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初仕事2
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ダンジョンにおいて人類の生存のために課せられたことがある、それはダンジョン内に存在する異形の生物、広くモンスターと呼ばれるそれらを一定数以上にならないよう狩ることである。
これは野生動物と同じで一定数、と言うが数は不明でダンジョン内で生活圏が脅かされたモンスターが人里に出てきてしまうからだった。出入口の決まっているダンジョンならまだ対処は簡単であるが一度市街地に出てしまえば無辜の民ではどうしようもない、思いもよらぬ被害を出さない為にも、ダンジョンの管理者には間引きと呼称されるモンスター狩りが義務付けられていた。
では間引きを怠りモンスターが出てきてしまえばどうなるか、簡単なことである、管理者が全ての賠償をしなければならない。火災などと違い便利な保険がある訳もなく、全て自費で賄わなければならず、それで破産することも少なくない。可哀想などというなかれ、真の被害者は寝ている間に襲われた、事情も分からぬ子供である可能性だってあるのだ。対処のしようがあるならまだ有情であった。
だからこそダンジョンワーカーがある、曖昧模糊な市民、何をしていいか分からない土地の所有者を助けるべく、ダンジョン関係の専門家が集まっているのだ。
ただそのやり方についてはいまだ模索中、一考を要するものであることは間違いない。
蓮田 厳。御年七十二であり生まれも育ちも同じ生粋の地元っ子。二十代で結婚後二人の子供、そしてその下に孫が生まれている。また数年前に配偶者が先立ち、都会に出ていった子供たちは戻らず一人暮らしをしている……。
よくある話だなと考えながら舞はバインダーをめくる。ご丁寧にまとめられた資料は表紙に社外秘と大きく赤丸がされていて、昨今たいしたことでもないのに騒ぐ者達へ配慮したことであることが伺える。個人情報保護と言うが流出も何も少し調べれば分かることしかなく、本当に一切の情報を流さないためには口を噤んで誰も来ない秘境にでも住むしかないのだ。
ガタガタと揺れる車内、三半規管が揺れて臓腑の底からゆっくりと迫り上がる物を感じながら、舞はバインダーを閉じる。あまりにも理解出来ずに事ばかりが進む状況を打破すべく、上司の新堂にせがんで見せてもらったものだ。
目的の場所までの道中でだいたい理解出来たと前を向く、ワゴン車が進むのは両脇に鬱蒼と茂る木々が木陰を作る林道、ろくに舗装されていない為ところどころにある泥濘が泥を巻き上げる。先程伺った老人の家からほど近いところにある、彼の所有する雑木林であり一年前にダンジョンが出来た場所でもあった。
綺麗な里山も人の手がなければ木々が乱れ虫が湧き、踏み固められた地面も穴が空く。諸行無常の鐘の音が鳴り、盛者必衰がうんたらかんたら、御老人一人には手に余るものなのだろう。
目的は理解した、管理が行き届かないダンジョンへ代行する代わり金銭を要求する、当たり前のようで字面だけ見ればまるでヤクザのよう、事実ダンジョン管理に法外な金額を請求する業者もいることはニュースなどで多く取り上げられているため先の老人のように身構えてしまうのも仕方がないことだった。
「課長」
「なんだ?」
運転席に座る新堂は悪路に集中しているのか、目線もくれずに口を開く。轍にハンドルが取られて小刻みに動く様子から相当の難所であることが伺えた。
「ベストってなんですか?」
「はぁ?」
「あのままでいいのかなぁって思いません?」
提案、あくまで提案として、舞は不満を口にする。
現在老い先短い老人を怒らせて、それでも何とか調査の許可は得ただけ、元々の好感度は不明だがさらに低くしてなんの得になっているのだろうか。会社員としてそれなりの成果を求める姿勢は間違っているとは思えず、
「いいんだよ、ヘルプなんだから」
いとも簡単にバッサリと切り捨てられてしまえば二の句が継げなくなる。
……えぇ。
落胆、失墜。怒るには事情を知らず笑うには言葉が足らず、納得するには舞の堪忍袋の緒が短かった。
