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1章 緋石と未だ届かぬ蒼穹7
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「元気か?」
兄貴面したレンに問われて、クローネは口角を上げる。
「そこそこ。ぶっ飛んだスパナのモノマネするくらいにはね」
「ああ、ありゃ心臓に悪かった。せっかく全賭けしたのに一位通過が失格だろ。今度は女らしく落ち着いたレースにしてくれよな」
レンはタチの悪い悪夢を振り払うように首を振る。
二度としたくないのはクローネも同じだ。次あんな事故が起これば今回のように生きていられる保証は無い。その一点だけは運が良かったと素直にうなずけた。
荷降ろしはまだ終わらない。本来ならば網目状のカゴは底か開くようになっているのだが、このスコッパーはロックが酷く歪んで開かない。そのため人が手作業で掻き出す他なかった。
会話をしながらもレンは作業を忙しなく見つめていた。
「レン兄は今はこの仕事?」
クローネは昔の呼び名で尋ねる。
この仕事、が何を指すかはクローネにもわかっていなかった。噴火は頻繁にあるものではないからだ。普段何をしているか、孤児院を出てからの動向は聞かされていなかった。
「そうだな、鍛治関連の仕事だったんだけど向いてないって言われちまったよ。計算だけはできたからそこを買われて在庫管理ってな」
現状を淡々と語るレンに、クローネは微笑を浮かべて頷いていた。
それなりに上手くやっていることは分かる。上層の仕事が大変なのは身をもって体験している。それを一任され管理する立場は信頼がないと出来ないからだ。
「変わってないね」
「そうか?」
クローネの一言にレンは首を僅かに傾げる。
昔から器用な人ではなかった。クローネの記憶の中のレンは、豆ではあるが細かい作業が苦手で、見かねた大人が勉強の道を勧めていた。逆にクローネは男の子に混じって機械いじりばかりに専念していて、大人の手を随分と焼かせていた。
気質なのだろう、よく笑うレンは面倒見がよく勉強が出来ることに驕るような性格ではなかった。だからクローネも鼻持ちならないと忌避することもなく、共に遊んでいた。
同時に、倉庫にしまってあった古い記憶には常にもう一人の姿があったことを思い出す。
「そういえばキキョウ姉は何してるの?」
クローネが問うと、レンは目を丸くしていた。
……なに?
キキョウはレンと同い年の少女だった。女性らしさという言葉の似合う人でもあった。
腰まで伸びた長い髪は針金のように真っ直ぐで艶があり、肌は陶磁器のように白く透き通っていた。掴めば折れそうな四肢に母性を感じさせる優しい物腰は姉というよりも母を思わせていた。
皆、親無しであるがゆえに、心の隙間を埋めるようにキキョウに懐いていた。特に男子はその傾向がひどく、片時も離れない子にも無理矢理引き剥がすような真似はせず、落ち着くまで一緒にいてあげていた。
さすがにレンがそんな姿を見せていた訳では無いが、年齢が同じなこともあり好意を抱いていたのは女子の中でも話題になっていた。院を出たあとに共に過ごす男女も少なくないため、彼らもそうなるだろうと半ば確信めいた予想があった。
だからこそ、レンが言葉に詰まる理由が分からない。
「……何かあったの?」
上層に比べれば生きやすい環境とはいえ中層も厳しい世界である。大人になる前に亡くなる子供も少なくなく、クローネが知る限りでも事故や病気で何人も死んでいる。
そんな最悪を想像していると、レンはただ首を横に振る。
「いや、そもそも何処にいるか知らねえんだ」
「なんで? あんなに仲良かったのに」
「なんでって言われてもなぁ……」
歯切れの悪い返答にクローネは拳を固く握りしめる。
感情のままに振られた腕は、レンに届くことなく空を切る。
……どうして男ってこうっ!
