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2章 肉体改造計画4
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「……おかしくね?」
切実な事情を告げた後、最初に切り出したのは若い男性、グスクだった。
彼は指折りながら言う。
「普段の仕事に雪兎、下層での依頼にレースの賞金だろ。死ぬほど忙しいのになんで金がないんだよ」
羅列された事実に、クローネは肩を落とす。
……なんでだろうね。
言っていることは間違っていない。実情を知らなければ誰だってそう感じるだろう。
一から説明しようとクローネが口を開いた時、遮るように言葉を発したのは後から来た男性だった。
「――雪兎の仕事は無給、金なんて出ないぞ」
「……レン兄」
扉の一歩外に立つレンは、手に湯気の立ち上る器を持っていた。誰かに呼ばれたのだろうけれど、一瞬視線を泳がせた後、苦い顔をしてそれより先には入ってこないでいた。
同時にキキョウが溜息をつく。それが二人の間にある溝を如実に現していた。
「なんでっすか?」
……あ、聞くんだ。
事情を知っているクローネからすれば、レンを居心地の悪い空間から早く返してあげたい気持ちでいた。周りも気を使って目すら合わせずにいるというのに、グスクはそれに気付いた様子もない。
話を振られた本人もまさか聞かれるとは思っていなかったようで、次にいう言葉を探していた。持ってきた料理は彼の手の中で着実に冷えていた。
「クローネが雪兎の仕事をしているのは労役だからだ。無断で外と繋ぐ扉を解放したからな、今ならそこまで思い罰にはならんが二年前は死刑、もしくは追放刑のところを減刑してそれで済んでいるんだ」
「なるほど……いつまでやればいいんすか?」
「――このままだと一生、だろうな」
その声はレンのものではなかった。
扉からは新たな人影がふたつ、中を覗いていた。ともに見知った顔であったため、クローネは喜色を浮かべていた。
「師匠!」
「ん」
「吾輩もいるんだが?」
二人とも入り口にいた。計三人の男が立ち並ぶと外から光も入らなくなる。
ソクラティスは銀の岡持ちを持っていた。白衣姿のドクターも同様にアルミの薄紙に包んだ丸い物体を手にしている。あれらが全て食べ物だとしたら、と考えてクローネは喉奥からこみあげるものを無理やり呑み込んだ。
……どんだけ食わせるつもりなの。
それが心配からくる善意だとわかっているから否定もできず、戦々恐々とするしかない。
表情には出さず、内心でおびえる彼女を置いて、グスクが怒気を込めて感情を言葉にする。
「どうにかならないんっすか?」
「……なるし、ならんとも言える」
「わけわかんねぇよ」
「あー、待つのである。我が友は説明が苦手でな」
話がこじれることが目に見えて、ドクターが間に入る。口下手なソクラティスの前に立った彼は大きく手を振って、
「はるか昔から続く悪しき伝統とでもいえばいいのだろうか。下層の法律には刑期の決まった懲役刑、労役刑の他に刑期の決まっていない追放刑があるのだ。重い罪を犯した者は生きている間二度と下層に踏み入れることはできない、クローネはそれに該当していたのだ」
「クローネは中層の人間だぞ」
「そうである。だが外を開けたことは重罪なのだ。本来なら死刑なところを山中病という難病克服の功績を持って減刑したのだが、刑期については触れられていなかった。追放刑と労役刑のハイブリットといった感じなのである」
「……じゃあ、どうすりゃいいんだ?」
皆が思ったことをアグが代弁する。
「本来なら一度決まった刑を覆すことはできないのだ。そうでないと今まで上層に捨ててきた罪人たちについてもう一度裁判をし直さなければならなくなる故。しかぁし、我が友がそうであるように何事にも抜け穴というものは存在しているのだ」
「だからそれはなんだって聞いてんだよ」
「む、気が短いであるな。まあよい、その手段とは――署名活動である」
自信満々に胸を張ってドクターは告げる。
……はぁ。
その策は予想外であった。そもそも署名活動とは何なのかすらピンと来ていない人も多くいた。
その中でも一番察していないであろう人物が声を上げる。
「しょめいかつどうね……何が必要なんだ?」
「グスク……お前、それがなんだかわかるのか?」
アグが問うと、彼は当然のように首を横に振る。
「いや、全然。でもなんかすんでしょ? ならしないとまたクローネが死んじまう」
「いっかいも死んでないから」
またってなによと、クローネがにらみを利かせるが当然の事ながら無視された。扱いが雑になっている感じに不満を顔に乗せるが誰も見ていなかった。
「署名に関してはここにいる人数で事足りるであろう。特に監督役のアグ殿とレン殿、それに外部の者であるが冬燕のリーダーがいれば上も無視は出来ないはずだ。正直二年も前の事例など忘れているだけであるし」
「忘れられてたの?」
