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第34話 左近2
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左近は退学の手続きをするため、大学へと来ていた。
手続きの為の書類は手元にある。後は学生課へいき、二言三言話をすれば学生という身分を剥奪される。しかしせっかくの三年とちょっとの時間が泡と消えるのが惜しく思えてなかなか踏ん切りがつかないでいた。
元々辞めるつもりなどなかった。とはいえ続けるつもりもなく、辞める理由といえば本格的に勘当された実家への当てつけでしか無かった。卒業するまでは面倒見てやるといわれ、それがたまらなくプライドを傷つけられていた。ただいたずらに席を起き続けるくらいならいっそ一思いに辞めて一人で生きてやる。それ以上の考えのない、計画性なんて投げ捨てた意地だった。
……はぁ。
我ながら度し難い。素直に頭を下げることも、来たる今日の為に貯めた金もない。すぐにどうにかなる訳では無いが、早晩限界が来ることは目に見えていた。
頼る誰かもなく、近いうちに路頭に迷う。暗い未来にため息の数だけ積み重ねていた。
大学でも居場所がある訳では無かった。そんな人間がいられる場所は限られる。左近は悩みを抱えたまま食堂のど真ん中に鎮座していた。
まだ昼には早い時間。本格的に混み出す前の食堂は人の姿がまばらだった。ただだべるだけに集まったり、朝食を抜いてきた学生が簡単な軽食に舌鼓を打つなど、いくつもあるテーブルは数人しか利用されていなかった。
左近の周りには人の姿がなく、それはいつも通りであった。顔を見るなり背けることも、腫れ物を扱うように距離を置くことも。いちいち気に止めていたら一歩も歩けない。
左近は何をする訳でもなくただ人の輪郭を眺めていた。動く人、座る人、そこに特に意味はなく、ただ無為に時間を潰していた。
そこへ正面から向かってくる人の姿を見つけて、珍しいなと思っていると、その人物は左近に影を落として立ち止まっていた。
「ここいいか?」
ハリのある女性の声がした。
……なんだこいつ?
空席の目立つ食堂でわざわざ人のいるテーブルを選ぶ神経がわからず、左近は何も言えなくなっていた。意図的に空いた空間ということが理解できなくとも普通なら他のテーブルを選ぶだろう。
考えられるとしたら変人か、もしくはお礼参りか。どちらにせよ興味無いと左近が顔を背けると、
「無視すんなよ。可愛い顔して」
その女性は手を伸ばして頬に手を添えていた。
……初対面だよな?
左近は戸惑いながらもすぐにその手を払い除ける。彼女の笑みを浮かべた顔を見てもどうしてそんな事をしたのか理解は出来なかった。
「何すんだ、ぶっ殺すぞ」
「あー、ごめんね。ほら一紗、もう行こうよ」
左近が威勢よく吠えると、その女性の後ろから細長い男が覗いていた。
彼は女性の手を引いているが、成果は芳しくないようで一歩も動く気配がない。
それどころか女性は涼しい顔をして振り返り、
「もうも何も、何もしてないが?」
「何もしなくていいから。ほら別の所行こ」
「あぁちょっと待て」
踏ん張る男性を左近は呼び止めていた。
「……何かな?」
警戒しているのが丸わかりな、訝しげな目線を鼻で笑う。しかし左近は目を男性から女性に向けていた。
美女というにふさわしい容姿とたわわに実った胸。それと呼ばれていた名前を加味すれば自ずと誰だかわかる。
「お前、『大淫婦』だろ?」
「らしいな」
通称に特別思い入れがないような声色で彼女は言う。
……こいつが。
噂は大学にいれば嫌でも耳に入る。特に男性なら知らない者はよほど人付き合いがない限りは常識ともいえるほどの知名度があった。
どれだけの男と交わろうとも高嶺の花であり続ける彼女という話は確かに嘘ではないようだ。一説には精を集めるサキュバスの類なのでは、ということからそのあだ名がつけられていた。
……なるほど。
