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4話 帰国の延期
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あちこちの施設でお手伝いを始めてひと月が経ちました。
日替わりでお手伝いをしていますが、皆さんとてもやさしく接してくれますし、意外な事に施設間の繋がりが薄かったので、私が橋渡し役になったりしています。
「室長、ただいま戻りました」
「おお帰って来たか。お帰りシオン君」
今日は王宮の書記官補佐をしています。
書記官の仕事は多岐にわたり、事件や会議の書類作成・調査・法との照合など様々あります。
今は財務担当の人と打ち合わせをしてきました。
「それでどうだった? 先方の言い分は」
「それなのですが……」
私は室長の机の前に立ち、持ってきた書類を渡す。
それを受け取って内容を確認しているけど、ああ、やっぱりそういう顔になりますよね。
「どうして今の時期に国中を視察する必要があるんだ!? しかも観光地ばっかりじゃないか!」
そう、フランツ王太子とザビーネ公爵令嬢の視察……と銘打った旅行です。
今は農作物の収穫前で、どこも資金繰りに苦労しているのです。
なのにこんな旅行なんて正気とは思えません。
「実は非公式な情報があるのですが……フランツ王太子の結婚式は国内ではなく、国外で挙げるという噂です」
「……はぁ? 王族の式を国外でだって? 国の威信をかけた行事だぞ!?」
「ちなみに場所は『天空の街』だそうです」
「確かに若者には人気の場所だ。しかしな、年寄りが行ける場所ではないだろうに。あんな高い山を貴族共が登ると思っているのか?」
天空の街は山のテッペンにあり、雲が低い時はとても幻想的な風景になるそうです。
今は街道が整備されていますが、以前は魔獣がでてとても危険な場所でした。
室長は頭を抱えてうなっています。
「式に関してはまだ先ですので、今は旅こ……視察の縮小に力を注ぎましょう」
「そうだな、中止は無理だろうから縮小させよう。何とか半分にはしたい所だな。……なぁシオン君、このまま書記官に、いや忘れてくれ」
「では仕事に戻ります」
頭を下げて部屋を出ました。
室長、髪の毛がまた薄くなっていましたね。
苦労が絶えないのでしょう。
そういえば書記官補佐が私以外ではもう一人しかおらず、徹夜をする日も多いと言っていました。
数か月前までは奥さんとののろけ話を聞かされていたのに、一体どうしてこうなったのでしょう。
さらにひと月が過ぎたので、そろそろハンスが領地から戻ってくるはずです。
待ち遠しい、でも怖い。
フラれたら私は立ち直れないかもしれません。
でも何も言わなければ、ハンスは他の誰かと結ばれるだけです。
「え? ハンスは隣接する領地の魔獣討伐にむかった?」
「ええ、そうらしいわ。ブロンドウルフの群れが見つかったみたいなの」
期待と不安に挟まれて過ごしていると、お母様にハンスはまだ戻ってこないと言われました。
ブロンドウルフ、全身が金色の毛で覆われている魔獣ですね。
夕食のスープをすくいながら、私はブロンドウルフの姿を思い出していました。
「ハンス君ならブロンドウルフに後れを取る事は無いだろう。しかしそうなると……」
「ええ、森の探索には時間がかかるでしょうから、帰ってくるのは先になりますね」
ホッとしたような残念なような気持ちです。
どうしたんでしょうか、会いたいのに会いたくないなんて。
「おはようございます隊長さん。今日もよろしくお願いします」
「おはようさん嬢ちゃん。ん? 思ったより元気そうだな」
「私はいつでも元気ですよ?」
「いやいや、ハンス様が嫌がらせを受けてるから、てっきり落ち込んでると思ったぜ」
聞き間違えでしょうか、ハンスが嫌がらせを受けている?
どういう事でしょう、ハンスは領民からも慕われているはずです。
「隊長さん、何があったんですか?」
「ほらブロンドウルフっているだろう? それの討伐に向かわされたって聞いてな、あれは衛兵や騎士の中では定番の嫌がらせなんだ」
「ど、どういう意味でしょうか、危険な魔獣だから討伐するんですよね?」
「危険は危険だがな? あいつらは賢いから人里を襲う危険性を理解してるんだ、だから滅多な事じゃ人を襲わない。それをわざわざ討伐するなんてのは、森の中をひたすら歩かせて、無駄な時間を過ごさせようって事なんだ」
そういえば聞いた事があります。
ブロンドウルフは森の賢者であり、不用意に手を出してはいけないと。
それをわざわざ隣の領地に行ってまで討伐させる? いったい何が起きているのでしょうか。
「あら? ブロンドウルフの討伐なら、その領地の兵士で問題は無いはずですよね?」
「タイミング良く王都に再訓練に来ているな」
「再訓練は兵士に不祥事があった際の罰則的な意味ですよね? 何かあったのですか?」
「特に聞いちゃいないな」
偶然ハンスが戻ろうとするタイミングでブロンドウルフが現れ、タイミング良く隣の領地の兵士は再教育で不在、ですか?