「上はいち罪人のことなど覚えておらんよ。あとはどれだけ真面目に労役を続けていたかを纏めて妹様に提出すれば、明日にでも正式に解放されるはずである」
切実な事情を告げた後、最初に切り出したのは若い男性、グスクだった。
彼は指折りながら言う。
「普段の仕事に雪兎、下層での依頼にレースの賞金だろ。死ぬほど忙しいのになんで金がないんだよ」
羅列された事実に、クローネは肩を落とす。
……なんでだろうね。
言っていることは間違っていない。実情を知らなければ誰だってそう感じるだろう。
一から説明しようとクローネが口を開いた時、遮るように言葉を発したのは後から来た男性だった。
「――雪兎の仕事は無給、金なんて出ないぞ」
「……レン兄」
扉の一歩外に立つレンは、手に湯気の立ち上る器を持っていた。誰かに呼ばれたのだろうけれど、一瞬視線を泳がせた後、苦い顔をしてそれより先には入ってこないでいた。
同時にキキョウが溜息をつく。それが二人の間にある溝を如実に現していた。
「なんでっすか?」
……あ、聞くんだ。
事情を知っているクローネからすれば、レンを居心地の悪い空間から早く返してあげたい気持ちでいた。周りも気を使って目すら合わせずにいるというのに、グスクはそれに気付いた様子もない。
話を振られた本人もまさか聞かれるとは思っていなかったようで、次にいう言葉を探していた。持ってきた料理は彼の手の中で着実に冷えていた。
「クローネが雪兎の仕事をしているのは労役だからだ。無断で外と繋ぐ扉を解放したからな、今ならそこまで思い罰にはならんが二年前は死刑、もしくは追放刑のところを減刑してそれで済んでいるんだ」
「なるほど……いつまでやればいいんすか?」
「――このままだと一生、だろうな」
その声はレンのものではなかった。
扉からは新たな人影がふたつ、中を覗いていた。ともに見知った顔であったため、クローネは喜色を浮かべていた。
「師匠!」
「ん」
「吾輩もいるんだが?」
二人とも入り口にいた。計三人の男が立ち並ぶと外から光も入らなくなる。
ソクラティスは銀の岡持ちを持っていた。白衣姿のドクターも同様にアルミの薄紙に包んだ丸い物体を手にしている。あれらが全て食べ物だとしたら、と考えてクローネは喉奥からこみあげるものを無理やり呑み込んだ。
……どんだけ食わせるつもりなの。
それが心配からくる善意だとわかっているから否定もできず、戦々恐々とするしかない。
表情には出さず、内心でおびえる彼女を置いて、グスクが怒気を込めて感情を言葉にする。
「どうにかならないんっすか?」
「……なるし、ならんとも言える」
「わけわかんねぇよ」
「あー、待つのである。我が友は説明が苦手でな」
話がこじれることが目に見えて、ドクターが間に入る。口下手なソクラティスの前に立った彼は大きく手を振って、
「はるか昔から続く悪しき伝統とでもいえばいいのだろうか。下層の法律には刑期の決まった懲役刑、労役刑の他に刑期の決まっていない追放刑があるのだ。重い罪を犯した者は生きている間二度と下層に踏み入れることはできない、クローネはそれに該当していたのだ」
「クローネは中層の人間だぞ」
「そうである。だが外を開けたことは重罪なのだ。本来なら死刑なところを山中病という難病克服の功績を持って減刑したのだが、刑期については触れられていなかった。追放刑と労役刑のハイブリットといった感じなのである」
「……じゃあ、どうすりゃいいんだ?」
皆が思ったことをアグが代弁する。
「本来なら一度決まった刑を覆すことはできないのだ。そうでないと今まで上層に捨ててきた罪人たちについてもう一度裁判をし直さなければならなくなる故。しかぁし、我が友がそうであるように何事にも抜け穴というものは存在しているのだ」
「だからそれはなんだって聞いてんだよ」
「む、気が短いであるな。まあよい、その手段とは――署名活動である」
自信満々に胸を張ってドクターは告げる。
……はぁ。
その策は予想外であった。そもそも署名活動とは何なのかすらピンと来ていない人も多くいた。
その中でも一番察していないであろう人物が声を上げる。
「しょめいかつどうね……何が必要なんだ?」
「グスク……お前、それがなんだかわかるのか?」
アグが問うと、彼は当然のように首を横に振る。
「いや、全然。でもなんかすんでしょ? ならしないとまたクローネが死んじまう」
「いっかいも死んでないから」
またってなによと、クローネがにらみを利かせるが当然の事ながら無視された。扱いが雑になっている感じに不満を顔に乗せるが誰も見ていなかった。
「署名に関してはここにいる人数で事足りるであろう。特に監督役のアグ殿とレン殿、それに外部の者であるが冬燕のリーダーがいれば上も無視は出来ないはずだ。正直二年も前の事例など忘れているだけであるし」
「忘れられてたの?」
「上はいち罪人のことなど覚えておらんよ。あとはどれだけ真面目に労役を続けていたかを纏めて妹様に提出すれば、明日にでも正式に解放されるはずである」
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