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四話
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◇ ◇ ◇
「あまね~、今日は楽しかった? オレ様も仕事頑張ったし、水着くらい見せてくれても……」
「出て行って」
「は?」
「アイルの馬鹿。どうして黙ってたの?」
「急になんだよ」
「プールに行ったら泳げなかった。水が私を拒否してみたいだった。泳ぐの、好きだったのに」
「……」
アイルは死神だ。それを忘れてはいけない。理不尽に奪われた寿命。最初から仲良く出来るわけなかったのに。どうして私はアイルを部屋に置いてしまったのだろう。
何故、気を許してしまったのか。初めから追い出していれば、こんなことにはならなかったのに。アイルに八つ当たりせず、一人で病んで泣いて解決出来たかもしれないのに。
「余命が近付くにつれて身体が動けなくなるのは当然だ。プールで泳げないどころか、最後は何も出来なくなるさ」
「それをわかってるなら、どうしてプールに行こうとする私を止めなかったの?」
「せっかくアオバに誘われてるのに断るほうが感じ悪いし。それにお前がオレ様を振らなければ、こんなことにはなっていなかった」
「そんなの……」
防ぎようがない。夢の中に勝手に現れて、一目惚れされて告白を断ったら、いきなり寿命を吸い取られて。人間の私が死神に太刀打ちできるわけがない。私は無力な女の子で特別な力は何一つない。
「悪かったとは思ってる。でも今更寿命を返すことは出来ない。死神は寿命を元に戻す能力を持っていない」
「……」
本当に申し訳なさそうな顔で謝ってくるアイル。けれど、私の怒りは謝罪くらいじゃおさまることはなく、むしろ火に油を注ぐ勢いで私のイライラは頂点に達していた。
「謝るくらいなら私の寿命を奪わないで。ねぇお願いだから返してよ私の寿命。もうすぐ私は蒼羽の前から消えてしまうの……。私、死ぬのは本当は怖いのよ」
「っ……」
弱音を見せる相手を間違えただろうか。気付けば私は八つ当たりどころか、アイルに弱さを見せていた。
私は初めてアイルに死を恐れていることを話した。健康な身体で風邪も引かず、身体が不自由と感じたことがない日々。私はもう少し感謝すべきだったんだ。
生まれつき身体が弱い人もいる。生まれてからすぐに命の灯しが消える人もいる。その中で私は今まで何事もなく生きてきた。
死が間近に迫り、身体のパーツが一つずつ自由に動かなくなって、やっとわかった。死ぬことはどんなものより恐怖だ。心臓が止まれば生命の維持は難しくなる。私は死ぬことが怖い。
今は世界中の誰よりも生きたいと願っている。叶うことなら、アイルと出会う前に戻りたい。でも進んだ時間は戻せない。だから私たちは一秒一秒大切に生きなきゃならない。
「出かけてくる」
「夜風は身体に悪いぞ」
「一人になりたいの。邪魔しないで」
「わかった」
「行ってきます」
きっと一人で考える時間が出来ればアイルのことを許せるかもしれない。今のは私が完全に悪い。言いすぎてしまったし、反省もしている。でも今は自分の感情をコントロール出来ていないから謝るのは後にしよう。
◇ ◇ ◇
―――バッシャーン。
夜の学校。私は学校にあるプールの中に勢いよく飛び込んだ。普段なら先生に怒られるところだが、警備員さんに無理を言って、特別に入らせてもらった。
去年までは水泳部だったこともあり一人でも大丈夫だと判断されたからだ。とはいっても短時間だけ。時間になれば警備員さんが呼びに来てくれる。
「やっぱり泳げない、よね……」
私は蒼羽とお昼にプールに行った時に泳げなかったことが実は嘘なんじゃないかと思い、こうして本当に泳げなくなったのか確かめていた。
もちろん、そんな確認をしなくてもわかっていた。ただ思い込んでいたかったのだ。そうすることで少しでも辛い現実から目を背けようとしたかったから。
「まだ泳げないと決まったわけじゃない!」
また諦めるところだった。まだ始めたばかりじゃないか。思い出せ。泳げなかった小さな私を。昔はお風呂の水ですら怖かった。
というのも家族で川に遊びに行ったとき、お母さんに危ないから駄目だと注意されたにも関わらず大きな岩に登りそこで足をブラブラさせながら景色を見ていた。すると案の定滑って、そのまま川に転落。川は足が軽く入るくらいの浅瀬だったので、幸い怪我はなかった。
