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2章 肉体改造計画3
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……勘違い?
思考を重ね、たどり着いた答えに思わず笑う。金欠を病気と呼ぶならあながち間違いではない。
だが、だとするならば申し訳ない気持ちが沸いてくる。看病のつもりが飢え死にしそうなだけだと言われれば失望することだろう。
早めに誤解を解かないと、とクローネは口を開く。しかし言葉が作られる前に無遠慮に開いた扉によって行動が遮られていた。
「おう、待たせたな」
入ってきたのは大柄の男、アグだ。その後ろにはグスクもいる。
「親方?」
「体調悪いならそう言え。ほら、精のつくもん作ってきてやったぞ」
そう言うと、グスクが前に出て銀の大皿を差し出してきた。
「……えっと、なにこれ?」
それを一目見て、クローネは疑問を口にする。
大皿に乗っていたのは魚のようで、しかし自信を持って答えることが出来なかった。中層にはあまり並ばず、縁のないものと興味すら持っていなかったクローネにはその種類はわからないが、それでも一般的な形くらいは知っていた。
頭があって尻尾がある。腹は膨れてひれが付いているのが魚だ。しかし目の前にあるそれは透明に透き通っていて細長く、太いロープのような見た目をしていた。
お頭付なので、くるりとした死んだ目が恨めしそうにクローネを見ていた。石ではないから食べられるだろうが、見た目からは味が想像できない。
……あのさぁ。
痛い、臭いと来て今度は気色悪い。人のことを思っての行為が人体実験にしか思えず、クローネは差し出された皿を受け取ることを躊躇していた。
「ガラスウナギの蒸し物だ、美味いぞ」
……そっすか。
満面の笑みを浮かべ説明するアグから目線を逸らす。が、この状況で食べないわけにもいかず、なんとも微妙な表情のグスクから皿を受け取ると、膝の上に置いた。
どうやって食べるんだろう……。
腕の長さほどある姿蒸しだ、ナイフもフォークもないのは手で掴んで食べるようだからだろうか。
クローネは躊躇いながらもその胴体に触れる。もちっとした皮は柔らかく指に吸い付く。よく見れば透明な体の中に小さな白いもの、骨が見えていた。
目が合う。小さな口は半開きで、蒸されたことへの呪詛を吐いているよう。時が凍るようにひっそりと見つめ合えば食欲も落ちてくる。
……ええい。
躊躇うことは自分らしくないと、クローネは大口を開けてかぶりつく。見たくないものを口に入れ歯を立てると、しっとりと蒸しあがった身がほろほろと崩れていく。
……硬いし、味がない。
魚の頭蓋はかみ砕けないほどに硬く、執拗なまでに蒸されているせいか味気が抜け落ちてしまっていた。
お世辞にも美味しいとは言えないが、用意されたものを吐き出すわけにもいかず、クローネは渾身の力を込めてかみ砕く。脳みそは仄かに苦く、それ以上に生臭さが口の中を占領していた。
「いや、頭は食わんだろ」
……先に言え、馬鹿っ!
咀嚼する様子を見つめていたアグの漏らした感想に、クローネは非難の目を向ける。
まだ大きな塊が残る中、喉を鳴らして飲み込むともう一口かぶりつく。一番の難所を越えたウナギは小骨まで柔らかく、相変わらず味は無いが腹を満たすにはちょうど良かった。
「ご馳走様」
ものの数分で食べ切り、クローネは手を合わせて締めくくる。
……満腹。
久々の食事はどれも癖が強かったが腹を十二分にふくらませた。孤児院の時代から考えてもこれだけの満腹感は初めてだった。
重く苦しくなった腹を擦りながら余韻に浸っていると、いつの間にか眼前に立っていたアグがクローネの腕を掴んでいた。かさかさの硬い手で捻りながら、宝石職人のように細部まで見つめていた。
一息、ため息をつく。
「……こんなに細くなって。ちゃんと食えって言ってるだろ」
「細く……?」
アグの言葉に疑問を持ったのはキキョウだ。彼女は自分の二の腕と見比べて、また首を傾げていた。
……ちょっと!