噂も案外馬鹿にできないと、左近は一紗を見て思う。同時に、不用意に触れては怪我をするのはこちらという危惧も感じていた。
それほどにまで注目を集める人物だ。その一挙手一投足が話題になる。ここ半年吸い尽くされる獲物がいなくなったことと、べったりと寄り添う男性がいるという話は話題に飢えた学生の間では格好のネタになっていた。
左近は男性へ目を向け直すと、
「じゃあ隣のが『ブリーダー』か」
「……はい?」
「なんだ知らないのか。どうしようもないヤリマンに首輪付けた男がいるって話になってんだぞ」
左近の言葉に、髪の毛をまき散らすように男性が首を振っていた。
知らぬは当事者ばかりなり。最低限の確認を終えたと、左近は興味を失い視線を外していた。
「ま、いいわ。さっさと失せな」
投げかけた言葉に、しかし一紗は動かない。それどころか見下ろしたまま、
「なんだ、お前も首輪をつけて欲しいのか?」
「頭沸いてんのか? 何処からそういう話になったんだよ」
「目を見ればわかるさ」
覗き込むように顔を前に出していた。
テーブルを挟んで向かいにいる彼女は、そのくりっとした大きな目をしていた。何もかもを見透かしているような態度に左近は首を振る。
「わかるわけねぇだろ。ほら、飼い主困らせるんじゃねえよ」
「残念だったな。私はじゃじゃ馬だから振り回すことしか知らないんだ」
「いばっていうことじゃないよ……」
ほんとだよ、と男性に続いてつい口に出そうになる。
噂通りぶっ飛んでいる女の相手などしていられない。左近は手で払うような仕草をしていたが効果はなかった。
……なんだってんだ。
二人は手に何かを持っているわけではない。食事をするためにここにいるという訳ではないのだ。ただ時間つぶしの談笑をするのであればいくらでも場所を選べるというのに、絡んでくる理由がわからない。
個人的に用があるならばまだわかる。しかし二人とも先に要件を伝えようとすらしていない。
……わからん。
謎が謎を呼ぶ。一つだけはっきりしていることは鬱陶しいということだけだった。
「名前は?」
「は?」
「名前だよ。木石にあらねばって言うだろ? 両親が付けた名前がさ」
言葉に反応して眉が持ち上がる。軽い舌打ちをして、左近は悪態をついていた。
「うるせえよ」
「んー、そうか。両親と仲が悪いのか」
「いい加減にしろよ!」
ドンッと、机を叩く音が響く。
否が応でも注目を集める行動に、周囲の小鳥のようなざわめきが鳴りをひそめていた。
とぼけた顔して一足飛びに核心を突く一紗に不信感をあらわにした左近は感情のまままくし立てていた。
「知ったような口でペラペラと。ウザイんだよ」
「知っているさ。そんな寂しい背中なんて見慣れてる」
「訳わかんねえこと言うなよ」
……くそっ。
精一杯の虚勢も笑みで返されては二の句をつげない。放っといてくれといって素直に聞くような奴でもないことが頭痛の種になっていた。
「ほら」
どうやって排除しようかと考えていた左近は、目の前に差し出された紙片に目をやった。綺麗な文字でハイフン二つに数字の羅列。それを見つめていると上下に仰ぐように振られていた。
「私の連絡先だ。一晩くらいなら相手してやるぞ」
「それでいいのかよ」
言葉の意味を理解して、左近は後ろに控えている男性に声を投げる。
その視線に気づいた彼は困ったような笑みを浮かべていた。
「あ、うん。一紗のしたいことだから」
「彼氏だろ? しっかりしろよ」
「それは聞き捨てならないな。何も知らない癖に他人の関係にずかずかと踏み込んでくるのは行儀がいいとは言えないぞ」
「それ、一紗が言えたことじゃないよね」
話に割り込んできた一紗は紙をテーブルに置くと左近に向かって指を指していた。その態度に男性はもうと、言葉を漏らしてため息をつく。
「私はいいんだよ」
そう言い放つ彼女はその豊満な胸を張って口元を釣り上げていた。
「和《やまと》はな、我が道を行く人間を支えることに至上の悦びを感じる度し難い性格をしているんだ。だから私の進む先の邪魔になるような事は絶対にしないのさ」