だが、それがキッカケで水に恐怖を感じ、お風呂に入るのも怖いし、プールや海は極力入ることを避けた。けれど蒼羽とプールに行くようになり泳ぐことが楽しいと知り、水泳部に入るほど泳ぐことが好きになった。そういえば、そんなこともあったっけ。
私が再び泳げるようになったのも蒼羽のお陰、か。やっぱり蒼羽は凄いな。私にとってヒーローのような存在だ。
出来ないことを出来る私になってみせる。まだ身体は動くんだから。そう決意した私は何度も何度も泳いだ。その度に水から拒絶された。しまいには誰かの邪魔が入ったのかと疑いたくなるほど足が動けなくて。
私はもう泳ぐことは出来ないのかな? 頑張っても、どんなに努力しても叶わないことってあるの? 心のメンタルが崩れそうになったその時、遠くから『雨音!』と私を呼ぶ声がした。
「いくら夏だからって夜のプールに一人で入るとかどう考えても危険すぎる! 怪我はないか?」
「蒼羽、どうしてここに?」
いるはずもない蒼羽が私の目の前にいる。昼に私は蒼羽と気まずい空気になって、そのまま何も言わず家に帰ったのに。
「昼にプールに行った時、お前の様子が途中からおかしかったから。お前の親に聞いたら学校のプールで泳いでくるとか訳の分からないことを言ってるって。最初は俺も冗談かと思ったが、まさか本当に泳いでるなんてな」
「泳げてないの。これのどこが泳げてるっていうの?」
蒼羽を傷付けるつもりなんてないのに……。自由に泳げないイライラからか、私は蒼羽に八つ当たりしていた。
「泳げてる。少なくとも俺にはそう見える」
「っ……」
蒼羽は、からかったり冗談で人を傷つける人じゃないことは私が一番よくわかってる。
「辛い時には俺に相談しろ。今はただこうして抱きしめるしか出来なくてごめんな」
「ううん、大丈夫」
これだけで十分伝わってる。蒼羽の優しさ。
本当のことが言えたらどれだけ楽だろう? 蒼羽はお人好しだから、代われるなら俺が代わりになんて言うだろう。でも駄目だよ。蒼羽は私のことを好きじゃないんだから。ただの幼なじみにその役目は重すぎる。
もし蒼羽が私と同じ立場なら、私は間違いなく死神に懇願しただろう。私の命を代償に蒼羽を助けてくださいって。私は蒼羽の優しさに甘えてしまっていた。幼なじみとしての立場を利用してしまっている。こんなことが許されていいのだろうか。アイルは遠くから私たちのことを見守っていた。
「あまね~、今日は楽しかった? オレ様も仕事頑張ったし、水着くらい見せてくれても……」
「出て行って」
「は?」
「アイルの馬鹿。どうして黙ってたの?」
「急になんだよ」
「プールに行ったら泳げなかった。水が私を拒否してみたいだった。泳ぐの、好きだったのに」
「……」
アイルは死神だ。それを忘れてはいけない。理不尽に奪われた寿命。最初から仲良く出来るわけなかったのに。どうして私はアイルを部屋に置いてしまったのだろう。
何故、気を許してしまったのか。初めから追い出していれば、こんなことにはならなかったのに。アイルに八つ当たりせず、一人で病んで泣いて解決出来たかもしれないのに。
「余命が近付くにつれて身体が動けなくなるのは当然だ。プールで泳げないどころか、最後は何も出来なくなるさ」
「それをわかってるなら、どうしてプールに行こうとする私を止めなかったの?」
「せっかくアオバに誘われてるのに断るほうが感じ悪いし。それにお前がオレ様を振らなければ、こんなことにはなっていなかった」
「そんなの……」
防ぎようがない。夢の中に勝手に現れて、一目惚れされて告白を断ったら、いきなり寿命を吸い取られて。人間の私が死神に太刀打ちできるわけがない。私は無力な女の子で特別な力は何一つない。
「悪かったとは思ってる。でも今更寿命を返すことは出来ない。死神は寿命を元に戻す能力を持っていない」
「……」
本当に申し訳なさそうな顔で謝ってくるアイル。けれど、私の怒りは謝罪くらいじゃおさまることはなく、むしろ火に油を注ぐ勢いで私のイライラは頂点に達していた。
「謝るくらいなら私の寿命を奪わないで。ねぇお願いだから返してよ私の寿命。もうすぐ私は蒼羽の前から消えてしまうの……。私、死ぬのは本当は怖いのよ」
「っ……」
弱音を見せる相手を間違えただろうか。気付けば私は八つ当たりどころか、アイルに弱さを見せていた。
私は初めてアイルに死を恐れていることを話した。健康な身体で風邪も引かず、身体が不自由と感じたことがない日々。私はもう少し感謝すべきだったんだ。
生まれつき身体が弱い人もいる。生まれてからすぐに命の灯しが消える人もいる。その中で私は今まで何事もなく生きてきた。
