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第4話 【R18】序章・終
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「い゛っ、ぐ……」
そのまま振り下ろされた腰が海の腿を叩く。ぱちゅ、という水音に和は脊髄を駆け上がる快感を感じていた。
押し潰された肺では満足に息が吸えず、海は残った空気を全て吐き出すようにして喉を震わせていた。しかしその表情は苦痛と喜悦が同居しているかのように口元だけは緩んでいた。
足りない、もっとと和は狂った獣のように子宮を叩いていた。その腰使いはより早く、より長くと激しさを増していた。
「が、ぐっ、う゛……い、い゛ぐっ、いぐぅ……」
一突き毎に声を枯らして犬のように吠える海は顎を天に向けていた。それでも止まらない暴走車に、抱えていた足に爪を深く食い込ませる。
「ま、へ、まっへ、て、やっ、やめんっ、んんっ、んぅ!?」
品性のない交尾は徐々にその形を変えていく。先に限界を迎えようとしていたのは和だった。
息切れ寸前なほど荒い息遣いに焦点の合わない目で和は腰を振る。突き立てていた腕は身体を支えることが辛くなり、上体はゆっくりと倒れていく。
覆い被さるように海の上に倒れても、和はまぐわいだけは続けていた。目を閉じて、こじ開けた肉壺のうねりだけに集中する。
腰が上がれば息を吸い、腰が下がれば息を吐く。動きが大きくなるにつれて、肺の動きも激しさを増していた。
「いいっ、くっ、い、ぐぅ! いぐっぐっ、っ、お゛っ! ──!」
急に膣が一物に噛み付くようにきつく締め付けていた。それに合わせて細かく痙攣しだした海が言葉にならない絶叫とともに腰を捩ってタイミングをずらそうとしていた。
──駄目だっ!
気付いた時には和の腕が海の腰を抱いていた。そのまま万力の如く締め上げると、より早く激しく腰を打ち付ける。
縫い付けられたように、快楽の逃げ場がなくなる。道具のような乱雑さに嬌声はボリュームをあげていき、海は何度も首を横に振って必死に意思表示をする。
海の部屋の中は甘酸っぱい香りが立ちこみ始め、腰を打つ音と快感にあえぐ音が充満していた。
腕と腰が同時に動いて、往復にかける時間は短い。肉棒が秘所の奥に達するたびに臀部が震えて、垂れてきた愛液が大粒の雨を降らす。
はぁ…はぁ…はぁ……
腰の前後に合わせていた呼吸も、今では間に合わず捨て置いていた。ぬめらかになればなるほど締め上げる膣の圧に、和は刺激を得るために必死で海の身体を求める。
「っ!? や、だめっ、や、めっ……いくっ、っちゃうから! ま、てぇ…」
昂る。肉体的に快感的にも限界が近い。
痛みが走った。海の爪が背中に深く食い込み、きつく抱きしめる。
「で、る――」
「――や、だっ――きてっ」
かすかに残った酸素を燃やし尽くして和は精を吐き出す準備をする。
暑い。熱い。どろどろに溶けた心が下半身に集まっていた。
「――ああぁぁあ゛あ゛く゛う゛っ……」
口を開いて、海の首筋に牙を立てる。瞬間、背中を逸らして飛び跳ねる身体を押しつぶしてとどめを刺す。
どくっどくっと二つ目の心臓が激しく鼓動する。それに合わせて胸の中に眠る少女が足を、下腹部をびくっと痙攣させていた。
初めての生の感覚は、とろけるような甘美の大海を漂わせる。彼女の身体がリズムよく小刻みに跳ねるたびに、出し切れず残った精液を飲み込もうと搾り取られていた。
