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2章 肉体改造計画5
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「そんな簡単に……」
クローネは呟く。
ドクターが動くだけで問題のひとつが解決してしまうのだ。今までどれだけ自分が頑張ってきたかが無駄に感じられるのも仕方がなかった。
しかしそれにソクラティスは首を横に振る。
「簡単では無い。お前が反省したと認められる期間真面目にやっていて、尚且つグライダーの新造も行っているから認められているんだ。ドクターの妹というコネも使えるから提案できたことであって他の犯罪者では絶対に無理な事だ」
「それって……褒めてる?」
「……」
ソクラティスは言葉に出さず、頷いて返していた。
……そっか。
なら良かったのだろう。良かったはずだ。
無理やりにでも納得する。心血注いだ二年間が無駄だったと言われれば流石に挫けてしまいそうだった。
「ならいいんだけどさ。それなら冬燕の仕事ってそんなに安いのかって話になるけど」
「安いも何も、お金貰ってないし」
「は?」
グスクが面を食らった顔をしている。
ちょっと事情があるのだ。そこは深く追求するなと目で合図を出す。主にレンが被害を受けるから。
意図が通じたのか、彼は雇用主であるアダムを見ていた。見つめられたアダムは少し困ったように眉をひそめ、
「まぁ……事実だな。そもそも冬燕は通貨など持っていないのだから払い用がないというのもある」
「――おい」
ビリッとした空気が走る。
恐ろしく低い声を出すグスクは一歩詰め寄っていた。それだけでアダムに手が届く距離になる。
……気持ちはわかるけども!
それは駄目だとクローネは立ち上がる。その前にグスクの後ろから彼を羽交い締めにする男がいた。
「部外者が口出すんじゃねぇ!」
「でも――」
「口答えすんな、馬鹿」
一瞬拘束が離れたかと思えば、がら空きの後頭部に拳がささる。空気が破裂するいい音がなっていた。
「……友達思いの良い奴だな」
「茶化すんじゃないの」
軽口を叩くアダムをキキョウが諌める。
まるで楽しんでいるかのような態度にグスクは顔を赤くしていた。
グスクの言いたいことは痛いほど分かる。手に職を持つものとして、安く使われることほど悪いことは無い。それは自分だけでなく周りにまで迷惑をかけ、質の低下に繋がるからだ。
だから奴隷のようにこき使われていることが気に食わない。それは素晴らしい心持ちではあるが今回ばかりは事情が違っていた。
「ごめんなさいね。私のせいなのよ」
「キキョウ姉……」
「私の罰をクローネが被ってくれたから、奉仕しなければならなくなったの。お金なら私から払うわ」
「いや、そうはならないでしょ」
咄嗟にクローネは否定する。両手を振っての大仰なアピールだ。
そうでもしないと頑として押し通すような気迫があった。確かにキキョウの言い分は一理あるかもしれないが、まともに払うとなれば一人分の平均給与では事足りない。職人ひとりの手間賃は決して安くないのだ。
それに、
「キキョウ姉だって今の仕事タダでやってるじゃん」
条件は同じだとクローネは告げる。
しかしキキョウは目を開いて見つめ返すと、微笑みを投げ掛けていた。
「あら、私はお金貰ってるわよ?」
「えっ!?」
「だって貴方の仕事の調整だけのはずがこの人の秘書までしてるのよ? 本来の役目だった情婦だってしているのだから貰って当然じゃない」
あっけらかんとキキョウは笑う。
……もやっとする!