死が間近に迫り、身体のパーツが一つずつ自由に動かなくなって、やっとわかった。死ぬことはどんなものより恐怖だ。心臓が止まれば生命の維持は難しくなる。私は死ぬことが怖い。
今は世界中の誰よりも生きたいと願っている。叶うことなら、アイルと出会う前に戻りたい。でも進んだ時間は戻せない。だから私たちは一秒一秒大切に生きなきゃならない。
「出かけてくる」
「夜風は身体に悪いぞ」
「一人になりたいの。邪魔しないで」
「わかった」
「行ってきます」
きっと一人で考える時間が出来ればアイルのことを許せるかもしれない。今のは私が完全に悪い。言いすぎてしまったし、反省もしている。でも今は自分の感情をコントロール出来ていないから謝るのは後にしよう。
◇ ◇ ◇
―――バッシャーン。
夜の学校。私は学校にあるプールの中に勢いよく飛び込んだ。普段なら先生に怒られるところだが、警備員さんに無理を言って、特別に入らせてもらった。
去年までは水泳部だったこともあり一人でも大丈夫だと判断されたからだ。とはいっても短時間だけ。時間になれば警備員さんが呼びに来てくれる。
「やっぱり泳げない、よね……」
私は蒼羽とお昼にプールに行った時に泳げなかったことが実は嘘なんじゃないかと思い、こうして本当に泳げなくなったのか確かめていた。
もちろん、そんな確認をしなくてもわかっていた。ただ思い込んでいたかったのだ。そうすることで少しでも辛い現実から目を背けようとしたかったから。
「まだ泳げないと決まったわけじゃない!」
また諦めるところだった。まだ始めたばかりじゃないか。思い出せ。泳げなかった小さな私を。昔はお風呂の水ですら怖かった。
というのも家族で川に遊びに行ったとき、お母さんに危ないから駄目だと注意されたにも関わらず大きな岩に登りそこで足をブラブラさせながら景色を見ていた。すると案の定滑って、そのまま川に転落。川は足が軽く入るくらいの浅瀬だったので、幸い怪我はなかった。
だが、それがキッカケで水に恐怖を感じ、お風呂に入るのも怖いし、プールや海は極力入ることを避けた。けれど蒼羽とプールに行くようになり泳ぐことが楽しいと知り、水泳部に入るほど泳ぐことが好きになった。そういえば、そんなこともあったっけ。
私が再び泳げるようになったのも蒼羽のお陰、か。やっぱり蒼羽は凄いな。私にとってヒーローのような存在だ。
出来ないことを出来る私になってみせる。まだ身体は動くんだから。そう決意した私は何度も何度も泳いだ。その度に水から拒絶された。しまいには誰かの邪魔が入ったのかと疑いたくなるほど足が動けなくて。
私はもう泳ぐことは出来ないのかな? 頑張っても、どんなに努力しても叶わないことってあるの? 心のメンタルが崩れそうになったその時、遠くから『雨音!』と私を呼ぶ声がした。
「いくら夏だからって夜のプールに一人で入るとかどう考えても危険すぎる! 怪我はないか?」
「蒼羽、どうしてここに?」
いるはずもない蒼羽が私の目の前にいる。昼に私は蒼羽と気まずい空気になって、そのまま何も言わず家に帰ったのに。
「昼にプールに行った時、お前の様子が途中からおかしかったから。お前の親に聞いたら学校のプールで泳いでくるとか訳の分からないことを言ってるって。最初は俺も冗談かと思ったが、まさか本当に泳いでるなんてな」
「泳げてないの。これのどこが泳げてるっていうの?」
蒼羽を傷付けるつもりなんてないのに……。自由に泳げないイライラからか、私は蒼羽に八つ当たりしていた。
「泳げてる。少なくとも俺にはそう見える」
「っ……」
蒼羽は、からかったり冗談で人を傷つける人じゃないことは私が一番よくわかってる。
「辛い時には俺に相談しろ。今はただこうして抱きしめるしか出来なくてごめんな」
「ううん、大丈夫」
これだけで十分伝わってる。蒼羽の優しさ。
本当のことが言えたらどれだけ楽だろう? 蒼羽はお人好しだから、代われるなら俺が代わりになんて言うだろう。でも駄目だよ。蒼羽は私のことを好きじゃないんだから。ただの幼なじみにその役目は重すぎる。
もし蒼羽が私と同じ立場なら、私は間違いなく死神に懇願しただろう。私の命を代償に蒼羽を助けてくださいって。私は蒼羽の優しさに甘えてしまっていた。幼なじみとしての立場を利用してしまっている。こんなことが許されていいのだろうか。アイルは遠くから私たちのことを見守っていた。
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