12 / 31
Ⅱ 吸血衝動
4
しおりを挟む
「闇、姫?」
「アンタにいったところでわからない」
「話して?」
「は?」
「話くらいなら聞いてあげられる。話をしたら落ち着くかもしれないでしょ?」
「……」
ここで嫌だと断られたらそれまでだ。でも、貴方が闇姫を知っているなら私は聞きたい。
皇綺羅君、あなたにとって闇姫ってなんなの?
どこか懐かしい、遠くない記憶。さっきから私の心は疼いている。私はなにか大切なことを忘れている気がする。
「引いたりしないか?」
「えぇ」
「だったら話す」
「ありがとう皇綺羅君」
「お礼なんかいって変な奴だな、アンタ」
「それで話って?」
「それは……。この姿を見れば、俺の正体がなんなのかくらいわかるだろ?」
さっきから隠す様子もなく血が足りないと言えば、それなりに予想はつく。私の前で隠すことすら難しいのかもしれない。たぶんそれが正しい。
「皇綺羅君。貴方…、吸血鬼なんでしょ?」
「ああ、そうだよ。悪いか?」
「別に悪いとは一言もいってないわ」
「ただ、普通の吸血鬼じゃないんだ。俺は……半端モノ。裏社会で紅い月ってのを摂取した。いや、正確には無理やり摂取させられた」
―――パチッ。
パズルのピースが1つ、はまった気がした。
「闇姫に助けられたんだ。俺が紅い月を摂取して暴走しかけたとき、アイツの血を飲んだらおさまったんだ。それから俺は吸血鬼として生きている。昼の世界で過ごしているお前には想像もつかないことかもしれないけどな」
「……」
―――パチン。
ピースは全て埋まった。
「壱、流?」
「なんだよ。いきなり下の名前で」
「そう。やっぱり、貴方が……」
最初は気づかなかった。だって昔とはあまりにも違っていたから。弱々しいあなたの面影なんて残っていない。
「っ……」
「壱流!?」
皇綺羅君、ううん、壱流はまた苦しそうに胸をおさえていた。
「どうしてアンタを見ると血が欲しくなるんだ?あれだけ飲んだら満足するはず、なのに……なんで」
「っ!」
私は近くにあったマットに押し倒された。
「このくらいなら…。って、どう、して?」
びくともしない。両手を抑えられても、以前なら簡単に引き剥がせたのに。
「お前の血がほしい」
「これって…」
力のコントロールが上手くいってない?
「しっかりして壱流。私のことがわかる?私は貴方と同じクラスで…」
「お前の血を飲ませろ。足りない、血がたりない」
「っ……」
だめだ。私の声が届いていない。
壱流は片手でいとも簡単に私の両手をホールドしている。足で蹴りを入れようとするも、壱流は足でも私の動きを止めている。
私、こんなに弱かった?……違う。壱流は吸血鬼だから。
その答えで私が勝てないのも納得できる。
闇姫だった当時、私の血を吸血したアイツも吸血鬼だった。人間の中では最強といわれても、吸血鬼と戦うとなると話はまた別だ。
「壱流。飲んでいい、から」
怖い。私は初めて壱流に恐怖を感じていた。
さっきとは違う。今の壱流は獣そのもの。目の前にいる私を、ただの食料としか思っていない。
こんな状況で血を渡すのは不本意だけど相手が壱流なら仕方ない。どんな姿でも壱流は壱流だから。
「餌、エモノが目の前にいる」
「っ、違う。私は…闇華。食料じゃない!」
―――ガブッ。
「っ、つっ!!」
手加減なしの吸血。それは想像絶する痛み。
普通の女の子だったら気絶するレベル。
「エサ、血、オンナ」
「だから違、う」
意識が遠のくほどに勢いよく血を吸われていく。
赤い瞳はいまだ黒には戻らない。
こんな形の再会、私は望んでいない。
「お願い、壱流。元に…戻って」
今、意識を手放すのはいけない。駄目。絶対に。
「美味い…もっとよこせ」
「っ…!!」
これ以上吸われたら私も無事では済まない。
壱流を止めなきゃ。だけど、もう抵抗する力も残ってない。壱流を助けたい。こんな姿、彼だって望んでない。
「いち、る…」
「壱流!オマエなにやってんだ!!」
「!?」
勢いよくドアが開いた。
「新しいエサか。よこせ、お前の血も!」
「待って!壱流、その人は…!」
―バンッ!!!
