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出立
親子
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ーーー三十年後。
朝、彼は窓から差し込む朝日に顔を照らされ、目を覚ました。眠気で頭が少し呆けているが、ゆっくりと起き上がり、ベッドから脚を下ろす。
そして立ち上がり、一つ伸びをしてから、ベッド脇のミニテーブルの上に置いてある鞘に入った剣を持って自室を出る。廊下を歩き、リビングへの扉を開けると、朝食の香りに思わず目が覚めた。
「おはよう」
「おはよう、母さん」
台所で料理を作る母に朝の挨拶を済ませ、そのままリビングを後にした。朝食の前に、彼には屋外で行う日課がある。それをこなすため、玄関へ向かう。
彼はそのまま玄関を出て、その足で家の裏手へと回った。そこには、黒髪黒眼の壮年の男が刃を落とした模擬剣を持って、彼を待っていた。
「おはよう、ゼロ。遂に今日がやってきたな。……今日でお前と稽古をするのが最後かと思うと、少し寂しいが、早く始めよう。母さんの料理が冷めてしまう」
「おはよう、父さん。……そうだね。さっさと終わらせよう」
彼、ゼロはニヒルな笑みを浮かべながら、鞘から剣を抜く。すらりとした刀身がその身をあらわにした。それに合わせて、父も構える。こちらも模擬剣ではあるが、二人の雰囲気は真剣を持っているかのようであり、決闘と幾分の違いもないものであった。
睨み合う二人。二人の黒眼は互いに互いを外さない。
そして、ほぼ同時に駆けた。
先に仕掛けたのはゼロ。小手調べの左薙ぎを父は軽々と受け止める。ゼロはそのまま鍔迫り合いに持ち込もうとするが、父はそれをいなし、距離を取る。
……が、速やかに距離を詰めて、第二撃。上段からの振り下ろし。これは左に躱され、空を斬る。続け様に右薙ぎの剣を放つ。しかし、これも後退され空振り。
後の先。カウンターの刺突がゼロの胸に迫る。ゼロはそれを身を屈めて回避すると、そのまま右脚で回し蹴りの要領で父の脚を払った。
「うおっ!?」
父は体勢を崩し、転倒する。ゼロに向き直ろうとした瞬間。彼の首に剣が突きつけられていた。ゼロは反撃のいとまを与えず、制圧したのだ。
「……参った」
首元に突きつけられた剣を脇目で見ながら父が小さく両手を挙げ、降参の意思を示す。その首には、拳1個分のアザのような紫の印。それはとぐろを巻いた龍のようなものであった。
そして、同じものがゼロの右手にも。
ふと、ゼロの頭に、父との数年前のやりとりがフラッシュバックした。
ーーーーー
「ーーーこれは、呪印なんだ」
「呪印?」
「そう。父さんの力が足りなかったばかりに、お前にもその印は継承されてしまった。どのような効力があるのかは分からないが……良いものであるはずがない。本当にすまない……」
ゼロの記憶には、怒りと、悔しさに打ち震える父の姿が、鮮明に残っている。
ーーーーー
「見ててくれ。父さん。俺が、必ずユリセリアを……」
言いつつ、ゼロは剣を下ろし、鞘に納めると、その手で尻餅を付いている父の手を握り、引き起こす。
「この世界の行く末をお前一人に頼るしか無いのは本当に心苦しいが、世界で一番強かった俺の子だ。父さんや母さんの為だけでなく、この世界みんなの為に闘うことになる。それはきっと死闘の連続だ。しかし、お前ならば乗り越えられるはずだからな」
世界で一番強かった。それはあながち間違いではない。ゼロの父であるアンフィニは、この数十年間で、唯一、魔を統べる者、ユリセリアと対峙したパーティーのリーダーだった。
彼は既に一線を退いており、息子であるゼロを八つの頃から約十年、鍛え上げて来たのだ。老いもあるが、ついに、その鍛え上げて来た息子に毎朝の稽古で負けたことに、一抹の安心感と達成感を感じながら、差し出された手をがっしりと掴み、起き上がった。そして、息子の肩を抱き、そのまま二人は家の中に入っていった。
ゼロは父との稽古で、じんわりと汗をかいたので、身を清める為に浴場にいた。しかし、今日は旅立ちの日。ゆっくり湯浴みをしている暇はないので、軽く身体を清めるだけに留め、手早く湯浴みを切り上げた。
脱衣所で新品の下着と旅立ちのためにと母が縫製してくれた服に袖を通し、朝食を食し、空腹を収めようとやや速足でリビングに顔を出す。
「あら、良い感じね」
新品の服を着たゼロを見た母が、頬を緩ませる。ゼロの着ている服は防魔力に優れ、なおかつ防刃も兼ねている素材に母が魔力を注ぎ込みながら縫製した服であり、一品物の特別製であった。
「ありがとう、母さん」
ゼロは照れる気持ちを隠しながら、食事を摂るため席につき、出来立ての朝食を口に運び始めた。すると、父が思い立ったように口を開く。
「ゼロ、ひとまずの目標としては、ミザリーの城下町に向かうんだ。そこに、俺の仲間だったノワールという男が居てな、力になってくれるやもしれん。ミザリー王にもノワールを通じて謁見の許可を取り付けて貰えるよう頼んでおこう」
「ありがとう。助かるよ」