仄暗い考えが頭に浮かぶ中、ぐっと胸を締め付けられる感覚に思考だけが前に飛んでいく、どうやら目的地についたようで車は止まり物言わぬ箱に変わっていた。
「さて、仕事して帰るぞ」
だからその仕事は何をするのか説明しなさいよと、舞の表情が雄弁に物語っていた。
周辺の木々をなぎ倒してそびえ立つのは岩山、大口を開けて待つ先は底なしの胃袋、中に入れば二度とは日を拝めない……などということはなく、適切な対処と功を焦らない自制心があれば――どうしようもない事故は除き――無事に生還することもたやすい。特にそのノウハウを十分に積み上げ指導する先達もいる会社なら他所より安全性が担保されていると言って過言ではない。
それでも二人、片方が右も左もわからぬ新人とあっては慢心どころかただの不注意、上司なら管理責任を問われるであろうが、新堂は車の中から幾つか機械を取り出して、ベルトが食い込む程の重さに顔を歪めながら、手馴れた手つきで地面に広げていく。さながらガラクタ売りの露天商のように、用途の不明な機材達が恐らく正しい配置に並び、
「……これ、何する物なんですか?」
よし、と一言、紐付きの杭らしきものを等間隔にみっつ地面へ刺した新堂が腰を上げると同時に尋ねる。紐は、正しくはコードであり幾つか計器のついた謎の機械に繋がっていて、
「これはな、地中に埋まってるダンジョンの大体の大きさが分かる装置なんだよ……ダンジョンの区分けは知ってるか?」
スイッチを入れると発電機よろしくけたたましく駆動する機械を見つめながら、新堂が問いかける。
言わんとすることはすぐに理解出来た、なぜなら会社のホームページに載っていることだからだ。知らずに採用面接を受けたとなればリサーチ不足だと落とされる可能性だってあったのだから空で言える程には復習していた。
「黎明、成長一、成長二、肥大熟成完熟超越のななつですよね」
「そうだ。ここは前回まで成長二期だったからまだ間引きは不要だが肥大期から間引く必要がある。まぁまだひと月くらいは大丈夫だろうけどな」
「……ひと月だけですか?」
「肥大期までは早いんだよ、だから間引く必要もないんだけど――」
計測する装置の、腹の底に響く重低音にも似た音が新堂の後ろから響いて彼は言葉を止める。二人が通ってきた道を、追うように現れたのは農家の味方であった。
これは野生動物と同じで一定数、と言うが数は不明でダンジョン内で生活圏が脅かされたモンスターが人里に出てきてしまうからだった。出入口の決まっているダンジョンならまだ対処は簡単であるが一度市街地に出てしまえば無辜の民ではどうしようもない、思いもよらぬ被害を出さない為にも、ダンジョンの管理者には間引きと呼称されるモンスター狩りが義務付けられていた。
では間引きを怠りモンスターが出てきてしまえばどうなるか、簡単なことである、管理者が全ての賠償をしなければならない。火災などと違い便利な保険がある訳もなく、全て自費で賄わなければならず、それで破産することも少なくない。可哀想などというなかれ、真の被害者は寝ている間に襲われた、事情も分からぬ子供である可能性だってあるのだ。対処のしようがあるならまだ有情であった。
だからこそダンジョンワーカーがある、曖昧模糊な市民、何をしていいか分からない土地の所有者を助けるべく、ダンジョン関係の専門家が集まっているのだ。
ただそのやり方についてはいまだ模索中、一考を要するものであることは間違いない。
蓮田 厳。御年七十二であり生まれも育ちも同じ生粋の地元っ子。二十代で結婚後二人の子供、そしてその下に孫が生まれている。また数年前に配偶者が先立ち、都会に出ていった子供たちは戻らず一人暮らしをしている……。
よくある話だなと考えながら舞はバインダーをめくる。ご丁寧にまとめられた資料は表紙に社外秘と大きく赤丸がされていて、昨今たいしたことでもないのに騒ぐ者達へ配慮したことであることが伺える。個人情報保護と言うが流出も何も少し調べれば分かることしかなく、本当に一切の情報を流さないためには口を噤んで誰も来ない秘境にでも住むしかないのだ。
ガタガタと揺れる車内、三半規管が揺れて臓腑の底からゆっくりと迫り上がる物を感じながら、舞はバインダーを閉じる。あまりにも理解出来ずに事ばかりが進む状況を打破すべく、上司の新堂にせがんで見せてもらったものだ。
