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ウルフベーター
しおりを挟むイェソドに着いた頃には日も暮れていた。
ーーーと言いたい程の経過時間と疲労感だったが生憎ヘルムには夜が存在しない。
明るくてももう23時近いことに違和を感じる。
しかし時間に伴い人通りはなく寂々たる印象を受けた。
モーネは村をずんずん突き進み、
一番奥にある蔦が蔓延る館の前で振り返った。
「今日はもう遅いから案内は明日のお楽しみ。ここは『基礎の館』と呼ばれていて、旅人達のためにあるの。きっと疲れた身体を癒せるはずよ。」
にこりとして戸惑いなく館に吸い込まれていくモーネ。
彼女とは裏腹に廃墟のようなおどろおどろしさを纏う『基礎の館』に気後れした僕は消え入りそうな声で「お邪魔します」と呟き、館に踏み入れた。
しかし中は意外にも埃一つない手の行き届いた部屋に上品なインテリアが並んでいた。
入るとすぐに大きな階段があり、数段上ると中央の踊り場から左右に別れてフロアを囲むように二階の廊下が見えた。
まるでプリンセスが降りてくるのではと思える豪勢なアプローチである。
絨毯も恐らく年代物だが綺麗に手入れがされているため
日本育ちの僕には土足で立ち入ることに後ろめたさを感じた。
階段中腹部の踊り場には男性の裸の像が柱に埋め込まれ、雄渾と飾られていた。
それはそれは館の外見とはまるで似つかわしくない程に奢侈な施しで何よりも目を引いた。
しかし彼女はその階段には向かわず、一階の左奥にある部屋に僕を招き入れた。
その部屋は暖炉を囲うようにソファーが並び
モーネはその周囲の窓のカーテンを閉めて廻った。
窓は開けたままなのでカーテンが揺れ
ところどころに光が射し込む。
光の筋を辿ると部屋の壁には大きな絵画が一枚飾られていた。
その絵画を一人の男が夢中になって見ていた。
今の今まで気配に気付かなかった僕は酷く驚いたが
モーネは気付いているのかいないのか、
彼について触れることなく僕に向き直った。
「ベッドが空いてないから、申し訳ないけどここでもいいかな。」
「ああ、構わない。」
それより彼は何者なんだ、と続ける前にモーネは部屋からいなくなっていた。
出没に気配を伴わないモーネに関心していると先程閉じたドアの隙間からモーネが顔を覗かせた。
「言い忘れてたわ。おやすみなさい。」
そう残し再び閉じられたドアを眺めていた。
「何故君は死んだの?」
絵画の男だ。
開口一番に死因を聞かれるとは思わず豆鉄砲を食ったハトのように立ち尽くしていると男がくるりと身を翻した。
「僕は不幸にも僕を愛した人に殺された。」
顔を見てすぐに彼の名前が頭に過った。
ショーン・カラゴ。
彼は世界的スターで先月突然不可解な死を遂げた。
散々ニュースで流れたその顔は目の前の人物と相違なく、ファンでなくても気付くだろう。
仕舞いにはドキュメンタリー特集や過去のスキャンダルをも掘り返され死後も世界を賑わせた。
ミュージシャンとして活躍していた彼は27歳という若さで没し
死のジンクス“27クラブ”にも名を連ねている。
(27歳で他界したミュージシャン達のことだが、大体はドラッグによるもの)
まさかそんな大物スターを目の前にするとは。
思わず彼を凝視した。
クリッとした目に長い睫毛、
肩まで伸ばした髪は赤くふんわりパーマがかって
まるで女性のような風貌だ。
しかし首から下は高身長で引き締まった身体。
所謂抜群のスタイルで女性でなくても見とれてしまう。
そんな彼とは出来れば並びたくないがショーンは僕の正面に立った。
「君は何故?」
等身の違いから少しかがむように僕に語りかける。
悪意は無いにせよなんだか惨めだ。
怪訝に思い彼の表情をみてぎょっとした。
ーーー満面の笑み。
「That's artistic!!!命の儚さを上回る題材は早々ないな。しかしだ。あろうことか僕はそれを経験し、あの惨状に思いを馳せ、それを語り合うんだ。…Ahan…惚れ惚れするよ。僕は世界的starでありながら27歳にして暗殺された悲劇のhero。あの晩、毒に苦しんだ悪夢は僕しか知り得ないまま闇に葬られた。僕も伝説的musicianの仲間入りというワケだ。ああ、君も中々beautifulな最後だね。胸に秘めた孤独との葛藤が君の瞳に残っている。」
僕は三度驚いた。
もう一度言うが彼は僕の正面に立ったままで、
周囲は人気がなく静まり返っている。
