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2章 告白と戦争1
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「そうだ、クローネ。吾輩と結婚しないか?」
明日の予定でも聞くようにドクターが言う。
唐突。あまりに脈絡が無さすぎてドクターが何を言っているのかすぐに理解出来たものはいなかった。
エレーナの悩み相談のあと、アダムと打ち合わせをしていた時だ。新しい機体に付ける付属品のことで予定よりも時間が過ぎてしまい、次に待ち合わせしていたドクターとソクラティスに鉢合わせしていた。
そこから二三、挨拶を交わしての求婚だ。クローネは訳が分からずまず聞き間違いを疑った。
「急にどうした。誰かに脅されたのか?」
「脅されてなどないぞ……いやまぁ脅されているようなものであるか」
ドクターは迷いを唇の形で示していた。
脅しで結婚申し込むなって……。
ぞんざいな扱いにクローネは顔を顰める。
机に座っていたクローネ達に断りをいれ、後から来た二人も席に着く。そこへ見計らったようにキキョウが白湯を注いでいた。
「女の子相手にその手の話は冗談では許されないですよ?」
湯呑みをドクターの前に置きながら、釘を刺す。普段ならそのまま席を外すキキョウが居座るように白衣の彼の後ろに立ち続けているのは、笑みの後ろに隠された感情がそうさせていた。
「で、何があったんだ? 長い付き合いだが、そういう感情がないものだと思っていたぞ」
ソクラティスが白湯に手を付けながら感想を述べる。
仮にも男性なのだから、恋愛欲や性欲が一切ないというのも不健全じゃないかなと思いながらクローネはドクターを見つめる。自然と目が合うが、先ほど見た恋する乙女のような熱っぽい視線は感じられなかった。
「妹様がな、そろそろ考えろというのだよ。子供を作る枠自体を確保されているのは承知していたが、いつまでも使わないでいると使えない人からのやっかみもすごいというのでな」
「放棄すれば……無理か」
「無理である。妹様には逆らえんのだ」
事情を把握している二人がそろってため息をつく。
下層では住人制限が今もなお続いている。かといって作らないというのも将来的に困ってしまう。そのため何人の子供を作るか、事前に振り分けられていた。
優秀なものは子を多く、逆もまた然り。中層からみれば歪に感じられる制度も十世代以上続いてしまえば正しく見える。
ドクターに何人の子供を作る権利が振り分けられているかはわからないが、今以上子を持てない家庭からすれば羨むどころか恨むことになりかねない。特に山中病の治療法を広めたという知名度がある以上、隠れることすらできないのだ。
家族がそれを心配して結婚するよう促すのはわかる。わからないのはその相手だ。
「なんで私なのよ」
クローネが尋ねる。他に優秀で魅力的な女性など掃いて捨てるほどいるのにと。
「話が合うからであるな。まぁ他の女性はそもそも近寄ろうともしないのでよくわからん」
「消去法じゃん」
「消去する選択肢もないのである。実質一択なのだ」
ドクターは胸を張り、笑みをこぼす。
本人にその意思はないのだろうが人を馬鹿にしたともとれる考え方を、クローネを除く全員が顔をしかめていた。
彼の人となりを知っているから手が出ないだけで、本来なら殴られても仕方のない言い方だ。
「――えい」
話を聞いているだけだったキキョウが水差しに入った熱湯をドクターの頭にかけていた。水やりにしては勢いのある行動に、
「――ぬあっちいっ! 何するであるかっ!?」
ドクターは奇声を上げて飛び跳ねていた。
濡れた白衣が肌にへばりつくせいで熱から逃れられない。急ぎ着衣を脱ぐドクターは上裸になって真っ赤になった肌を地面で冷やしていた。
「嘘でも好きと言いなさい」
柔らかい笑みとは別に氷柱のように冷えた目線がドクターに注ぐ。
「……まあ、仕方ないな」
ソクラティスは小さくつぶやき、動向を見守っていたアダムは納得するようにうなずいていた。
……別に、駄目じゃないんだけどなぁ。
人間性は置いておくとして、初めての求婚にクローネ自身悪い気はしていなかった。ただ言いだせる雰囲気では無くなってしまったため、喉まで出かかった言葉を白湯と共に飲み込む。
「しかし結婚か。気になる相手とかはいないのか?」
そう言ったのはアダムだった。
まさか彼が乗り気になるとは思わず、クローネはしばらく固まり、恐る恐る尋ねる。
「……えっと、この話続けるの?」
「兄として妹の結婚は気になるものだろう」
「あ、まだその設定生きてたんだ」
「生きてるも何も事実だろう……」
アダムは呆れていた。
実感がないためなんとも言えない。心のどこかで納得している面もあるが、決定的な何かが欠けているためにクローネの首が縦に振ることを良しとしていなかった。
「結婚ねぇ……やりたいこと出来なくなるのはやだなぁ」
「母親になれば子育てがやりたいことになるものよ?」
「キキョウ姉だって子供いないじゃん」
……やばっ。
はっと口を閉じるがもう遅い。
