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応えたのなら、愛するべし

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  幽霊だなんだというものを視たことはないけれど、いるとは思っている。足音が聞こえるのだ。物心ついた時からソレは半歩後ろを常に着いてきていた。急に走ったり止まったりすると足音がずれる。
 もたれかかっているときは何処にいるんだろう、列に並んでいる時はどうしてるんだろう、なんて細かいことを気にしていた時期もあった。そもそも幽霊に常識が通じるわけないと気づいてからは、そういうものとして考えるのを放棄した。
 本来は恐れるべき存在なのかもしれないけれど、ヤツはどこか抜けてるし、なによりかれこれ10年以上は一緒にいるわけで、幼なじみとすら言える存在だ。会話もしないし、そもそも顔もなにも知らないけれど、なんとなく親しみを覚えている。
 そんなある日、夜道、家路に着こうと急いでいた時のこと。
 訳あって電車を一本逃してしまい、迎えに来てくれとお願いしていた兄が待ちくたびれて家に帰ってしまい、例の足音と二人歩いていた。
 インドア人間にとって荷物を抱えての徒歩での移動は非常に堪えて、身体が悲鳴を上げる。膝が笑うっていう慣用句の通りに脚がぷるぷるとしていた。
「…ショートカットするか」
 駅から家まで2キロ無いのだが、その間にそこそこ広い神社がある。普段はそこをぐるりと回って帰宅する。当然、車でそこを突っ切るわけにはいかないからなのだが、歩いている今ならそれが可能だった。
 と言っても、辛うじて月明かりが雲の切れ目から顔を覗かせる程度で明かりは乏しい。虫の声がするばかりで拒絶するように人の営みの気配が耐えた境内は薄気味悪く感じる。
 しかしだ。楽をしたかった。さっさと帰り足を揉み、凝った首筋を解したかった。
 二の足を踏む怖がりな自分に発破をかけ、進む。おばけなんていないさ、おばけなんてうそさ。うろ覚えの鼻歌をハミングしながら踏み出す。照明はやはり皆無だが慣れれば案外見えるものでそこまで不自由しなかった。
 ただ何も無いとこで足を捻るくらいには運動音痴だから、木の根かなにかを踏んづけて怪我したりしないよう、念のため気をつけながら境内の奥へ向かう。そんなに広大な敷地というわけじゃないので、足元を照らしながらすすんだといっても、半分、中心の本殿に着くのはあっという間だった。ルールは知らないけれど境内にお邪魔してたわけなので軽く会釈をした。
「…?」
 本殿の横を抜け、入ってきた方と別の入口に差し掛かった時、そこで、ふと違和感を覚えた。
 足音がしないのだ。少なくとも駅から出てきた時はいたわけで、そこから神社に着く道程でいつからかヤツがいなくなっていた。
 いやそもそもヤツは背後霊なんじゃないのか。背後にいないなんてアイデンティティの放棄だろう。まあ普段から気を配っているわけじゃないので、もしかしたら気づいてないだけでぶらりとどこかに行っていることもあったかもしれないから特に気にしなかった。ヤツのことを駄犬か抜けた後輩か何かと思っている節があるのだろう。
 そんなしょうもないこと考えていたせいで気づくのが遅れたのだろうか。
「…は?」
 思わず柄の悪い声が漏れた。鳥居が見えないのだ。
 最近は通っていなかったが小学校の頃なんかは遊び場にしていた程なのだ、どこになにがあるかなんて大体把握している。それなのに本来あるはずの位置に鳥居が見て取れない。
 いや違う。前に進んでいないから鳥居が見えないのだ。同じ場所から動いていないなら当然だ。勿論帰ろうとしているのだから立ち止まっているはずない。しかし事実として踏み出した分だけ後ろに戻っているのだ。慌ててバッグからスマホを取り出すもスマホは圏外だ。住宅街のど真ん中だからそんなはずありえないのに。
 何が起きているか分からないがうんぬんとうろ覚えのセリフを言いそうになる。