――ドサッ。
銃声が鳴り響く。壱流はその場で倒れた。
「白銀、先生。今のは?」
「心配いらない。今のは眠り薬が入った銃だから」
「そう、ですか…」
いきなりだったから驚いたけど、白銀先生がいきなり壱流を殺すなんてありえない。
「キミこそ大丈夫だったかい?助けに来るのが遅くなってすまない。教師の仕事をしていたら、こんな時間になっていて」
「大丈夫です。助けていただきありがとうございました」
「…あぁ。キミは赤い目の、そうか。キミがそうだったんだね」
「壱流には黙ってて、ください。できれば今日あったことも」
白銀先生はすべてを察したかのように目を伏せた。
気付かれてしまった。
壱流が捜し続けている闇姫が私なのだと。
「その理由を聞いてもいいかい?」
「…今の壱流に私は相応しくないから」
今回のことで嫌ってほど痛感した。自分は弱いんだと。
強くならなきゃ。壱流を守れるくらい、もっと。
「キミがそう望むなら、オレは壱流に隠し続ける。だが、壱流にもあまり時間がないことを理解してほしい」
「時間って…」
なんのこと?
「それはいずれ本人の口から。ここでオレが話すのは違う気がするから」
「わかりました」
なにを隠してるの?
紅い月を摂取した人の事は人並みには知っている。でも、白銀先生の言い方だと私の知らないことがあるってこと、よね…。
「白銀先生。こちらからもいいですか?」
「どうしたんだい?」
「その銃についてなんですけど」
私は今までソレを裏社会で見たことがない。
「これは…裏社会、というよりは吸血鬼から身を守るために作られた代物だ」
「私が裏社会にいた時にそんなものはありませんでした」
「それは当たり前だよ」
え?
「だってこれはオレが作ったものなんだから」
「…」
薬品を作ってるとは聞いていたけど、まさか銃まで。
やっぱり白銀先生はただ者じゃない。
「元々は壱流が何か問題を起こした際に使うモノだったんだが、ある日資料を盗まれてしまってね…」
「つまり、白銀先生以外の人間が持ってるってことですか?」
悪用されたら大変。
「そういうことになるね。でも吸血鬼にコレは扱えないから」
「銀、ですか」
銀は昔から魔除けとして吸血鬼の弱点でもあった。いろんなものを克服しているとはいえ、銀の弾丸で心臓を撃たれれば現代の吸血鬼ですら致命傷になる。
「もちろん、普通の人間の手にコレが渡ってもトリガーを引くことはできない。扱えるのはごく一部の人間だけ。だけど、一部の人間の中に悪用する者がいたとしたら…」
「私に回収しろって言ってますか?」
「そう聞こえたのなら謝るよ。…最近、闇姫が悪さをしていると噂を聞いてね」
闇姫が悪さを?
「それは私ではありません」
「もちろんわかってる」
「偽物が現れたってことですか?」
それはいろいろと厄介だわ。
「まだ断定はできない。オレ自身がこの目で見たわけではないから」
「そうですか。だけど、偽物の闇姫がソレを使って悪事を働いてるということですね?」
「キミは頭の回転が早いんだね」
「褒めてもなにもでませんよ」
……許せない。闇姫の名前を使って悪いことをするなんて。
「せめて闇姫本人には話しておきたくてね」
「それはありがたいですが、なぜそれが偽物だとわかったんですか?」
「コイツがいつも闇姫のことを話してくるからさ」
!
