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一章

3話 友人のヲタ話に救われる日が来るなんて

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「腹が痛てぇ……」

大学内で俺は一人呟く。ルリエお手製のダークマターを完食直後、俺は達成感から開放されたのか、気絶するように意識を失った。あれは果たして達成感と言っていいものなのだろうか。そんなことで達成感を感じたくはない。が、ルリエの胃袋に一口も入らなかったことを考えると俺が我慢して食ったことは決して無駄じゃないはず。

目が覚めた俺は、なんとか2限の講義には間に合うように大学に来れてるのだから問題はない。……問題はないといったのは言いすぎかもしれないな。現にさっきから腹はグルグルと下痢のような音が鳴っている。

本当なら今すぐにでもトイレに行きたいところだが、それをすると軽く見積もっても20分以上はトイレの住人になってしまいそうだ。そんなことをすれば、講義に遅刻するのは目に見えてわかる。

キャンパス内にあるコンビニで胃薬でも買ってから教室に向かうとするか。薬局に寄りたかったが、そんな悠長な時間はなかったのだ。なにせ大学とは逆方向だったから。コンビニの薬なんて気が紛れる程度しか効果が見込まれないかもしれないが無いよりはマシだと思い、俺はコンビニに足を進めた。

ここに来る前、ルリエに出ていけの一言も言えず挙句の果てに笑顔で見送られたときには、行ってきますとすんなり返してしまった俺がいた。
手料理を俺が覚えればギリギリなんとかなるはず。ルリエは身体も小さいし、食べる量も成人の女性に比べたら少ないだろ。もし、どうしても金が足りないときは親を頼るしかない、か。

両親とは不仲というわけでもない。だが、大学にもなって完全に親頼りというのが申し訳ないと思い、極力助けは求めないようにしている。幸い、高校の成績が良かったお陰か、利子なしの奨学金も借りられているしな。

あとはバイトの数を増やすか……意外かもしれないが、週2程度ではあるがファミレスでバイトをしている。金銭面のことを考えると週4~週5で入れるのが妥当かもしれないが、1年の頃は大学生活と勉強の両立でそんな暇はなかったのだ。体調が崩れない程度で、勉強にも支障をきたすことがないくらいで言えばこのくらいが俺の限界だった。

本当は学費も自分で出したいくらいなのに。親は一人っ子の俺を溺愛しているせいか気にしなくていいと学費を払ってくれている。就職して初任給が貰える日が来たら親が喜ぶようなプレゼントを贈りたい。さすがに彼女と同居するようになりました、と嘘をつきたくはない。それに今回は俺が引き起こしたことだし、自分でケジメをつけなければ。それが大人というものだ。バイト先も俺が多く入ったほうが助かるだろうしな。次のバイトの日にでも店長に相談してみるか。

しかし、ルリエが召喚されて一日が経過したのに一向に連絡が来ない。親もそうだが姉もいると言っていたし、急に消えたとあらば心配もするだろう。それとも魔界?ルリエが住んでいた場所がどこかはっきりはしないが、その世界とこっち側とじゃ連絡の手段がない、のか?サキュバスだから勝手に魔界だと思いこんでるあたり、ラノベや異世界アニメの見すぎかもしれない。

俺が帰ってくるまでは家から出るなと言っておいたし鍵も閉めた。誰か来ても無視しろと伝えた。飯だってカップ麺を置いてきた。夜までには帰るし、念の為だが合鍵も渡してある。でも心配くらいはする。……って、付き合ったばかりの彼女みたいじゃないか。いや、この過保護すぎるくらいの対応は恋人という表現は間違っている気がする。おそらく、小学校に入学したての子供を家に一人で留守番させている気分と言ったほうが正しい。

「よう、龍幻。さっきから腹押さえながら歩いてるが、腹痛か?」

「おはよう。ちょっと、な」

コンビニで胃薬を買っていると後ろから声をかけられた。コイツは俺が大学を入学してすぐに友達になった。名前を九条 導《みちびき》。陰キャな俺とは違って、高身長でイケメンで俺にはもったいないくらいの親友だ。本名がキラキラネームで今どきらしいが、それを本人は気にいってるらしい。見た目はこの通り爽やかなんだが、実は俺と同じ童貞。

