【R18】彼女が友だちと寝ていたから

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第18話 夕凪2-3

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 晃に連れられてきたのはボウリング場だった。
 街唯一のその施設は、平日の夕方ということもあって客足は少ない。時折ピンを弾き飛ばす高い音が、まばらに響いていた。
 シューズをレンタルしてボールを選ぶ。腕にずっしりと重みをかける球の感覚は久しぶりのことだった。
 記念すべき第一投は晃からだ。彼は狙いをすまして、一歩、二歩と歩く。ゆったりと、水をかくような動きの後、滑らせるように球を手放していた。
 一直線に目標に向かう球は、夕凪にはやや右に逸れているように見えた。案の定先頭のピンの横を素通りして右半分の四本を倒して球は飲み込まれていた。

「惜しかったですね」

 行く末を見守っていた晃が踵を返して向かっていた。その表情はくやしさよりも気恥ずかしさが浮かんでいた。

「あんなもんだよ」

 マイボールが流れてくるのを待つ間、晃は言い訳をしていた。いいところを見せたいという小さな男心に、夕凪はほほえましく思っていた。
 晃の二投目は気負いすぎたのか左に思いっきり逸れて、端の一本を落とすにとどまった。球が手から離れた瞬間にあっとつぶやいた彼の顔を見て、夕凪は思わず声を出して笑っていた。

「ほら、夕凪ちゃんの番だよ」

 急かされ、はいと笑みを投げながら球を持ち上げる。
 硬く、重い。そんな当たり前なこと思いながらレーンの前に立つ。
 狙いは真ん中。経験はほとんどなく、家族で一、二回やったことがある程度だから奇をてらった投げ方などできない。
 夕凪は軌道のシミュレーションを終えて胸にためた空気を大きく吐いていた。腕を引いて、重さに耐えながら振り子の要領で勢いをつける。二歩、それ以上は体幹がぶれる。
 利き足でブレーキをかけた。慣性によって上半身だけが前に行く。今、というタイミングで夕凪は球を身体から離していた。
 ……おっそ。
 ごろごろと、我が物顔で突き進む球は、這う赤子のような速さで進んでいく。どうにかまっすぐには進んでいるがそのうち止まってしまうのではないかと夕凪は危惧していた。
 ごろごろ。
 半分を超えた。見ているはずの晃から反応がない。まるで世界で一人になったような孤独感を感じながら夕凪はレーンの先を眺めていた。
 あと少しだった。いたたまれない空間が終わる。しかし愚直なまでにまっすぐ進んでいた球は、気が変わったようにの手前で進路を変え、そのまま左へ逸れていく。
 ……はぁ?
 急カーブ。そうとしか形容のしようがない軌道を描いて、球は転がる。何処へ行きたいのか。意思を持っているかのように、夕凪を嘲笑って側溝に吸い込まれていった。
 そうはならないだろう。激昂するも結果は変わらず。立ち尽くす夕凪に、

「ど、どんまい」

 優しいだけの言葉が投げかけられていた。




「どうしてボウリングだったんですか?」

 一ゲームを終えて、スコアを眺めながら夕凪は尋ねていた。
 頭上のディスプレイには惨憺たる結果が並んでいた。上下のスコアは共に三桁を記録することはなく、夕凪がストライクを一回、晃はスペアを二回しか達成できていなかった。
 団栗の背比べ。決して得意だから遊び場として選んだわけではないことが容易にうかがえる。楽しければどこでもいいのだけれど、夕凪は少し気になっていた。
 晃ははにかみながら、

「別のところがよかった?」

「あ、いえ。そういうことじゃないんです」

「よかった。今日はゲーセンの気分じゃなかったしね」

 そういうものなのか。あまりテレビゲームをしない夕凪にはよくわからず、話に合わせてあいまいな頷きを返すことしかできなかった。

「どうする? もう一ゲームやる?」

 晃が提案していた。それに夕凪は苦笑して首を横に振っていた。
 つたないながらも久々のボーリングは盛り上がった。惜しいときには二人で嘆き、ピンを一掃したときはハイタッチをして喜びを共有した。しかしその熱も一時の休憩でだいぶ収まっていた。これ以上は惰性が入る。それはもったいないと夕凪は感じていた。
 まだ家に帰らなくてはいけない時間ではない。気兼ねなく遊べる時間をもう少しだけ堪能していたかった。

「もうすこし、こうやって話をしててもいいですか?」

「うん、たぶん大丈夫だと思うよ」

 晃はボーリング場のレセプションを横目に見ながらうなずいていた。流石にすぐに帰れとは言われないだろうが、あまり長居はしないほうがいいように思われた。
 それからは他愛のない話を二十分ほどしていた。学校のことや友達のこと、部活のことなど。前回では話しきれなかった内容まで深く掘り下げて談笑していた。
 片付けや会計を済ませ、二人はボウリング場を後にする。それでもまだ話足りないと、近くの公園に立ち寄っていた。

「はい」

 晃が缶のカフェオレを手渡してくる。それをありがとうございますと受け取った夕凪は、彼の手にあるものに目を向けていた。

「ブラックなんですね」

「加糖だけどね」

 晃は屈託のない笑みを浮かべていた。子供のように無邪気な感じが、人柄を示しているようだった。
 二人して数回、缶を口に運んでから、先に話を切り出したのは晃だった。まだ肌寒い日々が続く中、温まった口から白煙を吐いて、

「夕凪ちゃんと晴海先輩って仲はいいの?」

 どうしてそんなことを聞くのだろうと思いながら夕凪はゆっくりと頷く。
 悪くはない。良いかどうかの基準があいまいだが普段からよく話す程度には交流があった。
 しかし最近の晴海は部屋にこもってゲームばかりしていた。耳にはヘッドホンをつけ、外界からの情報をシャットダウンしている。そのせいで昔ほど一緒に遊ぶ時間は少なくなっていた。
 個人的にも嫌っていない。年の近い同性ということもあって頼ることも多い。ほぼ姉妹と言っても過言ではないほどお互いを分かり合っているつもりだった。
 晃はよかったとだけ微笑んでそれ以上は何も言わなかった。何か意図があったから聞いているのに、一人で話を完結され夕凪はむくれていた。

「お姉ちゃんと仲がいいことがどうかしたですか?」

「あーいや。言っていいのかなあ……」

 晃はためらいがちに目を伏せた。口の空いた缶を円を描くように回し、

「先輩、中三から高一まで結構荒れてたって聞いたんだ。それが家族のことなんじゃないかって心配になってね」

「荒れてた?」

 そんなことがあっただろうかと、夕凪は思い返す。一、二年前のことだが特別そうだったようには思えない。
 時折帰りが遅い日があったくらい。それも部活をしていれば当然と思えた。

「……ごめんなさい。ちょっとわからないです」

「いやこっちこそごめん。変な話振っちゃって」

 お互い頭を軽く下げていた。顔を上げると自然に見つめあい、おかしくなって夕凪は笑っていた。

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