キキョウが何を考えているのか分かったクローネは、頬を軽く膨らませる。
秘書じみた仕事をしている彼女とは違い、クローネは配管工兼整備士である。体つきが同じでは仕事にならないのだから太くて当然だった。
……にしても。
細いな、とクローネは自分の腕を見る。今より一回り太かったはずの腕は、赤貧生活の果てに頼りなさが浮き出ている。ハリツヤが無くなり、いくらかついた皺はいつまでも戻らないでいた。
身体は知らず悲鳴を上げていたのだ。このままではいずれ大きな事故につながっていただろう。
……と、いってもなぁ。
最後には金がないに帰結する議論を重ねても仕方がない。一発大きく当てるならギャンブルしかないが、その種銭すら尽きている状況だった。
「……なんだ、まだ体調が悪いのか?」
「……お金が無いだけです」
クローネは恥ずかしながらも白状する。
思考を重ね、たどり着いた答えに思わず笑う。金欠を病気と呼ぶならあながち間違いではない。
だが、だとするならば申し訳ない気持ちが沸いてくる。看病のつもりが飢え死にしそうなだけだと言われれば失望することだろう。
早めに誤解を解かないと、とクローネは口を開く。しかし言葉が作られる前に無遠慮に開いた扉によって行動が遮られていた。
「おう、待たせたな」
入ってきたのは大柄の男、アグだ。その後ろにはグスクもいる。
「親方?」
「体調悪いならそう言え。ほら、精のつくもん作ってきてやったぞ」
そう言うと、グスクが前に出て銀の大皿を差し出してきた。
「……えっと、なにこれ?」
それを一目見て、クローネは疑問を口にする。
大皿に乗っていたのは魚のようで、しかし自信を持って答えることが出来なかった。中層にはあまり並ばず、縁のないものと興味すら持っていなかったクローネにはその種類はわからないが、それでも一般的な形くらいは知っていた。
頭があって尻尾がある。腹は膨れてひれが付いているのが魚だ。しかし目の前にあるそれは透明に透き通っていて細長く、太いロープのような見た目をしていた。
お頭付なので、くるりとした死んだ目が恨めしそうにクローネを見ていた。石ではないから食べられるだろうが、見た目からは味が想像できない。
……あのさぁ。
痛い、臭いと来て今度は気色悪い。人のことを思っての行為が人体実験にしか思えず、クローネは差し出された皿を受け取ることを躊躇していた。
「ガラスウナギの蒸し物だ、美味いぞ」
……そっすか。
満面の笑みを浮かべ説明するアグから目線を逸らす。が、この状況で食べないわけにもいかず、なんとも微妙な表情のグスクから皿を受け取ると、膝の上に置いた。
どうやって食べるんだろう……。
腕の長さほどある姿蒸しだ、ナイフもフォークもないのは手で掴んで食べるようだからだろうか。
クローネは躊躇いながらもその胴体に触れる。もちっとした皮は柔らかく指に吸い付く。よく見れば透明な体の中に小さな白いもの、骨が見えていた。
目が合う。小さな口は半開きで、蒸されたことへの呪詛を吐いているよう。時が凍るようにひっそりと見つめ合えば食欲も落ちてくる。
……ええい。
躊躇うことは自分らしくないと、クローネは大口を開けてかぶりつく。見たくないものを口に入れ歯を立てると、しっとりと蒸しあがった身がほろほろと崩れていく。
……硬いし、味がない。
魚の頭蓋はかみ砕けないほどに硬く、執拗なまでに蒸されているせいか味気が抜け落ちてしまっていた。
お世辞にも美味しいとは言えないが、用意されたものを吐き出すわけにもいかず、クローネは渾身の力を込めてかみ砕く。脳みそは仄かに苦く、それ以上に生臭さが口の中を占領していた。
「いや、頭は食わんだろ」
……先に言え、馬鹿っ!
咀嚼する様子を見つめていたアグの漏らした感想に、クローネは非難の目を向ける。
まだ大きな塊が残る中、喉を鳴らして飲み込むともう一口かぶりつく。一番の難所を越えたウナギは小骨まで柔らかく、相変わらず味は無いが腹を満たすにはちょうど良かった。
「ご馳走様」
ものの数分で食べ切り、クローネは手を合わせて締めくくる。
……満腹。
久々の食事はどれも癖が強かったが腹を十二分にふくらませた。孤児院の時代から考えてもこれだけの満腹感は初めてだった。
重く苦しくなった腹を擦りながら余韻に浸っていると、いつの間にか眼前に立っていたアグがクローネの腕を掴んでいた。かさかさの硬い手で捻りながら、宝石職人のように細部まで見つめていた。
一息、ため息をつく。
「……こんなに細くなって。ちゃんと食えって言ってるだろ」
「細く……?」
アグの言葉に疑問を持ったのはキキョウだ。彼女は自分の二の腕と見比べて、また首を傾げていた。
……ちょっと!
キキョウが何を考えているのか分かったクローネは、頬を軽く膨らませる。
秘書じみた仕事をしている彼女とは違い、クローネは配管工兼整備士である。体つきが同じでは仕事にならないのだから太くて当然だった。
……にしても。
細いな、とクローネは自分の腕を見る。今より一回り太かったはずの腕は、赤貧生活の果てに頼りなさが浮き出ている。ハリツヤが無くなり、いくらかついた皺はいつまでも戻らないでいた。
身体は知らず悲鳴を上げていたのだ。このままではいずれ大きな事故につながっていただろう。
……と、いってもなぁ。
最後には金がないに帰結する議論を重ねても仕方がない。一発大きく当てるならギャンブルしかないが、その種銭すら尽きている状況だった。
「……なんだ、まだ体調が悪いのか?」
「……お金が無いだけです」
クローネは恥ずかしながらも白状する。
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