少なからずキキョウも好ましく思っていたはずだ。付き合えとまでは言わないが縁を繋いでおけよと、クローネは思わずにはいられなかった。
「おや、お取り込み中ですかな?」
ダメ押しのニ撃目を繰り出そうとしたクローネは異質な声に手を止める。
男性にしては甲高い、鉄板を引っ掻いたような声だ。
「ん、ドクター。なんか用かい?」
「医者?」
兄貴面したレンに問われて、クローネは口角を上げる。
「そこそこ。ぶっ飛んだスパナのモノマネするくらいにはね」
「ああ、ありゃ心臓に悪かった。せっかく全賭けしたのに一位通過が失格だろ。今度は女らしく落ち着いたレースにしてくれよな」
レンはタチの悪い悪夢を振り払うように首を振る。
二度としたくないのはクローネも同じだ。次あんな事故が起これば今回のように生きていられる保証は無い。その一点だけは運が良かったと素直にうなずけた。
荷降ろしはまだ終わらない。本来ならば網目状のカゴは底か開くようになっているのだが、このスコッパーはロックが酷く歪んで開かない。そのため人が手作業で掻き出す他なかった。
会話をしながらもレンは作業を忙しなく見つめていた。
「レン兄は今はこの仕事?」
クローネは昔の呼び名で尋ねる。
この仕事、が何を指すかはクローネにもわかっていなかった。噴火は頻繁にあるものではないからだ。普段何をしているか、孤児院を出てからの動向は聞かされていなかった。
「そうだな、鍛治関連の仕事だったんだけど向いてないって言われちまったよ。計算だけはできたからそこを買われて在庫管理ってな」
現状を淡々と語るレンに、クローネは微笑を浮かべて頷いていた。
それなりに上手くやっていることは分かる。上層の仕事が大変なのは身をもって体験している。それを一任され管理する立場は信頼がないと出来ないからだ。
「変わってないね」
「そうか?」
クローネの一言にレンは首を僅かに傾げる。
昔から器用な人ではなかった。クローネの記憶の中のレンは、豆ではあるが細かい作業が苦手で、見かねた大人が勉強の道を勧めていた。逆にクローネは男の子に混じって機械いじりばかりに専念していて、大人の手を随分と焼かせていた。
気質なのだろう、よく笑うレンは面倒見がよく勉強が出来ることに驕るような性格ではなかった。だからクローネも鼻持ちならないと忌避することもなく、共に遊んでいた。
同時に、倉庫にしまってあった古い記憶には常にもう一人の姿があったことを思い出す。
「そういえばキキョウ姉は何してるの?」
クローネが問うと、レンは目を丸くしていた。
……なに?
キキョウはレンと同い年の少女だった。女性らしさという言葉の似合う人でもあった。
腰まで伸びた長い髪は針金のように真っ直ぐで艶があり、肌は陶磁器のように白く透き通っていた。掴めば折れそうな四肢に母性を感じさせる優しい物腰は姉というよりも母を思わせていた。
皆、親無しであるがゆえに、心の隙間を埋めるようにキキョウに懐いていた。特に男子はその傾向がひどく、片時も離れない子にも無理矢理引き剥がすような真似はせず、落ち着くまで一緒にいてあげていた。
さすがにレンがそんな姿を見せていた訳では無いが、年齢が同じなこともあり好意を抱いていたのは女子の中でも話題になっていた。院を出たあとに共に過ごす男女も少なくないため、彼らもそうなるだろうと半ば確信めいた予想があった。
だからこそ、レンが言葉に詰まる理由が分からない。
「……何かあったの?」
上層に比べれば生きやすい環境とはいえ中層も厳しい世界である。大人になる前に亡くなる子供も少なくなく、クローネが知る限りでも事故や病気で何人も死んでいる。
そんな最悪を想像していると、レンはただ首を横に振る。
「いや、そもそも何処にいるか知らねえんだ」
「なんで? あんなに仲良かったのに」
「なんでって言われてもなぁ……」
歯切れの悪い返答にクローネは拳を固く握りしめる。
感情のままに振られた腕は、レンに届くことなく空を切る。
……どうして男ってこうっ!
少なからずキキョウも好ましく思っていたはずだ。付き合えとまでは言わないが縁を繋いでおけよと、クローネは思わずにはいられなかった。
「おや、お取り込み中ですかな?」
ダメ押しのニ撃目を繰り出そうとしたクローネは異質な声に手を止める。
男性にしては甲高い、鉄板を引っ掻いたような声だ。
「ん、ドクター。なんか用かい?」
「医者?」
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