約束の邨

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穴太の衆(あのうの衆)

神酒

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神酒は、程度の判別はつかないが、上等の酒である事だけは分かり、含んだ一口が、何の違和もなくするすると、喉から腹へ落ちて行き、華やかな香りが鼻腔を抜けて後、体温が高まる様子が感じてとれた。

「まっこと、美味ぇ酒にござしゃりました。これで月夜見様ぁに、夜道あんじょう照らして頂けますて。あぁの、まぁ、ごっつぉさんでした」

神酒の礼を言い、残りの道中支度にかかろうと、杯を置く手を巫女が遮った。

「もう一献いかがでしょうか」

初めて耳にする巫女の声は、全くの無音の空間があったとして、そこへ美しい鈴の音がトプンと落とし込まれ耳元で鳴る様な、これまでもこの先も、一度たりとて耳にすることが無い事だけが、確信できる程に美しく、二杯目が注ぎ出されるまでの一刹那が、一生に感じられる程の密度に上がり、注がれる神酒の重みで杯が落ち、行商人と巫女の間の板の間に跳ね飛んだ。

「お気になさらないでくださいませ、私が始末致します」

そう言いながら、杯を拾い、同時に雑面を外した巫女の容姿には、言語という存在が消え飛び、劫掠ごうりゃくされた。

言葉の消失すると同時に、ふゎっと視界が揺らぎ、四肢の自由が利かぬ事を知り、介添の拍子なのか押し倒されたのか、その時にはもう訳が分からずに、馬乗りになった巫女を下から見上げる事となっていました。

最上の美が、その美しさを寸分も損なわぬまま、醜悪とも邪悪ともとれる容姿に浸りすげ替わって行く様は、大鍋でグツグツと煮立ち湧く油の如く体内の血液を沸騰させ、一点へと集約させる。

人の力が全く及ばぬ八百万の領域を、天変地異、厄災の部類も含め【神】と称するならば、今当に、まごう事なき神の存在を全肯定せざるを得ない。

抗う事が叶わぬ存在に、抗う術なく身を委ね、強制的に吸引される喜びは、果てた後又強引に、手繰られ引き戻されを繰り返し、度毎に、抗えぬ罪悪の虜として縛られていく自らの様が、精神の皮革ひかくを剃刀で削ぎ、刻み付ける様な快楽として、頭の中を掻き毟る。

剃刀の刃が、剥き出しになった肉をも削ぎ、骨の髄まで達する瞬間、全てが弾け飛び、深い闇へひきずり込まれる様に、行商人は意識を失った。

社の裏の平石の上で目を覚ますと、巫女も神主も、篝火の後も無く、背負っていた荷が傍にあるだけだった。

神酒を口にしてからの記憶が曖昧で、半ば朦朧としながら山道を歩き出し、頭の中にかかった靄が晴れるに従い、巫女との記憶が綺麗さっぱり無くなるまでが、佐々木の家の手引きによるお役目の始終でありました。
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