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Ⅱ 吸血衝動

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「闇、姫?」
「アンタにいったところでわからない」

「話して?」
「は?」

「話くらいなら聞いてあげられる。話をしたら落ち着くかもしれないでしょ?」
「……」

ここで嫌だと断られたらそれまでだ。でも、貴方が闇姫を知っているなら私は聞きたい。


皇綺羅君、あなたにとって闇姫ってなんなの?

どこか懐かしい、遠くない記憶。さっきから私の心は疼いている。私はなにか大切なことを忘れている気がする。

「引いたりしないか?」
「えぇ」

「だったら話す」
「ありがとう皇綺羅君」

「お礼なんかいって変な奴だな、アンタ」
「それで話って?」

「それは……。この姿を見れば、俺の正体がなんなのかくらいわかるだろ?」

さっきから隠す様子もなく血が足りないと言えば、それなりに予想はつく。私の前で隠すことすら難しいのかもしれない。たぶんそれが正しい。

「皇綺羅君。貴方…、吸血鬼なんでしょ?」
「ああ、そうだよ。悪いか?」

「別に悪いとは一言もいってないわ」
「ただ、普通の吸血鬼じゃないんだ。俺は……半端モノ。裏社会で紅い月ってのを摂取した。いや、正確には無理やり摂取させられた」

―――パチッ。

パズルのピースが1つ、はまった気がした。

「闇姫に助けられたんだ。俺が紅い月を摂取して暴走しかけたとき、アイツの血を飲んだらおさまったんだ。それから俺は吸血鬼として生きている。昼の世界で過ごしているお前には想像もつかないことかもしれないけどな」

「……」

―――パチン。

ピースは全て埋まった。

「壱、流?」
「なんだよ。いきなり下の名前で」

「そう。やっぱり、貴方が……」

最初は気づかなかった。だって昔とはあまりにも違っていたから。弱々しいあなたの面影なんて残っていない。

「っ……」
「壱流!?」

皇綺羅君、ううん、壱流はまた苦しそうに胸をおさえていた。

「どうしてアンタを見ると血が欲しくなるんだ?あれだけ飲んだら満足するはず、なのに……なんで」
「っ!」

私は近くにあったマットに押し倒された。

「このくらいなら…。って、どう、して?」

びくともしない。両手を抑えられても、以前なら簡単に引き剥がせたのに。

「お前の血がほしい」
「これって…」

力のコントロールが上手くいってない?

「しっかりして壱流。私のことがわかる?私は貴方と同じクラスで…」
「お前の血を飲ませろ。足りない、血がたりない」

「っ……」

だめだ。私の声が届いていない。

壱流は片手でいとも簡単に私の両手をホールドしている。足で蹴りを入れようとするも、壱流は足でも私の動きを止めている。

私、こんなに弱かった?……違う。壱流は吸血鬼だから。
その答えで私が勝てないのも納得できる。

闇姫だった当時、私の血を吸血したアイツも吸血鬼だった。人間の中では最強といわれても、吸血鬼と戦うとなると話はまた別だ。

「壱流。飲んでいい、から」

怖い。私は初めて壱流に恐怖を感じていた。
さっきとは違う。今の壱流は獣そのもの。目の前にいる私を、ただの食料としか思っていない。

こんな状況で血を渡すのは不本意だけど相手が壱流なら仕方ない。どんな姿でも壱流は壱流だから。

「餌、エモノが目の前にいる」
「っ、違う。私は…闇華。食料じゃない!」

―――ガブッ。

「っ、つっ!!」

手加減なしの吸血。それは想像絶する痛み。
普通の女の子だったら気絶するレベル。

「エサ、血、オンナ」
「だから違、う」

意識が遠のくほどに勢いよく血を吸われていく。
赤い瞳はいまだ黒には戻らない。

こんな形の再会、私は望んでいない。

「お願い、壱流。元に…戻って」

今、意識を手放すのはいけない。駄目。絶対に。

「美味い…もっとよこせ」
「っ…!!」

これ以上吸われたら私も無事では済まない。

壱流を止めなきゃ。だけど、もう抵抗する力も残ってない。壱流を助けたい。こんな姿、彼だって望んでない。

「いち、る…」
「壱流!オマエなにやってんだ!!」

「!?」

勢いよくドアが開いた。

「新しいエサか。よこせ、お前の血も!」
「待って!壱流、その人は…!」

―バンッ!!!

――ドサッ。

銃声が鳴り響く。壱流はその場で倒れた。

「白銀、先生。今のは?」
「心配いらない。今のは眠り薬が入った銃だから」

「そう、ですか…」

いきなりだったから驚いたけど、白銀先生がいきなり壱流を殺すなんてありえない。

「キミこそ大丈夫だったかい?助けに来るのが遅くなってすまない。教師の仕事をしていたら、こんな時間になっていて」
「大丈夫です。助けていただきありがとうございました」

「…あぁ。キミは赤い目の、そうか。キミがそうだったんだね」
「壱流には黙ってて、ください。できれば今日あったことも」

白銀先生はすべてを察したかのように目を伏せた。

気付かれてしまった。
壱流が捜し続けている闇姫が私なのだと。

「その理由を聞いてもいいかい?」
「…今の壱流に私は相応しくないから」

今回のことで嫌ってほど痛感した。自分は弱いんだと。

強くならなきゃ。壱流を守れるくらい、もっと。

「キミがそう望むなら、オレは壱流に隠し続ける。だが、壱流にもあまり時間がないことを理解してほしい」
「時間って…」

なんのこと?