その理由はというと、

「なぁ、昨日の深夜アニメ見た?俺の妹が世界を救う!?の第一話。あれさ、めっちゃ神作じゃね?主人公の妹がロリっ子で、しかも魔法少女に変身する。やっぱり魔法少女ものはロリに限る。ロリこそ正義!ロリこそ、この世界の絶対の存在。ロリっ子ってさ、神様が作った最高傑作じゃね!?」

「あー……昨日は早めに寝たからな、まだ見てないんだ」

俺もそれなりにアニメは見る。しかし、あくまでもアニメは趣味の一つくらいでガチ勢というわけではない。それに比べて導といったら、ガチ勢もガチ勢。所謂オタクというものだ。爽やかといったのは訂正しよう。コイツはただアニメに対して熱すぎる奴なんだ。むしろ、最近では暑苦しいくらいまである。

コイツの口癖は「ロリっ子は正義」。そう、俺とは違ってガチのロリコン。見た目がイケメンなだけに導目当てで近付いたものの中身を知った女子全員がドン引きしたのは言うまでもないだろう。ただ、コイツは現実の少女や大人の女性には微塵と言っていいほど興味もない。あくまでもコイツの対象はアニメキャラの女子。

だからこそ、コイツにはルリエが家にいることは口が裂けても言えない。墓まで持っていくつもりで口はチャックしておかなければならない。ルリエを見せたらどう思うか?そんなのはわかりきってる。それが怖いから相談は出来ないんだよ。あれこそアニメからそっくりそのまま出てきたロリっ子だもんな。しかも正体は人間じゃなくサキュバスなんて、コイツにとっては断然興味ある対象だろうしな。

「見てないだと!?あれは神作だぞ。なんたって、あの原作者は有名なんだ。神崎紅先生だぞ。俺たちとそう年は変わらないにも関わらず、高校の頃には作家デビューを果たした天才。ああいう神がいるからこそ、俺の妹が世界を救うという名作が生まれたのかもしれないな!はははは」

「……」

導、お前には何人の神がいるんだよ……というツッコミは一旦置いておこう。しかし、二限目ってほとんど朝と変わらないのにめちゃくちゃ喋るなぁ。深夜アニメを見たってことは間違いなくリアタイなわけだし、それなのにこの元気さと言ったら……いや、むしろあまり寝てないからこそアドレナリンが出てるのかもしれないな。

……神崎紅先生、ね。俺もそれなりには知ってるが、ああいうロリっ子を主役として書いてる作家はどうなんだろう。本当にロリコンなんだろうか。案外こういうジャンルを書いてる人ほど、リアルは真面目な人が多いんだよな。

コイツと会話をしていたら、腹の痛みが心なしか引いてきた気がする。というよりは胃薬の効果だろう。

「講義、遅刻するぞ」

「はっ……!それもそうだ。龍幻、空き時間はさっきの話を聞いてくれよ?」

「はいはい」

俺たちは走って、講義教室に向かうのだった。

「やっぱりカッコいい……」

「……っ」

急に見られているような感覚に陥り、俺はバッ!と後ろを振り向くも、そこには誰もいなかった。

「龍幻、どうした?」

「いや、なんでもない。ちょっと悪寒がしただけだ」

俺はなんとかして、自身をを落ち着かせようと深呼吸をしていた。寒気がしたので、それを少しでも紛らわすためだ。

「体調悪そうだったもんなぁ」

「そういうのとは少し違うような……」

ルリエの手料理とは別件な気がする。けど、その正体はよくわからない。もしかしたら、俺ではなくコイツ目当ての女子かも。前にストーカーされそうになったこともあったって言ってたくらいだし。

俺は急いでいたこともあって、次の日には綺麗サッパリそのことを忘れていたんだ。それが、俺の災難の始まりだとは知らずに。
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