 心に余裕なんてなくて、ふざけたこと考えていないとやってられない。むだかもかもしれないが。しかし置かれている状況を理解してしまうと泣き叫ぶかもしれないくらいには追い詰められているのは実感している。
 気にしてすらいなかった木々のざわめきが誰かの笑い声のように聞こえる。それ以外の生き物の気配は嘘みたいにしなかった。
 本能とでも言うべき身体のアラートが全力で警鐘を鳴らすも逃げられない。これから明らかに まずい展開が待ち受けていると分かっていても、動けない。まるで悪夢だ。頬をつねる痛みは現実だと知らせる。
 ぶわりと風が後ろから吹くのを感じる。何かがいるのか。見てしまうと取り返しが付かなくなると悟る。だから振り返れない。夜中とはいえ動けば汗が垂れる季節というのに、その風を浴びると全身に鳥肌が立ち脂汗が吹き出る。それは寒さ故か恐怖ゆえか。
 足音がする。ヤツのものではない。軽やかなアイツのそれとは程遠く重々しく厳かだ。気圧されてかばくばくと心臓が鼓動する。まとわりつく風を放っているのは後ろにいるモノなのだと理解する。
近づく、近づいてくる。
 …賭けに出るしかない。もう動けない。腰が抜けている。そもそも歩けたところで元の場所から動けない。不条理だけど事実だ。
 生唾を飲みこみ、覚悟を決める。冷や汗を拭い努めて息を深く吸う。ためらえば取り返しがつかなくなるのだ、と自分に言い聞かせる。
「お願い、」
 きっとヤツならば。
「助けて!」
 いつも後ろに居るはずなのだ。
 己の声だけがこだまする。何度も助けを求めたけれど反応はなかった。ここは外と繋がっていないのだろう。勝手に押し入ったのが悪かったのか、ここに閉じ込められているのだろう。なんらかの罰だとしてもただそれだけで死ぬのは嫌だ。あまりにも理不尽じゃないか。
 だからヤツに助けを求めた。自分が唯一知ってる超常に。いつも一緒にいたのだ。偶には、一度くらいは手を差し伸べてくれてもいいのではないか。
果たして。
 ジャリと足音が生まれる。近づくナニカの前に立ち塞がるように舞い降りた。定位置を確かめるように、足で地面を何度か踏みしめているらしい音がする。意図的かどうかは分からないけれど風を防いでくれてる。安堵で泣きそうだ。
「くく、あまりにみっともないぞ、仮にも神であろうに」
 え。耳を疑う。…幻聴ではない?
 つまり喋った!?…、危ない、動揺のあまり振り返りそうになる。まだ窮地は脱していないのだ。風が強くなり始めているのを感じる。
ただ不思議と初めて聞いたはずなのに懐かしさと安心感を覚えた。
「…喋れたんだ」
「当然だろう。俺をなんだと思っていたのだ」
「イマジナリーフレンド的な…」
「なんだ己が妄想の産物とでも思っていたのか?まあ、俺もまた訳あって応えれなかったのだ、仕方ないか」
 くくと笑うヤツに思わず話しかけてしまった。 風が止んだわけではなく、まだこの危機を脱した訳では無いので振り返ることこそできないけれど、ヤツとは仲良くなれる、そんな確信があった。
「ともかくだ。見ての通り此奴は俺の元にある。俺の物だ。勝手に祀り上げておきながら時が経つと放る。それに貴様が寂しさを抱えることに同情くらいはしてやる」
 何故そこで煽る!それに所有物になった覚えなんてないぞ。なんならお前こそが背後霊なんだからそちらこそが所有物だろうが!!など突っ込みたいがそれどころではない。
 風が吹き荒れる。ここの主の怒りの現れなのか下手な台風と同じくらいの暴風が所狭しと暴れる。そんな中頭を抱えて丸くなるしかないだろう。
 だがヤツはそよ風に吹かれているかの如く動じることは無いらしい。
「ヒトのものを欲しがるな。ヒトのものを奪い取るな。神であれば許されるとでも思っているのか?浅ましきことよ。例え神であれ俺のモノに許可なく触れることなぞ認めるわけないだろう」
 足音が遠のく。風の中を突っ切ってその源に向かっているのだ。負けじと風がさらに強くなる。バックを抱え地面に必死に伏せる。
「盗人には、例えそれが神とされるモノであれ罰を与えるものと決まっている。力の差も分からない程耄碌してはいないだろう?」
