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2章 雪兎と冬燕8
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無駄話をいくら重ねてもノルマは減ることは無い。周囲の目が厳しくなるのに気付いてクローネは作業に向かう。
除雪用の平たいスコップを持って新雪を叩く。数日で積もった淡い氷晶が舞い踊り、瞼に触れては溶けていく。
三分の一まで潰したら掬うために左右に切れ目を入れていく。鋤のように大きく振り上げ、エッジを等間隔に振り下ろすのだ。
約五十メートルほど作業を続け、ネコを持つ作業員を呼ぶ。雪塊を下から持ち上げ積み込むが、四つも載せればネコが傾きかけないほどの重さになる。
積み込みを始めればネコ持ちが列をなして待機していた。全員が一往復しても終わる量では無いが、痩せた男達が並ぶ姿にクローネは表情に見せず落胆する。
……代わろうとかないの?
積み込みと運搬、どちらが楽かは言うまでもない。体力のない上層の人間がネコに我先にと群がる姿はみっともないなと思わせていた。
足に履いたアイゼンの鉄爪を食い込ませ、なけなしの体力を振り絞る。作業を一時間も続ければスコップを握ることすら危うくなる。ノルマと体力を天秤にかけて適宜休憩をしながら奉仕活動を続けていた。
……ん?
それに気付いたのは作業も終盤に差し掛かった頃だった。
天高くあった太陽が老婆のように力無く横たわる頃、危うくなった視界でスコップを振り上げ、天を見上げていた。
影を落とす砂粒がはっきりと見える。耳をすませばチラつく雪が吸いきれないエンジン音が気分を高揚させる。
「レーン」
クローネは坑道入り口に向かって声を張り上げる。突然の叫声に兎のように首だけを長くして振り返る人々がいた。
遠く、虫のように小さな姿のレンが大きく手を振っていた。クローネが上空を指さして合図するが届いているようには見えない。
「ちょっと、レンに空に何かいるって伝えて、早く!」
まどろっこしさに腕を震わせるクローネは、近くの作業員を捕まえていた。腕を万力のように掴まれた男性は悲鳴を上げるが振りほどくことはできず、何度も機械人形のように首を振ることで解放されていた。
一直線に走りさる痩躯の男性を尻目に、クローネは上空を見上げる。
……なんだろ?
飛行する物体は一つではなかった。綺麗な隊列を作り雲の下を泳いでいる。眺めている間にも徐々に近づいてくるもの達にクローネ以外の作業員も手を止めて空を見上げていた。
……降ろすか。
「皆、発煙筒に火をつけて」
クローネは腰に付けた筒を抜きながら指示を飛ばす。
滑落した際に持たされている非常用の発煙筒に火をつける。きついピンクの炎で目を焼きながら、固く平らな場所に円を描いて筒を立てていた。
「どうした?」
「わかんない。ただ気持ちよさそうに飛んでるなって」
数分して、駆け寄ってきたレンが話しかける。
上空では徐々に高度を下げる何かの姿がはっきりと見えていた。
……グラインダー、かな。
動力付きの、風を捕まえて長距離を流れるように飛ぶ飛行物体。遠目にも見える長い主翼からクローネはそう推測していた。
あれがなんなのか、さっぱり分からない。一つだけ分かるとするならば、
……羨ましいなぁ。
分厚い雲を抜けることはできずとも、我が物顔で空を駆ける。その事にクローネの心は揺らいでいた。
ただ一度きり本物の空を飛んで以来、二度目はまだない。先を越されたわけではないが大翼を広げた巨鳥の姿に、憧憬が胸に火をつける。
グラインダー部隊が白銀の絨毯に足をつけたのはその二十分後の事であった。
近くで見ればよくわかる。非常に高い練度で飛行していた彼らは、等間隔に雪の上に滑り降りてくる。先頭の一機に従い一列でついてくる姿は、見えない棒でつながれているようだった。
エンジンが唸りを上げて新雪を巻き上げる。オクタンの燃える排気の香しさに、クローネは目の奥を輝かせていた。
そして、一人の男性が降り立つ。
燃えるような明るい茶色の髪に、黒い革つなぎに身を包んだ偉丈夫だ。
彼は固くならされた雪の上に飛び降りると、腰にはいた長剣を抜く。そしてそれを楔のように地に突き立てると、
「太古の盟約より我ら冬燕が参った。健全な取引と交流を求める」
汽笛のように澄んだはっきりとした声が響く。
冬燕。クローネは知ってるかとレンに視線を投げかけるが、反応はかんばしくない。
どうするかを考えるのはレンの仕事だ。クローネは半歩下がって幼馴染の背中を押す。
「あー、なんだ。俺じゃわかんねえから待ってて貰いたいんだが」
「なら待とう。ただ──」
男性はそこで言葉を区切ると、拳から突き出した親指で背後を指していた。
並んだ部隊は礼儀よく息をひそめている。猟犬のように主の指示を今かと待っていた。
「機体を収容する場所と、できれば湯浴みが出来る場所を提供してもらいたい」
……うーん。
クローネは眉をひそめていた。
視線を泳がせれば同じくレンも唇を噛んで悩んでいる様子であった。
接待をすること自体に問題はない。もう日暮れ、本格的に夜が来る前に安全な場所へ退避するということは必要なことだ。
しかし、その場所がない。
二十にも及ぶ機体を収めるには廃坑道では足りない。せいぜい二基が限界で、主翼の長いグラインダーではその先に行くことはできない。
「……どうする?」
クローネが尋ねる。
「どうするもこうするも、下の判断を待つしかねえ。その間仮設のテントでも立てて急場をしのぐほかないだろ」
レンはそう言って首を振る。
……残業かあ。
目算で徹夜作業になるなあと思いながらクローネは先導するように坑道へと向かっていた。
除雪用の平たいスコップを持って新雪を叩く。数日で積もった淡い氷晶が舞い踊り、瞼に触れては溶けていく。
三分の一まで潰したら掬うために左右に切れ目を入れていく。鋤のように大きく振り上げ、エッジを等間隔に振り下ろすのだ。
約五十メートルほど作業を続け、ネコを持つ作業員を呼ぶ。雪塊を下から持ち上げ積み込むが、四つも載せればネコが傾きかけないほどの重さになる。
積み込みを始めればネコ持ちが列をなして待機していた。全員が一往復しても終わる量では無いが、痩せた男達が並ぶ姿にクローネは表情に見せず落胆する。
……代わろうとかないの?