「一度しか会ったことはないのに闇姫はそんなことをする奴じゃないって何度も仲間たちに話してて。オレからしたら、もうノロケなんじゃないか?ってレベルだよ」
そこまで私のことを…。
「意外だったかな?」
「はい」
「キミは案外鈍感なんだね」
「バカにしてますか?」
「喧嘩を売ってるつもりはないよ。もし、キミと喧嘩をしたらオレが一方的に殺られるだけだから」
それは嘘。
あんな一瞬で壱流を止めるなんて私にはできなかった。
白銀先生は強い。それは戦わなくてもわかる。
「キミは自分が思ってる以上に愛されてるってことだよ」
愛されてるって…。
「私は助けただけです。これは愛なんかじゃ…」
「卑屈になるのは何か深い理由でもあるのかい?」
「私はただ彼に…壱流に幸せになってほしくて。ただ、それだけだったのに」
半端モノがどういう境遇を受けているのは元々知っていた。知ってたのに、わかっていたはずなのに。
あのまま死なせるわけにはいかなかったから。
だから私は…。
「キミがそんなに気に病むことはない。壱流は幸せだよ。最初は居場所がなくて1人だったけど、今はたくさんの仲間に囲まれてる。それにオレも壱流に助けられた身だしね」
「白銀先生」
「どうしたんだい?」
「これからも壱流のこと、よろしくお願いします」
「わかってる、大丈夫だよ。キミが闇姫として裏社会に戻って来れないのはわかってるからさ」
「私が姿を消したことも闇姫を卒業したこともご存知なんですね…」
白銀先生に隠し事はできない。仮にウソをついたところで、すぐに見透かされるに違いない。
「壱流から聞いてるからね。それに、研究者の間でキミは有名人だから」
「私が?」
有名人って…。
「キミはオレと同じ特別な存在だから、ね」
「私が、特別…」
前にもそんなことを聞いた気がする。
白銀先生と私が同じ?
「もう遅いし、気をつけて帰るんだよ?…キミに偽闇姫の話をできて良かったよ。壱流のことはオレがなんとかするから安心して。それと今日起きたことは壱流には黙っておく。それじゃ明日学校で」
「…はい。さようなら白銀先生」
1人になった私はその場に座り込む。
「私に愛される資格なんてない」
私は静かに息を殺しながら涙を流した。素直に再会を喜ぶなんてできなかった。力が暴走しかけたなら私がそれを止めないといけなかったのに。
私はなにも出来ず、ただ血を差し出すことしか……。
人間だから吸血鬼に勝てないのは納得だと、それはただの甘えだ。言い訳なんてしていいはずがない。
…強くなりたい。もっと。壱流も幻夢も昔の仲間たちも守らなきゃ。たとえ闇姫に戻るつもりがなくても、陰から彼らを助ける手段はいくらでもある。まずは偽物の闇姫を探さなきゃ。
だけど壱流に血を吸われてるとき、痛みもあったけど、少しだけ気持ちいいって…。なにいってるの、私!
2人きりで長時間閉じ込められてたから思考回路がおかしくなってるだけ。吊り橋効果よ、こんなのは。はぁ…。でも、明日からどんな顔すればいいの?
「アンタにいったところでわからない」
「話して?」
「は?」
「話くらいなら聞いてあげられる。話をしたら落ち着くかもしれないでしょ?」
「……」
ここで嫌だと断られたらそれまでだ。でも、貴方が闇姫を知っているなら私は聞きたい。
皇綺羅君、あなたにとって闇姫ってなんなの?
どこか懐かしい、遠くない記憶。さっきから私の心は疼いている。私はなにか大切なことを忘れている気がする。
「引いたりしないか?」
「えぇ」
「だったら話す」
「ありがとう皇綺羅君」
「お礼なんかいって変な奴だな、アンタ」
「それで話って?」
「それは……。この姿を見れば、俺の正体がなんなのかくらいわかるだろ?」
さっきから隠す様子もなく血が足りないと言えば、それなりに予想はつく。私の前で隠すことすら難しいのかもしれない。たぶんそれが正しい。
「皇綺羅君。貴方…、吸血鬼なんでしょ?」
「ああ、そうだよ。悪いか?」
「別に悪いとは一言もいってないわ」
「ただ、普通の吸血鬼じゃないんだ。俺は……半端モノ。裏社会で紅い月ってのを摂取した。いや、正確には無理やり摂取させられた」
―――パチッ。
パズルのピースが1つ、はまった気がした。
「闇姫に助けられたんだ。俺が紅い月を摂取して暴走しかけたとき、アイツの血を飲んだらおさまったんだ。それから俺は吸血鬼として生きている。昼の世界で過ごしているお前には想像もつかないことかもしれないけどな」
「……」
―――パチン。
ピースは全て埋まった。
「壱、流?」
「なんだよ。いきなり下の名前で」
「そう。やっぱり、貴方が……」
最初は気づかなかった。だって昔とはあまりにも違っていたから。弱々しいあなたの面影なんて残っていない。
「っ……」
「壱流!?」
皇綺羅君、ううん、壱流はまた苦しそうに胸をおさえていた。
「どうしてアンタを見ると血が欲しくなるんだ?あれだけ飲んだら満足するはず、なのに……なんで」
「っ!」
私は近くにあったマットに押し倒された。
「このくらいなら…。って、どう、して?」
びくともしない。両手を抑えられても、以前なら簡単に引き剥がせたのに。
「お前の血がほしい」
「これって…」
力のコントロールが上手くいってない?
