇ? ママって、ひょっとして、その~……私?」
【うん、そうだよ! パパに起こしてもらって、ママに大きくしてもらったの!】
いつの間にかママになってた!
どうやら私が祈りを込めて植えて育った木には、聖なる力がたくさん含まれているみたい。
さらには一晩で種から実ができるまでに成長するという無茶苦茶っぷり。
【ママー、もっと食べて良い?】
「え? ええ、良いわよ」
オードスルスは喜んで次々と木の実を食べ始める。赤ちゃん姿の水の塊が宙に浮き、ご丁寧に実を手でもいで口で食べている。口で食べる意味、あるのかな。っと、私も食べよっと。
念願の肉以外の食べ物! きっとほっぺが落ちるほど美味しいに決まってる!
近くにある実を手に取り、表面を軽くふいてかぶりつく。
「ん~~……!! 美味しい! なにこれ! 街で食べたどんな果物よりも美味しい!」
見た目は桃だけど、こんな美味しい桃は初めて!
(そんなに美味いのか? どれ俺も一つ)
コンティオールも木の実にかぶりつくと、口を大きく開けて一心不乱に食べ始めた。
そうなるよね~、やめられないし止まらない。
コンティオールが一つ食べ終わると、異変が起こった。
(ぬおぉ! こ、これは!)
縮んでいた体が元の大きさに戻っていく。えっと、つまりは聖なる力が補充されたのね?
(おかしい……おかしすぎる)
「なにが?」
(……一度試してみよう。ロザリー、俺に力を流してくれ)
「こう?」
コンティオールの体に手を当てて、聖なる力を流す。
コンティオールがひと際大きな咆哮をあげると地面がゆっくりと揺れ、徐々に動きが大きくなっていく!
「ちょ、ちょっと! 何したの⁉」
(カーーーーーー‼)
掛け声と共に私達が立っていた地面が盛り上がり、山のように大きくなっていく。
何やってるの⁉ こんな場所に山なんて作ってどうするのよ!
私も山の上に持ち上げられ、落ちないように必死にコンティオールにしがみ付く。
「きゃー! キャー!」
目をつむって悲鳴を上げる事しかできない。もう! どうしちゃったのよ、コンティオール!
(やはりか……完成してしまった)
「何が完成したのよ! このバカティオール!」
(城だ)
「シロ? 大きな犬でも作った……の⁉」
私とコンティオールはお城のテッペンに立っていた。
……え? 何、どういう事⁇
どうしていきなりお城ができたの?
前は地下の部屋を作っただけで、コンティオールは聖なる力を使いすぎて体が縮んだのよ?
(ロザリー、体調はどうだ? 苦しかったり、疲れていたりしないか?)
「え? ん~、別に何ともないかな」
(そうか……そうだったのか)
コンティオールの背中に乗ってお城の中を見て回る。大きいお城や王城には程遠いけど、別荘として使うお城なら、これくらいの大きさはありそう。部屋の数が多くて、二十部屋以上ある。
城壁はないけど門があり、緑はないけど噴水のある庭があった。玄関ホール正面には左右に分かれた階段があり、二階まで吹き抜けになっている。
「ひょっとして、もう地下で眠る必要はなくなっちゃった?」
(いや、やはり地下の方が気温の変化が少ないからな。寝るのは地下が良いだろう。城は地下室と繋がっているから行き来は問題ない)
すごく便利だ! それにしても、うわ~、国を作るって言ったけど、いきなりお城ができちゃったよ? これなら急な来客があっても安心ね! 誰も来ないけど。
【パパー、ママー、畑がたいへんだよー】
オードスルスが裏から叫んでいる。ま、まさか、今ので畑がなくなったりしてないわよね⁉
裏庭のあたりから声がしたから、急いで向かったら……そんな……
「まさか……これが畑なの……?」
私の眼前には……拡張されて倍以上の広さになった畑があった。
木の数は増えてないけど、今ある種を蒔いたら、明日にはまた成長して美味しい木の実が食べられるかな。
(ついでだから大きくした。これで俺達が食う分には困らないだろう)
「い……至れり尽くせりだね⁇」
頭が混乱してきた。私がチマチマ石を積んで作った小屋は何だったのよ……
「ま、いっか。私一人じゃ、こんなに大きなお城は作れないもんね」
お城の中を今度は三人(?)で探索する。石と土で作られているせいか、扉や窓がなかった。四角くくり抜かれているだけで風通しがいい。流石にガラスや木はないからできなかったんだろう。
ん? 木? あるじゃない! いきなり大きくなった木が!