はぁ…はぁ…っはぁ……
どちらともない荒い吐息に喉が詰まる。酸素が足りないまま、和は少しだけ頭を持ちあげると少し乾いて粘りの出た海の口にむしゃぶりついていた。
「ん…ちゅっ……」
し返すように薄い肉片が邪魔をする。和は嚙み千切りたいとばかりに口の奥で踊るそれを吸い上げて、歯の上で弄ぶ。
「はぁ…はぁ……」
潤んだ瞳が和を見つめる。すすると甘く、塩辛く、
「ねえ……」
「……っ、何?」
次第に整ってきた呼吸で、和は返事をする。
柔らかく、妖艶な笑みが、蠱惑な瞳が和を捕らえる。背中にあった海の手がすすすと上がって首の後ろで組まれていた。
「……愛してる」
「……愛してるよ」
一言、お互いに言葉を交えると、深い口づけをする。
「ん……あんっ」
柔らかな舌に触れているうちに、少しだけ柔らかくなった肉棒に血が滾り始め、一瞬大きく跳ねあがる。
海は恍惚の表情で、責めるような目で和を見つめていた。
そして、華やかな笑顔で抱きしめると、
「いいよ…来て……」
耳元でくすぐるように囁いていた。
「これがお父さんと海の最初のほうの話かな」
和は琥珀色の液体の入ったグラスを舐めると、気恥ずかしそうに笑っていた。
白髪が混じり、肌艶もだいぶ衰えているが、人によさそうな笑みは昔と変わっていない。
その視線は向かいに座る海の元に向けられていた。頬を少し紅に染めた彼女は、朗らかな笑みで見つめ返す。こちらもずいぶんと年をとったがより女性らしさが目立つ柔らかい雰囲気を醸していた。
和は一息つくと、見つめる先をずらしていた。海の横に座る、中学生ほどの年齢の少女が口を大きく開けたまま、目を見開いていた。
そして、
「今の話……現実?」
ためらいがちに尋ねられた言葉に和は頷いて返す。若干言葉の使い方に引っかかるものを感じていたが、ウイスキーとともに飲み込んでいた。
少女――愛娘である、音無 夕凪――は和の言葉をかみ砕くようにしばらく首を縦に振っていた。そのあと、かすかに身を震わせ、椅子に深く座りなおしてから、
「キモっ! ありえないんだけど!」
テーブルに拳を叩きつけて叫んでいた。
残り少なくなっていたグラスが小さく跳ねて転がる。海が慌ててティッシュを数枚出す間、広がらないように和は手で堤防を作っていた。
「もう、危ないな」
苦言を呈すが眉間に深いしわを寄せた夕凪はそっぽを向くだけだった。
……まあ、仕方ないか。
テーブルに広がる液体を海が拭っている中で、我が子の横顔を見つめながら和は溜息をつく。
事の始まりは先日、和が海の部屋から出てきたことだった。睦言の後、たまたまトイレに起きてきた夕凪と出くわしていた。半分寝惚けた目をこする娘とニ、三軽く言葉を交わしてその日は終わったのだが、後日何をしていたのか問いただされてしまっていた。
はぐらかすこともできたのだが、それなりに知識も興味もある、思春期の子供にいい機会だと話すことにしていた。
もちろんプレイの内容はほとんど伝えていない。変に興味を持たれても困るし、何より赤裸々に話す度胸がなかった。
それでも親の睦言の話は刺激が強かったのか、夕凪は険しい目つきを崩さない。それどころかテーブルに置いた拳を強く握りなおすと、
「だいたいさぁ!」
肺に溜まった空気を一気に吐き出して、吠える。
「なんでお母さんじゃなくて海ママの話なの!?」
「なんでって、それが聞きたかったんじゃないのか?」
「違うでしょ!」
……違うか?