「しっかりして壱流。私のことがわかる?私は貴方と同じクラスで…」
「お前の血を飲ませろ。足りない、血がたりない」
「っ……」
だめだ。私の声が届いていない。
壱流は片手でいとも簡単に私の両手をホールドしている。足で蹴りを入れようとするも、壱流は足でも私の動きを止めている。
私、こんなに弱かった?……違う。壱流は吸血鬼だから。
その答えで私が勝てないのも納得できる。
闇姫だった当時、私の血を吸血したアイツも吸血鬼だった。人間の中では最強といわれても、吸血鬼と戦うとなると話はまた別だ。
「壱流。飲んでいい、から」
怖い。私は初めて壱流に恐怖を感じていた。
さっきとは違う。今の壱流は獣そのもの。目の前にいる私を、ただの食料としか思っていない。
こんな状況で血を渡すのは不本意だけど相手が壱流なら仕方ない。どんな姿でも壱流は壱流だから。
「餌、エモノが目の前にいる」
「っ、違う。私は…闇華。食料じゃない!」
―――ガブッ。
「っ、つっ!!」
手加減なしの吸血。それは想像絶する痛み。
普通の女の子だったら気絶するレベル。
「エサ、血、オンナ」
「だから違、う」
意識が遠のくほどに勢いよく血を吸われていく。
赤い瞳はいまだ黒には戻らない。
こんな形の再会、私は望んでいない。
「お願い、壱流。元に…戻って」
今、意識を手放すのはいけない。駄目。絶対に。
「美味い…もっとよこせ」
「っ…!!」
これ以上吸われたら私も無事では済まない。
壱流を止めなきゃ。だけど、もう抵抗する力も残ってない。壱流を助けたい。こんな姿、彼だって望んでない。
「いち、る…」
「壱流!オマエなにやってんだ!!」
「!?」
勢いよくドアが開いた。
「新しいエサか。よこせ、お前の血も!」
「待って!壱流、その人は…!」
―バンッ!!!
――ドサッ。
銃声が鳴り響く。壱流はその場で倒れた。
「白銀、先生。今のは?」
「心配いらない。今のは眠り薬が入った銃だから」
「そう、ですか…」
いきなりだったから驚いたけど、白銀先生がいきなり壱流を殺すなんてありえない。
「キミこそ大丈夫だったかい?助けに来るのが遅くなってすまない。教師の仕事をしていたら、こんな時間になっていて」
「大丈夫です。助けていただきありがとうございました」
「…あぁ。キミは赤い目の、そうか。キミがそうだったんだね」
「壱流には黙ってて、ください。できれば今日あったことも」
白銀先生はすべてを察したかのように目を伏せた。
気付かれてしまった。
壱流が捜し続けている闇姫が私なのだと。
「その理由を聞いてもいいかい?」
「…今の壱流に私は相応しくないから」
今回のことで嫌ってほど痛感した。自分は弱いんだと。
強くならなきゃ。壱流を守れるくらい、もっと。
「キミがそう望むなら、オレは壱流に隠し続ける。だが、壱流にもあまり時間がないことを理解してほしい」
「時間って…」
なんのこと?