余計なことを言ったと気づいたのは火山の噴火よりも顔を赤くしたキキョウの顔を見たからだった。
明日の予定でも聞くようにドクターが言う。
唐突。あまりに脈絡が無さすぎてドクターが何を言っているのかすぐに理解出来たものはいなかった。
エレーナの悩み相談のあと、アダムと打ち合わせをしていた時だ。新しい機体に付ける付属品のことで予定よりも時間が過ぎてしまい、次に待ち合わせしていたドクターとソクラティスに鉢合わせしていた。
そこから二三、挨拶を交わしての求婚だ。クローネは訳が分からずまず聞き間違いを疑った。
「急にどうした。誰かに脅されたのか?」
「脅されてなどないぞ……いやまぁ脅されているようなものであるか」
ドクターは迷いを唇の形で示していた。
脅しで結婚申し込むなって……。
ぞんざいな扱いにクローネは顔を顰める。
机に座っていたクローネ達に断りをいれ、後から来た二人も席に着く。そこへ見計らったようにキキョウが白湯を注いでいた。
「女の子相手にその手の話は冗談では許されないですよ?」
湯呑みをドクターの前に置きながら、釘を刺す。普段ならそのまま席を外すキキョウが居座るように白衣の彼の後ろに立ち続けているのは、笑みの後ろに隠された感情がそうさせていた。
「で、何があったんだ? 長い付き合いだが、そういう感情がないものだと思っていたぞ」
ソクラティスが白湯に手を付けながら感想を述べる。
仮にも男性なのだから、恋愛欲や性欲が一切ないというのも不健全じゃないかなと思いながらクローネはドクターを見つめる。自然と目が合うが、先ほど見た恋する乙女のような熱っぽい視線は感じられなかった。
「妹様がな、そろそろ考えろというのだよ。子供を作る枠自体を確保されているのは承知していたが、いつまでも使わないでいると使えない人からのやっかみもすごいというのでな」
「放棄すれば……無理か」
「無理である。妹様には逆らえんのだ」
事情を把握している二人がそろってため息をつく。
下層では住人制限が今もなお続いている。かといって作らないというのも将来的に困ってしまう。そのため何人の子供を作るか、事前に振り分けられていた。
優秀なものは子を多く、逆もまた然り。中層からみれば歪に感じられる制度も十世代以上続いてしまえば正しく見える。
ドクターに何人の子供を作る権利が振り分けられているかはわからないが、今以上子を持てない家庭からすれば羨むどころか恨むことになりかねない。特に山中病の治療法を広めたという知名度がある以上、隠れることすらできないのだ。
家族がそれを心配して結婚するよう促すのはわかる。わからないのはその相手だ。
「なんで私なのよ」
クローネが尋ねる。他に優秀で魅力的な女性など掃いて捨てるほどいるのにと。
「話が合うからであるな。まぁ他の女性はそもそも近寄ろうともしないのでよくわからん」
「消去法じゃん」
「消去する選択肢もないのである。実質一択なのだ」
ドクターは胸を張り、笑みをこぼす。
本人にその意思はないのだろうが人を馬鹿にしたともとれる考え方を、クローネを除く全員が顔をしかめていた。
彼の人となりを知っているから手が出ないだけで、本来なら殴られても仕方のない言い方だ。
「――えい」
話を聞いているだけだったキキョウが水差しに入った熱湯をドクターの頭にかけていた。水やりにしては勢いのある行動に、
「――ぬあっちいっ! 何するであるかっ!?」
ドクターは奇声を上げて飛び跳ねていた。
濡れた白衣が肌にへばりつくせいで熱から逃れられない。急ぎ着衣を脱ぐドクターは上裸になって真っ赤になった肌を地面で冷やしていた。
「嘘でも好きと言いなさい」
柔らかい笑みとは別に氷柱のように冷えた目線がドクターに注ぐ。
「……まあ、仕方ないな」
ソクラティスは小さくつぶやき、動向を見守っていたアダムは納得するようにうなずいていた。
……別に、駄目じゃないんだけどなぁ。
人間性は置いておくとして、初めての求婚にクローネ自身悪い気はしていなかった。ただ言いだせる雰囲気では無くなってしまったため、喉まで出かかった言葉を白湯と共に飲み込む。
「しかし結婚か。気になる相手とかはいないのか?」
そう言ったのはアダムだった。
まさか彼が乗り気になるとは思わず、クローネはしばらく固まり、恐る恐る尋ねる。
「……えっと、この話続けるの?」
「兄として妹の結婚は気になるものだろう」
「あ、まだその設定生きてたんだ」
「生きてるも何も事実だろう……」
アダムは呆れていた。
実感がないためなんとも言えない。心のどこかで納得している面もあるが、決定的な何かが欠けているためにクローネの首が縦に振ることを良しとしていなかった。
「結婚ねぇ……やりたいこと出来なくなるのはやだなぁ」
「母親になれば子育てがやりたいことになるものよ?」
「キキョウ姉だって子供いないじゃん」
……やばっ。
はっと口を閉じるがもう遅い。
余計なことを言ったと気づいたのは火山の噴火よりも顔を赤くしたキキョウの顔を見たからだった。
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