「あ、僕そんなふうに思われてたんだ」
「事実だろ?」
「いやぁ、どうだろう? 素直に認めたくは無いなぁ」
和と呼ばれた男性は、苦笑しながら頭を掻いていた。それが慣れ切ってしまっているようななだらかな行動が彼らの関係の深さを物語っていた。
……あぁ、疲れる。
左近は目を半分閉じて話を聞いていた。
二人が仲睦まじいことは十分に伝わっていた。お互い何もかもをさらけ出した上でできた関係を見せられて無性に苛つく自分がいることも。
伝統文化の家系は良くも悪くも閉鎖的な環境だった。特に子供には理解できないことも多く、しがらみだって多々ある。他人と違うことを受け入れる度量がなければ辛いことの方が多いくらいだ。
左近に理解者はいなかった。向けられるのは奇異の目だけで、環境の違いを幼い頃から分からせられる。そんな中で正常を保てる人間は数少ない。
……駄目だったんだよなあ。
才能もなく、受け入れる心構えもなかった。出来のいい弟に立場をとってかわられるのは当然のことで、突然解放されても今までの生活が無くなるわけでもない。残ったのはすべてが中途半端になった子供だけ。
「度し難いか。たしかにな」
左近は自嘲する。その言葉を曲解した和はふくれっ面になり、
「ほらー。変な印象持たれちゃったじゃん」
「なに、有象無象の評価なんぞ気にするな。お前には私がいればそれでいい」
「それは違うけど」
肩を抱く一紗に、首を横に振って答えていた。
「惚気ならよそでやってくれ」
ため息交じりに苦言を呈すると、一紗は妖艶な笑みを浮かべていた。
「いやすまない。童貞君には刺激が強かったかな」
「童貞じゃねえし」
「そうかそうか。ならテクには期待しているよ」
「なんでそうなるんだよ……」
話が通じない。やりずらい。
殴ればどうにかなるほど単純な相手ではないことが恨めしい。
そう思っていると和が一歩前に出て、頭を下げていた。
「まあまあ。犬に噛まれたと思ってくれると嬉しいな」
「がう」
「……一紗、それはつまらないよ」
ほんと、その通りだよ。
手続きの為の書類は手元にある。後は学生課へいき、二言三言話をすれば学生という身分を剥奪される。しかしせっかくの三年とちょっとの時間が泡と消えるのが惜しく思えてなかなか踏ん切りがつかないでいた。
元々辞めるつもりなどなかった。とはいえ続けるつもりもなく、辞める理由といえば本格的に勘当された実家への当てつけでしか無かった。卒業するまでは面倒見てやるといわれ、それがたまらなくプライドを傷つけられていた。ただいたずらに席を起き続けるくらいならいっそ一思いに辞めて一人で生きてやる。それ以上の考えのない、計画性なんて投げ捨てた意地だった。
……はぁ。
我ながら度し難い。素直に頭を下げることも、来たる今日の為に貯めた金もない。すぐにどうにかなる訳では無いが、早晩限界が来ることは目に見えていた。
頼る誰かもなく、近いうちに路頭に迷う。暗い未来にため息の数だけ積み重ねていた。
大学でも居場所がある訳では無かった。そんな人間がいられる場所は限られる。左近は悩みを抱えたまま食堂のど真ん中に鎮座していた。
まだ昼には早い時間。本格的に混み出す前の食堂は人の姿がまばらだった。ただだべるだけに集まったり、朝食を抜いてきた学生が簡単な軽食に舌鼓を打つなど、いくつもあるテーブルは数人しか利用されていなかった。
左近の周りには人の姿がなく、それはいつも通りであった。顔を見るなり背けることも、腫れ物を扱うように距離を置くことも。いちいち気に止めていたら一歩も歩けない。
左近は何をする訳でもなくただ人の輪郭を眺めていた。動く人、座る人、そこに特に意味はなく、ただ無為に時間を潰していた。
そこへ正面から向かってくる人の姿を見つけて、珍しいなと思っていると、その人物は左近に影を落として立ち止まっていた。
「ここいいか?」
ハリのある女性の声がした。
……なんだこいつ?
