2 / 22
第2話 宿屋で
しおりを挟む「やっぱ似てるってレベルじゃない……」
ダーシェ・レインコートは目の前のベッドに横たわる少女の寝顔を見て呟いた。
さすがに年齢まで同じではなさそうだがその幼さの残る寝顔には姉妹か何かと思えるほどの面影を少女はその安らかな寝顔に宿していた。
最初に見かけた時は、僅かな既視感を覚えただけだった。そして、あり得ないと思っていても捨てきれない希望がダーシェを駆り立てたのだ。
夢中だったと言えるだろう。少女を救い出すまでの過程でダーシェに思考の余裕はなかった。ただひたすらに男を挑発して注意を引き、あわよくばその隙に逃げてもらおうとあらかじめ考えていたことをどうにか実行したまでだ。
結果として想定以上の効果を発揮してしまい、思わず力を使ってしまった。
普通の人間ならばあの場面、無傷で済むはずがない。が、ダーシェは自らの持つ人ならざる力を行使したために無傷かつ、相手に隙を作らせてカウンターに成功した。
「バレるのも時間の問題だしな…」
この少女はどうするか。現在、一番の問題点である。
鉄製の首輪とそれから延びる鎖。襤褸のような麻の服。見るからに人としての扱いを受けている身分ではない。
このまま放置すればすぐにまた売り払われて同じような未来を辿り、きっと最後は哀れに誰にも悲しまれることなく死に、廃棄されることだろう。
そうなれば二度、救えたものを救えなかったことになる。放置すればいいものをダーシェにはそれができなかった。
「目覚めるのを待つしかないかなぁ」
出来ることなら自分に同行してもらい、人並みの生活をさせてやりたい。けれど、強制はできない。彼女の意思を聞くべきだ。
椅子に腰掛け、思考の堂々巡りをしているうちにダーシェもまた眠りに落ちた。
* * *
「ダーシェ、ダーシェッ!」
「ん?」
「寝るな」
額を小突かれる。ペシリ、と小気味良い音が響く。
目を開くとそこには一人の女性が左手で頬杖をつき、空いた右手がダーシェの目の前で遊んでいた。
「寝てないです、よ…………?」
そこは彼女のよく来たカフェのテラス席。空は清々しいほどに澄み渡っていた。
「なあに? そんな泣きそうな顔して。お化けにでも出会ったのかな?」
いたずらに成功した子どものような笑みを浮かべた黒髪の女性を見たダーシェは言葉を失った。
「どした? アホみたいに口開けて。……って目を潤ませるなって!」
目の前の女性が慌てふためく。キリッと細く整えられた眉が困ったように垂れ下がる。
二度と会えるはずはない。ダーシェの目の前に座るその女性、リーザ・ベルローグは三年前に死んでいるのだ。
「あんたが会いたがってたからじゃないの? ほんと相変わらず子どもだね、あんたは」
変わんねーの、とリーザは豪快に笑う。所作の一つ一つに気品があり、かつ豪快さを備えた目の前の女性は紛れも無い、リーザ・ベルローグだ。
「わざわざ時間の無い中来てやったんだ。もっと感謝すべきなんじゃない?」
「あ、ありがと……」
「はあ? 聞こえないね。男ならもっとはきはき喋んな!」
クシャクシャと頭を撫でられる。乱暴にやるせいで少し首が痛くなる。が、それが今は嬉しかった。
「ありがとうございます」
ニコリと歯を見せて笑ってみる。
リーザも同じように笑みを浮かべる。上手く笑えたみたいだ。
「そうそう。あんたはそうしてる方がいいよ」
もう一度リーザが頭を撫でてくる。
「んじゃ、あたしはもう行くからね。次はいつ会えるかわかんないけど、そん時は少しくらい成長したとこ見せるんだよ」
リーザはスッと椅子から立ち上がるとこちらを振り向くことなく右手をヒラヒラと振り、雑踏の中に姿を紛れさせていった。
* * *
「ああ、夢か………」
椅子に座ったまま眠ってしまっていたらしい。ダーシェは凝り固まった肩と腰をゆっくりと解すため立ち上がった。
その拍子にパサリ、と床に何かが落ちた。薄手の毛布だ。誰かが掛けてくれたのだろう。
いや、誰かではない。
「看病するつもりが、気を遣われてしまったみたいだね」
背後に感じる人の気配に向かって声をかける。声をかけつつ、後ろへ振り向く。
「助けていただいたのだし、これくらいは当然のことかと」
さすがにまだ、警戒はされているらしい。まあ、無理もないか。ダーシェはふふっと微笑みを浮かべる。
「そんなに畏まらなくていいよ。って言ってもすぐには無理か」
少女は自分の身体を抱きしめるように腕を組み、ダーシェから目をそらす。
自分の態度がダーシェに対し失礼ではないか、と感じているのだ。
「そう言えば、まだ名前を名乗ってなかったな。俺の名前はダーシェ。ダーシェ・レインコート。今は理由があって素性とか言えないけど怪しい者ではないよ。いや、素性が知れないってめちゃくちゃ怪しいな………。まあ、てな感じでよろしく」
ダーシェは少女に手を差し出す。
突然の自己紹介に困惑の表情を浮かべる少女。ダーシェの顔と差し出された右手を何度か交互に見つめると、ゆっくりとその手を握り返した。
「テレサ、と言います。あの時は助けていただきありがとうございました」
「お礼を言われるほどのことじゃないよ。俺が勝手に首を突っ込んだだけなんだ」
「ですが、奴隷をわざわざ助けるなど」
普通はあり得ません。
ダーシェは言葉の途中で遮った。
「自分のことを自分で奴隷とか言うな。君は立派な一人の人間だ」
「ですが………」