「それはいずれ本人の口から。ここでオレが話すのは違う気がするから」
「わかりました」
なにを隠してるの?
紅い月を摂取した人の事は人並みには知っている。でも、白銀先生の言い方だと私の知らないことがあるってこと、よね…。
「白銀先生。こちらからもいいですか?」
「どうしたんだい?」
「その銃についてなんですけど」
私は今までソレを裏社会で見たことがない。
「これは…裏社会、というよりは吸血鬼から身を守るために作られた代物だ」
「私が裏社会にいた時にそんなものはありませんでした」
「それは当たり前だよ」
え?
「だってこれはオレが作ったものなんだから」
「…」
薬品を作ってるとは聞いていたけど、まさか銃まで。
やっぱり白銀先生はただ者じゃない。
「元々は壱流が何か問題を起こした際に使うモノだったんだが、ある日資料を盗まれてしまってね…」
「つまり、白銀先生以外の人間が持ってるってことですか?」
悪用されたら大変。
「そういうことになるね。でも吸血鬼にコレは扱えないから」
「銀、ですか」
銀は昔から魔除けとして吸血鬼の弱点でもあった。いろんなものを克服しているとはいえ、銀の弾丸で心臓を撃たれれば現代の吸血鬼ですら致命傷になる。
「もちろん、普通の人間の手にコレが渡ってもトリガーを引くことはできない。扱えるのはごく一部の人間だけ。だけど、一部の人間の中に悪用する者がいたとしたら…」
「私に回収しろって言ってますか?」
「そう聞こえたのなら謝るよ。…最近、闇姫が悪さをしていると噂を聞いてね」
闇姫が悪さを?
「それは私ではありません」
「もちろんわかってる」
「偽物が現れたってことですか?」
それはいろいろと厄介だわ。
「まだ断定はできない。オレ自身がこの目で見たわけではないから」
「そうですか。だけど、偽物の闇姫がソレを使って悪事を働いてるということですね?」
「キミは頭の回転が早いんだね」
「褒めてもなにもでませんよ」
……許せない。闇姫の名前を使って悪いことをするなんて。
「せめて闇姫本人には話しておきたくてね」
「それはありがたいですが、なぜそれが偽物だとわかったんですか?」
「コイツがいつも闇姫のことを話してくるからさ」
!
「一度しか会ったことはないのに闇姫はそんなことをする奴じゃないって何度も仲間たちに話してて。オレからしたら、もうノロケなんじゃないか?ってレベルだよ」
そこまで私のことを…。
「意外だったかな?」
「はい」
「キミは案外鈍感なんだね」
「バカにしてますか?」
「喧嘩を売ってるつもりはないよ。もし、キミと喧嘩をしたらオレが一方的に殺られるだけだから」
それは嘘。
あんな一瞬で壱流を止めるなんて私にはできなかった。
白銀先生は強い。それは戦わなくてもわかる。
「キミは自分が思ってる以上に愛されてるってことだよ」
愛されてるって…。
「私は助けただけです。これは愛なんかじゃ…」
「卑屈になるのは何か深い理由でもあるのかい?」
「私はただ彼に…壱流に幸せになってほしくて。ただ、それだけだったのに」
半端モノがどういう境遇を受けているのは元々知っていた。知ってたのに、わかっていたはずなのに。
あのまま死なせるわけにはいかなかったから。
だから私は…。
「キミがそんなに気に病むことはない。壱流は幸せだよ。最初は居場所がなくて1人だったけど、今はたくさんの仲間に囲まれてる。それにオレも壱流に助けられた身だしね」
「白銀先生」
「どうしたんだい?」
「これからも壱流のこと、よろしくお願いします」
「わかってる、大丈夫だよ。キミが闇姫として裏社会に戻って来れないのはわかってるからさ」
「私が姿を消したことも闇姫を卒業したこともご存知なんですね…」
白銀先生に隠し事はできない。仮にウソをついたところで、すぐに見透かされるに違いない。
「壱流から聞いてるからね。それに、研究者の間でキミは有名人だから」
「私が?」
有名人って…。
「キミはオレと同じ特別な存在だから、ね」
「私が、特別…」
前にもそんなことを聞いた気がする。
白銀先生と私が同じ?