積み込みと運搬、どちらが楽かは言うまでもない。体力のない上層の人間がネコに我先にと群がる姿はみっともないなと思わせていた。
足に履いたアイゼンの鉄爪を食い込ませ、なけなしの体力を振り絞る。作業を一時間も続ければスコップを握ることすら危うくなる。ノルマと体力を天秤にかけて適宜休憩をしながら奉仕活動を続けていた。
……ん?
それに気付いたのは作業も終盤に差し掛かった頃だった。
天高くあった太陽が老婆のように力無く横たわる頃、危うくなった視界でスコップを振り上げ、天を見上げていた。
影を落とす砂粒がはっきりと見える。耳をすませばチラつく雪が吸いきれないエンジン音が気分を高揚させる。
「レーン」
クローネは坑道入り口に向かって声を張り上げる。突然の叫声に兎のように首だけを長くして振り返る人々がいた。
遠く、虫のように小さな姿のレンが大きく手を振っていた。クローネが上空を指さして合図するが届いているようには見えない。
「ちょっと、レンに空に何かいるって伝えて、早く!」
まどろっこしさに腕を震わせるクローネは、近くの作業員を捕まえていた。腕を万力のように掴まれた男性は悲鳴を上げるが振りほどくことはできず、何度も機械人形のように首を振ることで解放されていた。
一直線に走りさる痩躯の男性を尻目に、クローネは上空を見上げる。
……なんだろ?
飛行する物体は一つではなかった。綺麗な隊列を作り雲の下を泳いでいる。眺めている間にも徐々に近づいてくるもの達にクローネ以外の作業員も手を止めて空を見上げていた。
……降ろすか。
「皆、発煙筒に火をつけて」
クローネは腰に付けた筒を抜きながら指示を飛ばす。
滑落した際に持たされている非常用の発煙筒に火をつける。きついピンクの炎で目を焼きながら、固く平らな場所に円を描いて筒を立てていた。
「どうした?」
「わかんない。ただ気持ちよさそうに飛んでるなって」
数分して、駆け寄ってきたレンが話しかける。
上空では徐々に高度を下げる何かの姿がはっきりと見えていた。
……グラインダー、かな。
動力付きの、風を捕まえて長距離を流れるように飛ぶ飛行物体。遠目にも見える長い主翼からクローネはそう推測していた。
あれがなんなのか、さっぱり分からない。一つだけ分かるとするならば、
……羨ましいなぁ。
分厚い雲を抜けることはできずとも、我が物顔で空を駆ける。その事にクローネの心は揺らいでいた。
ただ一度きり本物の空を飛んで以来、二度目はまだない。先を越されたわけではないが大翼を広げた巨鳥の姿に、憧憬が胸に火をつける。
グラインダー部隊が白銀の絨毯に足をつけたのはその二十分後の事であった。
近くで見ればよくわかる。非常に高い練度で飛行していた彼らは、等間隔に雪の上に滑り降りてくる。先頭の一機に従い一列でついてくる姿は、見えない棒でつながれているようだった。
エンジンが唸りを上げて新雪を巻き上げる。オクタンの燃える排気の香しさに、クローネは目の奥を輝かせていた。
そして、一人の男性が降り立つ。
燃えるような明るい茶色の髪に、黒い革つなぎに身を包んだ偉丈夫だ。
彼は固くならされた雪の上に飛び降りると、腰にはいた長剣を抜く。そしてそれを楔のように地に突き立てると、
「太古の盟約より我ら冬燕が参った。健全な取引と交流を求める」
汽笛のように澄んだはっきりとした声が響く。
冬燕。クローネは知ってるかとレンに視線を投げかけるが、反応はかんばしくない。
どうするかを考えるのはレンの仕事だ。クローネは半歩下がって幼馴染の背中を押す。
「あー、なんだ。俺じゃわかんねえから待ってて貰いたいんだが」
「なら待とう。ただ──」
男性はそこで言葉を区切ると、拳から突き出した親指で背後を指していた。
並んだ部隊は礼儀よく息をひそめている。猟犬のように主の指示を今かと待っていた。
「機体を収容する場所と、できれば湯浴みが出来る場所を提供してもらいたい」
……うーん。
クローネは眉をひそめていた。
視線を泳がせれば同じくレンも唇を噛んで悩んでいる様子であった。
接待をすること自体に問題はない。もう日暮れ、本格的に夜が来る前に安全な場所へ退避するということは必要なことだ。
しかし、その場所がない。
二十にも及ぶ機体を収めるには廃坑道では足りない。せいぜい二基が限界で、主翼の長いグラインダーではその先に行くことはできない。
「……どうする?」
クローネが尋ねる。
「どうするもこうするも、下の判断を待つしかねえ。その間仮設のテントでも立てて急場をしのぐほかないだろ」
レンはそう言って首を振る。
……残業かあ。
目算で徹夜作業になるなあと思いながらクローネは先導するように坑道へと向かっていた。
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