空席の目立つ食堂でわざわざ人のいるテーブルを選ぶ神経がわからず、左近は何も言えなくなっていた。意図的に空いた空間ということが理解できなくとも普通なら他のテーブルを選ぶだろう。
考えられるとしたら変人か、もしくはお礼参りか。どちらにせよ興味無いと左近が顔を背けると、
「無視すんなよ。可愛い顔して」
その女性は手を伸ばして頬に手を添えていた。
……初対面だよな?
左近は戸惑いながらもすぐにその手を払い除ける。彼女の笑みを浮かべた顔を見てもどうしてそんな事をしたのか理解は出来なかった。
「何すんだ、ぶっ殺すぞ」
「あー、ごめんね。ほら一紗、もう行こうよ」
左近が威勢よく吠えると、その女性の後ろから細長い男が覗いていた。
彼は女性の手を引いているが、成果は芳しくないようで一歩も動く気配がない。
それどころか女性は涼しい顔をして振り返り、
「もうも何も、何もしてないが?」
「何もしなくていいから。ほら別の所行こ」
「あぁちょっと待て」
踏ん張る男性を左近は呼び止めていた。
「……何かな?」
警戒しているのが丸わかりな、訝しげな目線を鼻で笑う。しかし左近は目を男性から女性に向けていた。
美女というにふさわしい容姿とたわわに実った胸。それと呼ばれていた名前を加味すれば自ずと誰だかわかる。
「お前、『大淫婦』だろ?」
「らしいな」
通称に特別思い入れがないような声色で彼女は言う。
……こいつが。
噂は大学にいれば嫌でも耳に入る。特に男性なら知らない者はよほど人付き合いがない限りは常識ともいえるほどの知名度があった。
どれだけの男と交わろうとも高嶺の花であり続ける彼女という話は確かに嘘ではないようだ。一説には精を集めるサキュバスの類なのでは、ということからそのあだ名がつけられていた。
……なるほど。
噂も案外馬鹿にできないと、左近は一紗を見て思う。同時に、不用意に触れては怪我をするのはこちらという危惧も感じていた。
それほどにまで注目を集める人物だ。その一挙手一投足が話題になる。ここ半年吸い尽くされる獲物がいなくなったことと、べったりと寄り添う男性がいるという話は話題に飢えた学生の間では格好のネタになっていた。
左近は男性へ目を向け直すと、
「じゃあ隣のが『ブリーダー』か」
「……はい?」
「なんだ知らないのか。どうしようもないヤリマンに首輪付けた男がいるって話になってんだぞ」
左近の言葉に、髪の毛をまき散らすように男性が首を振っていた。
知らぬは当事者ばかりなり。最低限の確認を終えたと、左近は興味を失い視線を外していた。
「ま、いいわ。さっさと失せな」
投げかけた言葉に、しかし一紗は動かない。それどころか見下ろしたまま、
「なんだ、お前も首輪をつけて欲しいのか?」
「頭沸いてんのか? 何処からそういう話になったんだよ」
「目を見ればわかるさ」
覗き込むように顔を前に出していた。
テーブルを挟んで向かいにいる彼女は、そのくりっとした大きな目をしていた。何もかもを見透かしているような態度に左近は首を振る。
「わかるわけねぇだろ。ほら、飼い主困らせるんじゃねえよ」
「残念だったな。私はじゃじゃ馬だから振り回すことしか知らないんだ」
「いばっていうことじゃないよ……」
ほんとだよ、と男性に続いてつい口に出そうになる。
噂通りぶっ飛んでいる女の相手などしていられない。左近は手で払うような仕草をしていたが効果はなかった。
……なんだってんだ。
二人は手に何かを持っているわけではない。食事をするためにここにいるという訳ではないのだ。ただ時間つぶしの談笑をするのであればいくらでも場所を選べるというのに、絡んでくる理由がわからない。
個人的に用があるならばまだわかる。しかし二人とも先に要件を伝えようとすらしていない。
……わからん。
謎が謎を呼ぶ。一つだけはっきりしていることは鬱陶しいということだけだった。
「名前は?」
「は?」
「名前だよ。木石にあらねばって言うだろ? 両親が付けた名前がさ」
言葉に反応して眉が持ち上がる。軽い舌打ちをして、左近は悪態をついていた。
