約束の邨

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太神楽

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街から街へ、家々の軒から軒へと神楽を舞い、供物と奉納金を集め生業としている。

大戦で孤児となった私たち兄弟は、遠い親戚のつてをたどりこの仕事に巡りついた。

神宮かみのみやを唯一名乗るやしろの近くその部落はあり、村の者皆物心がつく頃には獅子頭を持ち、神事舞、祈祷神楽を修練し身に付けていた。

あと数年頼るのが遅ければ、神楽の前段余興、放下芸が身に付かぬからと断られていたらしく、そこのところはギリギリで、村の皆に頭を下げ引き受けてくれた叔父さんに、感謝の思いがあるばかりだ。

各家、得意の旦那場だんなばがあり、訪れる時期も決まっている。
叔父さんは、近江、和泉、備前、河内、備中と一年かけて周り、この年の五穀豊穣、家内安全、無病息災を祈念して神楽を舞う。

言わば、行商者や旅芸人の一座と同じく、一年の大半を他所で過ごす流浪の民。
定住して暮らすという一般性には、流れ者、乞食、渡世人も含め、不定住者を一括りに認識し、自分たちより一段下に見るというきらいがありましたが、神事を担う我々は、明らかに別枠として扱われ、むしろ信仰の一部として、神主、神官と同じ部類にあるように、一段高く思われていました。

旦那場へ着くと、大抵その土地の庄屋が迎えてくれて、一番の部屋が客間としてあてがわれ、そこを拠点に周囲の村々の一軒一軒を回って行く。

初日には、その地区の氏神を祀る神社へ舞を奉納し、その次に庄屋の家へ、その後各所を順番に廻る。

訪れる家々も、勝手を分かっていて、太鼓と笛の音がなると、皆家から出てくる時既に、お布施と米、野菜などの供物が携えられている。

供物は庄屋の家へ持ち帰り、滞在中我々の食事となり、その分でほぼ滞在中の食事が賄えた。

「今年もようおいで下さいました。道中おつかれでございましょうから、どうぞ気兼ねのうお過ごし下され」

愛想良く庄屋が挨拶をくれ、私と歳の違わぬ下女達が、湯桶を運び足を洗ってくれた。

「おおきんな」

と礼を言っても、

「へぇ…」

と、一言だけ伏せ目で応え、洗った足の水滴を拭き取り、そそくさと奥へ引っ込んでしまった。

当時まだ赤子だった弟は覚えてはいないだろうが、戦前にうちの軒先で獅子が舞い、神楽の音に獅子を怖がり泣き叫ぶ私や近所の子等の様子、獅子舞を迎える側の感覚を、私は覚えている。

方々で迎え入れられ、特別待遇で奉られるという扱いを、する側とされる側で体感すると、自分の境遇の特別である事がまざまざと感じられ、私にとってのそれは、中々に大きな違和となり、常に私の奥底でフツフツと致していましたから、彼女の態度も分からんではないと、思ったその時肩口に、ポツリと、何かが降ってきました。

「土食て虫食て口渋い」

燕は米を食わず害虫を捕食し、人家の軒先に態々見える様に巣をかける。

数多いる野鳥の中で、人の生活循環と利害が一致し、尚その利害均衡の一部を信仰が請負っている稀な実例で、牛馬が労働力というかなり実利的な物と引き換えに、その循環に組入れられている事に比しても、餌代はかからないし、縁起いいしの二点だけで、軒先の安全性を獲得するというのは中々に図々しい奴だと、肩口に付いた燕の糞を手拭いで払いながら、

「私も似た様な者だな…」

などとボンヤリ思い、早速用意された夕食の席へ、皆と一緒に移って行きました。




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