うんうん、コレは明日にでも作ってみよう。
食べた木の実の種を畑に植え、昨日と同じようにお祈りをした。これで明日の晩には木が生えているはずだ。
「今日は寝ーよおっと」
地下室に入って三人で並んで横になる。お城ができてもここで寝るって、何だか変な感じ。
数日後。
夜までグッスリ眠るつもりでいたけど、大きな声が聞こえて目が覚めた。
「……何ぃ? 何なの?」
(侵入者だ)
「しんにゅうしゃ? 盗賊とか?」
(いや……何やら身分が高そうな奴がいるな)
できたばっかりのお城を、知らない人に荒らされたくない。
眠い目を擦り、水で顔を洗ってから地上に出た。
「……暑い」
地下室と城の中が繋がり、日陰になって風通しが良くっても、やっぱり暑かった。
やっぱり地下は最高ね。
太陽は天頂より少し下がっている。昼を少し過ぎた頃かな。侵入者はどこかなっと。
あ、いたいた。お城を荒らしてはいないけど、興味深そうにあちこちを見ている。
それもそうか、こんな荒野の真ん中に、いきなりお城があるんだもんね。
「こんにちは。本日は何か御用でしょうか」
相手に私の姿は見せないまま、でも私からは見える位置で声をかけた。コンティオールもオードスルスも側にいる。この二人は人語を理解できるけど、話はできないからね。
侵入者は約十名。
大きなローブで全身を覆い、フードも深くかぶっているから顔は見えない。
でも足元を見ると、一人だけ妙に高そうな靴を履いている人物がいる。
侵入者は、声が反響してて私達がどこにいるのかわかっていないようだ。
その中の一人が声を上げる。
「私はマクシミリアン・フォン・フレンケル。ハーフルト国の王太子だ!」
フードを脱いだそこには……やだイケメン! マクシミリアン……何とか王太子?
王太子って、確かその国の次の王になる人よね、何でこんな所にいるのかしら。
それにハーフルト国ってどこにあったっけな。確か近くにあったような……?
(ほほぅ、最初に来たのはハーフルトの王太子か。直々に来るとは思わなかったが。かなり驚いているようだ)
「コンティオール、知ってるの?」
(ハーフルトは、狼達が根城にしているオアシスがある国だ。この荒野は隣接する国まで遮る物がない。不毛の地だが国境近くの警戒厳重な地域だから、ひょっとしたら何度か様子を見に来ていたかもな)
「え⁉ それじゃあ、私達が勝手に国に入ったから、捕まえに来たの⁉」
(落ち着け。それはないはずだが、話を続けろ)
あわわ、無断で国に入ったらどんな罰だったっけ、死刑じゃないよね?
小さく咳払いをして、王太子に話しかける。
「このような不毛の地に何の用ですか? 休憩ならば、少しの滞在を許可しますが?」
王太子一行は何やら話を始めた。どうしたんだろう、私、何か変な事言ったかな。
「あなたはこの城の主か? ならば尋ねたい、数日前までこのような城はなかったはずだ。一体どうやって建てたのだ?」
え? どうやってって、コンティオールが頑張って……って言っても信じないわよね。
コンティオールを見るとコクリと頷く。言っちゃって良いって事ね。
「この城は、私と仲間で建てました。それが私達の能力、とだけ言っておきます」
う、ウソは言ってないよね? むしろ真実だし。それを聞いて一行はざわめいている。
信じられる訳ないよねぇ~。中庭には噴水まであるんだし。
「一目お会いできないだろうか? このような素晴らしい力をお持ちなら、ぜひ我々に協力していただきたい」
えー? イケメンだけど、流石に見ず知らずの人に、しかもこんな場所で会うのは嫌だなぁ。いきなり襲われても困るし……ん?
「オードスルス? どうしたの?」
オードスルスが王太子一行を興味津々で見ている。
【わーい、美味しそうな匂いがするー】
そう言って飛び出していってしまった。って、コラ待ちなさい‼
(構わんさ。俺達はゆっくりと、優雅に登場しよう)
「う、うん」
二階の部屋から出てゆっくりと、優雅に歩いていく。
オードスルスは手すりの上を飛んでいき、一行のそばまでいくと、順番に匂いを嗅いでいる。
「何だコレは⁉ 水? 水の赤ん坊だぞ!」
「空を飛んでいる! 一体どうなっているんだ!」
「獅子だ! 真っ白い獅子がいるぞ!」
一行が慌てふためく中、イケメン王太子は冷静に私を見ていた。
「あなたが主か? それに純白の巨大な獅子……は! まさか聖女ロザリー様か‼」
あれ? 私を知っているの? 聖女って各国にいるはずだから、さほど珍しくもないのに。
向こうは知っていてこっちは知らない。もう胸がバクバクいってる。
でもコンティオールに言われたから、レディーっぽく冷静に振る舞おう!
「私をご存じなのですね。しかし私は国を追われた身。すでに聖女ではございません」
廊下を歩き、焦らずに階段を下りる。
途中の踊り場で立ち止まり、お腹の上で両手を組んで話を続ける。
「初めまして、ハーフルト国のマクシミリアン王太子様。私はロザリー。この獅子はコンティオール、そこの水の赤子はオードスルスと申します。私はここに新たな国を作りました。他国と友好を築くのは、こちらとしても望むところです」
「それでは、我々に協力してくれるのか?」
え、協力? そういえばさっき言ってたけど、何を協力するんだろう。
悩んでいるとコンティオールが小さく唸り始める。
(タダで協力する訳にはいかん。条件を聞け、それ次第だ)
「協力するからには、何か見返りを頂けるのでしょうか?」
「我がハーフルト国で神官長の職を用意する」
神官長? 神官長って言ったら聖女のお付きみたいな仕事じゃない。
国から言われた事を私が聖女に伝えて、聖女の返事を国に返す。えー、そんなの嫌だー。
(バカにしているな。断れ)
「私は他国に赴くつもりはございません。お帰りください」
(いや、まだ帰さなくていいぞ?)
え、ダメだったの⁉ 帰しちゃダメならそう言ってよね!
でも向こうも引き下がらない。どうしても私を囲いたいみたい。
「そ、それではどのような条件ならば来てくれるのだ⁉」
来てくれるって、私は友好を築きたいって言っただけで、そっちの国に行くなんて一言も言ってないんだけどな。
王太子一行の近くを漂っていたオードスルスが戻ってきた。
【ねぇねぇママ、嗅いだことのないおいしい匂いがしたよ!】
嗅いだことのない匂い? 携帯食料でも持ってるのかな。食料か……果物や野菜はあるし、肉は……どこかで狩ればいいか。でもそうなると、調味料が欲しくなるわね。
でも調味料だけのために協力するって思われたら、安い女だと思われそう。
あ、そうだ。
「ハーフルト国と通商条約を結びたいと考えています」
「通商……条約だと? それはつまり、ここを国として認めろ、という事になるが?」
「その通りです。それだけの価値があると思いますよ? オードスルス、果物を一つ、王太子様に差し上げて」
【はーい、ママ】
裏庭に飛んでいき、果物を二つ取って持ってきた。一つで良いんだけど、まあいっか。
リンゴを一つ王太子に渡してもらい、一つは私が受け取った。