「うるせえよ」
「んー、そうか。両親と仲が悪いのか」
「いい加減にしろよ!」
ドンッと、机を叩く音が響く。
否が応でも注目を集める行動に、周囲の小鳥のようなざわめきが鳴りをひそめていた。
とぼけた顔して一足飛びに核心を突く一紗に不信感をあらわにした左近は感情のまままくし立てていた。
「知ったような口でペラペラと。ウザイんだよ」
「知っているさ。そんな寂しい背中なんて見慣れてる」
「訳わかんねえこと言うなよ」
……くそっ。
精一杯の虚勢も笑みで返されては二の句をつげない。放っといてくれといって素直に聞くような奴でもないことが頭痛の種になっていた。
「ほら」
どうやって排除しようかと考えていた左近は、目の前に差し出された紙片に目をやった。綺麗な文字でハイフン二つに数字の羅列。それを見つめていると上下に仰ぐように振られていた。
「私の連絡先だ。一晩くらいなら相手してやるぞ」
「それでいいのかよ」
言葉の意味を理解して、左近は後ろに控えている男性に声を投げる。
その視線に気づいた彼は困ったような笑みを浮かべていた。
「あ、うん。一紗のしたいことだから」
「彼氏だろ? しっかりしろよ」
「それは聞き捨てならないな。何も知らない癖に他人の関係にずかずかと踏み込んでくるのは行儀がいいとは言えないぞ」
「それ、一紗が言えたことじゃないよね」
話に割り込んできた一紗は紙をテーブルに置くと左近に向かって指を指していた。その態度に男性はもうと、言葉を漏らしてため息をつく。
「私はいいんだよ」
そう言い放つ彼女はその豊満な胸を張って口元を釣り上げていた。
「和《やまと》はな、我が道を行く人間を支えることに至上の悦びを感じる度し難い性格をしているんだ。だから私の進む先の邪魔になるような事は絶対にしないのさ」
「あ、僕そんなふうに思われてたんだ」
「事実だろ?」
「いやぁ、どうだろう? 素直に認めたくは無いなぁ」
和と呼ばれた男性は、苦笑しながら頭を掻いていた。それが慣れ切ってしまっているようななだらかな行動が彼らの関係の深さを物語っていた。
……あぁ、疲れる。
左近は目を半分閉じて話を聞いていた。
二人が仲睦まじいことは十分に伝わっていた。お互い何もかもをさらけ出した上でできた関係を見せられて無性に苛つく自分がいることも。
伝統文化の家系は良くも悪くも閉鎖的な環境だった。特に子供には理解できないことも多く、しがらみだって多々ある。他人と違うことを受け入れる度量がなければ辛いことの方が多いくらいだ。
左近に理解者はいなかった。向けられるのは奇異の目だけで、環境の違いを幼い頃から分からせられる。そんな中で正常を保てる人間は数少ない。
……駄目だったんだよなあ。
才能もなく、受け入れる心構えもなかった。出来のいい弟に立場をとってかわられるのは当然のことで、突然解放されても今までの生活が無くなるわけでもない。残ったのはすべてが中途半端になった子供だけ。
「度し難いか。たしかにな」
左近は自嘲する。その言葉を曲解した和はふくれっ面になり、
「ほらー。変な印象持たれちゃったじゃん」
「なに、有象無象の評価なんぞ気にするな。お前には私がいればそれでいい」
「それは違うけど」
肩を抱く一紗に、首を横に振って答えていた。
「惚気ならよそでやってくれ」
ため息交じりに苦言を呈すると、一紗は妖艶な笑みを浮かべていた。
「いやすまない。童貞君には刺激が強かったかな」
「童貞じゃねえし」
「そうかそうか。ならテクには期待しているよ」
「なんでそうなるんだよ……」
話が通じない。やりずらい。
殴ればどうにかなるほど単純な相手ではないことが恨めしい。
そう思っていると和が一歩前に出て、頭を下げていた。
「まあまあ。犬に噛まれたと思ってくれると嬉しいな」
「がう」
「……一紗、それはつまらないよ」
ほんと、その通りだよ。
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