あの夜の状況を詳しく話すためには避けては通れない話だったが、夕凪が納得した様子はない。それどころかより侮蔑が顔に強く出ていた。
ひとしきり叫んだところで、夕凪は何度か深く呼吸をしていた。ぐっと握った手もほどいて唇を噛んでから、
「あのさ……その時の男って、どうなったの?」
「あ、それ俺」
和の隣にいた男性が手を挙げて答える。
がっちりとした体形の偉丈夫は、大学からの親友であり、戸籍登録上の海の夫だった。東海林 晴人、彼の楽しそうに笑みに夕凪は体を大きくのけぞらせていた。
そのまま倒れそうなほどの勢いに和は身を乗り出すも、何とか戻ってきた彼女はそのまま伏せて、
「もう嫌ぁ……」
湿った声で嘆いていた。
その姿はとても小さく、和は悪いことをしたなと思っていた。普通ではないことは理解していたが十四年一緒にいたことがもう少し受け入れる心を育てていると感じていたからだ。
ただ、テーブルに額をつけて動かない少女の首を掴んで引き上げる手があった。
「えっ!?」
海とは反対に、夕凪の左手に座る女性は、怠惰的な無表情を浮かべていた。
彼女は起き上がらせた夕凪の背を押し込んで姿勢を正させると、
「いつから他人の恋愛に口を出せるほど偉くなったんだ?」
額を合わせて、吸い込まれそうな大きな瞳で夕凪を見つめていた。
「お、お母さん……ごめん、なさい」
夕凪の母であり、和の妻でもある一紗はおびえる子の言葉を聞いてもその姿勢を変えない。夕凪のほうが顔をそらそうとしても、いつの間にか伸びた両手が頬に添えられていて震えることしかできずにいた。
「一紗」
見かねて、和が言う。内心では怖いと思いつつも、
「そういう言い方はよくないと思うよ?」
「親だ子だとなあなあにするほうが悪いだろ。一人の大人として接するために私たちのことを話すと決めたんじゃないのか?」
矛先が向いたことに、和は何も言えなくなる。正論で叩かれては立場が悪かった。
一紗はもう一度夕凪の目を見つめてから、その肩を強く叩いていた。叱る時、何時も最後に行うそれは以降、同じことを蒸し返すことはないという意思表示だった。
蛇の睨みから解放された夕凪は薄くにじませた涙を落とさぬように目を見開いていた。
気が強いところは誰に似たんだか……
「夕凪」
和は声をかける。テーブルに肘を置き、手に顎を乗せると、
「今日はもう寝なさい。疲れただろ?」
優しく、親しみを込めてそう告げる。
「はい……」
かき消えそうな声を残して、夕凪は立ちあがると、おやすみなさいと部屋から出ていった。
「和」
大人だけが残った部屋で、一紗の声が響く。
その声に背筋に這いずるものを感じた和は、顔をそらしていた。
「和」
もう一度、声がする。
「……なに、かな?」
視線を外したまま、和は答える。助けを求める目を晴人に向けるが彼も同じように和の視線から逃げていた。
裏切られた気分に、テーブルの下で彼の背中を小突く。その時、
「部屋で待ってるから、早く来なよ」
あぁ、これから長いんだろうな……
和は時計を見て溜息をつく。そろそろ日付が変わるかといった時間を確認して、先に出ていった妻の後ろを追っていた。
残った二人は、見つめあい、そして、
「晴人は逃げないよね?」
「……うっす」
そのまま振り下ろされた腰が海の腿を叩く。ぱちゅ、という水音に和は脊髄を駆け上がる快感を感じていた。
押し潰された肺では満足に息が吸えず、海は残った空気を全て吐き出すようにして喉を震わせていた。しかしその表情は苦痛と喜悦が同居しているかのように口元だけは緩んでいた。
足りない、もっとと和は狂った獣のように子宮を叩いていた。その腰使いはより早く、より長くと激しさを増していた。
「が、ぐっ、う゛……い、い゛ぐっ、いぐぅ……」
一突き毎に声を枯らして犬のように吠える海は顎を天に向けていた。それでも止まらない暴走車に、抱えていた足に爪を深く食い込ませる。
「ま、へ、まっへ、て、やっ、やめんっ、んんっ、んぅ!?」
品性のない交尾は徐々にその形を変えていく。先に限界を迎えようとしていたのは和だった。
息切れ寸前なほど荒い息遣いに焦点の合わない目で和は腰を振る。突き立てていた腕は身体を支えることが辛くなり、上体はゆっくりと倒れていく。
覆い被さるように海の上に倒れても、和はまぐわいだけは続けていた。目を閉じて、こじ開けた肉壺のうねりだけに集中する。
腰が上がれば息を吸い、腰が下がれば息を吐く。動きが大きくなるにつれて、肺の動きも激しさを増していた。
「いいっ、くっ、い、ぐぅ! いぐっぐっ、っ、お゛っ! ──!」
急に膣が一物に噛み付くようにきつく締め付けていた。それに合わせて細かく痙攣しだした海が言葉にならない絶叫とともに腰を捩ってタイミングをずらそうとしていた。
──駄目だっ!
