【R18】彼女が友だちと寝ていたから

文字の大きさ
上 下
34 / 47

第34話 左近2

しおりを挟む
 左近は退学の手続きをするため、大学へと来ていた。
 手続きの為の書類は手元にある。後は学生課へいき、二言三言話をすれば学生という身分を剥奪はくだつされる。しかしせっかくの三年とちょっとの時間が泡と消えるのが惜しく思えてなかなか踏ん切りがつかないでいた。
 元々辞めるつもりなどなかった。とはいえ続けるつもりもなく、辞める理由といえば本格的に勘当された実家への当てつけでしか無かった。卒業するまでは面倒見てやるといわれ、それがたまらなくプライドを傷つけられていた。ただいたずらに席を起き続けるくらいならいっそ一思いに辞めて一人で生きてやる。それ以上の考えのない、計画性なんて投げ捨てた意地だった。
 ……はぁ。
 我ながら度し難い。素直に頭を下げることも、来たる今日の為に貯めた金もない。すぐにどうにかなる訳では無いが、早晩そうばん限界が来ることは目に見えていた。
 頼る誰かもなく、近いうちに路頭に迷う。暗い未来にため息の数だけ積み重ねていた。
 大学でも居場所がある訳では無かった。そんな人間がいられる場所は限られる。左近は悩みを抱えたまま食堂のど真ん中に鎮座ちんざしていた。
 まだ昼には早い時間。本格的に混み出す前の食堂は人の姿がまばらだった。ただだべるだけに集まったり、朝食を抜いてきた学生が簡単な軽食に舌鼓したつづみを打つなど、いくつもあるテーブルは数人しか利用されていなかった。
 左近の周りには人の姿がなく、それはいつも通りであった。顔を見るなり背けることも、腫れ物を扱うように距離を置くことも。いちいち気に止めていたら一歩も歩けない。
 左近は何をする訳でもなくただ人の輪郭りんかくを眺めていた。動く人、座る人、そこに特に意味はなく、ただ無為むいに時間を潰していた。
 そこへ正面から向かってくる人の姿を見つけて、珍しいなと思っていると、その人物は左近に影を落として立ち止まっていた。 

「ここいいか?」

 ハリのある女性の声がした。
 ……なんだこいつ?
 空席の目立つ食堂でわざわざ人のいるテーブルを選ぶ神経がわからず、左近は何も言えなくなっていた。意図的に空いた空間ということが理解できなくとも普通なら他のテーブルを選ぶだろう。
 考えられるとしたら変人か、もしくはお礼参りか。どちらにせよ興味無いと左近が顔を背けると、

「無視すんなよ。可愛い顔して」

 その女性は手を伸ばして頬に手を添えていた。
 ……初対面だよな?
 左近は戸惑いながらもすぐにその手を払い除ける。彼女の笑みを浮かべた顔を見てもどうしてそんな事をしたのか理解は出来なかった。

「何すんだ、ぶっ殺すぞ」

「あー、ごめんね。ほら一紗、もう行こうよ」

 左近が威勢いせいよく吠えると、その女性の後ろから細長い男が覗いていた。
 彼は女性の手を引いているが、成果はかんばしくないようで一歩も動く気配がない。
 それどころか女性は涼しい顔をして振り返り、

「もうも何も、何もしてないが?」

「何もしなくていいから。ほら別の所行こ」

「あぁちょっと待て」

 踏ん張る男性を左近は呼び止めていた。

「……何かな?」

 警戒しているのが丸わかりな、いぶかしげな目線を鼻で笑う。しかし左近は目を男性から女性に向けていた。
 美女というにふさわしい容姿とたわわに実った胸。それと呼ばれていた名前を加味すれば自ずと誰だかわかる。

「お前、『大淫婦』だろ?」

「らしいな」

 通称に特別思い入れがないような声色で彼女は言う。
 ……こいつが。
 噂は大学にいれば嫌でも耳に入る。特に男性なら知らない者はよほど人付き合いがない限りは常識ともいえるほどの知名度があった。
 どれだけの男と交わろうとも高嶺の花であり続ける彼女という話は確かに嘘ではないようだ。一説には精を集めるサキュバスの類なのでは、ということからそのあだ名がつけられていた。
 ……なるほど。
 噂も案外馬鹿にできないと、左近は一紗を見て思う。同時に、不用意に触れては怪我をするのはこちらという危惧きぐも感じていた。
 それほどにまで注目を集める人物だ。その一挙手一投足が話題になる。ここ半年吸い尽くされる獲物がいなくなったことと、べったりと寄り添う男性がいるという話は話題に飢えた学生の間では格好のネタになっていた。
 左近は男性へ目を向け直すと、

「じゃあ隣のが『ブリーダー』か」

「……はい?」

「なんだ知らないのか。どうしようもないヤリマンに首輪付けた男がいるって話になってんだぞ」

 左近の言葉に、髪の毛をまき散らすように男性が首を振っていた。
 知らぬは当事者ばかりなり。最低限の確認を終えたと、左近は興味を失い視線を外していた。

「ま、いいわ。さっさと失せな」

 投げかけた言葉に、しかし一紗は動かない。それどころか見下ろしたまま、

「なんだ、お前も首輪をつけて欲しいのか?」

「頭沸いてんのか? 何処からそういう話になったんだよ」

「目を見ればわかるさ」

 覗き込むように顔を前に出していた。
 テーブルを挟んで向かいにいる彼女は、そのくりっとした大きな目をしていた。何もかもを見透かしているような態度に左近は首を振る。