(しかもかがむように腰を折り曲げ、僕の顔を見ながら笑顔を絶やさない)
その状況下でありながら
彼の第一声は館全体に響く程の声量であった。
先程まで穏やかでポツリポツリと話す彼の印象とは
真逆の行動に猫が尻尾を踏まれたかの如く飛び上がってしまった。
二つ目に驚いたのは彼の異常性だ。
惚悦とした表情で自分の死因について口早に語る彼と感性が合わないことは明白であったし、
むしろ彼と“究極なる芸術”について語り合う相手はこの先も出現しないと思われた。
ああでも彼いわく死因を語り合うこと含め“究極なる芸術”なのだから彼一人では実現し得ないのか。
何とも理解の範疇を越えた芸術性への思いを目の当たりにし思わず後退りをしてしまった。
最後に彼が僕の死因を見抜いたことだ。
僕の瞳から孤独との葛藤の痕跡…。
如何にもミュージシャンらしい言い回しだが強ち間違ってはいない。
流石は自分の死にも芸術を感じる感性の持ち主と言ったところか。
結果、僕は時間にすると約5分の間に彼を“要注意人物”と認識した。
「何故絵画を見ていたの?」
彼の問いには答えずに話題を明後日に向ける。
というか答えられなかった。
自分でも他人に話せるほど整理がついていないのだ。
むしろ彼ほど自分の死を客観視出来る人間はほぼいないのではないか。
ある意味お気楽とも言えるが。
「Businessさ。」
僕が知るショーンの表情に戻った。
CDジャケットを飾っていた紳士的な目をしたショーンだ。
「僕はエーヴェルで自身の死に思い馳せながらも生還するというhappy endを飾る。その話題性と共に新しい刺激としてヘルムのartを取り入れショーンの第二幕目が開く。」
「Mysterious&Interesting!唯一無二のmusicianさ。」
「エーヴェルに舞い戻るって?生還?いくら不可思議なこの世界でも死んだ者は生き返らないだろ?」
僕の言葉に、今度はショーンが驚いた様子だった。
「君はまだ何も知らない?」
そう言ってTシャツの胸元を引っ張り、左鎖骨の下にあるタトゥーを見せてきた。
その意図を理解出来ず、頭上に疑問符を浮かべている僕の額を見て彼は成る程と頷いた。
「君の刻印は額にあるから自分では確認出来ないみたいだね。」
「刻印ってなんのことだ?僕の額にもショーンの左胸にあるタトゥーがあるのか?」
咄嗟に額に触れるとチリチリとした痛みを感じ彼の言葉は真実味を増した。
「この刻印はウルフベータの印と呼ばれ、ここに来たエーヴェル人には必ず刻まれているそうだ。場所は人により様々。いつ誰が何の為に刻印するのかはヘルムの人達も知らないそうだ。ただこの刻印と何らかの関係がある伝承を僕はこの村で目にした。」
『九つの地を巡りし刻印者は
導き者と星の契りを立てよ。
さすれば彼らの涙が泉に滴りし時
女神が汝の願いを叶え
導き者と共に星の元に在り着くだろう。』
ショーンは昼間にここに辿り着き、
イェソドの石碑にこの伝承が記されていたのを見たそうだ。
その様子を見てエーヴェル人だと察した村人がウルフベータの刻印のことを教えてくれたのだとか。
九つの地とはヘルムに存在する区分された場所のことを指し、イェソドはその中でも始まりの地と呼ばれる。
「僕の憶測ではこれはエーヴェルへの帰り方に関する言い伝えだ。注目すべきは“星の元”。ヘルムに星は存在しない。恐らく星の元を目指せばエーヴェルにありつけるはずなんだ。だから僕は九つの地と導き者を探す旅に出て唯一無二のmusicianとしてstageに舞い戻ることを誓ったのさ。」
話し方にクセはあるものの中々に思慮深い彼はやはりただ者ではない。
先程までの狂ったような喋り口ではなくオーディエンスに訴えかけるかのようなスピーチと顔付きから滲み出るオーラに、やはり彼はスターなんだと再認識した。
「伝承を踏襲し、九つの地を巡り導き者を尋ねる刻印者は通称ウルフベーターと呼ばれる。」
「つまり僕らのことさ。」
慣れた様子で片目を瞑って見せるショーンに内心溜息をついた。
ここに来てから出会ったのは神出鬼没のお喋り姫とアートに貪欲な世界的スター。
ヘルムで退屈はしなそうだ。
仲間の証しにと握手を求めるショーンに
僕はヘルムに来てから初めて自然と笑顔になった。
「ちなみに僕はウルフベーターになる気はないけど?」
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