気付いた時には和の腕が海の腰を抱いていた。そのまま万力の如く締め上げると、より早く激しく腰を打ち付ける。
縫い付けられたように、快楽の逃げ場がなくなる。道具のような乱雑さに嬌声はボリュームをあげていき、海は何度も首を横に振って必死に意思表示をする。
海の部屋の中は甘酸っぱい香りが立ちこみ始め、腰を打つ音と快感にあえぐ音が充満していた。
腕と腰が同時に動いて、往復にかける時間は短い。肉棒が秘所の奥に達するたびに臀部が震えて、垂れてきた愛液が大粒の雨を降らす。
はぁ…はぁ…はぁ……
腰の前後に合わせていた呼吸も、今では間に合わず捨て置いていた。ぬめらかになればなるほど締め上げる膣の圧に、和は刺激を得るために必死で海の身体を求める。
「っ!? や、だめっ、や、めっ……いくっ、っちゃうから! ま、てぇ…」
昂る。肉体的に快感的にも限界が近い。
痛みが走った。海の爪が背中に深く食い込み、きつく抱きしめる。
「で、る――」
「――や、だっ――きてっ」
かすかに残った酸素を燃やし尽くして和は精を吐き出す準備をする。
暑い。熱い。どろどろに溶けた心が下半身に集まっていた。
「――ああぁぁあ゛あ゛く゛う゛っ……」
口を開いて、海の首筋に牙を立てる。瞬間、背中を逸らして飛び跳ねる身体を押しつぶしてとどめを刺す。
どくっどくっと二つ目の心臓が激しく鼓動する。それに合わせて胸の中に眠る少女が足を、下腹部をびくっと痙攣させていた。
初めての生の感覚は、とろけるような甘美の大海を漂わせる。彼女の身体がリズムよく小刻みに跳ねるたびに、出し切れず残った精液を飲み込もうと搾り取られていた。
はぁ…はぁ…っはぁ……
どちらともない荒い吐息に喉が詰まる。酸素が足りないまま、和は少しだけ頭を持ちあげると少し乾いて粘りの出た海の口にむしゃぶりついていた。
「ん…ちゅっ……」
し返すように薄い肉片が邪魔をする。和は嚙み千切りたいとばかりに口の奥で踊るそれを吸い上げて、歯の上で弄ぶ。
「はぁ…はぁ……」
潤んだ瞳が和を見つめる。すすると甘く、塩辛く、
「ねえ……」
「……っ、何?」
次第に整ってきた呼吸で、和は返事をする。
柔らかく、妖艶な笑みが、蠱惑な瞳が和を捕らえる。背中にあった海の手がすすすと上がって首の後ろで組まれていた。
「……愛してる」
「……愛してるよ」
一言、お互いに言葉を交えると、深い口づけをする。
「ん……あんっ」
柔らかな舌に触れているうちに、少しだけ柔らかくなった肉棒に血が滾り始め、一瞬大きく跳ねあがる。
海は恍惚の表情で、責めるような目で和を見つめていた。
そして、華やかな笑顔で抱きしめると、
「いいよ…来て……」
耳元でくすぐるように囁いていた。
「これがお父さんと海の最初のほうの話かな」
和は琥珀色の液体の入ったグラスを舐めると、気恥ずかしそうに笑っていた。
白髪が混じり、肌艶もだいぶ衰えているが、人によさそうな笑みは昔と変わっていない。
その視線は向かいに座る海の元に向けられていた。頬を少し紅に染めた彼女は、朗らかな笑みで見つめ返す。こちらもずいぶんと年をとったがより女性らしさが目立つ柔らかい雰囲気を醸していた。
和は一息つくと、見つめる先をずらしていた。海の横に座る、中学生ほどの年齢の少女が口を大きく開けたまま、目を見開いていた。
そして、
「今の話……現実?」
ためらいがちに尋ねられた言葉に和は頷いて返す。若干言葉の使い方に引っかかるものを感じていたが、ウイスキーとともに飲み込んでいた。
少女――愛娘である、音無 夕凪――は和の言葉をかみ砕くようにしばらく首を縦に振っていた。そのあと、かすかに身を震わせ、椅子に深く座りなおしてから、
「キモっ! ありえないんだけど!」
テーブルに拳を叩きつけて叫んでいた。
残り少なくなっていたグラスが小さく跳ねて転がる。海が慌ててティッシュを数枚出す間、広がらないように和は手で堤防を作っていた。
「もう、危ないな」
苦言を呈すが眉間に深いしわを寄せた夕凪はそっぽを向くだけだった。
……まあ、仕方ないか。
テーブルに広がる液体を海が拭っている中で、我が子の横顔を見つめながら和は溜息をつく。
事の始まりは先日、和が海の部屋から出てきたことだった。睦言の後、たまたまトイレに起きてきた夕凪と出くわしていた。半分寝惚けた目をこする娘とニ、三軽く言葉を交わしてその日は終わったのだが、後日何をしていたのか問いただされてしまっていた。
はぐらかすこともできたのだが、それなりに知識も興味もある、思春期の子供にいい機会だと話すことにしていた。
もちろんプレイの内容はほとんど伝えていない。変に興味を持たれても困るし、何より赤裸々に話す度胸がなかった。
それでも親の睦言の話は刺激が強かったのか、夕凪は険しい目つきを崩さない。それどころかテーブルに置いた拳を強く握りなおすと、
「だいたいさぁ!」
肺に溜まった空気を一気に吐き出して、吠える。
「なんでお母さんじゃなくて海ママの話なの!?」
「なんでって、それが聞きたかったんじゃないのか?」
「違うでしょ!」
……違うか?