「もう遅いし、気をつけて帰るんだよ?…キミに偽闇姫の話をできて良かったよ。壱流のことはオレがなんとかするから安心して。それと今日起きたことは壱流には黙っておく。それじゃ明日学校で」
「…はい。さようなら白銀先生」
1人になった私はその場に座り込む。
「私に愛される資格なんてない」
私は静かに息を殺しながら涙を流した。素直に再会を喜ぶなんてできなかった。力が暴走しかけたなら私がそれを止めないといけなかったのに。
私はなにも出来ず、ただ血を差し出すことしか……。
人間だから吸血鬼に勝てないのは納得だと、それはただの甘えだ。言い訳なんてしていいはずがない。
…強くなりたい。もっと。壱流も幻夢も昔の仲間たちも守らなきゃ。たとえ闇姫に戻るつもりがなくても、陰から彼らを助ける手段はいくらでもある。まずは偽物の闇姫を探さなきゃ。
だけど壱流に血を吸われてるとき、痛みもあったけど、少しだけ気持ちいいって…。なにいってるの、私!
2人きりで長時間閉じ込められてたから思考回路がおかしくなってるだけ。吊り橋効果よ、こんなのは。はぁ…。でも、明日からどんな顔すればいいの?
0
お気に入りに追加
70
あなたにおすすめの小説
隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される
永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】
「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。
しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――?
肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!
再会したスパダリ社長は強引なプロポーズで私を離す気はないようです
星空永遠
恋愛
6年前、ホームレスだった藤堂樹と出会い、一緒に暮らしていた。しかし、ある日突然、藤堂は桜井千夏の前から姿を消した。それから6年ぶりに再会した藤堂は藤堂ブランド化粧品の社長になっていた!?結婚を前提に交際した二人は45階建てのタマワン最上階で再び同棲を始める。千夏が知らない世界を藤堂は教え、藤堂のスパダリ加減に沼っていく千夏。藤堂は千夏が好きすぎる故に溺愛を超える執着愛で毎日のように愛を囁き続けた。
2024年4月21日 公開
2024年4月21日 完結
☆ベリーズカフェ、魔法のiらんどにて同作品掲載中。
猫に転生したらご主人様に溺愛されるようになりました
あべ鈴峰
恋愛
気がつけば 異世界転生。
どんな風に生まれ変わったのかと期待したのに なぜか猫に転生。 人間でなかったのは残念だが、それでも構わないと気持ちを切り替えて猫ライフを満喫しようとした。しかし、転生先は森の中、食べ物も満足に食べてず、寂しさと飢えでなげやりに なって居るところに 物音が。
神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!
カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。
前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。
全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
この度、青帝陛下の番になりまして
四馬㋟
恋愛
蓬莱国(ほうらいこく)を治める青帝(せいてい)は人ならざるもの、人の形をした神獣――青龍である。ゆえに不老不死で、お世継ぎを作る必要もない。それなのに私は青帝の妻にされ、后となった。望まれない后だった私は、民の反乱に乗して後宮から逃げ出そうとしたものの、夫に捕まり、殺されてしまう。と思ったら時が遡り、夫に出会う前の、四年前の自分に戻っていた。今度は間違えない、と決意した矢先、再び番(つがい)として宮城に連れ戻されてしまう。けれど状況は以前と変わっていて……。
外では氷の騎士なんて呼ばれてる旦那様に今日も溺愛されてます
刻芦葉
恋愛
王国に仕える近衛騎士ユリウスは一切笑顔を見せないことから氷の騎士と呼ばれていた。ただそんな氷の騎士様だけど私の前だけは優しい笑顔を見せてくれる。今日も私は不器用だけど格好いい旦那様に溺愛されています。
竜人のつがいへの執着は次元の壁を越える
たま
恋愛
次元を超えつがいに恋焦がれるストーカー竜人リュートさんと、うっかりリュートのいる異世界へ落っこちた女子高生結の絆されストーリー
その後、ふとした喧嘩らか、自分達が壮大な計画の歯車の1つだったことを知る。
そして今、最後の歯車はまずは世界の幸せの為に動く!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる