上 下
38 / 42
カハターンの街

歓楽街

しおりを挟む
 夜の帳が下りたカハターンの街には、大小様々な飲食店などが羅列していた。人通りも多く、アルコールも入っている者も多数いるようで、陽気に歩いている。昼と夜でこんなにも街の雰囲気が変わるものかと、ゼロは驚きを隠せないようで、周囲をキョロキョロと見渡してしまう。
 するとタキシードを着込んだ若い男性がゼロに寄ってきて、手揉みをしながら話しかけた。

「お兄さん、可愛い女の子と一緒に飲みませんか?」

「……すまないが、女にも酒にも興味はない」

「……ひょっとして、こっちの方? それなら良い店ありますよ~! 紹介しましょうか?」

 若い男性は右手の甲を左の頬の隣に持ってきながら、尚も食い下がる。その必死さに若干面を食らいながら、ゼロは、結構だ。と両手を身体の前に出し、明確に拒否を示すと、若い男性は、そうですか……。とあからさまに肩を落とし、落胆しながら元の位置に戻り、また懲りずに街を歩く男性の元へと寄っていく。その必死さはどこから来るのだろう。などとゼロは考えていた。
 ふと、ゼロがルージュを見ると、彼女は肩を震わせながら歩いていた。

「ゼロって、なの?」

「違う」

 ゼロは、ルージュのくだらない質問をバッサリと切り捨てると、なおも歩き続けた。すると今度は路地の近くに立っている露出の激しい、派手な化粧をした女がゼロの腕を掴み、甘い声で囁く。

「手三枚、口五枚、本番十枚でどう?」

「間に合っている」

 女は、そばにいたルージュを見やり、頭の上から足の先までじっとりと観察すると、ニヤリと笑みを浮かべた。

「あら、先約がいたのねぇ。あなた、初めて見るけど、最近商売を始めたの?」

「私はそういう商売はしてません!」

 とても失礼なことを言われた気がしたルージュは、顔を赤くしながら強く否定する。女はクスクスと笑いながら続けた。

「そうよねぇ、あなたみたいな良い歳をして化粧のひとつもしていない芋臭い子が、この町で女一人で生きていくのは厳しいと思うわ」

 ルージュは若干体を震わせながら怒りを露わにしている横で、女は再びゼロに迫った。

「ねぇ……。今から私と一晩過ごさない? よく見たらあなた、かなりの男前だし、お金はいらないわ。芋子ちゃんとする時より満足させてあげられるわよ?」

 ゼロは少し考えた後、ルージュに振り返り、言った。

「お前、先に部屋に戻ってろ」

「なっ!?」

「やった!」

 思わぬ言葉にルージュは驚愕の声を上げた。先程と言っていることがまるっきり違うではないかとゼロを睨むが、ルージュの方に目を向けることもなく、その表情は窺い知れない。女は軽く飛び跳ねながら嬉しさをあらわにする。ルージュは、ワナワナと震え、恐ろしい表情をしながら、ゼロに、どうぞご勝手に。と告げ、踵を返して宿へと戻っていく。

「じゃあ、行きましょうか」

「……あぁ、行こうか」

 女はゼロの腕に自らの腕を回し、腕を組みながら歩き始め、二人は夜の街へ消えていった。





「───ッ! もう!ありえない!最低!あんな奴だとは思わなかった!」

 部屋に一人戻ったルージュは憤慨しながら椅子にどっかり腰を下ろし、独り言というには大きすぎる声で不満を漏らす。

(あいつと旅するのやめようかな……)

 思いながら、荷物を整理しようかと立ち上がろうとしたものの、また椅子に座り直す。

(王様からの命令だしなぁ……)

 煮え切らぬ思いを抱えたまま、ルージュは机に突っ伏し、盛大にため息をついた。



「こういう所は初めて?」

「ああ」

 その頃、ゼロと女は、連れ込み宿の一室に入ったところだった。女は、ゼロに近づき、目を閉じ、唇を重ねようとする。

「……すまない。そんなつもりはない」

「えっ?」

 女は閉じていた目を開くと、目を丸くした。ゼロは一歩後ずさると、弁解と、その理由を述べる。

「俺は今旅をしている最中なんだ。貴女はこの町で長くこう言った商売をしているのだろう? そしたら、様々な者と交流があったはずだ。何か、俺の役に立つ情報を持っていないかと思っただけなんだ」

「……へぇ。んじゃあ、何を聞きたいわけ?」

 女は、情事にならないことが判明すると、ゼロから離れ、備え付けの椅子に座り、煙草に火をつけながら、ぶっきらぼうに聞いた。

「俺の旅の目的は、暗黒の女帝を倒す事だ。何か、俺に役に立ちそうな話はあるか?」

「なるほどねぇ」

 女はゼロの目を見ながら紫煙を一つ吐くと、口を開いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

私はいけにえ

七辻ゆゆ
ファンタジー
「ねえ姉さん、どうせ生贄になって死ぬのに、どうしてご飯なんて食べるの? そんな良いものを食べたってどうせ無駄じゃない。ねえ、どうして食べてるの?」  ねっとりと息苦しくなるような声で妹が言う。  私はそうして、一緒に泣いてくれた妹がもう存在しないことを知ったのだ。 ****リハビリに書いたのですがダークすぎる感じになってしまって、暗いのが好きな方いらっしゃったらどうぞ。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

「おまえを愛することはない!」と言ってやったのに、なぜ無視するんだ!

七辻ゆゆ
ファンタジー
俺を見ない、俺の言葉を聞かない、そして触れられない。すり抜ける……なぜだ? 俺はいったい、どうなっているんだ。 真実の愛を取り戻したいだけなのに。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

(完)なにも死ぬことないでしょう?

青空一夏
恋愛
ジュリエットはイリスィオス・ケビン公爵に一目惚れされて子爵家から嫁いできた美しい娘。イリスィオスは初めこそ優しかったものの、二人の愛人を離れに住まわせるようになった。 悩むジュリエットは悲しみのあまり湖に身を投げて死のうとしたが死にきれず昏睡状態になる。前世を昏睡状態で思い出したジュリエットは自分が日本という国で生きていたことを思い出す。還暦手前まで生きた記憶が不意に蘇ったのだ。 若い頃はいろいろな趣味を持ち、男性からもモテた彼女の名は真理。結婚もし子供も産み、いろいろな経験もしてきた真理は知っている。 『亭主、元気で留守がいい』ということを。 だったらこの状況って超ラッキーだわ♪ イケてるおばさん真理(外見は20代前半のジュリエット)がくりひろげるはちゃめちゃコメディー。 ゆるふわ設定ご都合主義。気分転換にどうぞ。初めはシリアス?ですが、途中からコメディーになります。中世ヨーロッパ風ですが和のテイストも混じり合う異世界。 昭和の懐かしい世界が広がります。懐かしい言葉あり。解説付き。

(完)妹の子供を養女にしたら・・・・・・

青空一夏
恋愛
私はダーシー・オークリー女伯爵。愛する夫との間に子供はいない。なんとかできるように努力はしてきたがどうやら私の身体に原因があるようだった。 「養女を迎えようと思うわ・・・・・・」 私の言葉に夫は私の妹のアイリスのお腹の子どもがいいと言う。私達はその産まれてきた子供を養女に迎えたが・・・・・・ 異世界中世ヨーロッパ風のゆるふわ設定。ざまぁ。魔獣がいる世界。

処理中です...