あの夜の状況を詳しく話すためには避けては通れない話だったが、夕凪が納得した様子はない。それどころかより侮蔑が顔に強く出ていた。
ひとしきり叫んだところで、夕凪は何度か深く呼吸をしていた。ぐっと握った手もほどいて唇を噛んでから、
「あのさ……その時の男って、どうなったの?」
「あ、それ俺」
和の隣にいた男性が手を挙げて答える。
がっちりとした体形の偉丈夫は、大学からの親友であり、戸籍登録上の海の夫だった。東海林 晴人、彼の楽しそうに笑みに夕凪は体を大きくのけぞらせていた。
そのまま倒れそうなほどの勢いに和は身を乗り出すも、何とか戻ってきた彼女はそのまま伏せて、
「もう嫌ぁ……」
湿った声で嘆いていた。
その姿はとても小さく、和は悪いことをしたなと思っていた。普通ではないことは理解していたが十四年一緒にいたことがもう少し受け入れる心を育てていると感じていたからだ。
ただ、テーブルに額をつけて動かない少女の首を掴んで引き上げる手があった。
「えっ!?」
海とは反対に、夕凪の左手に座る女性は、怠惰的な無表情を浮かべていた。
彼女は起き上がらせた夕凪の背を押し込んで姿勢を正させると、
「いつから他人の恋愛に口を出せるほど偉くなったんだ?」
額を合わせて、吸い込まれそうな大きな瞳で夕凪を見つめていた。
「お、お母さん……ごめん、なさい」
夕凪の母であり、和の妻でもある一紗はおびえる子の言葉を聞いてもその姿勢を変えない。夕凪のほうが顔をそらそうとしても、いつの間にか伸びた両手が頬に添えられていて震えることしかできずにいた。
「一紗」
見かねて、和が言う。内心では怖いと思いつつも、
「そういう言い方はよくないと思うよ?」
「親だ子だとなあなあにするほうが悪いだろ。一人の大人として接するために私たちのことを話すと決めたんじゃないのか?」
矛先が向いたことに、和は何も言えなくなる。正論で叩かれては立場が悪かった。
一紗はもう一度夕凪の目を見つめてから、その肩を強く叩いていた。叱る時、何時も最後に行うそれは以降、同じことを蒸し返すことはないという意思表示だった。
蛇の睨みから解放された夕凪は薄くにじませた涙を落とさぬように目を見開いていた。
気が強いところは誰に似たんだか……
「夕凪」
和は声をかける。テーブルに肘を置き、手に顎を乗せると、
「今日はもう寝なさい。疲れただろ?」
優しく、親しみを込めてそう告げる。
「はい……」
かき消えそうな声を残して、夕凪は立ちあがると、おやすみなさいと部屋から出ていった。
「和」
大人だけが残った部屋で、一紗の声が響く。
その声に背筋に這いずるものを感じた和は、顔をそらしていた。
「和」
もう一度、声がする。
「……なに、かな?」
視線を外したまま、和は答える。助けを求める目を晴人に向けるが彼も同じように和の視線から逃げていた。
裏切られた気分に、テーブルの下で彼の背中を小突く。その時、
「部屋で待ってるから、早く来なよ」
あぁ、これから長いんだろうな……
和は時計を見て溜息をつく。そろそろ日付が変わるかといった時間を確認して、先に出ていった妻の後ろを追っていた。
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