「それはいずれ本人の口から。ここでオレが話すのは違う気がするから」
「わかりました」

なにを隠してるの?

紅い月を摂取した人の事は人並みには知っている。でも、白銀先生の言い方だと私の知らないことがあるってこと、よね…。

「白銀先生。こちらからもいいですか?」
「どうしたんだい?」

「その銃についてなんですけど」

私は今までソレを裏社会で見たことがない。

「これは…裏社会、というよりは吸血鬼から身を守るために作られた代物だ」
「私が裏社会にいた時にそんなものはありませんでした」

「それは当たり前だよ」

え?

「だってこれはオレが作ったものなんだから」
「…」

薬品を作ってるとは聞いていたけど、まさか銃まで。
やっぱり白銀先生はただ者じゃない。

「元々は壱流が何か問題を起こした際に使うモノだったんだが、ある日資料を盗まれてしまってね…」
「つまり、白銀先生以外の人間が持ってるってことですか?」

悪用されたら大変。

「そういうことになるね。でも吸血鬼にコレは扱えないから」
「銀、ですか」

銀は昔から魔除けとして吸血鬼の弱点でもあった。いろんなものを克服しているとはいえ、銀の弾丸で心臓を撃たれれば現代の吸血鬼ですら致命傷になる。

「もちろん、普通の人間の手にコレが渡ってもトリガーを引くことはできない。扱えるのはごく一部の人間だけ。だけど、一部の人間の中に悪用する者がいたとしたら…」
「私に回収しろって言ってますか?」

「そう聞こえたのなら謝るよ。…最近、闇姫が悪さをしていると噂を聞いてね」

闇姫が悪さを?

「それは私ではありません」
「もちろんわかってる」

「偽物が現れたってことですか?」

それはいろいろと厄介だわ。

「まだ断定はできない。オレ自身がこの目で見たわけではないから」
「そうですか。だけど、偽物の闇姫がソレを使って悪事を働いてるということですね?」

「キミは頭の回転が早いんだね」
「褒めてもなにもでませんよ」

……許せない。闇姫の名前を使って悪いことをするなんて。

「せめて闇姫本人には話しておきたくてね」
「それはありがたいですが、なぜそれが偽物だとわかったんですか?」

「コイツがいつも闇姫のことを話してくるからさ」



「一度しか会ったことはないのに闇姫はそんなことをする奴じゃないって何度も仲間たちに話してて。オレからしたら、もうノロケなんじゃないか?ってレベルだよ」

そこまで私のことを…。

「意外だったかな?」
「はい」

「キミは案外鈍感なんだね」
「バカにしてますか?」

「喧嘩を売ってるつもりはないよ。もし、キミと喧嘩をしたらオレが一方的に殺られるだけだから」

それは嘘。
あんな一瞬で壱流を止めるなんて私にはできなかった。

白銀先生は強い。それは戦わなくてもわかる。

「キミは自分が思ってる以上に愛されてるってことだよ」

愛されてるって…。

「私は助けただけです。これは愛なんかじゃ…」
「卑屈になるのは何か深い理由でもあるのかい?」

「私はただ彼に…壱流に幸せになってほしくて。ただ、それだけだったのに」

半端モノがどういう境遇を受けているのは元々知っていた。知ってたのに、わかっていたはずなのに。

あのまま死なせるわけにはいかなかったから。
だから私は…。

「キミがそんなに気に病むことはない。壱流は幸せだよ。最初は居場所がなくて1人だったけど、今はたくさんの仲間に囲まれてる。それにオレも壱流に助けられた身だしね」

「白銀先生」
「どうしたんだい?」

「これからも壱流のこと、よろしくお願いします」
「わかってる、大丈夫だよ。キミが闇姫として裏社会に戻って来れないのはわかってるからさ」

「私が姿を消したことも闇姫を卒業したこともご存知なんですね…」

白銀先生に隠し事はできない。仮にウソをついたところで、すぐに見透かされるに違いない。

「壱流から聞いてるからね。それに、研究者の間でキミは有名人だから」
「私が?」

有名人って…。

「キミはオレと同じ特別な存在だから、ね」
「私が、特別…」

前にもそんなことを聞いた気がする。

白銀先生と私が同じ?

「もう遅いし、気をつけて帰るんだよ?…キミに偽闇姫の話をできて良かったよ。壱流のことはオレがなんとかするから安心して。それと今日起きたことは壱流には黙っておく。それじゃ明日学校で」
「…はい。さようなら白銀先生」

1人になった私はその場に座り込む。

「私に愛される資格なんてない」

私は静かに息を殺しながら涙を流した。素直に再会を喜ぶなんてできなかった。力が暴走しかけたなら私がそれを止めないといけなかったのに。

私はなにも出来ず、ただ血を差し出すことしか……。
人間だから吸血鬼に勝てないのは納得だと、それはただの甘えだ。言い訳なんてしていいはずがない。

…強くなりたい。もっと。壱流も幻夢も昔の仲間たちも守らなきゃ。たとえ闇姫に戻るつもりがなくても、陰から彼らを助ける手段はいくらでもある。まずは偽物の闇姫を探さなきゃ。

だけど壱流に血を吸われてるとき、痛みもあったけど、少しだけ気持ちいいって…。なにいってるの、私!

2人きりで長時間閉じ込められてたから思考回路がおかしくなってるだけ。吊り橋効果よ、こんなのは。はぁ…。でも、明日からどんな顔すればいいの?
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