テレサは自らの首に課せられた首輪にそっと触れる。その首輪は奴隷を身分として固定させるために付けられたいわば奴隷の身分証だ。一度付けられたそれは死ぬまで外すことはできない。
「それさえ無ければいいんだろ?」
「え?」
ダーシェは首輪に触れた。
「結局は無機物だから、何の問題もない。『万物は大地へと還る』」
途端、テレサの首に付けられていた鉄の首輪は瞬く間に形を崩し、ただの土塊へと形を遂げた。
「さ、これで君はもう奴隷ではなくなった訳だ」
ダーシェは何事もなかったようにテレサの肩に乗った土を払い落とした。
「あの………これって」
自分の首に触れ、何度も確認するテレサ。
「外せない首輪は、失くせばいい。簡単なことでしょ?」
「そういうことじゃなく」
追求をやめないテレサにダーシェは彼女の耳元で囁いた。
「今回は特別なんだ。あまりこのことについては探らないで。あまり人には知られたくないんだ」
テレサは無言で頷いた。目に恐怖の色が浮かんでいる。少し脅かしすぎたな、ダーシェは言い過ぎたことを悔いた。
「じゃあ、俺はチェックアウトの手続きしてくるから」
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
好きでした、さようなら
豆狸
恋愛
「……すまない」
初夜の床で、彼は言いました。
「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」
悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。
なろう様でも公開中です。
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方
ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。
注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。
どうも、死んだはずの悪役令嬢です。
西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。
皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。
アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。
「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」
こっそり呟いた瞬間、
《願いを聞き届けてあげるよ!》
何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。
「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」
義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。
今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで…
ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。
はたしてアシュレイは元に戻れるのか?
剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。
ざまあが書きたかった。それだけです。
【完結】魔王様、溺愛しすぎです!
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
「パパと結婚する!」
8万年近い長きにわたり、最強の名を冠する魔王。勇者を退け続ける彼の居城である『魔王城』の城門に、人族と思われる赤子が捨てられた。その子を拾った魔王は自ら育てると言い出し!? しかも溺愛しすぎて、周囲が大混乱!
拾われた子は幼女となり、やがて育て親を喜ばせる最強の一言を放った。魔王は素直にその言葉を受け止め、嫁にすると宣言する。
シリアスなようでコメディな軽いドタバタ喜劇(?)です。
【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう
【表紙イラスト】しょうが様(https://www.pixiv.net/users/291264)
挿絵★あり
【完結】2021/12/02
※2022/08/16 第3回HJ小説大賞前期「小説家になろう」部門 一次審査通過
※2021/12/16 第1回 一二三書房WEB小説大賞、一次審査通過
※2021/12/03 「小説家になろう」ハイファンタジー日間94位
※2021/08/16、「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過作品
※2020年8月「エブリスタ」ファンタジーカテゴリー1位(8/20〜24)
※2019年11月「ツギクル」第4回ツギクル大賞、最終選考作品
※2019年10月「ノベルアップ+」第1回小説大賞、一次選考通過作品
※2019年9月「マグネット」ヤンデレ特集掲載作品
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる