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31話 罠にかかるのは

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 夜だというのに街は人で一杯です。
 飲み歩く人、喧嘩をする人、恋人同士で楽しむ人など、様々な人たちで溢れています。
 そんな場所からは少し離れた所で、私達は息をひそめています。

 一人の司教様が裏路地に入っていきます。
 私とハンスは四階の部屋で静かに潜み、司教様をじっと見守ります。
 騒がしい表通りから数本奥に進むと、司教様は足を止めました。

「失礼、先に進みたいので道を譲っていただけますか?」

 狭い道の先には、何者かが立ちふさがっていました。
 逆光のせいで影しか見えませんが、恐らくは体つきからして女性のようです。

「あの、どいていただけませんか?」

 女性らしき影が司教様に向けて走り出し、手を振り上げました!
 金属音が鳴り響き、女性の影は司教様に届く前に止められています。

「やっと現れたなザビーネ! おとりとも気付かずノコノコ現れおって!」

 衛兵の隊長さんが剣で女性の腕を受け止め、体重をかけて押し返します。
 司教様は他の衛兵に護衛されて後退しました。
 衛兵が女性の前後に現れて取り囲み、狭い路地はギュウギュウ詰めです。

「大人しくしていれば手荒な真似はしない! さあ両手を地面につけろ!」

 ですが女性は動きません。
 まるで言葉がわからないような態度で、更に手を振り上げて攻撃をしてきます。

「クッ! やるしかないのか! 聖歌隊、始めろ!!」

 どこからともなく聖歌が聞こえてきます。
 すぐ近くに待機していた様で、その声はゆっくりと大きくなっていく。
 この場に相応しくない歌声に、きっと住民は驚いているでしょうね。

 しかし……

「な!? 直接聖歌隊を狙っているのか!」

 女性は衛兵を飛び越えて、見えない場所にいる聖歌隊を目指して走ります。
 聖歌は効果が無いの!?
 聖歌隊の声がしなくなりました。きっと逃げ始めたのでしょう。

 女性の影は声がしなくなったので立ち止まり、今度は衛兵へと襲い掛かりました。

「た、隊長! これは一体何ですか!?」

 攻撃された衛兵が吹き飛ばされましたが、どうにも様子が変です。

「な!? く、黒い人形だと!!」

 女性の影はザビーネではなく、ただの黒い人形にそれっぽい服装をしているだった。
 カタカタと音をたてて走り出し、まるで私達をあざ笑うように四つん這いで壁を伝って去って行きます。
 私達はそれを見届ける事しか出来ませんでした。

 しかし悲鳴が上がった事で、緊張は更に高まります。

「ぐわぁ!」
「ぎゃぁぁああ!」
「たす、助けてくれ~!」

 悲鳴はここからでは聞こえませんが、窓から顔を出して周囲を見回すと、大通り側から声がしていました。

「みぃ~つけた。そんな所に居たのねシオン」

 角から顔を出したのは、両手に衛兵を掴んだザビーネでした。
 ザビーネは衛兵を投げ捨てると、ジャンプして四階の窓にしがみ付き、赤く光る眼で私達を見つめてきました。

「ひっ」

「シオン下がって!」

 ハンスに腕を引かれて尻もちをつくと、私の前でハンスが剣を構えてザビーネと対峙します。
 月明かりだけを頼りに、ハンスはザビーネに斬りかかりますが、ザビーネは手から黒い何かを使って応戦している。
 悪魔の魔法フィエンドスペルはあんな事も出来るのね。

「くそっ! 嬢ちゃん! ハンス! 今行くから待ってろ!」

 外では隊長さんが叫んでいます。
 ガチャガチャと音がするので、この建物に入ってきているのでしょう。
 早く、早く来てください!

「ザビーネ! 貴様はなぜシオンを狙うんだ!」

「簡単な事よ、私の邪魔をしたからじゃない」

 剣を撃ち合いながら、ハンスとザビーネが会話をしています。
 武器での打ち合いならば、ハンスとはいい勝負みたい。

「邪魔だと!? 邪魔をしたのはお前の方じゃないか!」

「何を言っているの? 私が王子と結婚して、好き勝手に生活するのを邪魔したのはシオンじゃない!」

「き、貴様は何を言っている! 元々王子と結婚するのはシオンだった! それを横から奪い取ったのは貴様だろうが!」

「知らないわよそんな事。私は偉いの。偉いんだから働かなくていいの。私の代わりににシオンに働く様に命令したのに、聞かなかったのはそっちじゃない」

「め、滅茶苦茶だわ! どうして私があなたの代りに働かなくてはいけないの!?」

「あなたにはその為に王妃教育を施したんだもの、当然でしょう?」

 何を言っているのかわからないわ。
 王妃教育は王妃になるから受けるものであって、王妃ではない私はその仕事をする必要はない。
 でも王妃に代って私に働けって……どういう思考をしているのかしら。

「もういい、お前をこの場で倒せばそれでおしまいだ!!」

 ハンスの剣の動きが速くなりました。
 私では目で追う事すら出来ず、ザビーネも手から伸びた黒い武器では捌ききれないようです。
 これは……倒せるの? ザビーネを。

「嬢ちゃんハンス無事か!?」

 隊長さんが部屋に入ってきました。
 ハンスはザビーネを……その剣でザビーネを突き刺しています。

「やった! やったわハンス!」

 嬉しくなって立ち上がり、ハンスに駆け寄ります。

「く……くるな……ガフッ!」

「え?」

 逆光でわかりませんでしたが、ハンスの体から黒い武器が見えます。
 背中から……そう、ハンスはザビーネの武器によって刺されていたのです。

「ハンスー!」
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