【R18】彼女が友だちと寝ていたから

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第32話 晴海2

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「それっきり?」

「うん、それっきり。そこまで馬鹿だったら今ここに居ないだろうしね」

 確かに。晴人辺りは本気で怒るだろうと簡単に予想出来る。一紗は笑っていそうだけれど。
 晴海は抱く力を強めていた。痛いくらいに締め付けられて、しかし伝わる心音は穏やかだった。

「私もちゃんと話すれば良かったなぁ。ゆーちゃんは大丈夫だと思うけど、やけっぱちは良くないわ」

「……わかった」

 夕凪は短く頷いていた。
 それ以上言う言葉が見つからなかった。
 ……はぁ。
 本当に馬鹿だ。どれだけ怖い思いをしたのか想像することも出来ない。そしてそれを誰にもいえずに抱え込む所も馬鹿だと思う。
 ……信用がないからかな。
 当時小学生の夕凪では相談しても無駄だと思うのは仕方ない。それどころか嫌いになってもおかしくなかった。今はそれとは別に変なことに慣れてしまったせいで受け入れられているだけで、簡単に身体を売った姉を認められただろうか。
 無理か。無理だろう。子供であることがこんなにも恨めしいとは思わなかった。

「お姉ちゃん、大丈夫なの?」

「うん、今はね。もうだいぶ前の事だし、縁もないから。折り合いついたらただの背景と思えるようになったよ」

「そっか」

 そっか、良かったねなんて口が裂けても言えない。
 その代わりに夕凪は手を腰に回して抱き合った。仕方ない子だとあやす様に。
 ──本当に仕方がないのは自分なのに。
 こんな恥辱《ちじょく》をわざわざさらけ出してくれたのは、それが夕凪の辿ったかもしれない未来だったからだ。貴方はこうならないでと、恥をかなぐり捨ててまで話すほどに煮詰まった考えと悲愴《ひそう》な顔をしていたのかと反省する。
 謝るのも違う。感謝とも違う。夕凪は言葉にできない思いを態度で示すしかなかった。
 しばらくして先に身体を離したのは晴海の方だった。
 彼女は少しだけ晴れやかな、いつも通りの顔つきに戻っていた。

「ごめんね、辛気臭い話で」

「ううん。言い方悪いけどちょっとだけ安心した」

「安心?」

 晴海の疑問に、夕凪は頷き、

「うん。だって皆これが普通って生活してるから。変だな、嫌だなって思ってるのが私だけじゃないってわかってそれだけで十分なのかも」

 夕凪は久しぶりに憂《うれ》いのない笑みを浮かべていた。
 仕方がないことだ。二十年近くこの生活を送っていた親達はともかく、夕凪の上には二人しかいない。下の子たちはまだそんな事を考える余地がないのだから。
 ……お兄ちゃん。
 今ここに居ない彼はどう折り合いをつけたのだろうか。それとも折り合いを付けられず海外に飛んでいってしまったのか。
 何か事情があるのは晴人から聞いていた。しかしそれがなんなのかはわからない。
 誰に聞けばいいのか。陽菜に聞くのがいちばん早そうだが答えてくれるかはわからない。
 ……うーん。
 夕凪が考え込んでいると、ベッドの上に投げ出されていたスマホが突然鳴動《めいどう》し始めていた。
 それを聞いて目を少し大きく開いた晴海は、緩慢《かんまん》な動きで手に取って画面を見つめていた。

「あ、彼女からだ」

「彼女、へぇ……ん? 彼女?」

「うん」

 目も合わせずに答えた晴海はベッドの上でうつ伏せになると返信を打っていた。
 あまりに自然な態度に聞き間違いを疑った夕凪は、少しして返信を終えた彼女に、

「彼女って……女ってこと?」

「は? そりゃそうでしょ」

 声を上げて笑うのに釣られて夕凪も喉を震わせる。
 そして、

「──って違う! そうじゃないじゃん!」

「と言われましても」

 すました顔をする晴海を見て、両手で頭を押さえる。
 ……ちょっと、さぁ。
 夕凪は事態の急変をすぐには受け入れることが出来ずにいた。
 なぜなら、

「同性愛は勘違いなんじゃなかったの?」

 以前に本人から出た言葉を当てつけのように繰り返していた。
 ただ晴海は上を向いてから、

「そうだねぇ」

「ダブスタじゃん」

「そういう訳じゃないんだよ。所詮は遊び、本気にはならないんじゃないかなぁ」

 それはそれでどうかと思う。
 夕凪は目を細め、彼女を見つめていた。相変わらずの適当さを目の当たりにしてまた心に霧が出てきていた。
 晴海は気にした様子もなく、ただ呟くように、

「……男がね、ちょっと怖くなっちゃった」

「あっ……ごめん」

「気にしないでいいんだよ。自分のやらかしだしね。それに何にも知らない女の子をぐっちょぐちょにして女にするのは堪らんし」

「……変態」

 そう言って夕凪は軽く腰を持ち上げると、半身分身体をずらして座り直していた。
 そこへゾンビのように這ってすがる晴海に、頭を押さえて進行を押し留める。

「むー! つれないなぁ」

「純粋に怖いよ!」

「怖くない怖くない。先っちょだけだからね」

 先っちょってなんのだよと思いながら、夕凪は拳を振り下ろしていた。
 ゴスッと音がして、晴海はベッドに顔をこすり付けて動かなくなる。
 急にしんとなった部屋で、夕凪は無防備な頭に手を置いて、ゆっくりと撫でていた。
 ありがとう、お姉ちゃん。
 頼れる存在がいることはとても幸運だった。それはそれとして人生を舐めてる部分があることがどうしても否めなくて、やはり監視の目は必要だと感じていた。
 ……あれ?
 ふと気が付いたことがあって、夕凪はそれを口にした。

「お姉ちゃん、晃さんは平気なの?」

「りゅう?」

 くぐもった声で晴海は答えると、身体を半回転させて顔を天に向けていた。
 そして考えるような素振りもなく、すぐに返答がきた。

「あれは犬みたいなもんだしね。さすがに男としては見てないわ」

「犬って……」

「でも犬っぽくない?」

 言われ、夕凪は思い返していた。
 ……確かに!
 騒がしい小型犬や静かすぎる大型犬ではなく、中くらいの人懐っこさが晃には似合っていた。
 ただ勢いあまって思わず犬耳をつけている彼の姿を想像してしまい、
 ……違うから。
 線の細さといい、似合いそうなところがまたかわいらしくて、これ以上考えるのは危険だと、夕凪は判断していた。

「どした?」

「な、なんでもないっす」

「お、おう……」

 うろたえ、頭が真っ白になった夕凪は顔を赤くしていた。それを見咎められたくなくてベッドに倒れこんで、枕で顔を隠していた。
 少しの間を置いて、

「うーん、りゅうとなんかあった?」

 いちいち確信をつくような物言いに、動悸《どうき》が治まらない夕凪は、そのまま不貞寝していた。
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