 ひたすらに恐れるばかりだったモノを酷く高圧的に責め立てる。どこから目線なんだ、辞めてくれこっちがもう風に耐えられない。下手すると吹き飛ばされそうだ。
 だけれどその風が止んだのは突然だった。今までの暴風なんて嘘とでもいうように跡はない。遠くで虫の声や車のエンジン音がする。へたり込んでいたのは本殿から少し行ったところだ。もちろん鳥居は見える。
「助かった…?」
 知らず呟く。風にぼさぼさにされた髪がさっきまでの出来事は幻ではないと伝える。
「彼奴は人恋しくてお前を攫ったのだろう。だが会釈をくれただけでそれとはあたかも小僧っ子だがな。その癖してまさかこの俺を弾くほどの力があるとは、これは誤算だった」
 そして後ろから聞こえる声。やはりヤツが喋ったのも幻聴でなかった。
 不思議なことにヤツを見ることは出来ない。着ていると思しき服の端が視界に入るくらいで声は必ず後ろからする。
「尻尾を追い回す子犬ではあるまいに。そも俺は背後にいるものだ。見れるわけなないだろう」
 助けてくれた恩人を一目見ようとしていたが残念ながら無理らしい。…たぶん馬鹿にされたのだろうけれど、ここは我慢する。
「…とりあえず、ありがとう。貴方がいなかったらどうなっていたか」
「なに、お前を助けたくて助けた、それだけのこと。気にするな」
 ぎざにそう言うヤツ。助けてくれただけ恩の字なのだ、多少つっけんどんでも文句は言うまい。
 …おっと。バッグの中のスマホがけたたましく震えはじめた。心霊現象が通信障害として現れるとこうなるのか。少しシュールだ。
 スマホを開くと不在着信が山ほど入っていた。親に心配かけてしまったことに申し訳なさを感じつつ返信する。 
「そういえばあなた名前なんて言うの?」
「憶えていない…のだろうな、名乗ったのはお前がまだ五つを超えたばかりであったものな」
 どうも前に自分と話したことはあったらしい。けれど流石にその頃の記憶なんてあやふやだ。まだ幼稚園児であった頃なのだから。写真の顔しか知らない祖母がまだ存命だった頃の話だ。
 どうせ目線合わせられないのならと開き直り溜まった通知を処理しながら謝る。失礼なことをしてるが、きっとズボラな性格は小さな頃から一緒なのだから知られてるだろうし。
「ごめんなさい、全く心当たりがないわ」
「くく、忘れたところでまた名乗るまでのことよ」
 たいして気にすることもない様子。よかった。
耳は傾けつつ兄に返信する。どうも一度駅まで戻ってきているようで入れ違いのようになっていた。申し訳ないことをしたと反省する。
 ヤツは含み笑いしつつ世間話のように続けた。
「いや何、俺に助けを乞うという枷が外れた今、俺は機嫌が良いのだ。くく、俺の真名はな、××××××だ。ようやく手元に置ける。待ち遠しかったぞ」
 瞬間。視界が暗転する。音が消滅してヤツの含み笑いだけ耳に入る。足元が崩れる。そして何かに包まれる感覚。何が起きたか理解出来ぬまま意識が消え─ 

 閑静な住宅街の中に広がる雑木林。その中に隠れるようにして佇む神社。その本殿の屋根の上でここの主はぼやいていた。
 「…たしかにあれだけの霊力を持っている子は久々で、話せるかもしれない!!って逸ったのは確かだけれどさ。いやでもさ、毎日掃除しに来てくれる吉蔵くんや参拝に来てくれるセツ子ちゃんなんかがいてくれるだけ他所よりかはマシかもしれないけれど、話せるわけじゃないんだ。元々僕はおしゃべりなんだから仕方ないと言えないかい?」
 「…オホン、ともかく、それで彼女とほんの少しでいいからお話しようと思ってさ。そしたらあれほどの呪い──もしかしたらアレ、元は守護霊だったのかもだけれど、あそこまで固執しててはもはや呪詛の塊だよ──、ともかくそんなもの背後に纏わせていたんだ。助けたいと思っちゃっても仕方ないだろ?」
「と言ってもまさかここまで力が零落していたとは思わなかった。たかが呪い如きに押し負けるとは。参ったよほんと。神様ショックで泣いてしまう」
 行方不明になった妹を探す男に向けて話しかけているも、社の主の声は届かない。
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