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第22話 魔女の過去 その5
しおりを挟む黒衣の男の展開した魔法陣から霧が吹き出す。それは瞬く間に広がっていき、街の広場全体を覆い尽くしてしまった。
こんな規模を扱えるなんて…………。
レムナは確信を得た。今目の前に立っている男は自分よりも遥かに上だと。
鳥肌が立つのを感じる。同時にこれまでの切迫した空気を忘れ、目の前の圧倒的な技術に挑むことにレムナはこの上ない高揚を感じていた。
「私より、お前の方がキャリアがありそうだなこれは!」
足元の魔法陣を緑色に輝かせる。
そしてそれに念じる。
風よ。全てを切り裂く鋭い刃の如き風よ!
レムナを中心として突風が吹き荒れ始める。
風は無数の刃の如く、建物を噴水を切り刻んでいく。
「なかなかいい魔法じゃあないか!」
黒衣の男が声を上げたと同時に風が粉塵を巻き上げ、男の姿を覆い隠す。
塵すら刻む風が男を襲い吹き荒ぶ。
レムナにとっては最も得意な風を用いる魔法。刻まれ変わり果ててゆく街の景色がその凄まじさを物語る。
そして、数秒の後舞い上がった塵が再び地面へと落ちた時。
そこに見えたのはかすり傷も見当たらない黒衣の男の姿だった。唯一変わったところといえばフードが外れ彼の顔が見えたくらいだ。
「なかなかいい魔法だ。けれどまだ荒削りだな。この程度ならば楽に対応できる」
「それはなかなか、手応えのありそうな!」
レムナの魔法陣が一度黄色に変化し、そしてすぐにまた緑に光る。
地面がスライムのように伸び、黒衣の男の四肢を拘束する。男を拘束した地面はその形を維持したまま固まる。
四肢を固定され身動きの取れなくなったところに再び刃のような風が男を襲う。
「これなら……どう…!」
魔法は精霊の力を使役する術である。自然を司る精霊の力は強大である。それ故に代償を使用者にもたらす。
より高度な魔法を使役すればそれだけ精神に負担がかかる。それは魔法陣を通して精霊とコンタクトを取るためであり本来ならば精霊と正規に契約した者でしか行使することのできないものを行使するためである。
「合わせ技か……。工夫は凝らしたようだがさっきよりも荒いな………」
ズブリ、と腹部に鈍い衝撃が走る。それと少しの時間差で、衝撃のあった部位が熱を帯びる。
「かふっ………」
喉の奥からこみ上げる液体。鉄臭いそれは自分の血液。口元を覆った右手の指の隙間から溢れ出る。
膝から力が抜け、立っていられない。
一体、何が………。
レムナは困惑する。左側腹部を何かで突き刺された。幸い、致命傷にはならないだろうが自らの身に起きたことに理解が追い付かない。
「これが、魔法ってやつだ」
頭上から降ってくる声。
「痛いか? 痛いだろう? 痛いよなぁ?」
ククク、と低く笑うのは黒衣の男。他人をいたぶって喜びを得るとんだ異常者だ。
「今のはな、特別に教えてやるよ。空気中の水分を凝集して圧縮してそれをあんたに向けて槍状にして撃ったんだ。原理としてはそうさな………あんたの使ってきた風のと同じ感じだな」
仕組みを懇々と説明する黒衣の男。
それをただただ聴く以外にレムナの取れる行動はなかった。
あくまで行動。つまり見せかけ。
相手は二つ以上の属性を織り交ぜた複合魔法を使える。
けれどそれはレムナも同じだった。
傷口を押さえるレムナの右の手のひらには青とも緑ともつかぬ色の小さな魔法陣が形成されていた。
すでに止血は済んでいる。
俯きうずくまっているからレムナのその様子は黒衣の男にはわからない。
「しかし、まあまだ生きてんだろ。一つ面白いことを教えてやるよ」
ふと、思い出したように黒衣の男は話題を変えた。
「この周りに俺は最初に霧を張ったよな。霧の色、見てみろよ」
言われるがまま、レムナは視線を周囲に張られた霧に向ける。そして同時に、驚愕した。
真っ白だった霧が赤く染まっていたのだ。
「この霧はな、あんたとタイマンする為の舞台のものじゃぁないんだ」
男は低い声で笑う。
「これはなぁ、俺が催眠をかけた奴等の血を吸う為のもんなんだよなぁ!」
「貴様ぁぁぁぁ!!!」
ブツリ、とレムナは自分の中で何かが切れる感覚を覚えた。
油断したところを奇襲しようと講じていた策は自らの感情によって潰される。が、そんなことはどうでもいい。
レムナは怒りに任せて魔法を編み上げ、発動する。
魔法陣はレムナがこれまで発動したことのない色を示した。
その色は最早何色とも形容し難く、ただ表すのであればただただ不気味。そんな色だった。
「チィッ! 感情に任せて魔法を発動しやがったか。そんな余裕はないくらいの傷は与えたはずだぞ…………!」
黒衣の男は風の魔法を発動し、高速でレムナから距離を取る。
霧の魔法で魔力を吸収しているとは言え、こんな異様なもんに対応できるか⁈
魔法はほとんど全てが発動時の魔法陣の色でその属性が判断できる。
がしかし、レムナの魔法陣は彼の知るそのどれにも該当しなかった。
そしてついに、魔法が発動した。
魔法陣から飛び出す無数の黒い腕。
痩せ細り皮と骨ばかりとなった人の腕のようなものが黒衣の男めがけ伸びる。
「ただの拘束かよ、しゃらくせえ!!!」
男はそれを断つ為に炎の刃を無数に形成する。そして腕一つ一つに対しそれで迎撃する。
が、炎は全てことごとく腕に吸い取られてしまった。
「んなっ………⁉︎ どうなってんだよ!」
「死ね! この、虐殺者がぁぁぁぁ!!」
レムナは叫んだ喉が潰れるほどに。
「んだよ、これはよぉ! こんのチクショーがぁぁぁぁ!!」
同時に男の断末魔とも言える雄叫びが街中に響き渡った。
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