目的の場所までの道中でだいたい理解出来たと前を向く、ワゴン車が進むのは両脇に鬱蒼と茂る木々が木陰を作る林道、ろくに舗装されていない為ところどころにある泥濘が泥を巻き上げる。先程伺った老人の家からほど近いところにある、彼の所有する雑木林であり一年前にダンジョンが出来た場所でもあった。
綺麗な里山も人の手がなければ木々が乱れ虫が湧き、踏み固められた地面も穴が空く。諸行無常の鐘の音が鳴り、盛者必衰がうんたらかんたら、御老人一人には手に余るものなのだろう。
目的は理解した、管理が行き届かないダンジョンへ代行する代わり金銭を要求する、当たり前のようで字面だけ見ればまるでヤクザのよう、事実ダンジョン管理に法外な金額を請求する業者もいることはニュースなどで多く取り上げられているため先の老人のように身構えてしまうのも仕方がないことだった。
「課長」
「なんだ?」
運転席に座る新堂は悪路に集中しているのか、目線もくれずに口を開く。轍にハンドルが取られて小刻みに動く様子から相当の難所であることが伺えた。
「ベストってなんですか?」
「はぁ?」
「あのままでいいのかなぁって思いません?」
提案、あくまで提案として、舞は不満を口にする。
現在老い先短い老人を怒らせて、それでも何とか調査の許可は得ただけ、元々の好感度は不明だがさらに低くしてなんの得になっているのだろうか。会社員としてそれなりの成果を求める姿勢は間違っているとは思えず、
「いいんだよ、ヘルプなんだから」
いとも簡単にバッサリと切り捨てられてしまえば二の句が継げなくなる。
……えぇ。
落胆、失墜。怒るには事情を知らず笑うには言葉が足らず、納得するには舞の堪忍袋の緒が短かった。
仄暗い考えが頭に浮かぶ中、ぐっと胸を締め付けられる感覚に思考だけが前に飛んでいく、どうやら目的地についたようで車は止まり物言わぬ箱に変わっていた。
「さて、仕事して帰るぞ」
だからその仕事は何をするのか説明しなさいよと、舞の表情が雄弁に物語っていた。
周辺の木々をなぎ倒してそびえ立つのは岩山、大口を開けて待つ先は底なしの胃袋、中に入れば二度とは日を拝めない……などということはなく、適切な対処と功を焦らない自制心があれば――どうしようもない事故は除き――無事に生還することもたやすい。特にそのノウハウを十分に積み上げ指導する先達もいる会社なら他所より安全性が担保されていると言って過言ではない。
それでも二人、片方が右も左もわからぬ新人とあっては慢心どころかただの不注意、上司なら管理責任を問われるであろうが、新堂は車の中から幾つか機械を取り出して、ベルトが食い込む程の重さに顔を歪めながら、手馴れた手つきで地面に広げていく。さながらガラクタ売りの露天商のように、用途の不明な機材達が恐らく正しい配置に並び、
「……これ、何する物なんですか?」
よし、と一言、紐付きの杭らしきものを等間隔にみっつ地面へ刺した新堂が腰を上げると同時に尋ねる。紐は、正しくはコードであり幾つか計器のついた謎の機械に繋がっていて、
「これはな、地中に埋まってるダンジョンの大体の大きさが分かる装置なんだよ……ダンジョンの区分けは知ってるか?」
スイッチを入れると発電機よろしくけたたましく駆動する機械を見つめながら、新堂が問いかける。
言わんとすることはすぐに理解出来た、なぜなら会社のホームページに載っていることだからだ。知らずに採用面接を受けたとなればリサーチ不足だと落とされる可能性だってあったのだから空で言える程には復習していた。
「黎明、成長一、成長二、肥大熟成完熟超越のななつですよね」
「そうだ。ここは前回まで成長二期だったからまだ間引きは不要だが肥大期から間引く必要がある。まぁまだひと月くらいは大丈夫だろうけどな」
「……ひと月だけですか?」
「肥大期までは早いんだよ、だから間引く必要もないんだけど――」
計測する装置の、腹の底に響く重低音にも似た音が新堂の後ろから響いて彼は言葉を止める。二人が通ってきた道を、追うように現れたのは農家の味方であった。
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