勝手に仲間だと思っていた人が一抜けして上手く取り入っていることは腹立たしく、しかしそれなりに幸せそうなのは嬉しくもある。二律背反にクローネは横から殴られたように頭を回していた。
ただショックを受けていたのはひとりではなかった。情婦という言葉が出た時、視界の隅で相変わらず誰にも食べられない何かを持っているレンの頭が下がっていた。よく見ればいつから居たのか冬燕の女の子、エレーナが柱にかじりついて中を覗いていた。
……あー。
彼女がアダムを好いていることを今思い出した。あまりにもどうでも良すぎて忘れていたのだ。
……ごめんね。
恨めしそうに見つめる少女にクローネは心中で謝罪する。相談には乗ったが心情的には同郷を応援したい気持ちが勝っていた。
わずかな罪悪感に蓋をしていると、いまだ気炎を吐くグスクが、今度は標的をキキョウに変えていた。
「自分だけいい思いしてたってことか?」
「……まぁ、そうなるわね。この人がクローネに甘いからどうにかしていると思って口出ししなかったんだもの」
「俺だってそこまで困窮しているとは思っていなかった。すまん」
二人が頭を下げる。
……困るんだけど。
クローネは正直にそう思っていた。誰が悪いという話ではないのだ。究極的に言えば自分の身から出た錆であるし、巡り合わせが悪かっただけともいえる。誰かに責任を押し付けるような解決は望んでいなかった。
「やだ、顔上げてよ。こうして気にしてくれてるだけで十分だって」
「クローネ……」
「ほら、ちょっと餓死しそうだったけど今後はどうにかなるみたいだし。レースの違約金も払わなくて済むなら丸儲けになるんだから」
「違約金?」
その言葉にアグが反応する。しかし向けられた視線はひとつではなく、全員分だった。
視線に射抜かれて、あっとクローネはつぶやく。そういえばここにレーサーは一人もいないことを思いだし、気恥ずかしさを紛らわせるように頭を掻く。
「いや、レーサー登録すると機体がある以上週の半分は出場義務があるんだよね。だからどれだけ成績が良くてもとんとんっていうか赤字っていうか……」
「……お前、馬鹿だろ」
話を聞いていたグスクが大きくため息をつく。
馬鹿に馬鹿と言われ、クローネは頬を膨らませていた。
「なんでさ」
「金稼ぎのために赤字作ってどうすんだよ」
銃弾を撃ち込むがごとく真正面からなじられる。クローネはおもわずくっと息を飲んでいた。
……わかってるっての。
どこかで損切りしなければいけないと理解していても、今まで築き上げたものを捨てる勇気はなかなか持てない。そのせいで今の状況に置かれていると考えると、やはりどうにかしなければならなかったと反省する。
クローネは呟く。
ドクターが動くだけで問題のひとつが解決してしまうのだ。今までどれだけ自分が頑張ってきたかが無駄に感じられるのも仕方がなかった。
しかしそれにソクラティスは首を横に振る。
「簡単では無い。お前が反省したと認められる期間真面目にやっていて、尚且つグライダーの新造も行っているから認められているんだ。ドクターの妹というコネも使えるから提案できたことであって他の犯罪者では絶対に無理な事だ」
「それって……褒めてる?」
「……」
ソクラティスは言葉に出さず、頷いて返していた。
……そっか。
なら良かったのだろう。良かったはずだ。
無理やりにでも納得する。心血注いだ二年間が無駄だったと言われれば流石に挫けてしまいそうだった。
「ならいいんだけどさ。それなら冬燕の仕事ってそんなに安いのかって話になるけど」
「安いも何も、お金貰ってないし」
「は?」
グスクが面を食らった顔をしている。
ちょっと事情があるのだ。そこは深く追求するなと目で合図を出す。主にレンが被害を受けるから。
意図が通じたのか、彼は雇用主であるアダムを見ていた。見つめられたアダムは少し困ったように眉をひそめ、
「まぁ……事実だな。そもそも冬燕は通貨など持っていないのだから払い用がないというのもある」
「――おい」
ビリッとした空気が走る。
恐ろしく低い声を出すグスクは一歩詰め寄っていた。それだけでアダムに手が届く距離になる。
……気持ちはわかるけども!
それは駄目だとクローネは立ち上がる。その前にグスクの後ろから彼を羽交い締めにする男がいた。
「部外者が口出すんじゃねぇ!」
「でも――」
「口答えすんな、馬鹿」
一瞬拘束が離れたかと思えば、がら空きの後頭部に拳がささる。空気が破裂するいい音がなっていた。
「……友達思いの良い奴だな」
「茶化すんじゃないの」
軽口を叩くアダムをキキョウが諌める。
まるで楽しんでいるかのような態度にグスクは顔を赤くしていた。
グスクの言いたいことは痛いほど分かる。手に職を持つものとして、安く使われることほど悪いことは無い。それは自分だけでなく周りにまで迷惑をかけ、質の低下に繋がるからだ。
だから奴隷のようにこき使われていることが気に食わない。それは素晴らしい心持ちではあるが今回ばかりは事情が違っていた。
「ごめんなさいね。私のせいなのよ」
「キキョウ姉……」
「私の罰をクローネが被ってくれたから、奉仕しなければならなくなったの。お金なら私から払うわ」
「いや、そうはならないでしょ」
咄嗟にクローネは否定する。両手を振っての大仰なアピールだ。
そうでもしないと頑として押し通すような気迫があった。確かにキキョウの言い分は一理あるかもしれないが、まともに払うとなれば一人分の平均給与では事足りない。職人ひとりの手間賃は決して安くないのだ。
それに、
「キキョウ姉だって今の仕事タダでやってるじゃん」
条件は同じだとクローネは告げる。
しかしキキョウは目を開いて見つめ返すと、微笑みを投げ掛けていた。
「あら、私はお金貰ってるわよ?」
「えっ!?」
「だって貴方の仕事の調整だけのはずがこの人の秘書までしてるのよ? 本来の役目だった情婦だってしているのだから貰って当然じゃない」
あっけらかんとキキョウは笑う。
……もやっとする!
勝手に仲間だと思っていた人が一抜けして上手く取り入っていることは腹立たしく、しかしそれなりに幸せそうなのは嬉しくもある。二律背反にクローネは横から殴られたように頭を回していた。
ただショックを受けていたのはひとりではなかった。情婦という言葉が出た時、視界の隅で相変わらず誰にも食べられない何かを持っているレンの頭が下がっていた。よく見ればいつから居たのか冬燕の女の子、エレーナが柱にかじりついて中を覗いていた。
……あー。
彼女がアダムを好いていることを今思い出した。あまりにもどうでも良すぎて忘れていたのだ。
……ごめんね。
恨めしそうに見つめる少女にクローネは心中で謝罪する。相談には乗ったが心情的には同郷を応援したい気持ちが勝っていた。
わずかな罪悪感に蓋をしていると、いまだ気炎を吐くグスクが、今度は標的をキキョウに変えていた。
「自分だけいい思いしてたってことか?」
「……まぁ、そうなるわね。この人がクローネに甘いからどうにかしていると思って口出ししなかったんだもの」
「俺だってそこまで困窮しているとは思っていなかった。すまん」
二人が頭を下げる。
……困るんだけど。
クローネは正直にそう思っていた。誰が悪いという話ではないのだ。究極的に言えば自分の身から出た錆であるし、巡り合わせが悪かっただけともいえる。誰かに責任を押し付けるような解決は望んでいなかった。
「やだ、顔上げてよ。こうして気にしてくれてるだけで十分だって」
「クローネ……」
「ほら、ちょっと餓死しそうだったけど今後はどうにかなるみたいだし。レースの違約金も払わなくて済むなら丸儲けになるんだから」
「違約金?」
その言葉にアグが反応する。しかし向けられた視線はひとつではなく、全員分だった。
視線に射抜かれて、あっとクローネはつぶやく。そういえばここにレーサーは一人もいないことを思いだし、気恥ずかしさを紛らわせるように頭を掻く。
「いや、レーサー登録すると機体がある以上週の半分は出場義務があるんだよね。だからどれだけ成績が良くてもとんとんっていうか赤字っていうか……」
「……お前、馬鹿だろ」
話を聞いていたグスクが大きくため息をつく。
馬鹿に馬鹿と言われ、クローネは頬を膨らませていた。
「なんでさ」
「金稼ぎのために赤字作ってどうすんだよ」
銃弾を撃ち込むがごとく真正面からなじられる。クローネはおもわずくっと息を飲んでいた。
……わかってるっての。
どこかで損切りしなければいけないと理解していても、今まで築き上げたものを捨てる勇気はなかなか持てない。そのせいで今の状況に置かれていると考えると、やはりどうにかしなければならなかったと反省する。
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