旅立つ前の家族揃っての最後の食卓。些か神妙な雰囲気が漂いながらも、皆、いつも通りの時間を噛みしめていた。
朝、彼は窓から差し込む朝日に顔を照らされ、目を覚ました。眠気で頭が少し呆けているが、ゆっくりと起き上がり、ベッドから脚を下ろす。
そして立ち上がり、一つ伸びをしてから、ベッド脇のミニテーブルの上に置いてある鞘に入った剣を持って自室を出る。廊下を歩き、リビングへの扉を開けると、朝食の香りに思わず目が覚めた。
「おはよう」
「おはよう、母さん」
台所で料理を作る母に朝の挨拶を済ませ、そのままリビングを後にした。朝食の前に、彼には屋外で行う日課がある。それをこなすため、玄関へ向かう。
彼はそのまま玄関を出て、その足で家の裏手へと回った。そこには、黒髪黒眼の壮年の男が刃を落とした模擬剣を持って、彼を待っていた。
「おはよう、ゼロ。遂に今日がやってきたな。……今日でお前と稽古をするのが最後かと思うと、少し寂しいが、早く始めよう。母さんの料理が冷めてしまう」
「おはよう、父さん。……そうだね。さっさと終わらせよう」
彼、ゼロはニヒルな笑みを浮かべながら、鞘から剣を抜く。すらりとした刀身がその身をあらわにした。それに合わせて、父も構える。こちらも模擬剣ではあるが、二人の雰囲気は真剣を持っているかのようであり、決闘と幾分の違いもないものであった。
睨み合う二人。二人の黒眼は互いに互いを外さない。
そして、ほぼ同時に駆けた。
先に仕掛けたのはゼロ。小手調べの左薙ぎを父は軽々と受け止める。ゼロはそのまま鍔迫り合いに持ち込もうとするが、父はそれをいなし、距離を取る。
……が、速やかに距離を詰めて、第二撃。上段からの振り下ろし。これは左に躱され、空を斬る。続け様に右薙ぎの剣を放つ。しかし、これも後退され空振り。
後の先。カウンターの刺突がゼロの胸に迫る。ゼロはそれを身を屈めて回避すると、そのまま右脚で回し蹴りの要領で父の脚を払った。
「うおっ!?」
父は体勢を崩し、転倒する。ゼロに向き直ろうとした瞬間。彼の首に剣が突きつけられていた。ゼロは反撃のいとまを与えず、制圧したのだ。
「……参った」
首元に突きつけられた剣を脇目で見ながら父が小さく両手を挙げ、降参の意思を示す。その首には、拳1個分のアザのような紫の印。それはとぐろを巻いた龍のようなものであった。
そして、同じものがゼロの右手にも。
ふと、ゼロの頭に、父との数年前のやりとりがフラッシュバックした。
ーーーーー
「ーーーこれは、呪印なんだ」
「呪印?」
「そう。父さんの力が足りなかったばかりに、お前にもその印は継承されてしまった。どのような効力があるのかは分からないが……良いものであるはずがない。本当にすまない……」
ゼロの記憶には、怒りと、悔しさに打ち震える父の姿が、鮮明に残っている。
ーーーーー
「見ててくれ。父さん。俺が、必ずユリセリアを……」
言いつつ、ゼロは剣を下ろし、鞘に納めると、その手で尻餅を付いている父の手を握り、引き起こす。
「この世界の行く末をお前一人に頼るしか無いのは本当に心苦しいが、世界で一番強かった俺の子だ。父さんや母さんの為だけでなく、この世界みんなの為に闘うことになる。それはきっと死闘の連続だ。しかし、お前ならば乗り越えられるはずだからな」
世界で一番強かった。それはあながち間違いではない。ゼロの父であるアンフィニは、この数十年間で、唯一、魔を統べる者、ユリセリアと対峙したパーティーのリーダーだった。
彼は既に一線を退いており、息子であるゼロを八つの頃から約十年、鍛え上げて来たのだ。老いもあるが、ついに、その鍛え上げて来た息子に毎朝の稽古で負けたことに、一抹の安心感と達成感を感じながら、差し出された手をがっしりと掴み、起き上がった。そして、息子の肩を抱き、そのまま二人は家の中に入っていった。
ゼロは父との稽古で、じんわりと汗をかいたので、身を清める為に浴場にいた。しかし、今日は旅立ちの日。ゆっくり湯浴みをしている暇はないので、軽く身体を清めるだけに留め、手早く湯浴みを切り上げた。
脱衣所で新品の下着と旅立ちのためにと母が縫製してくれた服に袖を通し、朝食を食し、空腹を収めようとやや速足でリビングに顔を出す。
「あら、良い感じね」
新品の服を着たゼロを見た母が、頬を緩ませる。ゼロの着ている服は防魔力に優れ、なおかつ防刃も兼ねている素材に母が魔力を注ぎ込みながら縫製した服であり、一品物の特別製であった。
「ありがとう、母さん」
ゼロは照れる気持ちを隠しながら、食事を摂るため席につき、出来立ての朝食を口に運び始めた。すると、父が思い立ったように口を開く。
「ゼロ、ひとまずの目標としては、ミザリーの城下町に向かうんだ。そこに、俺の仲間だったノワールという男が居てな、力になってくれるやもしれん。ミザリー王にもノワールを通じて謁見の許可を取り付けて貰えるよう頼んでおこう」
「ありがとう。助かるよ」
旅立つ前の家族揃っての最後の食卓。些か神妙な雰囲気が漂いながらも、皆、いつも通りの時間を噛みしめていた。
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