上 下
1 / 42
呪詛

邂逅

しおりを挟む
 殺風景なだだっ広い石畳の部屋。軽く家一軒は飲み込みそうな広さの部屋の最奥に、玉座があるのみである。石造りの部屋に豪華絢爛ごうかけんらんな玉座が設置してあり、全面が灰色の部屋で、玉座だけが色のある世界のようだった。
 彼女はいた。確かにそこにいた。その金髪は、腰まで伸び、その体躯たいくを包んでいた。彼女は、玉座に深く腰をかけ、上半身を完全に背もたれに委託しながら瞳を閉じている。
 彼女の出で立ちは、真っ白。純白で、寸分の狂いもなく身体にフィットした、芸術品のような鎧を身にまとい、静かに寝息を立てている。
 不意に、部屋に入る唯一の手段である石造りの観音開きの扉が、ゴロゴロと重い音を立てながらゆっくりと開かれた。

「……ん……」

 彼女の前に、眠りを妨げる者達が現れた。彼女はまぶたを重そうに開け、うつろな瞳でその者達を見つめる。
 そこにいたのは三人。中央に立っている長身で黒髪黒眼の青年が二人の指揮を執っていることは明確であり、身体中から溢れる強者のオーラ。そして強力な装備に身を包んでいることが容易に伺えた。鎧と盾もさることながら、特に、右手に携えている鈍く光る剣は、街で売っているような汎用品ではなく、紛うことなく一品物の気品と危なげな雰囲気を放っていた。
 その左隣にいる男は恐らく戦士であろう。魔力を行使できない代わりに自らの身体と技術を鍛え上げ、パーティーの前線を張る存在だ。彼の体躯は黒髪黒眼の青年より一回り大きく、筋骨隆々。透き通る空のような蒼い髪と、蒼い眼。優しげな瞳と思わせていながらも、彼女を射抜く視線は鋭さを持っていた。
 対して右隣は、栗色の髪と茶色の眼の小柄な女性である。体躯のいい男二人と並ぶと一層その身体の小ささが際立つ。その装備は、非力で重い鎧は装備出来ないためか、軽装であり、武器は、小柄な女性の三分の二ほどの長さのある杖。杖の先端には真っ赤な宝玉が埋め込まれている。
 中央の男が、彼女を睨め付けながら意を決したように口を開いた。

「お前が、『暗黒の女帝』か……。その首、もらい受ける!!」

 彼女は、その言葉を耳にするやいなや、くすくすと含み笑いをしながら、三人から明確な殺意を受けているのも意に介せず、ゆったりと立ち上がった。
 そして、男たちの表情に驚愕の文字が貼り付けられたような硬直が生まれた。
 小さすぎるのだ。
 彼女の体躯は人間の年齢にしたら十歳ほどの体格とそう変わらないものであった。しかし、その身に纏う威圧感から、彼女が「魔を統べる者」なのは紛れもない事実であろう。
 
「……あなたたちが、私を倒せると……?」

 彼女は、不敵な笑みを浮かべ、右手を真上にかざす。すると、かざした手の近くの空間が歪み、彼女の手に呼応するように、ゆっくりと歪んだ空間から舞い降りるように、彼女の体躯の一・五倍はあろうかという大剣が現れた。三人は、本当にこの小さな身体の少女が魔を統べる者なのか、その現実を受け入れることができない様子で、ただ、彼女の前に現れた、禍々しくも美しいオーラを放つ大剣に半ば魅入っていた。
 彼女が、見るからに分不相応な大剣の柄を握った瞬間。凄まじいまでの殺気と魔力が嵐のように周辺に撒き散らされる。そして、輝く金色の眼で三人をじっとりと睨めると、三人の表情が更に強張った。

「じゃあ、りましょうか」

 不敵な笑みを浮かべる彼女に吸い寄せられたように、黒髪の男が素早く詰め寄り、上段からの斬撃を繰り出した。それに対し、彼女は造作もなく大剣を斬撃の軌道上に翳し、男の一太刀を防ぐ。男は鍔迫り合いを仕掛け、彼女の体勢を崩さんとする。しかし、大剣を持つ彼女はまるで岩のように安定し、その表情は微笑みすら湛えていた。男はそんな彼女を鬼気迫る表情でめ付ける。

極大火炎魔法インフェルノ!』

 そこに、栗色の髪の女性の詠唱が響き渡った。女性の杖から、大人の男を二人は飲み干すであろう大きさの火炎が迸った。黒髪の男は背中から押し寄せてくる自分の背中を焦がすような熱気を察知し、彼女の目の前から飛び退く。その瞬間に、猛々しく突き進む火炎が無防備な彼女に着弾し、着弾点を中心に大きな火柱を形成する。
 轟々と燃え続けた炎が段々弱まると同時に、蒼い髪の男が戦斧を振りかぶりながら、飛び出した。そして、未だ鎮火していない火柱の中にいる敵に対し、必殺の一閃を繰り出した。
 大上段からの一撃。肉を斬り、骨を断つ感触をその手に感じ、勝利を確信する。
 三人は、敵の倒れた姿をその目で確認せんと、未だに鎮火しない火柱に対し、じれったさを感じながら、その瞬間を今か今かと待ちわびる。
 火柱はだんだんと小さくなっていき、ついにその瞬間が訪れた。


しおりを挟む

処理中です...