私が一口食べて王太子を促すと、王太子もリンゴを口にする。
「ん? ……んん⁉ 何だコレは!」
「マクシミリアン様! いけません! すぐに吐いてください!」
「疲れが……疲れがなくなった! それに古傷の痛みが取れたぞ!」
全身を覆うローブを脱いで袖をめくり上げると、刀傷らしきものがスーッと消えていく。
へ~、そんな力もあったんだ。
「この果物は他にもあるのか⁉ いや、あるのですか⁉」
「ええ、豊富ではありませんが、まだあります」
「ぜひ我が国と国交、そして通商条約を結んでいただきたい!」
やったー。
マクシミリアン王太子はハーフルト国へ戻った。国に報告をして、手続きをするそうだ。
私達はのんびりと夕食を食べている。
ハーフルト国に国として認めてもらえば、他の国も追随してくれるかもしれない。
でもそうなると、百パーセント認めない国がある。私を追放した国・イノブルクだ。
ここゴスライン荒野は国境が曖昧で、明らかに近い場所以外はどの国も領土を主張していない。
何せ不毛の地だからね。トラブルがあったら、その国が責任を負わなきゃいけないし。
この場所はイノブルク国の国外追放の場所にほど近く、さらに私は元聖女だ。
必ず何か言ってくる。それまでに複数の国と通商条約を結びたい。
「ねぇ、コンティオール、他の国は結構距離が離れているけど、ここまで来ると思う?」
(来るだろう。だが、それにはまだ時間がかかる。他はここの噂が流れてからになるだろう)
そっか、直接見に来る人が少ないから、他の人頼みになっちゃうのか。
それなら噂が流れやすいように、もっと大きくした方がいいのかな?
「じゃあ、お城を大きく、緑豊かにして、果物や木の実もたくさんあった方が噂が流れやすいよね?」
(そうだな。ハーフルトではすぐに主要な人物に伝わるだろうし、後は行商人や旅人が来やすいようにしたい)
うんうん。他の国が無視できないくらいにいい国になったら、きっと住民も集まってコンティオールの聖なる力の補充も安定するよね!
「よぉ~っし! 私張り切っちゃうよ! コンティオール! 力を渡すからどんどん作っちゃって!」
(よかろう、城だけとは言わず、城下町も作ってみせよう!)
コンティオールの体に手を当て、気合いを入れて聖なる力を流し込む。
コンティオールは小さな唸り声を上げ、徐々に大きくなり、そして。
(ゴアアァァアアアアアア!)
今まで聞いた事がないほど大きな咆哮を上げ、以前と同じように地面が揺れ始めた。
「……あれ? 何か、今度の揺れは激しくない⁇」
地面が揺れて立っていられない。縦揺れは私が跳ね飛ばされるほど、横揺れは何メートルも転がされるほど大きい。慌ててコンティオールの背中に乗ると、空高くジャンプした。
「ちょっと⁉ 何これ! 世界の終わり⁉」
上空から下を見ると、あちこちに大きな地割れが入り、崩れ、まるで巨大なクレーターのように地面が沈んでいく。
あわわわ、何かやらかしちゃったかな、せっかく作ったお城も畑も、全部なくなっちゃった!
【わー、すごいすごい! パパ、ママ、地面が落ちていくよー】
オードスルスは喜んでいるけど、私は冷や汗がダラダラ流れる。
ついに地の底が見えるほどの穴が開き、反動で轟音と共に大量の土砂が噴き出してきた。
「イヤー! いやぁ~!」
ごめんなさいごめんなさい! 調子に乗りました! もう大人しくするから収まってください!