「わかるわけねぇだろ。ほら、飼い主困らせるんじゃねえよ」

「残念だったな。私はじゃじゃ馬だから振り回すことしか知らないんだ」

「いばっていうことじゃないよ……」

 ほんとだよ、と男性に続いてつい口に出そうになる。
 噂通りぶっ飛んでいる女の相手などしていられない。左近は手で払うような仕草をしていたが効果はなかった。
 ……なんだってんだ。
 二人は手に何かを持っているわけではない。食事をするためにここにいるという訳ではないのだ。ただ時間つぶしの談笑をするのであればいくらでも場所を選べるというのに、絡んでくる理由がわからない。
 個人的に用があるならばまだわかる。しかし二人とも先に要件を伝えようとすらしていない。
 ……わからん。
 謎が謎を呼ぶ。一つだけはっきりしていることは鬱陶うっとうしいということだけだった。

「名前は?」

「は?」

「名前だよ。木石ぼくせきにあらねばって言うだろ? 両親が付けた名前がさ」

 言葉に反応して眉が持ち上がる。軽い舌打ちをして、左近は悪態をついていた。

「うるせえよ」

「んー、そうか。両親と仲が悪いのか」

「いい加減にしろよ!」

 ドンッと、机を叩く音が響く。
 否が応でも注目を集める行動に、周囲の小鳥のようなざわめきが鳴りをひそめていた。
 とぼけた顔して一足飛いっそくとびに核心を突く一紗に不信感をあらわにした左近は感情のまままくし立てていた。

「知ったような口でペラペラと。ウザイんだよ」

「知っているさ。そんな寂しい背中なんて見慣れてる」

「訳わかんねえこと言うなよ」

 ……くそっ。
 精一杯の虚勢も笑みで返されては二の句をつげない。放っといてくれといって素直に聞くような奴でもないことが頭痛の種になっていた。

「ほら」

 どうやって排除しようかと考えていた左近は、目の前に差し出された紙片に目をやった。綺麗な文字でハイフン二つに数字の羅列。それを見つめていると上下にあおぐように振られていた。

「私の連絡先だ。一晩くらいなら相手してやるぞ」

「それでいいのかよ」

 言葉の意味を理解して、左近は後ろに控えている男性に声を投げる。
 その視線に気づいた彼は困ったような笑みを浮かべていた。

「あ、うん。一紗のしたいことだから」

「彼氏だろ? しっかりしろよ」

「それは聞き捨てならないな。何も知らない癖に他人の関係にずかずかと踏み込んでくるのは行儀がいいとは言えないぞ」

「それ、一紗が言えたことじゃないよね」

 話に割り込んできた一紗は紙をテーブルに置くと左近に向かって指を指していた。その態度に男性はもうと、言葉を漏らしてため息をつく。

「私はいいんだよ」

 そう言い放つ彼女はその豊満な胸を張って口元を釣り上げていた。

「和《やまと》はな、我が道を行く人間を支えることに至上しじょうよろこびを感じる度し難い性格をしているんだ。だから私の進む先の邪魔になるような事は絶対にしないのさ」

「あ、僕そんなふうに思われてたんだ」

「事実だろ?」

「いやぁ、どうだろう? 素直に認めたくは無いなぁ」

 和と呼ばれた男性は、苦笑しながら頭を掻いていた。それが慣れ切ってしまっているようななだらかな行動が彼らの関係の深さを物語っていた。
 ……あぁ、疲れる。
 左近は目を半分閉じて話を聞いていた。
 二人が仲睦なかむつまじいことは十分に伝わっていた。お互い何もかもをさらけ出した上でできた関係を見せられて無性に苛つく自分がいることも。
 伝統文化の家系は良くも悪くも閉鎖的な環境だった。特に子供には理解できないことも多く、しがらみだって多々ある。他人と違うことを受け入れる度量どりょうがなければ辛いことの方が多いくらいだ。
 左近に理解者はいなかった。向けられるのは奇異の目だけで、環境の違いを幼い頃から分からせられる。そんな中で正常を保てる人間は数少ない。
 ……駄目だったんだよなあ。
 才能もなく、受け入れる心構えもなかった。出来のいい弟に立場をとってかわられるのは当然のことで、突然解放されても今までの生活が無くなるわけでもない。残ったのはすべてが中途半端になった子供だけ。

「度し難いか。たしかにな」

 左近は自嘲じちょうする。その言葉を曲解きょっかいした和はふくれっ面になり、

「ほらー。変な印象持たれちゃったじゃん」

「なに、有象無象うぞうむぞうの評価なんぞ気にするな。お前には私がいればそれでいい」

「それは違うけど」

 肩を抱く一紗に、首を横に振って答えていた。

惚気のろけならよそでやってくれ」

 ため息交じりに苦言を呈すると、一紗は妖艶な笑みを浮かべていた。

「いやすまない。童貞君には刺激が強かったかな」

「童貞じゃねえし」

「そうかそうか。ならテクには期待しているよ」

「なんでそうなるんだよ……」

 話が通じない。やりずらい。
 殴ればどうにかなるほど単純な相手ではないことが恨めしい。
 そう思っていると和が一歩前に出て、頭を下げていた。

「まあまあ。犬に噛まれたと思ってくれると嬉しいな」

「がう」

「……一紗、それはつまらないよ」

 ほんと、その通りだよ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

一夏の性体験

風のように
恋愛
性に興味を持ち始めた頃に訪れた憧れの年上の女性との一夜の経験

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

処理中です...