半官半民でいく公益財団法人ダンジョンワーカー 現代社会のダンジョンはチートも無双も無いけど利権争いはあるよ

文字の大きさ
上 下
92 / 138

ダンジョンってこうやって出来るんですね(吐血)5

しおりを挟む
 ダンジョン生成も収まりを見せ、激しい揺れも一旦は落ち着きを見せた頃、地面に転がっていた舞はクルクルと、鳥から逃げる芋虫のように回り、どうにか新しく出来た壁を使って立ち上がっていた。 
「さてと。これからどうするかな」
 誰の手も入っていないダンジョンにはかがり火などの気の利いた光源などなく、指先すらも見えない晦冥かいめいである。どこもかしこも痛みに悲鳴をあげる身体に鞭を打って考えるのはとにかく外へ出ることだった。 
「君は……今どういう状況か分かっているのか?」
 灯りとは心を落ち着かせる効果があり、光走性こうそうせいがなくとも惹かれてしまうものである。それが自身の存在すら危ぶまれるほどの闇なら尚更だった。
 光の主、声をかけてきたのは顔を見ずとも声だけでわかる、波平だった。彼は事前に用意していただろう折りたたみのカンテラに火をつけていた。
 ぼんやりとした灯りに照らされたのは砂埃で化粧をした顔であり、大きな石でも当たったのだろう、光る一筋の線が頬を走っている。波平は近くにあった大きな瓦礫に腰を下ろしてじっと舞を見つめていた。
「生きてたんだ。で、状況が分かってるかって? 分かるよー、忘れるわけないじゃん。こんな体験人生で2度もするとは思わなかったけど」
「あの話は本当だったんだね」
 あの話とはなんの事だろうか、舞は身に覚えがなく首を捻る。いくら口の軽い舞でも自分の口から出たか出ていないかくらいは覚えていた。
 戸惑う舞に波平は教師のように優しくゆっくりと話す。
「部長が話しているのを聞いたんだ。夜巡さんはダンジョンの本当の姿を知っているって」
「つまり巻き込まれ事故かぁ。後ではっ倒すわ」
「どうして余裕そうなのかな? まだこちらのほうが優位だと思うけど」
 そういうや否や、人魂のように揺れる灯りが闇の中にいくつも浮かび上がる。
 ……ははーん、そういう事ね。
 普通ではない、やけに準備がいいと疑っていたらなんてことはない、初めからダンジョンに行くことは計画のうちだったのだ。銀行から程近くに大きめのダンジョンがある、そこへ逃げこめばひとまず難を逃れることができるからだ。
 流石に新しくダンジョンが生成されたことは予想外だろうが、備えあれば憂いなし、結果として状況は強盗側に味方しているように見えていた。
 多勢に無勢なのは変わらず、しかし舞は余裕の笑みを崩すことは無い。ただ脱臼してろくに力の入らない右腕と撃たれた左腕では何もできないのに強がる姿は滑稽であった。
「はぁ……分かってないわね。そんなだから早々に演技もバレるのよ」
「それについては反省してるけど――」
「それに、目的は一緒みたいだから。協力し合えるならそれに越したことはないでしょ」
「目的が一緒? そんなことあるわけがない。君は人間がどうなってもいいって言うのか?」
 こういう状況でも真っ当なことを言うあたり、波平は悪役に向いていない。
 舞の言葉が信じられないと首を横に振る彼に、はぁとため息が漏れる。
「なんでそっち側の人間が止めようとするのよ……そもそも脅してでも協力させるつもりだったんでしょ、つつがなく事が運ぶなら都合いいじゃない」
 未だ生かしている理由があるならばそれしかなく、従順なら事は上手くいく。
 もちろん裏切らないならではあるが。
「それはそうだけど、怪しいじゃないか」
「一般的に見て私よりもあんたたちの方が怪しいでしょうよ……」
 銀行強盗、それの協力者。かたや一般職の事務員、比べるまでもない。
 言い合いは状況的に不利なはずの舞に軍配が上がろうとしていた。言い負かすつもりもないのに自分からドツボにハマっていく様子は性根が悪事に向いていないことを示していた。
「そういう話をしているんじゃ――」
「同士、無駄口を叩く余裕はなさそうだ」
 なおも食い下がる波平をリーダー格であろう男が肩に手を置き制止する。状況は混乱しているとはいえ警察だってダンジョンに入れないわけではない。早く動けば動いただけイニシアチブが取れるのであればこれ以上雑談している余裕はなかった。
「あ、ごめん」
「で、どこ行くの?」
「君はさぁ……いや都合いいのかな。協力したいっていうなら協力させてあげるよ」



 出来たてホヤホヤのダンジョンは予想以上に小さく、面積も狭ければ階層も多くない。冬眠している熊の巣穴というほどではないが、2つも階段を下れば底が見えてしまうほどに。
 岩と土が入り交じった壁が突然滑らかに変わる。まだモンスターすら生成されていないダンジョンでも微かな物音が絶えず聞こえていたというのにそこはミサを待つ聖堂のように、息をするのもはばかれるほど静謐であった。
「ここが……」
 波平がある種感嘆のような声を出す。灯りに照らされた壁はドームのような作りをしていて、見上げればピッタリと閉じた天井に銀行の残滓だろう机や椅子の1部が埋め込まれている。その中でも特に目を引くのはドーム中央に置かれた八面体の赤いクリスタルと、それを護るように立つ2つの石像だろう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

注意欠陥多動性障害(ADHD)の日常

春秋花壇
現代文学
注意欠陥多動性障害(ADHD)の日常

赤毛の行商人

ひぐらしゆうき
大衆娯楽
赤茶の髪をした散切り頭、珍品を集めて回る行商人カミノマ。かつて父の持ち帰った幻の一品「虚空の器」を求めて国中を巡り回る。 現実とは少し異なる19世紀末の日本を舞台とした冒険物語。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

クエスチョントーク

流音あい
大衆娯楽
『クエスチョントーク』というラジオ番組に呼ばれた人たちが、トークテーマとして出されるお題について話します。 「このラジオは、毎回呼ばれたゲストさん達にテーマに沿って話してもらうトーク番組です」 「真剣に聴くもよし、何も考えずに聞くもよし。何気ない会話に何を見出すかはあなた次第」 「このラジオの周波数に合わせちゃったあなたは、今もこれからもきっとハッピー」 「深く考えたり、気楽に楽しんだり、しっかり自分で生き方を決めていきましょう」 トークテーマが違うだけなのでどこからでも読めます。会話形式です。

処理中です...