必死にコンティオールにしがみ付き、目をつむってお祈りするしかなかった。
しばらくして音が収まると、あたり一帯は砂埃で何も見えなかった。
コンティオールは離れた場所に着地し、私も地面に降りた。
あ……あ~あ……やっちゃった……。これはハーフルト国との条約も白紙かなぁ。
(うむ、上出来だ)
「何が⁉ 全部壊れちゃって、今までの苦労が全部パーよ!」
【ぱー、ぱー】
ああぁ~んもう、調子に乗るからこんな事になるのよ。分をわきまえるんだった。
地面に両手をついてへたり込む私を、コンティオールはニヤけて見ている。
「何がおかしいのよ」
(いやぁ? 別に何でもないぞ)
そう言いながらも、口元は緩んでいる。
むぅ、何よ何よ、わかってるわよ。十四歳の小娘が大層なこと言ったって、しょせん子供の遊びよ。
ため息をついて立ち上がる。もう一度、地下室だけでも作らないと……と?
砂埃が薄くなり、そこにある物が見えてくる。
どこの国よりも大きな王城。それを取り囲む強固な城壁。
城の正面には小さい街くらいの城下町ができている。二階建ての民家や、商店に使えそうな建物、公園、噴水……緑あふれる街並みが、目の前に広がっていた。
「へ……? 何これ? 崩落したんじゃないの?」
(規模が大きくなるからな、地盤から作り直したのだ)
「じ、じばん?」
(硬いだけの地面ではなく、地下水を良く含み、植物が育ちやすい大地になった。なぜか知らんが、地脈も強力になっていてな、地下水も豊富になって、栄養価も高くなっていた)
えーっと? つまり?
「人が住みやすい環境になったの?」
首をかしげて尋ねると、コンティオールはコクリと頷いた。
「コンティオールすごーい! 何なに? どうしちゃったの⁉ 前は小さな地下室だけで体が縮小してたのに、今回は何ともないじゃない!」
【ママー、ボクもお手伝いしたんだよー】
オードスルスは頭を撫でてほしそうに、私の腕の中に入ってきた。
「よしよし、偉いわね」
人型になっているから、前とは違って頭を撫でやすい。ん~、オードスルスは自慢の子供ね!
と、背中を押された。コンティオールが頭を擦りつけている。
「はいはい、コンティオールも良くやってくれたわね」
こっちも頭を撫でてあげると、気持ちよさそうにゴロゴロ言ってる。
よ、よし! 新しい街を探索しよう!
心あらたに街を歩く。でも何これ? 道も建物もキレイだし、公園の芝生はフカフカだし、噴水の水は透明でたくさん出てるし、お城は……疲れるから今度。
「どうすんの? こんなに大きなの」
(住民を招き入れなくてはいけないな)
「住民って、どうやったら来るの?」
(知らん)
コンティオールは無責任だった! こんな大きな街並みを作っておいて、住民がいないんじゃ意味ないじゃない!
今度マクシミリアン王太子が来たら、街が大きくなっていて驚くかな~、くらいしか思いつかない。
(流石に疲れたな。俺はもう寝る)
コンティオールはそう言って、どこから繋がっているのか知らないけど、地下室に行ったんだろう。
「あ、うん、お休み」
【パパおやすみー】
「じゃ私達はもう少し見て回ろうか」
【うん!】
10
お気に入りに追加
2,980
あなたにおすすめの小説
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
側妃は捨てられましたので
なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」
現王、ランドルフが呟いた言葉。
周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。
ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。
別の女性を正妃として迎え入れた。
裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。
あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。
だが、彼を止める事は誰にも出来ず。
廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。
王妃として教育を受けて、側妃にされ
廃妃となった彼女。
その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。
実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。
それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。
屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。
ただコソコソと身を隠すつまりはない。
私を軽んじて。
捨てた彼らに自身の価値を示すため。
捨てられたのは、どちらか……。
後悔するのはどちらかを示すために。
【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。
くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」
「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」
いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。
「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と……
私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。
「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」
「はい、お父様、お母様」
「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」
「……はい」
「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」
「はい、わかりました」
パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、
兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。
誰も私の言葉を聞いてくれない。
誰も私を見てくれない。
そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。
ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。
「……なんか、馬鹿みたいだわ!」
もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる!
ふるゆわ設定です。
※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい!
※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ!
追加文
番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。
うたた寝している間に運命が変わりました。
gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。
政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~
つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。
政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。
他サイトにも公開中。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。