私はどれだけ運が無いんでしょうか。
まるで誰かの意思を感じずにはいられません。
会えないとなると一層会いたくなってきました。
しかし森の中……私はデスクワークの要領は良いですが、運動の要領はとても悪いです。
ハンスに会いに行く事は、ハンスに余計な手間をかける事になるでしょうね。
もう少しだけ、待ってみましょう。
日替わりでお手伝いをしていますが、皆さんとてもやさしく接してくれますし、意外な事に施設間の繋がりが薄かったので、私が橋渡し役になったりしています。
「室長、ただいま戻りました」
「おお帰って来たか。お帰りシオン君」
今日は王宮の書記官補佐をしています。
書記官の仕事は多岐にわたり、事件や会議の書類作成・調査・法との照合など様々あります。
今は財務担当の人と打ち合わせをしてきました。
「それでどうだった? 先方の言い分は」
「それなのですが……」
私は室長の机の前に立ち、持ってきた書類を渡す。
それを受け取って内容を確認しているけど、ああ、やっぱりそういう顔になりますよね。
「どうして今の時期に国中を視察する必要があるんだ!? しかも観光地ばっかりじゃないか!」
そう、フランツ王太子とザビーネ公爵令嬢の視察……と銘打った旅行です。
今は農作物の収穫前で、どこも資金繰りに苦労しているのです。
なのにこんな旅行なんて正気とは思えません。
「実は非公式な情報があるのですが……フランツ王太子の結婚式は国内ではなく、国外で挙げるという噂です」
「……はぁ? 王族の式を国外でだって? 国の威信をかけた行事だぞ!?」
「ちなみに場所は『天空の街』だそうです」
「確かに若者には人気の場所だ。しかしな、年寄りが行ける場所ではないだろうに。あんな高い山を貴族共が登ると思っているのか?」
天空の街は山のテッペンにあり、雲が低い時はとても幻想的な風景になるそうです。
今は街道が整備されていますが、以前は魔獣がでてとても危険な場所でした。
室長は頭を抱えてうなっています。
「式に関してはまだ先ですので、今は旅こ……視察の縮小に力を注ぎましょう」
「そうだな、中止は無理だろうから縮小させよう。何とか半分にはしたい所だな。……なぁシオン君、このまま書記官に、いや忘れてくれ」
「では仕事に戻ります」
頭を下げて部屋を出ました。
室長、髪の毛がまた薄くなっていましたね。
苦労が絶えないのでしょう。
そういえば書記官補佐が私以外ではもう一人しかおらず、徹夜をする日も多いと言っていました。
数か月前までは奥さんとののろけ話を聞かされていたのに、一体どうしてこうなったのでしょう。
さらにひと月が過ぎたので、そろそろハンスが領地から戻ってくるはずです。
待ち遠しい、でも怖い。
フラれたら私は立ち直れないかもしれません。
でも何も言わなければ、ハンスは他の誰かと結ばれるだけです。
「え? ハンスは隣接する領地の魔獣討伐にむかった?」
「ええ、そうらしいわ。ブロンドウルフの群れが見つかったみたいなの」
期待と不安に挟まれて過ごしていると、お母様にハンスはまだ戻ってこないと言われました。
ブロンドウルフ、全身が金色の毛で覆われている魔獣ですね。
夕食のスープをすくいながら、私はブロンドウルフの姿を思い出していました。
「ハンス君ならブロンドウルフに後れを取る事は無いだろう。しかしそうなると……」
「ええ、森の探索には時間がかかるでしょうから、帰ってくるのは先になりますね」
ホッとしたような残念なような気持ちです。
どうしたんでしょうか、会いたいのに会いたくないなんて。
「おはようございます隊長さん。今日もよろしくお願いします」
「おはようさん嬢ちゃん。ん? 思ったより元気そうだな」
「私はいつでも元気ですよ?」
「いやいや、ハンス様が嫌がらせを受けてるから、てっきり落ち込んでると思ったぜ」
聞き間違えでしょうか、ハンスが嫌がらせを受けている?
どういう事でしょう、ハンスは領民からも慕われているはずです。
「隊長さん、何があったんですか?」
「ほらブロンドウルフっているだろう? それの討伐に向かわされたって聞いてな、あれは衛兵や騎士の中では定番の嫌がらせなんだ」
「ど、どういう意味でしょうか、危険な魔獣だから討伐するんですよね?」
「危険は危険だがな? あいつらは賢いから人里を襲う危険性を理解してるんだ、だから滅多な事じゃ人を襲わない。それをわざわざ討伐するなんてのは、森の中をひたすら歩かせて、無駄な時間を過ごさせようって事なんだ」
そういえば聞いた事があります。
ブロンドウルフは森の賢者であり、不用意に手を出してはいけないと。
それをわざわざ隣の領地に行ってまで討伐させる? いったい何が起きているのでしょうか。
「あら? ブロンドウルフの討伐なら、その領地の兵士で問題は無いはずですよね?」
「タイミング良く王都に再訓練に来ているな」
「再訓練は兵士に不祥事があった際の罰則的な意味ですよね? 何かあったのですか?」
「特に聞いちゃいないな」
偶然ハンスが戻ろうとするタイミングでブロンドウルフが現れ、タイミング良く隣の領地の兵士は再教育で不在、ですか?
私はどれだけ運が無いんでしょうか。
まるで誰かの意思を感じずにはいられません。
会えないとなると一層会いたくなってきました。
しかし森の中……私はデスクワークの要領は良いですが、運動の要領はとても悪いです。
ハンスに会いに行く事は、ハンスに余計な手間をかける事になるでしょうね。
もう少しだけ、待ってみましょう。
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